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59. 創立記念日①

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忙しい。
クレアはあっちへ走り、こっちへ走り。
忙しすぎて目が回りそうだ。

明日から、ここジンギシャール王立学園の創立記念式典が開催されるのだ。
下級学年生の時は、式典の後にはパーティーがあるんだぁ楽しそう。などと、ポケラとしていられたが、上級学年では、そうはいかない。
お手伝いという名目で、徹底的にこき使われるのだ。

貴族学校なので、学園に雇われた使用人は多い。
トイレどころか自分たちの教室さえ掃除は使用人たちがやってくれるし、各授業の準備や後片付けも全てやってくれる。
学んでいるのが貴族の子息子女だからなのだろう、雑事は全て他人任せでいいのだ。

しかし、年に1度の、この大きな行事の準備をするには、通常の使用人たちでは絶対数が足りない。思いっきり足りていない。
よって、上級学年生は、お手伝いへと駆り出されるわけだが、その中でも爵位が低いものは、体のいい使い走りになるのだ。

爵位が最下位のクレアは、それはもう使い勝手の良いお手伝いさんだ。
ここ数日、あれもこれもと仕事を押し付けられている。
爵位の高いクラスメートたちにも、自分の仕事をクレアに押し付けてくる者が多い。

ここ数日クタクタのクレアだが、それもあと数日だ。
明日は式典当日なのだから。
式典の後は、レセプションのパーティーがあり、その後、片付けへと続く。
「うへぇ」
後片付けのことを思い、うんざりするクレアだった。

今クレアは式典会場の掃除を手伝っている。
掃除といっても、使用人たちが大まかなところはやるので、クレアは掃除のし残しや隅々のチェックを行っている。

「ん?」
ずらりと並べられた椅子の下に、ごみが落ちているのに気が付いた。
そんなに大きなごみではないが、目には付く大きさだ。
慌ててごみを拾う。

「気づいて良かった。大目玉を食らう所だったわ」
かがんでごみを拾うと、ほっと胸をなでおろす。

顔を上げたクレアの目に、美しく整えられた檀上が映った。
講堂を使い式典は行われるのだが、なぜか記憶にある。
入学式でも、この講堂が使われていたが、その時とはしつらえが違う。

ああ、この記憶は、前世の乙女ゲームのものだ。
おばちゃんの記憶だ。
乙女ゲームにおいて、この創立記念日は大きなターニングポイントになっている。
ゲームの下手なおばちゃんは、ここで何度も何度もやり直しを強いられた。
感慨深いイベントだ。

ドクン。
胸の鼓動が大きくなる。
何かが引っかかった。
何か重要なことが。

何だった?何かが起こる。
乙女ゲームのことを覚えてはいるが、細かいところはあやふやだ。
でも、この創立記念日のイベントは何度も何度もやり直した。
やり直させられた。
だからハッキリと覚えている。


クレアの手から、先ほど拾ったゴミがポロリと落ちる。
何故、何度もゲームをやり直したのか。
悔しがりながら。でも、何度もやり直した…

それは…
それは、ライオネルがいなくなるから――

ドクン、ドクン、ドクン。
クレアの胸が苦しくなる。
ギュウと胸元を握りしめる。


この創立記念日のイベントによってルートが確定する。
どの攻略対象者を選ぶのかが決まるのだ。
選ぶといっても、好感度が低い相手を選んでも、相手から振られるだけだ。
おばちゃんはいつもライオネルルートを選択し、ここで振られて何度もゲームをやり直していた。

ヒロインが選んだ対象者によって、攻略対象者筆頭であるライオネルの行動が変わる。
運命が変わっていく。
この創立記念日のイベントでライオネルの未来が決まるのだ。


ライオネルの運命は大きく分けて4ルートに分かれる。

ライオネルを選んだ場合。
これはライオネルの好感度を上げるのが非常に難しく、何度もおばちゃんはやり直しさせられた。だが、ライオネルがヒロインの手を取ったときの感動はひとしおだった。
このルートの時だけはライオネルがいなくなったりはしない。
そのまま学園でライオネルとヒロインは愛を育んでいくことになる。

2つ目は、隣の国の王子、リューライトを選んだ場合。
ライオネルは、ヒロインに別れを告げ、リューライトの国、ワーカリッツへと留学してしまい、ゲームが終了しても帰ってこない。
将来、王位を継ぐ第1王子クリストファーの手助けをするために、様々なことを学ぼうと、長期留学をしてしまうのだ。

3つ目は、側近の誰かを選んだ場合。
どの側近を選んでも、このルートになる。
この時は、国王陛下が体調を崩し、公務を手伝うため、ライオネルは学園を中退し、王宮へと戻ってしまう。
いきなり国王陛下が倒れるため、ヒロインには会わずじまいで王宮へと戻ってしまうのだ。

4つ目は……
クレアは頭を抱える。
このルートをおばちゃんはクリアせずに乙女ゲームをやめた。
やめてしまった。
ゲームの下手なおばちゃんは、乙女ゲームを途中で放り投げてしまったのだ。
攻略しないままで。
攻略できていないルート。それは、隠れ攻略対象者とのルートだ。

隠れ攻略対象が出てくるのは、この創立記念日のイベント時に全ての攻略対象者の好感度が友人レベル以下で止まっていること。
一人でも好感度が恋愛レベルに達していると、隠れ攻略対象者は出現しない。

これが難しい。
攻略対象者筆頭のライオネルの攻略は激ムズなのに対して、側近たちの好感度はすぐに上昇する。
放っておいても、誰かしら勝手にイベントを発生させ、好感度が上がってしまうのだ。

何度も失敗したおばちゃんは、攻略本を立ち読みしたことがある。
おばちゃんの時代はサイトなんてものはなく、情報は本から得ることが多かった。
攻略本を見ることを“ずるっこ”のような気がしていたおばちゃんは、攻略本を見たことはなかった。だが、どうしても行き詰まり、ちらりと立ち読みをしてしまったのだ。

そして、そこに書かれた情報に打ちひしがれて本を閉じた覚えがある。
隠れ攻略対象者(誰かは書かれていなかった)を選んだ場合、ライオネルは『暗殺される』

―――  ライオネルは『暗殺される』  ―――

思い出した記憶のあまりの衝撃に、クレアは吐き気に襲われる。
グッとこらえて、必死で思い出す。

思い出せっ!
しっかり思い出すんだっ!
ライオネルはどうなる。
ライオネルがもし暗殺されるのなら、助けなければ。
絶対に助けるっ!
暗殺される前に、助ける。
当たり前だ。絶対に助けるに決まっている。
そのためには、思い出さなければ。
出来る限り詳細に思い出して、ライオネルを助けるのだっ!!

ヒロインが誰を選ぶかクレアには判らない。
でも、ライオネルの身に危険が少しでも迫る可能性があるのなら、クレアはそれを確実に潰さなければならない。
クレアの全てをもって、ライオネルを助けるのだ。

たった1度だけ。それも立ち読みだった攻略本の内容を必死に思い出す。
ヒロインが隠れ攻略対象者を選んだ時。
この時点では隠れ攻略対象者は、まだ出現していないので、選んだというのはおかしいかもしれないが。

創立記念の祝賀行事の中でライオネルは暗殺される。
そして、その後に行われるライオネルの葬儀の場で、ヒロインは初めて隠れ攻略対象者と出会うのだ。
ライオネルの死を嘆き悲しむヒロインを慰める相手。それが隠れ攻略対象者なのだった。


クレアは自分の身体を自身で抱きしめる。
大丈夫。まだ時間はある。
攻略本には何と書いてあった?
ライオネルが暗殺されるのは、創立記念式典の日。
学園の裏にある、寂れた教会の祭壇の前でこと切れているライオネルが発見されるのだ。

まだだ。
まだ何とかできるはず。
何とかしてみせるっ!

今現在、乙女ゲームのシナリオはどうなっているのか。
ヒロインは誰を選ぶのか。
ヒロインが選ぶ相手によって、ライオネルは死ななくていいルートに行けるのだ。
知らなければ。
全てはライオネルを助けるために。


いても立ってもいられないクレアは、校舎へと向かって駆け出したのだった。


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