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56. 乙女ゲームのイベント『木の下の天使』②

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「おいっ!そこの挙動不審なヤツ。お前のことだ」
アルクイットは、校庭の影でチョロチョロと、おかしな行動をとっている女生徒に声をかける。
ここは、王族や高位貴族専用の校庭のすぐ近くだ。良からぬことを考えている輩かもしれない。

アルクイットに声をかけられ、こちらを振り向いた女生徒は、なんと猫を抱いていた。
赤茶に黒い縞のある猫。
見覚えがある…

見覚えがありすぎる。
「シュガーちゃん…」
アルクイットの口から小さなつぶやきが漏れる。
女生徒に抱かれて、ご機嫌に喉を鳴らしている猫は、自分の飼い猫なのだから。

実はアルクイットは無類の動物好きだ。
シュガーも仔猫のころ捨てられ、死にかけていたのを、アルクイット自らが拾い、自分の飼い猫として育てている。
学園に入学するときも連れてきた。
学園の寮は様々なグレードがあり、高位貴族であるアルクイットが入った寮は、最上級の寮で、使用人やペットなどを連れての入寮が可能だった。

アルクイットが、わざわざペットまで連れてきたのには理由がある。
ただ別れるのが嫌なだけならアルクイットもシュガーを寮まで連れてはこなかっただろう。王都に屋敷があり、学園からの外出が許可されているアルクイットならば、会おうと思えば毎日でも会えるのだから。

義母ルルベル、そして妹たち。
彼女たちは、猫などの小動物を見ると、「いや~ん、なんて可愛いのぉ、モフモフだわぁ」と、身を捩って見せるが、決して近づかないし、触ろうともしない。
ましてや自分に対して、威嚇したり、攻撃を仕掛けようものなら、その小動物を平気で処分するだろう。

シュガーはルルベル達には一切なついていない。それどころか近くに寄られそうになるだけで逃げていく。
もしかしたら、自分がいない時に、何かされたのかもしれない。

そんな屋敷にシュガーを残してはいけない。
シュガーは、あの家でアルクイットの唯一の家族なのだから。
シュガーに何かあったら、自分は後悔してもしきれない。


「え、もしかしてアルクイット様の猫ですか?」
アルクイットのつぶやきは女生徒に聞こえていたらしい。
女生徒がニパッと笑う。

「よかった。迷い猫ならまだしも、捨て猫だったらどうしようかと思っていたんです。
よかったねぇ猫ちゃん。ほら、飼い主様だよ」
クレアは胸に抱いていたシュガーを持ち直して、アルクイットへと差し出そうとした。

「いニャーン、いニャーンッ!」
今まで大人しく抱っこされていたシュガーは嫌がって、クレアの胸に爪を立ててしがみつく。

「アタタタッ。猫ちゃんやめて、痛い痛い」
「シュガー、どうしたんだ。やめろ」
アルクイットが慌ててシュガーを引き離そうとクレアに近づくが、アルクイットが自分を引き離しにきたと思ったシュガーは、ますますクレアにしがみつく。

「きゃあっ!!」
あろうことかシュガーは、そこまで開いてはいない、クレアの胸元からドレスの中に入ろうと、頭を突っ込んできたのだ。

「いだだだだっ。ちょっ、猫ちゃん、痛いって」
「あ、あうっ、シュ、シュガーやめろ」
なんとかシュガーを胸元から引っ張り出し、アルクイットへと渡す。
シュガーは不満いっぱいの顔だ。
アルクイットは、シュガーがクレアの胸元に頭を突っ込んだあたりから、役立たずになっていた。

「す、すまなかった。婦女子の胸元を乱すなどと……
あっ!!」
しどろもどろだったアルクイットが、クレアを見るなり大声を上げる。

「ど、どうかしました?」
「胸元に傷が…何ということを。申し訳ない」
クレアの胸元には、シュガーが嫌がったときに爪で引っ掻いたであろう傷ができていた。
縦に3センチぐらいのものだ。
クレアにとっては騒ぐほどのことではない。

「じょ、女性に怪我をさせてしまうなんて。それも胸元に…どうすれば」
いきなり苦悩し始めるアルクイット。

「え、ちょっとちょっと、そんなに大ごとではないですって。ちょびっと引っかかれただけです。舐めときゃ治りますよ」
「え?!」
クレアのあっけらかんとした対応に驚き過ぎてアルクイットは言葉が出ない。

自分の母親は例外だが、貴族の女性でこんな反応をした人物をアルクイットは知らない。
そういえば…
アルクイットは昨日の出来事を思い出す。

校庭を殿下たちと移動しているとき、木に登って降りられなくなっている仔猫がいた。全身が白くて、片耳の先に茶色いブチのある可愛らしい仔猫だ。
殿下にまとわりついていたピンク頭が、「まあ、可哀そう。可哀そうですわ。助けてあげてくだいさまし」と大騒ぎしていたが、一切自分では動かず、人に指図だけしていた。
自分が一番身分が低い男爵令嬢だということは、頭から抜け落ちているのか、もともと何も頭に入っていないのか…

結局アルクイットが木に登って助けることになったのだが、アルクイットを怖がって暴れる猫は木から飛び降りて、逃げ出したのだ。

猫が飛び降りた先にはピンク頭。
猫が足先をかすったのか、ピンク頭が大騒ぎしだした。
「いたーいっ、酷いっ。猫がっ、猫がぁっ!
足を傷つけましたわっ。あんまりだわっ、が助けてあげましたのにっ。
何て恩知らずなのっ。こんな猫、どこかにやってくださいましっ」
煩い。
いつもは気にもかけないライオネル殿下でさえ、眉間にしわを寄せられていた。

貴族の女性とは、皆そういうものではないのか?


「じゃあ、そういうことでっ!」
考え事をしていたアルクイットに向かって、右手をビシッと目の横に上げると、女生徒はいきなり走りだしてしまった。
「あっ、待てっ」
アルクイットが慌てて女生徒を止めようとするが、間に合わなかった。
女生徒はグングンと走って見えなくなってしまう。
何が、そういうことなのだろうか…

「ぶニャーン」
シュガーがアルクイットの腕の中で不満そうに鳴く。

「お前は何てことを女性にしてしまったんだ…
そういえば、名前も聞いていないじゃないか」
アルクイットはハタと気づいた。

「まだろくろく詫びもしていないしな。
必ず探し出す」
アルクイットは、腕の中のシュガーの頭を1つ撫でた。

クレアは気づいていない。ブサカワ猫を可愛がるアルクイットの好みを。
可愛らしいタイプの義母や妹たちを嫌悪しているアルクイットは、好みが人とはちょっと違ってしまっているということを。

そう、アルクイットにとって、クレアはストライクゾーンど真ん中の、好みの女性だということに。






※※※ --- ※※※ --- ※※※ --- ※※※ ---


・クレアにシュガーが妙になついているのは『ファーガ商会の猛獣使い』だからでしょうか?

・アルクイットは名前付けのセンスはまるで無し



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