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8 目覚めると、そこは
しおりを挟む目が覚めると、そこは非常にゴージャスな部屋だった。そのうえフカフカなお布団。
お義母様がハーナン侯爵家に来てから、使用人部屋に押し込まれていたから、久々の感触だ。
ところでここは何処?
目覚める前の記憶は成人祝いのパーティーだったはず。
“ざまぁ” をアーネストの威を借りてやっていて……。
そうだっ、アーネスト!
私のためにアーネストの立場が危ないっ。
私はガバリとベッドに上半身を起こす。
「アイリス、起きたの?」
近くから声がした。
それも今一番に会わなければならないと思っていた人の声。
「アーネスト!」
「うん、そうだよ」
「うおっ!」
ベッド近くに置かれた椅子に座っていたらしいアーネストが近づいて来ると、いきなり私に抱き着いた。
「やっと、やっと会えた」
「アーネスト……」
私が何とか手紙をアーネストに出すことができてから、手紙のやり取りは何度かしていたけど、実際に会えたのは成人祝いのパーティーだった。
それもジェイニー達がいたから、再会を喜ぶ暇はなかった。すぐに “ざまぁ” に突入したから。
私もアーネストの背に手を回す。
会いたかった。本当に会いたかった。
どんなにアーネストに会いたいと訴えても、叶えられることはなかった。
屋敷に閉じ込められ、可愛がってくれていた使用人達もいなくなり、何もかも取り上げられた。
アーネストに会うのに、こんなに時間がかかってしまった。
「私も会いたかった」
背に回していた両手を動かして、アーネストの顔を覗き込む。
幼かったアーネストが、こんなに大きくなっているのが信じられない。
「小さい頃もキラキラしていたけど、やっぱり美青年になったわねぇ」
思わずホゥと、ため息が出てしまう。
屋敷の中で思い描いていたアーネストよりも3倍。ううん、5倍ぐらいは美形度が高い。王子様ハンパないな。
「アイリスも綺麗になった」
「あ、いやぁ……」
アーネストが、お世辞を言ってくれるのが痛い。
自分で自分のことは分かっているからね。残念なことに、幼い頃から寸分たがわぬモブ顔のままだ。
私が物語の主人公だったら、主人公マジックで美人さんに成長できていただろうけど、モブはどう転んでもモブだった。
まあ、幼馴染に気を使えるまでにアーネストが成長したことが分かったから、良しとしよう。
「せっかくの成人祝いのパーティーだったのに、“ざまぁ” で騒いだうえに、急に倒れちゃってごめんなさい。なんとお詫びをすればいいか」
「大丈夫だよ。“ざまぁ” をやるのは父上にも事前に伝えてあったからね。迷惑どころか母上や兄上が自分達も参加したいって騒いでいたぐらいだよ」
「王妃様と殿下が……」
王宮主催のパーティーで騒ぐのだから、アーネストにお願いして、陛下にはある程度話をしてもらっていた。こんなことを快諾してくださった陛下の心の広さには感謝しかないのだが、王妃様や殿下が参加したいって、何がしたかったの?
「アーネスト。お父様達がどうなったか知っている?」
私が途中で倒れてしまい、最後まで “ざまぁ” することができなかった。
成人している私は、あの場で絶縁を叩きつけ、跡取りがいないことを周知させたかった。
ハーナン侯爵家は世襲貴族だから、正しい血統を護る責務がある。跡取りをすり替えるなど王家に対する冒涜だ。家を潰されるどころか、両親の首が飛んでもおかしくない。
だけど、今の段階で両親を罪には問えない。
お父様がやったことは、私を屋敷に閉じ込めていただけ。まだジェイニーが跡を継いだわけではないから。
いくらジェイニーが跡継ぎにはなれないとなったところで、お父様が侯爵を引退するまでの数十年間は、お義母様とジェイニーは侯爵家で贅沢に暮らしていけるだろう。その間にジェイニーが一生遊んで生活できる財産を残してやることもできる。
悔しいなぁ……。
「ハーナン侯爵は隠居することになったよ。自ら領地の離れにある別邸に後妻と連れ子と共に移るそうだ」
「はぁ? どういうこと。隠居って、お父様はまだ40代よ」
「ハーナン侯爵家はターダ男爵の次男キリオを養子に迎えることになった。キリオはまだ12歳だから親の庇護が必要だ。キリオが成人して爵位を継ぐまで、ターダ男爵が侯爵代理をする」
ターダ男爵とはお父様の末の弟。私の叔父にあたる人なのだが、話が急すぎてついていけない。
「アーネストが何をいっているのか分からないわ。いくら私が跡を継がないと言っても、まだ先の話でしょう?」
「ハーナン侯爵は後継者のすり替えをしようとしていたことを俺に知られてしまった。言い逃れするだろうから、このことで罰を問われることは無いけど、王家には睨まれてしまったからね。それに元からハーナン侯爵は、あくどいという程ではなかったけど、清廉潔白でもなかった。叩けば埃が出るくらいには後ろ暗い所があった。俺は頑張って叩いたよ」
褒めて褒めてと言わんばかりにアーネストがキラキラした目をこちらに向けてくる。
アーネスト、何を頑張ったの? 何を叩いたの?
「大丈夫だよ。裏口座までキッチリ押さえたから、ほぼ着の身着のままで別邸にやられる。貧しい生活しかできないし、社交界には戻れない。平民のジェイニーとは2度と会うことはないよ。チャールズがどうなったかは知らないけど」
たぶんチャールズは平民のジェイニーとは結婚しないだろう。ただ、パーティーで醜態を晒していたから、次の婿入り先の話が来るかは分からないけど。
「ね、ねえアーネスト。私ってばパーティーで倒れてから、どれくらいの時間が経っているのかしら。もしかしたら数年間寝たきりだったりして……」
いくら何でもハーナン侯爵家の処遇が早すぎる。
隠居とか養子とか、そんなに簡単に決まる話じゃない。
「倒れて2時間くらいかな」
「たった2時間! それでどうやったら、ここまでことが進むのよ?」
「いやだなぁ、アイリスから手紙を貰ってからパーティーまで時間があったじゃないか」
「え、ええ?」
「俺の大事なアイリスを虐げた奴らを野放しにしておくとでも思ったの。こうやってアイリスが無事に俺の元に来てくれたから、もう我慢はしなくてよくなったよ」
アーネストはニッコリと笑う。
止めて。眩しい光を背負ったような笑顔の中心を仄暗くしないで。
結局、私は全てをアーネストに丸投げしてしまったということなのね。
無理矢理モブな私の恋人役まで押し付けて……。
そうよ、恋人役っ!
「アーネストごめんなさい。私があなたを利用したから周りの人達に変な誤解を与えてしまったわっ。こんなモブの恋人役だなんて、なんとお詫びをすればいいか」
私は勢いよく頭を下げる。
「だけど安心して。私はいなくなって2度と社交界に関わることは無いわ。モブ顔の私のことなんか、明日には皆の記憶から無くなっているはずよ。アーネストがパーティーで連れていた恋人のことは、誰も憶えてなんかいないわ」
グッジョブモブ顔。生まれて初めて地味顔で良かったと思ったわ。
「あ゛ぁ」
勢い込む私に反して、アーネストが変な声を出した。
不機嫌そうというか、目が怖いというか。怒っているの? いなくなるぐらいじゃ駄目なのかしら。
「あっ、あの、もちろんドレスや扇の代金は何年かかってもお返しするわ。アクセサリーはレンタルということで、レンタル料金にしてもらえると、ありがたいなぁなんて……」
ベッドに寝ている私は、いつの間にかドレスを脱いでガウンを着ている。
コルセットでギュウギュウ絞められていたから、そのまま寝かせるわけにはいかなかったのだろう。
扇やアクセサリーも無くなっているから、返却済と考えていいわよね。
「いなくなるってどういうこと?」
「ちょっ、アーネスト顔が近いわよ。だって私はハーナン侯爵家に帰るつもりは無いもの、平民になって、どこかで地味に暮らしていけたらって」
「ふーん。そういう考え」
怒ってる、怒ってるよ。アーネストが怒ってる。
私なにか地雷を踏んだ?
だんだんと近づいてきたアーネストを押しとどめようとしたけど、壁ドンならぬベッドドンされてしまい、泣きそうになる私なのだった。
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