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第二章

51. 手紙

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 レオンスが緊急時用の抑制剤からくる副作用に苦しみ、救護室で三日ほど世話になってから数日後。
 その日、レオンスに手紙が届いた。

「レオンス、お前宛ての手紙だ」
「ありがとう」

 ファレーズヴェルト要塞には数ヶ月に一度、家族や友人知人から兵士宛ての手紙が届く。
 兵士の中には、遠く離れた帝都や疎開先で家族が待つ者も多い。いや、ほとんどは誰かしら待ち人がいる。父や母、兄弟姉妹。友人や前職の仲間や、恋人や伴侶。それに想い人など。レオンスにもこの何ヶ月かのうちに手紙が届いた。母や叔母、妹からの手紙だ。

 それらは支援班の通信を担う兵士たちによってさばかれ、それぞれの宛て先へと配られるのだ。通信業務の補佐をすることも多いレオンスはその日、帝都から届いた木箱に入った手紙を他の兵士と共に確認していた。
 緊急薬の副作用も無事に落ち着き、救護室から自室へ戻れるようになった日から、レオンスは支援班の任務に復帰していた。

 今日、レオンスに渡された手紙は三通。
 いつもは二通なので、レオンスは「おや?」と思った。

(友達の誰かか、それか商会のジルダさんかな?)

 ジルダは、レオンスが徴兵される前まで世話になっていた商会の主だ。
 彼はやり手の商人で、父の友人でもあった。ジルダはベータだが、アルファの父と仲が良く、二次性への理解が深いこともあってレオンスの働き先として何かと世話を焼いてくれたのだった。彼とは親戚のような付き合いをしている。
 ジルダは少しだけ片目の視力が悪い。それが理由となって、戦地への出兵は免れていた。商人としての腕は買われて、帝都で物資調達の任を受けているらしいが、身内のようなジルダが危ない地へ赴かずにすむことはレオンスにとって有り難いことだった。

 もしかしたら、その彼からも手紙が届いたのかもしれない。
 レオンスの徴兵が決まったことは、彼も知っているからだ。

「おーい。手、止まってるぞー」
「っと、すみません」

 三通の手紙を前に、あれこれと考えを巡らせて、ぼーっとしていた。
 レオンスは声をかけてくれた隣の兵士に軽く頭を下げて、自分宛ての手紙はひとまず端へと押しやった。まだ送り主は見ていないが、あとでゆっくり確認すればいい。
 手紙は作業が終わった夜にでも読むことにして、まずは作業に集中しなければ。

 目の前の木箱には、まだこんもりと手紙が入っている。
 自分のように手紙を楽しみに待っている兵のため、手早く捌いて、それぞれのもとへ一刻も早く配ってやりたい。

 そう思いながら、レオンスは木箱に手を伸ばした。手紙を一つ一つ丁寧に、送ってくれた人の心も届くようにと細やかな願いも込めながら、宛て先を確認する作業を再開した。





 作業が終わったあと、レオンスはいつもより遅めの夕食を終えて、自室で荷物の整理をしていた。
 帝都から届いた手紙たちは思っていた以上に量が多く、全部の手紙を配り終えるまでに時間がかかってしまった。

 要塞には二つの部隊が淹留えんりゅうしているので、全体としての手紙の量は四部隊がいた頃よりは少ない。ただ、捌く人数も減ったのと、二部隊分にしては手紙の数がとても多かったため、手間取ったのだ。

 南の地での開戦は、帝都や疎開地にも少なからず波紋を呼んだようだ。加えて、帝国と皇国の戦争は長期化している。誰しもが不安ななか、大切な人が無事に帰ってくることを待ち続けている。
 そういう事情もあってか手紙を送る人が増えたのだろう。手紙が届くのは数ヶ月に一度だが、その間に何通も手紙をしたためた人もいるようだった。

 木箱に溢れるようなほどに山積みになった手紙。そんな木箱が何個もあった。
 あの手紙の数は、人々の想いの数。強い想いの証であり、重さであった。

 手紙の対応にあたっていた支援班の面々は、レオンスも含めて、早く手紙を届けてやりたかった。その一心で、大量の手紙を捌いたのだ。

(そうだ、俺も手紙が届いてるんだった)

 夕飯が終わったら読もうと思っていた、サイドチェストの上に置きっぱなしにしていた手紙を手に取る。
 じっくり、ゆっくりと読もうと思っていたので、レオンスはベッドに深く腰をかけた。

 一通目は、母と叔母からの手紙だった。
 それぞれ二枚ずつの便箋に綴られていて、いつものように二人の名前が連盟で封筒の後ろに書かれている。

 綴られていたのは、体調を心配する内容と、怪我や困っていることはないかといったこと。それに帝都で最近起きているという小さな暴動や、食糧事情があまり良くないといった話など。皇国による帝都への本格的な進軍はまだされていないようで、軍兵の負傷者が僅かにいるものの、市民に大きな被害はないようだった。
 ただし、暴動というのは少し気になる。

 手紙によれば、戦争の長期化に伴って不満や不安を抱えた市民が、ちょっとした騒ぎを起こしているらしい。
 母も叔母も、その手の騒ぎに加担するような人間ではないとレオンスもわかっているが、巻き込まれないかと心配になった。どちらも「こちらのことは気にせず、役目を終えて無事に帰ってきてほしい」と書いてあり、レオンスは胸が苦しくなった。

「母さん……叔母さん……。きっと大丈夫。早く帰れるように、頑張るよ」

 もともと軍で働いていたわけではない自分が、この要塞でやれることは少ない。
 オメガということもあって、アルファやベータほどの力になれているとは残念ながら言い難いのは事実である。それでも、終戦を待ち続けている人からすれば自分は希望の一端なのだ。
 そのことを改めて感じて、レオンスは早く戦争が終わるように何ができるのか、と深くため息をついた。

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