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42. ストーカーからの…
しおりを挟むこの世界が乙女ゲームの世界だとして、やはり妹のパトリシアがヒロインなのだろうか?
入学式から、そろそろ一月が経とうとしている。
もう一月というべきか、まだ一月というべきか。
噂がね、流れてくるんですよ。
色々な噂が。
入学式の数日前、パトリシアはクレアに言い放ったのだ。
「お姉さまは、すぐに私に嫉妬されるから、私、辛いのですわ。
それに、いつもドブネズミの様な格好をされていて、私、姉妹と思われるのがとても恥ずかしいんですのよ。
お姉さまには、その恰好が一番お似合いだとは判っておりますけど、私の姉としては、相応しくありませんわ。
よろしくって、絶対、ぜーったいに、私とお姉さまが姉妹などと、周りの人たちに言わないで下さいましね」
勿論クレアはパトリシアの言葉を忠実に守ることにした。
学園では、パトリシアと他人のフリをすることにしたのだ。
もともと学年が違うため接点は、ほとんどなくなる。
一緒になるのは、年に数回ある、合同授業の時だけだ。
そんな接点のない上級学年のクレアにも、今年入った下級学年の女生徒の噂が流れてくる。
曰く“凄い美少女だけど、入学式から遅刻してくる、だらしのない女生徒”
曰く“凄い美少女だけど、身分を弁えずに殿下に纏わり付く、常識の無い女生徒”
曰く“凄い美少女だけど、公爵令嬢ジュリエッタ様の注意も聞かない、頭の悪い女生徒”
パトリシア、お姉ちゃん恥ずかしいよ・・・
思わずガックリと膝を付くクレアだった。
まあ、枕詞が”凄い美少女だけど”っていうのがヒロインらしいといったら、らしいけど。
クレアも悪いなぁと思う所はあるのだ。
本当だったら、入学式で遅刻し、周りから、だらしないと非難を受けているパトリシアの所に、リューライト王子が颯爽と現れ、真相を皆に説明し、ヒロインの株は上がるはずだったのだ。
しかし、イベント『入学式の天使』をクレアは潰してしまった。クレアにも自覚はちゃんとある。
でもねぇ、早く起きられなくて、入学式に遅刻したのはパトリシアだし。お姉ちゃんばかりが悪いんじゃないと思うの。
ちょっと遠い目をするクレアだった。
ヒロイン・パトリシアが攻略対象者達にどういう対応をしているか、接点の無いクレアには判らない。
しかし、接点の無いクレアにすら噂が、それも悪い噂が流れてくる程なのだから、なんだか派手にやらかしているのではないだろうか。
この学園は表向き、学園に通う生徒の立場は平等としている。
そう、表向き。
実際は、爵位の高低でしっかり分けられている。爵位の低いクレアがライオネルに会いたくて焦がれていても、近づけないぐらいには。
いったいパトリシアは、どうやって高位貴族の中に飛び込んでいるのだろうか?
まあ、そんなことをしているから、周りから良くは思われていないのだろうけど。
姉としてパトリシアを諌めなければならないのかもしれない。
しかし、クレアにはどうすることもできないし。どうにかしようとも思わない。
だって他人だしぃ。
パトリシアの方から言い出したんだしぃ。
乙女ゲームに関わる気は一切ないクレアだった。
攻略対象者筆頭はライオネルだ。
ライオネルがパトリシアと、どうなっていくかクレアには判らない。
ライオネルがパトリシアのことを好きになるのなら、クレアには見守ることしかできない。
ライオネルは、クレアの本当の家族だ。幸せになってほしい。
好きな人と一緒になることは幸せなことだ。
それなのに、クレアの胸の中にモヤモヤが湧き上がる。
このモヤモヤは何なのか……きっと溺愛の息子を取られる母親の気持ちなのだろう。
パトリシアと仲睦まじいライオネルの姿を想像する。
容姿のパッとしないクレアに比べて、パトリシアがライオネルの隣に並ぶと、それはそれは、お似合いの二人だと思う。
それなのに、ブラッククレアが降臨してしまいそうなのだ。
悪役令嬢の気持ちが良く解る。
もしライオネルがパトリシアの手を取ったなら、ブラッククレアはライオネルに面と向かって“趣味悪ぃ”と言い放ってしまうだろう。
ライオネルルートでは、乙女ゲームのラストである卒業式で、二人は愛を確かめ合い、悪役令嬢を断罪し婚約する。
できれば、悪役令嬢と一緒に断罪してほしい。
いや、悪役令嬢の罪をクレアが被りたい。
そして、二人の前からいなくなってしまいたい……
胸の奥に痛みが広がり、どうすることもできないクレアだった。
つらつらと考え事をしていたクレアだったが、実は今、クレアはとても忙しいのだ。
暗いことを考えている暇はない。
頭を振って、考えを追い払う。
ライオネルを入学式で見た時、クレアは心に決めたのだ。
自分が卒業までの1年間、ライオネルを愛でるのだと。
本当の家族であるライオネルの思い出を心に刻むのだと。
だから今、クレアは木の影に隠れ第1校舎の入り口を伺っている。
仕入れた情報によると、第1校舎から授業を終えたライオネルが出てくるはずなのだ。
クレアは目標の為、ライオネルのストーカーとして頑張ろうとしている。
二人は学年も性別も違う為、接点はほぼゼロ。
だからこそ、こうしてライオネルの出待ちをしているわけだが…
遠い、あまりにも遠い。
第1校舎は王族様や高位貴族様が学ばれる校舎であり、低位貴族のクレア達は近づくことさえままならない。
学園内にウヨウヨいる警備担当の騎士達に追い払われてしまうのだ。
しかし、クレアはめげない。
クレアは立派なストーカーになると心に決めたのだ。
ライオネルの髪の毛の一房でも見えれば御の字だ。
木の影から乗り出すようにして、第1校舎を熱く見つめる。
ポンッ。
肩に軽い衝撃があり、第1校舎へと意識を集中していたクレアは飛び上るほどに驚いてしまった。
慌てて振り向くと、そこには同級生のレティシアが微笑みながら立っていた。
「ウフフ、クレア様も殿下のことが気になるのね。こんな所から覗き見するなんて」
「レティシア様、あの、これは、その……」
「まあ、非難しているわけではないのよ。私も殿下のファンですもの」
レティシアは慌てるクレアをなだめる様に、そっとクレアの左手を取ると、自分の両手で包み込む。
「私も殿下の、いちファンとして、殿下の色んなことを知りたいと思いますもの。
クレア様もそうでしょう。
ねえクレア様、私と一緒に殿下の親衛隊に入りませんこと」
「親衛隊?」
意味が判らず、オウム返しするクレアにレティシアはニッコリと微笑む。
「ええ、殿下が入学されてから、多くのファンの方が出来ましたの。
皆様、殿下を遠巻きに愛でて満足されるのですけれど、一部の方が暴走してしまって…
このままだと殿下に、ご迷惑がかかりそうですの。
それで親衛隊を結成して、殿下をお守りしようという、有志の集まりですのよ」
「はあ……」
クレアは何とも気の抜けた相槌を打つ。
親衛隊とは、まるで漫画かゲームみたいな設定だな。と思い、そうか乙女ゲームの世界だったと思い直す。
「うふふ、親衛隊に入ると、殿下の噂だけではなくて、色々な情報が入ってきますわ。それに殿下の御姿を少しは近くで拝見することが出来ましてよ」
ライオネルを近くで見ることができるっ!
「もちろんっ、入隊させていただきますわっ!」
レティシアの手を握りしめ、二つ返事をするクレア。
クレアがストーカーから親衛隊隊員にランクアップした瞬間だった。
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