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第一章

第四話 ロルフ -4-

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 翌日の朝アジトへ向かうと、レーアが玄関で待っていた。どうやら応接室でメンバーになるか否かを尋ねられるらしい。向かったのはガストールさんの私室であった。
 レーアとは扉の前で別れて、俺が一人で部屋に入る。そしてガストールさんから直接メンバーになるかを確認されたので、肯定する。
 その後は証文を2枚書いた。証文にはガストールファミリーの印が押され、それを半分に切って互いに保管するらしい。ガストールさんは証文を棚に、俺は懐にしまう。
 これで晴れて俺はメンバーとなった。するとガストールさんが手を叩いた。扉の前で待機していたのだろう、メンバーの皆が続々と部屋に入ってきて次々に肩を叩いたりして一瞬でもみくちゃにされた。
 ガストールさんは戸棚から1つの大きな盃と酒の瓶を取り出していて、盃に注いでいた。そして、ガストールさんから順に古株のメンバーへと盃が渡っていく。レーアが俺に盃を渡し、俺がそれを受けて残った酒を飲み干す。
 珍しい、葡萄の蒸留酒であった。

 これで俺はもう、ギャングだ。後戻りも、後悔もしない。




 メンバーになって一週間ほど経ったある日。俺は初めて人を殺す仕事を受け持った。殺すまでは問題がなかったしむしろ淡々と行っていたため、同行したメンバーが驚くほどだった。
 そして、殺しの仕事は一度やってしまえば簡単であった。ヴィサに与する人間を闇討ちするという直接的なものから、拐ってアジトに連れ帰るといった間接的なものまでを機械的にこなしていった。

 ただ、俺は心が弱かったんだと思う。次第に殺した人の姿を至るところで幻視するようになった。そして、そんな亡霊をかき消すために俺は酒に溺れていった。
 でも、そんな姿を見せることは無いようにメンバーの皆の前では努めて平静に振る舞った。ただ一人、俺の部屋にたまたま訪れたレーア以外は俺が亡霊に苦しんでいるということは知らなかったのだと思う。
 俺が亡霊に苛まれていると知ったレーアに殺しの仕事を止めるように頼まれた。

 だが、俺は止めなかった。何故ならば敵対組織の人間を殺すことで少なくともガストールさんたちの役に立てる。そう信じていたからだ。
 俺の答えを聞いたレーアは何も言わなかったが、その日から俺が殺しの仕事をする度に部屋にやって来てただ俺の愚痴を聴いたり亡霊の姿に怯える俺が安心できるようにそばに居てくれた。






 だが、日増しに自責の念は強まっていった。どこを見ても亡霊の山、山、山、山。そしてそれを忘れるために仕事をし人を殺し帰れば酒に溺れる。そんな毎日を繰り返していた。
 この頃にはオーラフ、ヤープ、ヘイニラ、エドガルドの全員が死んでしまっていたこともあり、かつての仲間を失ったという事実が更に精神を蝕んでいったと思う。
 俺は壊れてしまったのだ。




 仕事に向かえなくなったのは、殺しの仕事を始めてから一月もかからなかった。だから俺はガストールさんに話をしたいとレーアを介して伝えることにした。

 証文を手にアジトに向かい、ボスの部屋へ向かう。そこにはレーアも居た。
「ガストールさん、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな。ロルフ」
 極力亡霊を見ないように、とすると焦点を合わせるということをしないのが手っ取り早い。だからこそガストールさんの姿はぼんやりと写っていて、上手く顔が見えなかった。
 ただ、声だけははっきりと聞こえた。聞き慣れていた厳しい声ではあるが、優しさのある声だった。
「本日はお願いがあって、お呼びしました」
「ここを辞めたい、違うか」
 ガストールさんの手には何かの書類があった。ぼやけていてよく見えないのだが、俺の書いた証文なのだろう。
「はい、その通りです」
「メンバーは抜けることが許されない、抜けるならば死を意味する。このことは当然知っているな」
「はい。知ってます」
「そう、か」
 少しだけ亡霊が収まってきたので、焦点を合わせた。ガストールさんの顔は悲しげであり、そんな顔にさせてしまっていることが申し訳なかった。

「俺はもう、人を殺せません。だからお役に立てません。役立たずは不要でしょうから、早く殺してください」
「うちには人を殺さない仕事もある。それを受け持つことは可能か」
「どこに行っても必ず亡霊が浮かびます。もう俺は無理です。申し訳ありません」
「そう、か。申し訳ないな、ロルフ。お前には殺しの仕事をさせるべきではなかったんだ。私の失策だよ」
「いえ、違います。俺の、俺の心が弱かったんです。ガストールさんたちのせいじゃありません。拾っていただいたのに使い物にならなくて申し訳ないです」
「謝らないでくれ、ロルフ。君は今まで本当によくやってくれた。むしろ、頑張りすぎたくらいだ」

「だからな、ロルフ」
 ガストールさんが1枚の証文をこちらに渡してきた。そこには”新しくメンバーに加入するもの”として俺の名前が書かれていた。
「君の証文を貸してくれ。こちらと符合するほうを、だ」
 印を重ねて符合するものを見つけ、ガストールさんに手渡す。
「これが、私からのせめてもの詫びだ」
 そう言うとガストールさんは証文を焼き捨てた。
「お前に書かせた証文は2枚あっただろう。そのうちの1枚はな、既に死んでいる男に名前を書かせてあるんだよ」
「どういうこと、でしょうか」
「メンバーに加入した時に書く証文というのは一応は役所の方にも届け出をだすんだ。そして役所を介して他のギャングにも伝わる。私がその時に出したのは燃やしていない方の、この死んだ男の証文だったのさ」
「バカ娘がお前に証文の話をしたと言ったらしいからな。お前を加入させるにあたって証文を書かせなければならなかったんだ。そうでなければこんな憲兵隊に潰されかねない綱渡りな行為はしないさ」
「これで、ロルフという男が私達ファミリーにいた形跡は消えた。足を洗った後は自由に何処にでも行くと言いさ。私達なりのお詫びだ」
「それと、な。餞別として今のお前が使っているあの部屋はやろう。それと、
これもだ」
 ガストールさんがこちらに小瓶を放り投げたので、慌ててそれを抱き止める。盃を交わしたときに飲んだ、あの酒であった。

 そしてガストールさんは俺に背を向けるなりレーアを呼んだ。
「おい、レーア。私の部屋にうちのファミリーではない奴が侵入しているぞ。早くコイツを摘まみ出せ」
「はい、わかりました。ボス」
「おい、そこの男。ゴミ山に埋めてやるから覚悟しろ。怪我をしないように頭をしっかり抱えろ。それと、くれぐれもその瓶を割らないように気を付るんだな」
 レーアは大股でこちらに来ると俺を壁の方へと蹴飛ばした。
 すると壁が回転し、何やら長い通路を滑り落ちていき、気がつけば東のゴミ山の横へと滑り出ていた。
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