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Ⅲ これからの魔王
十六.魔の森の変化
しおりを挟むリーリアは戸惑っていた。いや、困惑しているのだ。
人間に虐げられ、人間を恐れるギルフォードは、町へ行くことができない。
いくら魔の森が自然の恵みに溢れているとはいえ、生活していくうえで、どうしても色々な物を町から調達する必要があるから。
リーリアがガーイナの手を取るということは、町に行くことの出来ないギルフォードを見捨てることになる。
自分がいなくなったら、ギルフォードの生活は立ち行かなくなるのだ。
リーリアはどうすればいいのか迷い、愕然とする。
自分は一瞬でもギルフォードのことを足手まといだと思ってしまったのだ。
ガーイナの手を取るのに、ギルフォードが邪魔だと思ってしまったのだ。
リーリアは自覚する。
自分はガーイナと共に行きたいのだと。ガーイナと一緒にいたいのだと。
そのためにギルフォードを邪魔だと感じ、見捨てようとするなんて、なんて自分は浅ましいのだろう。
「ただいま」
思い悩んだまま陽太のリヤカーに揺られていたリーリアは、魔王城の入り口に着くと、リヤカーから降りる。
手にはギーフの町で購入してきた、香辛料、ギルフォードの下着、干し魚など、魔の森では手に入れることができない様々な品物を持っている。
「お帰り」
ギルフォードが魔王城から出迎えに出て来てくれた。
リーリアはギルフォードの姿を見て、しみじみと思う。
自分はギルフォードが大切だ。大事な家族なのだ。
大事な家族を捨てるなんてできない。小さなギルフォードのことを置いて出て行くなんてできない。
リーリアは決心する。
ガーイナには断りを入れよう。
リーリアは、ガーイナのことが好きだ。初めて好きになった人だ。それでも、リーリアは、ガーイナの手を取ることはできない。
ギルフォードがもう少し大きかったなら、考えが変わっていたかもしれない。
ギルフォードが人間を怖がらず、町へと行けるなら、考えが変わっていたかもしれない。
そんな考えが浮かんでくる自分が嫌だ。家族を捨てようなんて、少しでも考えた自分は、なんて薄情で冷たい人間なのだろう。
それに……
自分が聖女の力を無くしたら、それこそ自分には何も残らない。役立たずの足手まといでしかない。そんな自分に、なぜガーイナが手を差し伸ばしてくれるなんて思ったのか。
自分の家族を捨てようと思った、あさましい自分を。
「危ないっ。リーリア逃げてっ!!」
俯いて考え事をしていたリーリアは、ギルフォードの悲鳴で、顔を上げる。
ギャルルルッ。
いつの間に近づいたのか、二足歩行の巨大な熊がリーリアに迫っていた。
ギョロリとした目が4つも有り、ただの獣ではないことが分かる。
リーリアを屠ろうと、鋭い爪の付いた前足を振りかざす。
「きゃあぁぁっ!」
リーリアは悲鳴を上げるが、その場から逃げることができない。
恐怖に包まれたリーリアは、動くことすら出来ないのだ。
「リーリアッ!」
ギルフォードは、リーリアの元へと走ろうとするが、動けない。
動かない足を見ると、ララがギルフォードの足に縋り付いている。
「放せララッ。リーリアの所に行かないとっ」
小さなマンドラゴラは、ギルフォードの言葉に従うことは無い。
どんなにギルフォードがリーリアの元へ行こうとしても、少しも動くことができないのだった。
バシィィィ!
リーリアに迫っていた熊は、いきなり真横へと吹っ飛ぶ。
熊のいた場所には、太い触手がウネウネと動いている。
シアの触手は、太く、固く変化している。
どれ程の強い力で打ち据えられたのか、熊は倒れると、起き上がることができないのか、もがいている。
「ぐぅがあぁっ」
倒れた熊をドラ子とゴラ男がスコップで叩いている。
熊からすれば、小さなスコップなのだが、熊は大打撃を受けているように、動かなくなっていく。
「リーリア大丈夫?」
やっと動けるようになったギルフォードがリーリアの元へと走り寄る。
「な、なぜ……」
今まで、リーリアは魔の森で魔獣どころか、獣にすら襲われたことは無かったのだ。
それどころか、リーリアの命令に、どんな魔獣でさえ、従ってくれていた。
リーリアは恐怖に動けない。小刻みに震える身体を元に戻すことができない。
なぜ、どうしてと、その思いだけがグルグルと渦巻く。
「もう、無理なんだ……」
ギルフォードは、小さく呟いた。
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