上 下
19 / 75
連載

42. ストーカーからの…

しおりを挟む


この世界が乙女ゲームの世界だとして、やはり妹のパトリシアがヒロインなのだろうか?
入学式から、そろそろ一月が経とうとしている。
もう一月というべきか、まだ一月というべきか。

噂がね、流れてくるんですよ。
色々な噂が。

入学式の数日前、パトリシアはクレアに言い放ったのだ。
「お姉さまは、すぐに私に嫉妬されるから、私、辛いのですわ。
それに、いつもドブネズミの様な格好をされていて、私、姉妹と思われるのがとても恥ずかしいんですのよ。
お姉さまには、その恰好が一番お似合いだとは判っておりますけど、私の姉としては、相応しくありませんわ。
よろしくって、絶対、ぜーったいに、私とお姉さまが姉妹などと、周りの人たちに言わないで下さいましね」

勿論クレアはパトリシアの言葉を忠実に守ることにした。
学園では、パトリシアと他人のフリをすることにしたのだ。

もともと学年が違うため接点は、ほとんどなくなる。
一緒になるのは、年に数回ある、合同授業の時だけだ。

そんな接点のない上級学年のクレアにも、今年入った下級学年の女生徒の噂が流れてくる。

いわく“凄い美少女だけど、入学式から遅刻してくる、だらしのない女生徒”
曰く“凄い美少女だけど、身分を弁えずに殿下に纏わり付く、常識の無い女生徒”
曰く“凄い美少女だけど、公爵令嬢ジュリエッタ様の注意も聞かない、頭の悪い女生徒”

パトリシア、お姉ちゃん恥ずかしいよ・・・
思わずガックリと膝を付くクレアだった。
まあ、枕詞が”凄い美少女だけど”っていうのがヒロインらしいといったら、らしいけど。


クレアも悪いなぁと思う所はあるのだ。
本当だったら、入学式で遅刻し、周りから、だらしないと非難を受けているパトリシアの所に、リューライト王子が颯爽と現れ、真相を皆に説明し、ヒロインの株は上がるはずだったのだ。
しかし、イベント『入学式の天使』をクレアは潰してしまった。クレアにも自覚はちゃんとある。

でもねぇ、早く起きられなくて、入学式に遅刻したのはパトリシアだし。お姉ちゃんばかりが悪いんじゃないと思うの。
ちょっと遠い目をするクレアだった。


ヒロイン・パトリシアが攻略対象者達にどういう対応をしているか、接点の無いクレアには判らない。
しかし、接点の無いクレアにすら噂が、それも悪い噂が流れてくる程なのだから、なんだか派手にやらかしているのではないだろうか。

この学園は表向き、学園に通う生徒の立場は平等としている。
そう、表向き。
実際は、爵位の高低でしっかり分けられている。爵位の低いクレアがライオネルに会いたくて焦がれていても、近づけないぐらいには。

いったいパトリシアは、どうやって高位貴族の中に飛び込んでいるのだろうか?
まあ、そんなことをしているから、周りから良くは思われていないのだろうけど。

姉としてパトリシアを諌めなければならないのかもしれない。
しかし、クレアにはどうすることもできないし。どうにかしようとも思わない。

だって他人だしぃ。
パトリシアの方から言い出したんだしぃ。
乙女ゲームに関わる気は一切ないクレアだった。


攻略対象者筆頭はライオネルだ。
ライオネルがパトリシアと、どうなっていくかクレアには判らない。
ライオネルがパトリシアのことを好きになるのなら、クレアには見守ることしかできない。

ライオネルは、クレアの本当の家族だ。幸せになってほしい。
好きな人と一緒になることは幸せなことだ。
それなのに、クレアの胸の中にモヤモヤが湧き上がる。
このモヤモヤは何なのか……きっと溺愛の息子を取られる母親の気持ちなのだろう。

パトリシアと仲睦まじいライオネルの姿を想像する。
容姿のパッとしないクレアに比べて、パトリシアがライオネルの隣に並ぶと、それはそれは、お似合いの二人だと思う。
それなのに、ブラッククレアが降臨してしまいそうなのだ。
悪役令嬢の気持ちが良く解る。
もしライオネルがパトリシアの手を取ったなら、ブラッククレアはライオネルに面と向かって“趣味悪ぃ”と言い放ってしまうだろう。

ライオネルルートでは、乙女ゲームのラストである卒業式で、二人は愛を確かめ合い、悪役令嬢を断罪し婚約する。

できれば、悪役令嬢と一緒に断罪してほしい。
いや、悪役令嬢の罪をクレアが被りたい。
そして、二人の前からいなくなってしまいたい……
胸の奥に痛みが広がり、どうすることもできないクレアだった。



つらつらと考え事をしていたクレアだったが、実は今、クレアはとても忙しいのだ。
暗いことを考えている暇はない。
頭を振って、考えを追い払う。

ライオネルを入学式で見た時、クレアは心に決めたのだ。
自分が卒業までの1年間、ライオネルを愛でるのだと。
本当の家族であるライオネルの思い出を心に刻むのだと。

だから今、クレアは木の影に隠れ第1校舎の入り口を伺っている。
仕入れた情報によると、第1校舎から授業を終えたライオネルが出てくるはずなのだ。

クレアは目標の為、ライオネルのとして頑張ろうとしている。
二人は学年も性別も違う為、接点はほぼゼロ。
だからこそ、こうしてライオネルの出待ちをしているわけだが…

遠い、あまりにも遠い。
第1校舎は王族様や高位貴族様が学ばれる校舎であり、低位貴族のクレア達は近づくことさえままならない。
学園内にウヨウヨいる警備担当の騎士達に追い払われてしまうのだ。

しかし、クレアはめげない。
クレアは立派なストーカーになると心に決めたのだ。
ライオネルの髪の毛の一房でも見えれば御の字だ。
木の影から乗り出すようにして、第1校舎を熱く見つめる。


ポンッ。
肩に軽い衝撃があり、第1校舎へと意識を集中していたクレアは飛び上るほどに驚いてしまった。
慌てて振り向くと、そこには同級生のレティシアが微笑みながら立っていた。

「ウフフ、クレア様も殿下のことが気になるのね。こんな所から覗き見するなんて」
「レティシア様、あの、これは、その……」
「まあ、非難しているわけではないのよ。私も殿下のファンですもの」
レティシアは慌てるクレアをなだめる様に、そっとクレアの左手を取ると、自分の両手で包み込む。

「私も殿下の、いちファンとして、殿下の色んなことを知りたいと思いますもの。
クレア様もそうでしょう。
ねえクレア様、私と一緒に殿下の親衛隊に入りませんこと」
「親衛隊?」
意味が判らず、オウム返しするクレアにレティシアはニッコリと微笑む。

「ええ、殿下が入学されてから、多くのファンの方が出来ましたの。
皆様、殿下を遠巻きに愛でて満足されるのですけれど、一部の方が暴走してしまって…
このままだと殿下に、ご迷惑がかかりそうですの。
それで親衛隊を結成して、殿下をお守りしようという、有志の集まりですのよ」
「はあ……」
クレアは何とも気の抜けた相槌を打つ。

親衛隊とは、まるで漫画かゲームみたいな設定だな。と思い、そうか乙女ゲームの世界だったと思い直す。

「うふふ、親衛隊に入ると、殿下の噂だけではなくて、色々な情報が入ってきますわ。それに殿下の御姿を少しは近くで拝見することが出来ましてよ」

ライオネルを近くで見ることができるっ!

「もちろんっ、入隊させていただきますわっ!」
レティシアの手を握りしめ、二つ返事をするクレア。


クレアがストーカーから親衛隊隊員にランクアップした瞬間だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

残り一日で破滅フラグ全部へし折ります ざまぁRTA記録24Hr.

福留しゅん
恋愛
ヒロインに婚約者の王太子の心を奪われて嫉妬のあまりにいじめという名の悪意を振り撒きまくった公爵令嬢は突然ここが乙女ゲー『どきエデ』の世界だと思い出す。既にヒロインは全攻略対象者を虜にした逆ハーレムルート突入中で大団円まであと少し。婚約破棄まで残り二十四時間、『どきエデ』だったらとっくに詰みの状態じゃないですかやだも~! だったら残り一日で全部の破滅フラグへし折って逃げ切ってやる! あわよくば脳内ピンク色のヒロインと王太子に最大級のざまぁを……! ※Season 1,2:書籍版のみ公開中、Interlude 1:完結済(Season 1読了が前提)

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。