46 / 77
46. 答えが行方不明
しおりを挟む「っはは。お前、昔っから、そーいう可愛い一面があるよなぁ」
「揶揄うなよ……」
複雑な心境を吐露する綾春に、中井は軽口を叩く。馬鹿にしているわけではない彼の態度に、綾春は少しだけ肩の力を抜いた。
昔から、誰かに告白されると、その都度真剣に考えてきた。
相手は多かれ少なかれ勇気を出して想いを伝えてくれたのだから、こちらとしても精いっぱいの誠実さで返すのが礼儀だと考えているからだ。蓋を開けてみれば、軽いノリで告白しただけ、なんて人もいたけれど、たとえそうであっても綾春からはきちんと返事をするのが誠意だと思ってきた。
蓮哉の告白は、その場のノリという雰囲気ではなかった。真剣な想いをぶつけてくれたことは、ちゃんと理解している。
むしろ、だからこそ、こんなに頭がこんがらがってる。
「相手は俺のこと、好きなんだって。でも返事はいつでもいいって言われた」
「ふーん?」
「返事とは別に、プレイは続けてもいいし、それはそれで嬉しいんだって。俺がプレイ不足のときに自分を利用してくれて構わないとも言ってた」
「そりゃまた随分と我慢強い相手だな」
ははっ、と中井が重い空気を蹴飛ばすように笑う。
綾春が落ち込んでいるときに、中井はこうしていつもと変わらぬ態度で話を聞いてくれる。Subの性質ゆえか、一度メンタルが沈み始めると浮上しづらい綾春としては、彼のそういう面にいつも助けられるのだ。
「そんで、返事もせず、会いもせず……ってうちに、そんなになってる、と」
「こんなことで仕事に支障きたしてごめん。ほんと、情けないよな……」
綾春は頭を下げながら、手のひらに熱を奪われて温くなってきたカフェラテの缶をようやく開けた。一口飲むと、甘さがじんわりと広がる。
「相手が気にしないってんなら、いったん返事は保留にしてプレイしに行けば? そいつ、気にしないって言ってるんだろ。躊躇う気持ちはわかるけど、プレイ不足で体調崩してちゃ世話ねーだろ」
「う……ほんと、ごめん……」
中井の言うことはもっともだ。
体調管理を疎かにして周りに迷惑をかけるのは、社会人として愚かで恥ずべき行為だ。それは夏に起こしたサブドロップの一件でも、十分身に染みたはずだったのに。
「そいつと最後までしたの、後悔してんの?」
「……どうだろ」
「じゃあ、好きって言われて嫌だった?」
「……たぶん、嫌じゃない」
「つーかお前、そいつに会いたいのは会いたいんだろ?」
「…………」
そう。会いたいのは会いたいのだ。
でも、なんで会いたいのかがわからない。
……自分の気持ちに自信がない。
「そいつのこと、お前も好きなんだろ?」
「……わからない」
好きだ、とは思う。
でもその『好き』の理由がわからない。
「俺より高ランクのDomなんていないから、それで気になってるだけなのかもしれない……。だってさ、今までないくらいにSubとしての欲求が満たされたんだ。でもそれってつまり、体目当てで好きになったってことだろ……。そんなの、相手にも申し訳ないし、こんな自分が気持ち悪い」
今まで恋愛してきたDomはみんな、綾春よりランクが下だった。
高くてもB。そりゃそうだ。Aランクなんて滅多にいない。
プレイで多少満たされなくても、相手のことが好きで、恋愛として満たされていれば楽しかった。もう別れてきた相手だから未練なんてないけれど、付き合っているときはプレイは関係なく、ちゃんと相手を好きだったと思う。
じゃあ蓮哉については、どうだろう——。
そう真剣に考えてみて、好きかどうかなんて気持ちに自信が持てなかった。
頻繁に会うなかで彼自身に興味が湧いたし、為人を知るうちに恋しそうになっている自分に気づいてはいた。あの日だって、揺れ動く自分の気持ちに、まずいと思ったことを覚えている。
けど、その気持ち全部が「満たしてくれるプレイをしてくれる相手だから」という理由だとしたら……? それは、なんて不純な感情なのだろう。
プレイで満たされることなんて初めてだったから好きになったのだと。そう言われても、たぶん否定できない。
「一度最後までしたのがまずかったのか、最近抑えが効かないんだ。それで会いたいって思うのは、都合よくSub欲を発散させたいからじゃないのか? Subの俺は、淫乱で変態だから……ただ、満たしてほしいだけなのかもしれない」
ランクに見合わぬ高い欲望を満たしてくれる相手だから——。
たったそれだけのことで、相手のことが気になっているのではないだろうか。
SランクのDomならば、蓮哉じゃなくても同じ気持ちになるんじゃないか。
「好きって、なんだっけ……」
呟きが、冬の冷たい空気に溶けていく。
「プレイがよかったら好きだ、なんて酷いだろ。でも結局、俺ってそういうやつなんだよ。恋愛もプレイも同じ人がいいなんて言ってさ、結局は体がよければ誰だっていいんだ。同じがいいって、きっとそういう意味だったんだ……ほんと、自分に呆れる」
恋愛もプレイもセックスも同じ人がいいっていうのは、体の相性がよければ好きになるって意味だった。プレイの相性がよかったから好きになる——自分はそういう軽薄な人間なのだ。
「だめだ……頭ん中ずっとぐるぐるしてて、気持ち悪い……しんどい……」
中井に話せば気持ちが軽くなるかとも思っていたけれど、話したからこそ自分の気持ちに目が向いてくる。
プレイの相性が良かったから、相手のことが気になっているだけなのだと。そういう浅ましい感情で相手に期待して、好きなんて嬉しい言葉をかけられていい気になっている。
甘かったはずのカフェラテの味も、なんだかわからなくなってきた。
はぁ……と三度、重く息を吐く。手のひらはまた冷たくなってきて、視界もなんだか揺らいでいる。まだ半分以上残っているカフェラテの缶が、ひどく重い気さえする。
正常な判断ができていないのは明らかだけど、そうであると認める余裕もない。自分のことを自分の言葉で傷つけていることに自覚も無いままに、綾春は落ち込んで、へこんで、沈んでいく。そうして顔色を悪くしていく綾春に、中井はコーヒーを飲みながらなんてことないトーンで言った。
「お前の相手、東雲さんだろ」
ひゅう……と、二人の間を冷たい北風が吹いていく。
「え……なんで、知って……」
「まあ何となくな。あー、辻はわかってねーと思うけど」
だからそう警戒するな、と中井は笑った。
「そんで?」
「それで……?」
「仮に、お前が体の相性がよかったから相手を好きになったとしよう。それのどこが悪いんだ? 恋愛なんて、きれいな言葉並べて、きれいな面だけを見ていくもんじゃないだろ」
中井は、綾春が落としかけたカフェラテの缶を受け取りながら言った。
「俺はNormalだから、お前らみたいにダイナミクスを持ってるやつの気持ちはわからん。わからんが、お前らも俺も同じ人だってことはわかる。つまり、恋愛の仕方も同じはずだ」
まあ仕方ってほど形式ばったものじゃないけどな、と中井は言葉を続けた。
「体から始まるお付き合い? 大いに結構。恋愛なんて、誰もがきれいな始まり方をしてるわけじゃない。けどそれから本気になって、もっと相手を知って、それで結婚するやつだってごまんといる」
「それは……そうかもしれないけれど」
中井が言っていることを否定するつもりはない。
彼の言うように、体の付き合いから始まって本気で恋して、想い合って、添い遂げる者もいるだろう。それがごまんといるかはさておき、きっかけがきっかけなので大っぴらにする人がいないだけで、いるにはいるだろう。その人たちに軽薄だとか、愛がないだとか、不埒だとかを言う資格もない。
けど……自分もそうだろうか。
中井は二次性があってもなくても同じだと言ってくれているが、実際のところ欲望を満たしてくれる高ランクDomってだけで気になっていたら、それは理性的ではなく……おおよそ人間らしくない何かで突き動かされているだけなのでは? そういう考えがずっとずっと離れない。
「たださ。お前、東雲さんと一緒にいるの、楽しかったんだろ。ちょっと前までのお前、なんか毎日いい顔してたよ。それが答えなんじゃねーの?」
体の相性がいいから好きになったわけじゃないと思うけど、と中井は言った。
「……そう、かな」
「そうだよ」
だって夏頃から楽しそうだったからな、と中井はニッと笑う。
そう言われてみると、そうなのかもしれない。そんな気がしてくるから、中井の話は不思議だ。
「プレイとか抜きで、楽しかったんだろ?」
「…………うん、たぶん」
「んじゃ、簡単だ。お前のその感情は、体云々から来るもんじゃないよ」
——歪んだ視界が少しだけ晴れるような気がした。
「とにかく、いったん考えるのやめろ。お前、もう不安症でやばくなってるから、今考えてもろくな結論出ないぞ。東雲さんとのプレイはまだちょっとってことなら、考える前に公的機関でもいいからプレイしに行くか、それか病院行くかしろ」
ぺしっと、頭を叩かれた。友人の愛のある叱咤に目の奥が熱くなる。
「でも……他の人とプレイなんて、裏切ってないかな……」
「あーはいはい。ったく……お前さ、それも答えだってわかってる? 操を立てたいなんて。お前、東雲さんのこと、フツーに好きだから安心しろ。んで、まずは病院行け。早退でいいから今すぐに」
スマートウォッチを見れば、ミーティングを中断してからそろそろ一時間が経とうとしていた。
30
お気に入りに追加
268
あなたにおすすめの小説
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる