上 下
6 / 9

5 最終話

しおりを挟む


アルバンから離れたくて、闇雲に走った俺は、大きな建物に辿り着いた。
入学式の行われる講堂みたいだ。
このまま講堂に入って式に参列しようかな。
入り口の横にはクラス分けが書かれたボードがあり、多くの生徒達が覗き込んでいる。
そういえば俺は自分のクラスをまだ知らなかった。そちらへと向かう。

「ティティ!」
「うわっ」
いきなり背後から腕を取られた。

驚いて振り返ると、息を切らせたアルバンがいた。
俺よりも足の速いアルバンが、追いつくのに少しかかったのは、馬車を降りた時点で付き添っていたアルバンの側近達から止められたのかもしれない。
振り切って来たんだろうな。少し離れた所に、こちらに向かって走ってきている側近達が見える。

俺を追って来てくれた。そのことが嬉しい。
ヒロインユリアナと攻略対象者アルバンが出会ってしまったから、ファーストイベントが発生すると思った。
アルバンとユリアナとの距離が縮まって、二人がお互いに好意を持ってしまうのだと思い込んでしまったんだ。
それが嫌で逃げ出した。
目の前でユリアナに惹かれるアルバンを見たくなかった。

「アルバン……。ユリアナはどうしたの?」
「ユリアナ? あの女子生徒がどうかしたのか? いきなり走り出したのは、ユリアナが原因なのか? もしやティティはユリアナから危害を加えられていたのか……。許せないな。絶対に許せない。もう学園には来ることは出来ないように……。いや、いっそ家ごと潰すか」
俺の問いに、アルバンは何かブツブツと独り言を呟いて、答えてはくれない。

アルバンは、そのまま考え事をしているのか俺を見ない。
ユリアナのことを考えているの? もう俺のことが嫌になった? そうだよな、俺は悪役令息になってしまったから。
乙女ゲームのストーリー通りになんかならないと、たかを括っていたのに、簡単にヒロインに暴言を吐く嫌な奴になってしまった。

怖い。
このままヒロインに意地悪をし続けてしまうことが。
だってユリアナに暴言を吐いた時、俺はスカッとしてしまったんだ。やってやったと罪悪感なんて、これっぼっちも持たなかった。
だから分かった。もうゲームの強制力からは逃げられないんだと。

アルバンだって、人を虐め続ける婚約者には愛想を尽かすだろう。今まで俺に優しくしてくれていたのに……。
このまま俺が婚約者でいると、アルバンに迷惑をかけてしまう。
それならば、いっそ……。

「アルバン、別れよう!」
取られていた腕を振り払うと、後ろに1歩さがる。
嫌だ、こんなこと言いたくない!
でもアルバンのことを思うなら、これが最善の方法なんだ。涙が溢れそうになるのを、必死で堪える。

「え? 別れようとは、別々に講堂に入ろうということかい」
「違う。婚約を解消しよう!」
「はあっ!? ティティいきなり何を言い出すんだ。婚約を解消だなんて、私はティティに何か嫌われるようなことをしてしまったのかい? ……まさか、ユリアナとかいう女生徒のせいなのか? ユリアナのことが好きになったとか言わないよな」
離れようとする俺の両肩をアルバンが掴む。強い力に肩が痛い。
いつもは余裕のある態度をしているのに、今のアルバンの表情は必死さがある。

「違うっ。ユリアナは関係無い。俺が婚約者だとアルバンに迷惑がかかってしまうんだ。俺は悪役令息だから、強制力で周りに意地悪をしてしまう。どうしても止められないんだ! このまま婚約を続けていたら、周りからアルバンが笑われてしまう。だから婚約解消しなきゃならないんだ!」
俺は叫ぶ。とうとう涙が溢れてしまって止められない。

「ああ、ティティ泣かないで。何が言いたいのか分からないけど、私のことを思って婚約解消をしようとしているんだね。ティティは婚約解消をしたくはないのだよね」
「うっ、ぐすっ。お、俺だって嫌だよぅ。アルバンと別れるなんて嫌だ。でも、そうしなきゃならないんだ。俺は悪役令息だから何をするか分からないんだ。アルバンに嫌われるに決まっている」
とうとう泣き声になってしまった俺をアルバンが強く抱きしめてくれる。
本当は離れなくちゃいけないのに、アルバンの腕の中から出たくない。

「私がティティを嫌うはずがないだろう」
「で、でも俺はユリアナに暴言を吐いてしまって……」
「さっきのユリアナのご母堂の身体的特徴のことかい? あれは暴言と言うのかな? あの時のティティは胸を張って得意げで、可愛らしくてポイントが高かったよ」
「庇ってくれなくていいんだ。俺は嫌なのに意地悪をしてしまう。これからも止められない。アルバンに迷惑をかけられない」
「ティティ、私を見て」
アルバンの胸に顔を押し付けて、泣き顔を見られないようにしていたのに、そっと顔を持ち上げられ、アルバンと目を合わせられる。

「ティティが誰かに意地悪をするのはいけないことだ。でも、そんなことで私はティティと別れないよ。それにティティが意味も無く人に意地悪をするわけはないのだから、その原因を私が取り除いてあげる。ティティが意地悪をしなくてもいいように、私がティティを護るよ」
「アルバン……。意地悪な俺のことを嫌いにならないのか?」
「なるわけないよ。私はこんなにもティティのことを愛しているのだからね」
アルバンは俺の額にキスをしてくれる。
縋ってもいいのだろうか? 悪役令息の俺が婚約者のままでは、アルバンに迷惑をかけてしまうのに。

「可愛いティティ、婚約解消なんて酷いことを言わないでくれ。ティティが私から離れてしまうなら、私の心は死んでしまう」
「本当に? アルバンは俺を嫌いにならない。俺のことが邪魔にならない?」
「当たり前だよ。ティティを嫌うことなんてないよ。それに私から離れることができるなんて思わないでね」
「ありがとうアルバン!」
俺は嬉しくてアルバンに思い切り抱き着くと、グリグリと頭を押し付ける。涙どころか鼻水までアルバンの胸に着いてしまったかもしれない。

「ああティティが可愛すぎる。このまま部屋に閉じ込めてしまいたい……。いや、いけるかもしれない。学園にはそもそも行きたがってはいなかったのだから、そこを押せば、コーリラル公爵家も反対しづらいだろう。フフフ」

「殿下の笑顔が怖い……」
「ティオリ様逃げてぇ」
アルバンが何かを呟いて、その言葉に近くにいる側近達が反応している。
だけど、嬉しくてアルバンの腕の中にいる俺の耳には入らない。

これからも乙女ゲームの強制力はあるだろう。悪役令息の俺は、残虐非道なことを仕出かしてしまうかもしれない。
それでもアルバンがいてくれるなら俺は大丈夫。
アルバンが俺のことを好きだと言ってくれるのなら、俺は乙女ゲームには負けない。

悪役令息から脱出してやる! そう確信することが出来たのだった。





――― ――― ――― ―――

これにて完結です。

続いて番外編を2編投稿します。
アルバンのお兄さん視点と、乙女ゲームがスタートした日常です(うっすらとHです)。
引き続き読んでくださると嬉しいです。
よろしくお願いします。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

攻略対象者やメインキャラクター達がモブの僕に構うせいでゲーム主人公(ユーザー)達から目の敵にされています。

BL
───…ログインしました。 無機質な音声と共に目を開けると、未知なる世界… 否、何度も見たことがある乙女ゲームの世界にいた。 そもそも何故こうなったのか…。経緯は人工頭脳とそのテクノロジー技術を使った仮想現実アトラクション体感型MMORPGのV Rゲームを開発し、ユーザーに提供していたのだけど、ある日バグが起きる───。それも、ウィルスに侵されバグが起きた人工頭脳により、ゲームのユーザーが現実世界に戻れなくなった。否、人質となってしまい、会社の命運と彼らの解放を掛けてゲームを作りストーリーと設定、筋書きを熟知している僕が中からバグを見つけ対応することになったけど… ゲームさながら主人公を楽しんでもらってるユーザーたちに変に見つかって騒がれるのも面倒だからと、ゲーム案内人を使って、モブの配役に着いたはずが・・・ 『これはなかなか… 面白い方ですね。正直、悪魔が勇者とか神子とか聖女とかを狙うだなんてベタすぎてつまらないと思っていましたが、案外、貴方のほうが楽しめそうですね』 「は…!?いや、待って待って!!僕、モブだからッッそれ、主人公とかヒロインの役目!!」 本来、主人公や聖女、ヒロインを襲撃するはずの上級悪魔が… なぜに、モブの僕に構う!?そこは絡まないでくださいっっ!! 『……また、お一人なんですか?』 なぜ、人間族を毛嫌いしているエルフ族の先代魔王様と会うんですかね…!? 『ハァ、子供が… 無茶をしないでください』 なぜ、隠しキャラのあなたが目の前にいるんですか!!!っていうか、こう見えて既に成人してるんですがッ! 「…ちょっと待って!!なんか、おかしい!主人公たちはあっっち!!!僕、モブなんで…!!」 ただでさえ、コミュ症で人と関わりたくないのに、バグを見つけてサクッと直す否、倒したら終わりだと思ってたのに… 自分でも気づかないうちにメインキャラクターたちに囲われ、ユーザー否、主人公たちからは睨まれ… 「僕、モブなんだけど」 ん゙ん゙ッ!?……あれ?もしかして、バレてる!?待って待って!!!ちょっ、と…待ってッ!?僕、モブ!!主人公あっち!!! ───だけど、これはまだ… ほんの序の口に過ぎなかった。

案外、悪役ポジも悪くない…かもです?

彩ノ華
BL
BLゲームの悪役として転生した僕はBADエンドを回避しようと日々励んでいます、、 たけど…思いのほか全然上手くいきません! ていうか主人公も攻略対象者たちも僕に甘すぎません? 案外、悪役ポジも悪くない…かもです? ※ゆるゆる更新 ※素人なので文章おかしいです!

マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

推しの悪役令息に転生しましたが、このかわいい妖精は絶対に死なせません!!

もものみ
BL
【異世界の総受けもの創作BL小説です】 地雷の方はご注意ください。 以下、ネタバレを含む内容紹介です。 鈴木 楓(すずき かえで)、25歳。植物とかわいいものが大好きな花屋の店主。最近妹に薦められたBLゲーム『Baby's breath』の絵の綺麗さに、腐男子でもないのにドはまりしてしまった。中でもあるキャラを推しはじめてから、毎日がより楽しく、幸せに過ごしていた。そんなただの一般人だった楓は、ある日、店で火災に巻き込まれて命を落としてしまい――――― ぱちりと目を開けると見知らぬ天井が広がっていた。驚きながらも辺りを確認するとそばに鏡が。それを覗きこんでみるとそこには―――――どこか見覚えのある、というか見覚えしかない、銀髪に透き通った青い瞳の、妖精のように可憐な、超美少年がいた。 「えええええ?!?!」 死んだはずが、楓は前世で大好きだったBLゲーム『Baby's breath』の最推し、セオドア・フォーサイスに転生していたのだ。 が、たとえセオドアがどんなに妖精みたいに可愛くても、彼には逃れられない運命がある。―――断罪されて死刑、不慮の事故、不慮の事故、断罪されて死刑、不慮の事故、不慮の事故、不慮の事故…etc. そう、セオドアは最推しではあるが、必ずデッドエンドにたどり着く、ご都合悪役キャラなのだ!このままではいけない。というかこんなに可愛い妖精を、若くして死なせる???ぜっったいにだめだ!!!そう決意した楓は最推しの悪役令息をどうにかハッピーエンドに導こうとする、のだが…セオドアに必ず訪れる死には何か秘密があるようで―――――?情報を得るためにいろいろな人に近づくも、原作ではセオドアを毛嫌いしていた攻略対象たちになぜか気に入られて取り合いが始まったり、原作にはいない謎のイケメンに口説かれたり、さらには原作とはちょっと雰囲気の違うヒロインにまで好かれたり……ちょっと待って、これどうなってるの!? デッドエンド不可避の推しに転生してしまった推しを愛するオタクは、推しをハッピーエンドに導けるのか?また、可愛い可愛い思っているわりにこの世界では好かれないと思って無自覚に可愛さを撒き散らすセオドアに陥落していった男達の恋の行く先とは? ーーーーーーーーーー 悪役令息ものです。死亡エンドしかない最推し悪役令息に転生してしまった主人公が、推しを救おうと奮闘するお話。話の軸はセオドアの死の真相についてを探っていく感じですが、ラブコメっぽく仕上げられたらいいなあと思います。 ちなみに、名前にも植物や花言葉などいろんな要素が絡まっています! 楓『調和、美しい変化、大切な思い出』 セオドア・フォーサイス (神の贈り物)(妖精の草地)

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

処理中です...