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第四章:かりそめの婚約。その終わり

33:ダンス

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 龍進は彼女を連れて、会場の中央へと進み出る。
 途端、場内にざわめきが広がる。
 踊っていた人々が会場の中心からはけ、管弦楽団の演奏が止んだ。
 静寂が包む会場の真ん中、ぽっかりと空いた空間に、龍進と睡蓮は向かい合って立っていた。
 シャンデリアの下、まるでスポットライトが当てられているかのようだ。
 睡蓮に向きあった龍進は、身体の前で左腕を水平にかざし、お辞儀をする。それに対して、睡蓮がゆっくりうなずくと、右手で龍進の手をそっと握ってきた。小さく、白く、柔らかく、……そして、血に汚れた手。
 龍進は彼女の右手を取って持ち上げると、手の甲に軽く口づけをする。
 それを合図に、管弦楽団が再び音色を奏で始める。
 顔を上げて彼女と目を合わせ、そのまま両手を握り、舞踏の始まりを伝える。
 右足を一歩前に踏み出す。重心を前に移すのにあわせて、彼女が足を下げ、後退すると、彼女が前に出てくる。
 先週、一度きりしか練習しなかったにも関わらず、睡蓮は既に舞踏の所作を身につけていた。
 龍進の先導があるとはいえ、息のあった舞いを繰り広げる。
 会場のあちこちからため息がこぼれる。目鼻立ちの整った陸軍将校と、その美しい婚約者による舞踏は、まるで観劇を見ているかのような錯覚を感じさせていた。
 天井向けて高く掲げられた龍進の右腕の下で、海色のドレスを纏った少女がくるりくるりと時計回りに回転する。その拍子に、リボンでくくられた長い黒髪が後ろになびき、シャンデリアの明かりを反射して漆のような鈍い光を放つ。露わになった彼女の白いうなじからは、大人と少女の端境期にいる女性独特の艶っぽさが放たれている。
 会場にいる人々だけではない。彼女と相対して踊り続けている龍進もまた、彼女に呑まれるような奇妙な感覚を感じていた。
 儚げに揺れる長い睫毛の下、黒曜石のような瞳が、ずっとこちらを見つめている。彼女の双眸が、まるで闇夜の湖面のように、静かに揺れる。
 途端、龍進は己の中に、ある強い衝動を自覚した。
 管弦楽の曲調が転じるとともに、彼は睡蓮の細い身体を力強く抱き寄せた。

「…………っ」

 胸の中で、少女が息を呑む音が聞こえた。
 今にも折れてしまいそうな、細く、華奢な身体。
 上目遣いに向けられた驚きに大きく見開かれた彼女の瞳と、龍進の目があう。
 龍進はそのまま彼女を宙に掲げ、目を合わせたまま、その場で時計回りに身体を回転させる。
 彼女の髪が後ろに流れ、ドレスのフリルが風に揺れ、スカートが大きく膨らむ。
 途端、少女の顔に、微かな笑みが浮かんだ。偽りの笑顔とはまた異なる表情。
 それにつられて、龍進もまた、口元に笑みを浮かべてしまう。
 奏でられる舞曲が最高潮に達し、睡蓮が龍進の腕に寄りかかるように身体を後ろに倒したところで、二人の舞踏は終幕を迎えた。
 完全なる沈黙が落ちたその数秒後、まるで破裂するかのように会場内が大きく沸き立った。惜しみない拍手と賛辞の言葉が贈られる中、二人は女王と両陛下に向かって深々と頭を下げる。
 それから龍進は、隣に立つ睡蓮の横顔を見た。
 彼女の表情は、元に戻っていた。
 口角を意図的に上げた偽りの微笑みだが、その瞳には微かな緊張の色が浮かんでいた。
 再び、目が合う。

「――君も気づいたのか?」
「……はい」

 彼女が小さくうなずく。
 会場中の人々が二人の舞踏に惹きつけられていたその機に乗じて、会場から抜け出した給仕がいたのを、龍進も睡蓮も気づいていた。
 拍手が鳴り止まない中、龍進はもう一度、来賓と観衆に向かって深く頭を下げると、睡蓮とともに会場の外へ出る。
 三郎も既に気づき、先に追いかけているようだ。

「こちらです。火薬の匂いもします」

 匂いを追う睡蓮に誘われ、赤絨毯の敷かれた大階段を足早に降りる。
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