126 / 206
126 酒場の決闘
しおりを挟む
わたしたちは光の精霊もしくは闇の精霊がいるのではないかと睨んでいる祭壇の洞窟に行くため、ライオット領の東側にあるロイドの町に来ている。
そして酒場の店員さんに祭壇の洞窟の場所を聞いたところ、即断られた。
「・・・教えてくれない理由を聞かせてもらってもいいですか?」
「そんなの決まってるじゃない。そんな酒を飲んだ状態で行かせられるわけないでしょう」
「いやいや、今から行こうなんて思ってませんから!」
理由ってそれだけ!?
さすがにシラフではない状態で探索したりする気はない。
「そうなの?今から行きそうな雰囲気だったけど・・・」
「今日はこの町に泊まって、明日行くから大丈夫です」
「明日かあ・・・でもなあ・・・」
店員さんはまだ少し渋っている。
他にも問題があるのだろうか。
「お姉さんたちだけだと危ないよ?森の深い所にあるし、あのあたりは魔獣も出るの」
「それなら大丈夫よ。ワタシ達は見た目より強いわよ」
なんだそんなことか、とアフロが答える。
それを聞いた他の客達が笑い出した。
「さすがに嬢ちゃん達だけで行かせられる所じゃねえな」
「運が良ければ魔獣にも合わないだろうが、せめて護衛代わりになる道案内を連れて行ったほうがいいぞ」
「俺が雇われてやろうか?謝礼はこの姉ちゃんの体でいいぞ」
「じゃあ俺は妹のほうで我慢してやろう。姉ちゃんに比べるとちょっと小さいけどな」
腕っぷしの強そうな二人の男の軽口に客達が爆笑する。
ほほう、今、小さいって言いましたか・・・
わたしのほうと言った男が両手で自分の胸を押さえるジェスチャーをしているので、何を指して小さいと言ったのかは明らかだ。
「ユリ。舐められっぱなしでいいの?」
「いいわよ、別に。気にしないわ」
面白くはないが、ここで揉め事を起こすのも忍びない。
「馬鹿だなお前、あれは小さいんじゃない、無いっていうんだ」
「そうか、間違えちまったわ。わはは!」
「いいわ。その喧嘩、買いましょう」
前言撤回。
わたしは立ち上がり、軽口をたたいた男達のテーブルへ向かった。
「わっ!わっ!お客さん、ちょっと待って!」
「ごめんね店員さん。止めないで」
「違う違う。闘技場を作るから、ちょっと待って!」
「はい?」
店員さんはそう言うと、店内の客に声をかけて店の中央を開けるように指示し始めた。
客も慣れているようで、手早く料理皿や酒を手に持ったり、テーブルを片付ける手伝いをしている。
あっけにとられているうちに、準備ができたようだ。
闘技場といってもマットやリングロープはなく、単に床に大きめの絨毯のようなものを敷いただけのようだ。
「はい、お待たせしました!では皆様。本日も始まりましたロイド名物、双方の誇りと主張をかけた酒場の決闘!戦うのはベレタ兄弟と旅芸人の姉妹!」
「えーと、これは一体・・・」
「酒場での喧嘩なんて日常茶飯事なの。でも放っておくと度が過ぎちゃったり死人が出たり、店にも被害が出るでしょう?だから試合形式にしてお互いにスッキリさせて、ついでに他の客にも楽しんでもらおうというのがロイドの町の方針なのよ」
「町の方針!?」
「町のというか不文律というか。まあそんな感じよ。とにかくなんでも祭りにするのがロイドよ」
なるほど、色々合理的だと思った。
互いに主義主張がぶつかるならば、試合で決着をつければいい。
『合法的な喧嘩』で負けたほうがごめんなさいをする。
非常にわかりやすくて良い。
「・・・だってさ、アフロちゃん」
「ワタシは出ないわよ。馬鹿馬鹿しい」
「え!?だって店員さんが対戦するのはわたし達姉妹だって・・・」
「勝手に言っただけでしょ。一人でやりなさい」
「えー・・・」
わたしにちょっかいをかけたのはベレタ兄弟という名前らしい。
二人は既に闘技場でスタンバっている。
きっと酒場の常連さんなのだろう。
そんな事を考えながら、わたしはひとりでしぶしぶ闘技場に向かった。
「あれ、一人なの?お姉さんは?」
「その・・・不参加だそうで、わたしだけです。わたし一人で構いませんです」
「んーーー、分かりました!では皆様、旅芸人側の賭け金はさらに倍にします!」
「賭けもしてたんかい!」
さらに盛り上がる客達。
周りを見てみれば、さっきよりも客が増えている気がする。
話を聞きつけて人が集まってきたようだ。
「はあ・・・こんなことになるとは想定外だったわ」
「で、どうするんだお嬢ちゃん。今なら謝れば許してやってもいいぞ。お前達の酌で酒を飲むだけで勘弁してやる」
「余計なお世話です。あ、アフロちゃん!せっかくだからわたしに賭けておいてねー!」
「持ち金全部賭けておいたわよ。とっとと片付けてきなさい」
アフロの発言に酒場内がどよめいた。
ベレタ兄弟は舐められたと思ったのか、ものすごい形相でこちらを睨んでいる。
するとその視線を遮るように店員の女の子が闘技場の中心に立った。
「ルールは素手のみ。武器は禁止です。気絶するか、参ったと言うか、場外に三回出たら負けです。あ、場外はこの敷物の外に出た場合だからね、お姉ちゃん」
「うん、多分そうだと思ったよ」
広さは六メートル四方ぐらいだろうか。
それほど広くもないが狭くもない。
「ところで場外負けって、相手は二人いるじゃない?この場合って一人が三回出たら負け?それとも二人合わせて三回出たら負け?」
「今回はお姉さんが一人だけなので、二人合わせて三回出たら負けにします」
「うん、分かった」
「では・・・始めてください!」
店員の合図で試合が始まった。
観客の歓声がものすごい。
・・・さて、面倒くさいからとっとと場外にふっとばして判定勝ちを・・・うわっ!
「お姉さん、場外一回!」
「えっ?えっ?」
わたしは場外に吹き飛ばされていた。
周りを囲む観客に突っ込み、そのまま尻もちをついた。
ベレタ兄弟はわたしの方に手を突き出したまま闘技場の中でニヤニヤしている。
「一体何が・・・ん、もしかしてあれって魔道具?」
ニヤニヤしているベレタ兄弟の二人は腕に魔道具らしいブレスレットを付けていた。
場外に出される直前、わたしの体がフワッと浮いた感じがした。
そして正面に圧力を感じて思わず目をつぶったが、気がついたときには場外に出されていた。
そのブレスレットの魔道具によるものかどうかは分からないが、とにかく魔道具による攻撃を受けたことには違いない。
・・・おそらく風系もしくは土系の魔術。
風力だけによるものではないと思う。
ちょっとした力場を感じた。
でもわたしを浮かせるぐらいの影響は及ぼせるようだ。
そしてわたしを浮かせてそのまま吹き飛ばしたということだろう。
体重が軽めのわたしを吹き飛ばす程度の威力は十分にあるらしい。
わたしは起き上がって闘技場に戻り、審判をしている店員に尋ねた。
「ねえ、魔道具の使用はありなの?」
「物理的な攻撃武器とみなされないものは構いませんよ」
「それ、先に言ってよ・・・」
こっちも魔術は使うつもりであったが、事前確認を忘れていたわたしにも非がある。
勝手に魔術を使って反則負けしていた可能性すらあったが、魔術使用可の言質が取れたので結果オーライだ。
ふたたびベレタ兄弟に対峙すると、そのベレタ兄弟も観客から軽いブーイングを受けていた。
「場外狙いなんてつまらないぞ!」
「二人がかりなのに、そのお嬢ちゃんが怖いのか?」
「見せ場が足りないぞ!」
せこい場外狙いを責められるベレタ兄弟だが、聞く耳持たない様相で聞き流しているようだ。
もっとも、わたしも最初は場外狙いだったんですけどね。
とはいえ、不意な飛ばされ負けは回避したいところなので、ここはお客さんに乗っかることにする。
「お客さんもああ言ってるわよ。場外狙いなんてせこいんじゃない?それともわたしと殴り合いをするのが怖いのかしら?」
「・・・おもしれえ。そのきれいな顔を潰されて泣くんじゃねえぞ」
始めのかけ声と同時に、わたしの軽い挑発に乗ったベレタ兄弟は二人同時に殴りかかってきた。
・・・計画通り!
計画と呼べるほどのものではないけれども。
わたしは相手の攻撃を防ぐため、例によって水の守りを展開する。
狙われているのは顔・・・わたしは上半身を中心に風の守りを纏い、やり過ぎにならない程度に足に魔力を込めた。
わたしは打撃をガードしてから、兄弟の片方を蹴り飛ばすつもりだった。
しかしその時、足元が地についていない感覚に襲われた。
同時に、ベレタ兄弟の拳がわたしの体を捉えようとしていた。
慌てて腕でガードをするが、ガードの上から拳を振り抜かれて、わたしは再び場外に吹き飛ばされた。
「お姉さん、場外、二回目!」
おおお、と観客がどよめく。
あと一回場外に出されたらわたしの負けだ。
これで後がなくなってしまった。
・・・これは、まずいね。
相手は思ったよりも場馴れしてる。
それに挑発になんて乗っていない。
場も盛り上げつつ、冷静に勝ちを狙っている。
相手をなめていたのはわたしの方だね・・・
ふと、チラッとアフロを見ると、腕を組んでめちゃくちゃ怖い顔でこっちを睨みつけていた。
・・・これは、実にまずいね!!
あまり目立ちたくなかったのでやり過ぎ注意と思って気をつけていたが、そんな事を言っている場合ではなくなった。
そもそも既に十分目立ってるし手遅れだ。
服の埃を払い、闘技場に戻って構えを取る。
いつもの『カッコだけ虚式』だ。
でもそれだけで気合が入る。
「お姉さん、次に場外に出たら負けですよ。では、始め!」
「うおりゃあ!」
「なっ!」
始めのかけ声と同時に突っ込んできたベレタ兄弟だったが、慌てて二人は急停止した。
わたしは、闘技場の外に出ないように気をつけつつ、大きくジャンプした。
正確を期するならば、大ジャンプに見えるように軽く飛行したのだ。
幸い、店の天井は高かったため、そこそこ高く飛び上がることができた。
でも天井に足をつけてしまうとさすがに場外判定されるかもしれないので、一応加減はしている。
ベレタ兄弟は上にいるわたしのほうに向けて慌てて手をかざす。
しかし遅い。
わたしは自身に水の守りをかけ、風の魔術で勢いをつけて急降下してベレタ兄弟の片方にフライングクロスチョップをかました。
食らったほうは場外に吹き飛ばされ、そのまま周囲の観客に突っ込んだ。
そして頭でも打ったのか、打撃の衝撃のせいかは分からないが、そのまま白目を剥いて動かなくなった。
「ベレタ兄弟、場外一回目!」
相手の風の魔術で体を浮かされるぐらいならば、自分で飛んでしまえばいい。
そう思って実行した作戦だった。
とりあえず一本取り返したわたしは、ベレタ兄弟の残りに聞いた。
「兄か弟か知らないけど一人倒したわよ。あとはあなただけね」
「お前・・・よくも弟を・・・」
弟さんでしたか。
まあどっちでもいいけど。
その間に審判の店員がベレタ弟の様子を見に行っていたが、やがて店員は首を左右に振った。
「えーと、ベレタ兄弟の弟さん、試合続行不能!そのため、ここからは一対一で戦っていただきます。それとお姉さん、上には場外判定がありませんが、あんなに高く飛び上がっては攻撃が当たらなくなるのでほどほどの高さまでにしてください。次は反則を取ります」
やっぱりそうですよねー。
飛行魔術は使わないようにしておいたほうがよさそうだ。
「それでは、始め!」
わたしとベレタ兄が闘技場で互いに構えて対峙する。
するとベレタ兄が手を突き出して、魔道具を発動した。
わたしの体が浮かされそうになるが、わたしも風の魔術で体が浮き上がるのを阻止する。
・・・よし、相手が一人なら大丈夫。
おそらくベルタ兄弟は、一人が浮かせる役で一人が吹き飛ばす役、もしくは二人で浮かせて体制を崩してから攻撃を加えて来ていたのだろう。
これならいける、とわたしからベルタ兄に突撃して殴りかかろうとしたその時だった。
再び体が宙に浮く感覚に襲われた。
むしろ横から足を掬われるような感覚に近い。
ベルタ兄の仕業?
いや、目の前のこの男が魔道具を使っているような様子はない。
むしろ横からの妨害・・・
すっ転びそうになるのを耐えつつ魔力を感じる方にチラッと目を向けると、そこにはさきほど場外に吹き飛ばして気絶していたベルタ弟が目を覚まして、わたしに向けて腕を伸ばしていた。
「なによそれ、ずるいじゃない!」
「今だ!くらえ!」
わたしが目をそらした隙にベルタ兄が叫ぶと、兄も腕を伸ばして魔道具をこちらに向けた。
兄の魔道具によって生じた力によってさらに体制を崩したわたしは、腹ばいに近い状態のまま場外に追い出されようとしていた。
体が外に向かって滑っていく。
このままでは場外反則負けだ。
・・・しかたがない。
「お店の人、ごめん!」
轟音が響き、埃が舞い上がる。
店内の様子が落ち着いた時、わたしの体は吹き飛ばされること無く闘技場内に停止していた。
とりあえず場外負けは回避できた。
・・・床下も場内としてくれるのであれば。
わたしは吹き飛ばされないように右手に魔力を充填して、床に向けて力いっぱい振り下ろした。
いつぞやサラと戦った時に、風で吹き飛ばされないように足を地面にめり込ませたのと同じ方法を取ったつもりだったのだが、家屋の床はさすがにそこまで強靭ではなく、衝撃で闘技場が床ごと粉砕されて、わたしは床下の空間に落下していた。
ベレタ兄も一緒に落下しており、尻もちをついている。
床下空間は高さが一メートルちょいだったので、立ち上がって頭をヒョイッと出すと、審判の店員は絶句し、観客は突然店を襲った惨事にどよめいていた。
そして、遠目に見える店長と思わしき人は、店の惨状を見て魂が抜けかけていた。
・・・とりあえずお客さんには被害が出ていなさそうなので良しとしよう!
「おい審判!これどうすんだよ!続けるのかよ!」
ベレタ兄も立ち上がり、上半身だけ床下から出ている状態で審判の店員にどうするのかを問い詰めていた。
声をかけられて我に返った店員は、大穴が空いて消滅してしまった闘技場跡を見て、少し考えてから答えた。
「・・・闘技場がなくなっちゃいましたし、そのまま床下で戦いを続けてください。仕切りも無いので場外負けはありません。気が済むまで殴り合ってください」
「ふ・・・ふざけるな!床をぶっ壊したあいつは反則負けだろうが!」
「それを言ったら、試合から離脱した弟さんが場外から魔道具を使った件で先にあなた達が反則負けです」
「そ、それは・・・」
「ですから、そんなことで禍根を残すことなく、いつも通り拳で決着を付けてください」
そして審判の店員は、試合続行を宣言した。
おそらく店員もやけっぱちなのだろう。
とりあえずわたしはベルタ兄に拳を向けた。
「えーと、場外負けも無くなったことですし、店員さんの言う通りに拳で決着を付けましょう。ね?」
「・・・った」
「はい?」
「参った!俺の負けだ!床をこんなふうにぶち抜けるようなやつと殴り合いなんか出来るかよ!」
◇
そんなわけで勝利したわたしは、ベルタ兄弟からの謝罪を受け入れた。
そしてなかなかの金額となった賭けの配当もいただいたが、さすがに店側に申し訳ないので、配当金はまるまる店側に寄付することにした。
「本当にいいのですか?」
「別にわたし達はお金に困っているわけではないし、むしろ迷惑かけちゃったから・・・」
「うわー、ありがとうございます!お姉さん、強いし優しいし、かっこいいです!」
そして、遠目に見える店長と思わしき人は、贈与されたお金を見て涙を流して喜んでいた。
店の中央に大穴が空いたままの酒場は、たくましくも試合後にそのまま営業を続けている。
戦いで喉が渇いたわたしもビアのおかわりをいただいた。
「いやー、一時はどうなるかと思ったけど、勝ててよかっ・・・」
「良くないわよ」
「えーと、アフロちゃん?」
「良くないわよ。なによあの試合は。全然なっていないわ。やはりもっと鍛え直さないと駄目ね」
アフロの威圧感が半端ない。
そしてディーネとサラも頷いている。
「あんな魔道具に翻弄されているようじゃ全然駄目。戦い方も、魔術も全然使いこなせていない」
「まあ、ちょっと不利なルールだったし、わたしの体重が軽いせいもあったし・・・」
「体重なんて関係ないわ。軽いのは頭の中と胸ね。もう少し反省しなさい。今までは力押しでどうにかなる相手ばかりだったかもしれないけれども、もっと狡猾な敵が現れたら、あなた死ぬわよ」
「うっ・・・」
たしかにアフロの言うとおりだ。
わたしは精霊の力を借りて、膨大な魔力と強力な魔術が使える。
だが決して無敵ではない。
魔道具の使い方に長けた人に詰将棋ばりに攻められたり、凶悪な罠にかかれば、きっと敗北するだろう。
的を射た指摘に、わたしは胸をディスられたことへの突っ込みすら出来なかった。
「・・・今のうちに言っておくけどね。義体を使った変わり身はもう使えないわよ」
「え?そうなの!?」
わたしは先日、アフロが魔力で作った義体に精神を移してライオット領に向かったわけだが、そのおかげで帰りに遭遇した火の精霊に完膚なきまでにやられたものの、命を落とすことはなかった。
その魔術が使えないという。
「あれは一回きりの術なの。二度目は使えないわ」
理屈はわからないし、なにか他に理由があるのかもしれないが、一回こっきりしか出来ないらしい。
つまりもう二度と義体による影武者作戦は使えないというわけだ。
まあ、いつもあの魔術に頼るわけにはいかないだろうし、魔力消費量も膨大らしいのでアフロに毎度無理をさせるわけにもいかない。
「だから前にも言ったけど、ユリ自身がもっと強くなりなさい。ちゃんと鍛えてあげるから。分かった?」
「はい、分かりました・・・」
ディーネとサラも頷いている。
・・・よし、頑張ろう。
気合も入ったところで、ビアのおかわりついでに今度こそ店員に祭壇の洞窟について聞くことにした。
「そうですねえ。お姉さんが強いことは分かったけれども、やっぱり道案内はいたほうがいいと思いますよ。町で案内ができる人を雇うことをおすすめします」
「そうね、分かったわ。誰か心当たりはある?」
「んー、お二人でいくんですよね?」
「そうよ。ちなみにアフ・・・お姉ちゃんはわたしよりも強いよ」
「いやいや、強さの話ではなく、女性だけで行くわけですから、案内役も女性の方が気楽かなと思って。それにそれだけ強ければ案内役は護衛ができなくてもいいですよね・・・」
どうやらこの店員には心当たりがあるようだ。
少し考えてから、意を決したように口を開いた。
「私の友達なんですけれども、一応この辺の地理には詳しくて案内役としては問題ないと思います。でもちょっと訳ありなので決まった仕事には就けなくて・・・別に変な子ではないんです。すごく小さい頃に事故にあったせいなので・・・できれば雇ってくれると嬉しいです」
そして店員は姿勢を正し、わたし達に頭を下げた。
友達というならば、年齢的にはこの店員と同じくらいの子なのだろう。
わたしとしても断る理由はない。
「うん、わかった。その子にお願いするわ。とりあえず会ってみたいから、明日の朝にこの店で待ち合わせでいい?」
「いや、それは駄目です」
え、断られた?
明日じゃだめってこと?
せっかくこっちも乗り気になっているのに。
「・・・この店、明日は床の修理で休業しますので、別の場所でもいいですか?」
「はい、ごめんなさい。本当にごめんなさい・・・」
わたしのせいだった。
そして酒場の店員さんに祭壇の洞窟の場所を聞いたところ、即断られた。
「・・・教えてくれない理由を聞かせてもらってもいいですか?」
「そんなの決まってるじゃない。そんな酒を飲んだ状態で行かせられるわけないでしょう」
「いやいや、今から行こうなんて思ってませんから!」
理由ってそれだけ!?
さすがにシラフではない状態で探索したりする気はない。
「そうなの?今から行きそうな雰囲気だったけど・・・」
「今日はこの町に泊まって、明日行くから大丈夫です」
「明日かあ・・・でもなあ・・・」
店員さんはまだ少し渋っている。
他にも問題があるのだろうか。
「お姉さんたちだけだと危ないよ?森の深い所にあるし、あのあたりは魔獣も出るの」
「それなら大丈夫よ。ワタシ達は見た目より強いわよ」
なんだそんなことか、とアフロが答える。
それを聞いた他の客達が笑い出した。
「さすがに嬢ちゃん達だけで行かせられる所じゃねえな」
「運が良ければ魔獣にも合わないだろうが、せめて護衛代わりになる道案内を連れて行ったほうがいいぞ」
「俺が雇われてやろうか?謝礼はこの姉ちゃんの体でいいぞ」
「じゃあ俺は妹のほうで我慢してやろう。姉ちゃんに比べるとちょっと小さいけどな」
腕っぷしの強そうな二人の男の軽口に客達が爆笑する。
ほほう、今、小さいって言いましたか・・・
わたしのほうと言った男が両手で自分の胸を押さえるジェスチャーをしているので、何を指して小さいと言ったのかは明らかだ。
「ユリ。舐められっぱなしでいいの?」
「いいわよ、別に。気にしないわ」
面白くはないが、ここで揉め事を起こすのも忍びない。
「馬鹿だなお前、あれは小さいんじゃない、無いっていうんだ」
「そうか、間違えちまったわ。わはは!」
「いいわ。その喧嘩、買いましょう」
前言撤回。
わたしは立ち上がり、軽口をたたいた男達のテーブルへ向かった。
「わっ!わっ!お客さん、ちょっと待って!」
「ごめんね店員さん。止めないで」
「違う違う。闘技場を作るから、ちょっと待って!」
「はい?」
店員さんはそう言うと、店内の客に声をかけて店の中央を開けるように指示し始めた。
客も慣れているようで、手早く料理皿や酒を手に持ったり、テーブルを片付ける手伝いをしている。
あっけにとられているうちに、準備ができたようだ。
闘技場といってもマットやリングロープはなく、単に床に大きめの絨毯のようなものを敷いただけのようだ。
「はい、お待たせしました!では皆様。本日も始まりましたロイド名物、双方の誇りと主張をかけた酒場の決闘!戦うのはベレタ兄弟と旅芸人の姉妹!」
「えーと、これは一体・・・」
「酒場での喧嘩なんて日常茶飯事なの。でも放っておくと度が過ぎちゃったり死人が出たり、店にも被害が出るでしょう?だから試合形式にしてお互いにスッキリさせて、ついでに他の客にも楽しんでもらおうというのがロイドの町の方針なのよ」
「町の方針!?」
「町のというか不文律というか。まあそんな感じよ。とにかくなんでも祭りにするのがロイドよ」
なるほど、色々合理的だと思った。
互いに主義主張がぶつかるならば、試合で決着をつければいい。
『合法的な喧嘩』で負けたほうがごめんなさいをする。
非常にわかりやすくて良い。
「・・・だってさ、アフロちゃん」
「ワタシは出ないわよ。馬鹿馬鹿しい」
「え!?だって店員さんが対戦するのはわたし達姉妹だって・・・」
「勝手に言っただけでしょ。一人でやりなさい」
「えー・・・」
わたしにちょっかいをかけたのはベレタ兄弟という名前らしい。
二人は既に闘技場でスタンバっている。
きっと酒場の常連さんなのだろう。
そんな事を考えながら、わたしはひとりでしぶしぶ闘技場に向かった。
「あれ、一人なの?お姉さんは?」
「その・・・不参加だそうで、わたしだけです。わたし一人で構いませんです」
「んーーー、分かりました!では皆様、旅芸人側の賭け金はさらに倍にします!」
「賭けもしてたんかい!」
さらに盛り上がる客達。
周りを見てみれば、さっきよりも客が増えている気がする。
話を聞きつけて人が集まってきたようだ。
「はあ・・・こんなことになるとは想定外だったわ」
「で、どうするんだお嬢ちゃん。今なら謝れば許してやってもいいぞ。お前達の酌で酒を飲むだけで勘弁してやる」
「余計なお世話です。あ、アフロちゃん!せっかくだからわたしに賭けておいてねー!」
「持ち金全部賭けておいたわよ。とっとと片付けてきなさい」
アフロの発言に酒場内がどよめいた。
ベレタ兄弟は舐められたと思ったのか、ものすごい形相でこちらを睨んでいる。
するとその視線を遮るように店員の女の子が闘技場の中心に立った。
「ルールは素手のみ。武器は禁止です。気絶するか、参ったと言うか、場外に三回出たら負けです。あ、場外はこの敷物の外に出た場合だからね、お姉ちゃん」
「うん、多分そうだと思ったよ」
広さは六メートル四方ぐらいだろうか。
それほど広くもないが狭くもない。
「ところで場外負けって、相手は二人いるじゃない?この場合って一人が三回出たら負け?それとも二人合わせて三回出たら負け?」
「今回はお姉さんが一人だけなので、二人合わせて三回出たら負けにします」
「うん、分かった」
「では・・・始めてください!」
店員の合図で試合が始まった。
観客の歓声がものすごい。
・・・さて、面倒くさいからとっとと場外にふっとばして判定勝ちを・・・うわっ!
「お姉さん、場外一回!」
「えっ?えっ?」
わたしは場外に吹き飛ばされていた。
周りを囲む観客に突っ込み、そのまま尻もちをついた。
ベレタ兄弟はわたしの方に手を突き出したまま闘技場の中でニヤニヤしている。
「一体何が・・・ん、もしかしてあれって魔道具?」
ニヤニヤしているベレタ兄弟の二人は腕に魔道具らしいブレスレットを付けていた。
場外に出される直前、わたしの体がフワッと浮いた感じがした。
そして正面に圧力を感じて思わず目をつぶったが、気がついたときには場外に出されていた。
そのブレスレットの魔道具によるものかどうかは分からないが、とにかく魔道具による攻撃を受けたことには違いない。
・・・おそらく風系もしくは土系の魔術。
風力だけによるものではないと思う。
ちょっとした力場を感じた。
でもわたしを浮かせるぐらいの影響は及ぼせるようだ。
そしてわたしを浮かせてそのまま吹き飛ばしたということだろう。
体重が軽めのわたしを吹き飛ばす程度の威力は十分にあるらしい。
わたしは起き上がって闘技場に戻り、審判をしている店員に尋ねた。
「ねえ、魔道具の使用はありなの?」
「物理的な攻撃武器とみなされないものは構いませんよ」
「それ、先に言ってよ・・・」
こっちも魔術は使うつもりであったが、事前確認を忘れていたわたしにも非がある。
勝手に魔術を使って反則負けしていた可能性すらあったが、魔術使用可の言質が取れたので結果オーライだ。
ふたたびベレタ兄弟に対峙すると、そのベレタ兄弟も観客から軽いブーイングを受けていた。
「場外狙いなんてつまらないぞ!」
「二人がかりなのに、そのお嬢ちゃんが怖いのか?」
「見せ場が足りないぞ!」
せこい場外狙いを責められるベレタ兄弟だが、聞く耳持たない様相で聞き流しているようだ。
もっとも、わたしも最初は場外狙いだったんですけどね。
とはいえ、不意な飛ばされ負けは回避したいところなので、ここはお客さんに乗っかることにする。
「お客さんもああ言ってるわよ。場外狙いなんてせこいんじゃない?それともわたしと殴り合いをするのが怖いのかしら?」
「・・・おもしれえ。そのきれいな顔を潰されて泣くんじゃねえぞ」
始めのかけ声と同時に、わたしの軽い挑発に乗ったベレタ兄弟は二人同時に殴りかかってきた。
・・・計画通り!
計画と呼べるほどのものではないけれども。
わたしは相手の攻撃を防ぐため、例によって水の守りを展開する。
狙われているのは顔・・・わたしは上半身を中心に風の守りを纏い、やり過ぎにならない程度に足に魔力を込めた。
わたしは打撃をガードしてから、兄弟の片方を蹴り飛ばすつもりだった。
しかしその時、足元が地についていない感覚に襲われた。
同時に、ベレタ兄弟の拳がわたしの体を捉えようとしていた。
慌てて腕でガードをするが、ガードの上から拳を振り抜かれて、わたしは再び場外に吹き飛ばされた。
「お姉さん、場外、二回目!」
おおお、と観客がどよめく。
あと一回場外に出されたらわたしの負けだ。
これで後がなくなってしまった。
・・・これは、まずいね。
相手は思ったよりも場馴れしてる。
それに挑発になんて乗っていない。
場も盛り上げつつ、冷静に勝ちを狙っている。
相手をなめていたのはわたしの方だね・・・
ふと、チラッとアフロを見ると、腕を組んでめちゃくちゃ怖い顔でこっちを睨みつけていた。
・・・これは、実にまずいね!!
あまり目立ちたくなかったのでやり過ぎ注意と思って気をつけていたが、そんな事を言っている場合ではなくなった。
そもそも既に十分目立ってるし手遅れだ。
服の埃を払い、闘技場に戻って構えを取る。
いつもの『カッコだけ虚式』だ。
でもそれだけで気合が入る。
「お姉さん、次に場外に出たら負けですよ。では、始め!」
「うおりゃあ!」
「なっ!」
始めのかけ声と同時に突っ込んできたベレタ兄弟だったが、慌てて二人は急停止した。
わたしは、闘技場の外に出ないように気をつけつつ、大きくジャンプした。
正確を期するならば、大ジャンプに見えるように軽く飛行したのだ。
幸い、店の天井は高かったため、そこそこ高く飛び上がることができた。
でも天井に足をつけてしまうとさすがに場外判定されるかもしれないので、一応加減はしている。
ベレタ兄弟は上にいるわたしのほうに向けて慌てて手をかざす。
しかし遅い。
わたしは自身に水の守りをかけ、風の魔術で勢いをつけて急降下してベレタ兄弟の片方にフライングクロスチョップをかました。
食らったほうは場外に吹き飛ばされ、そのまま周囲の観客に突っ込んだ。
そして頭でも打ったのか、打撃の衝撃のせいかは分からないが、そのまま白目を剥いて動かなくなった。
「ベレタ兄弟、場外一回目!」
相手の風の魔術で体を浮かされるぐらいならば、自分で飛んでしまえばいい。
そう思って実行した作戦だった。
とりあえず一本取り返したわたしは、ベレタ兄弟の残りに聞いた。
「兄か弟か知らないけど一人倒したわよ。あとはあなただけね」
「お前・・・よくも弟を・・・」
弟さんでしたか。
まあどっちでもいいけど。
その間に審判の店員がベレタ弟の様子を見に行っていたが、やがて店員は首を左右に振った。
「えーと、ベレタ兄弟の弟さん、試合続行不能!そのため、ここからは一対一で戦っていただきます。それとお姉さん、上には場外判定がありませんが、あんなに高く飛び上がっては攻撃が当たらなくなるのでほどほどの高さまでにしてください。次は反則を取ります」
やっぱりそうですよねー。
飛行魔術は使わないようにしておいたほうがよさそうだ。
「それでは、始め!」
わたしとベレタ兄が闘技場で互いに構えて対峙する。
するとベレタ兄が手を突き出して、魔道具を発動した。
わたしの体が浮かされそうになるが、わたしも風の魔術で体が浮き上がるのを阻止する。
・・・よし、相手が一人なら大丈夫。
おそらくベルタ兄弟は、一人が浮かせる役で一人が吹き飛ばす役、もしくは二人で浮かせて体制を崩してから攻撃を加えて来ていたのだろう。
これならいける、とわたしからベルタ兄に突撃して殴りかかろうとしたその時だった。
再び体が宙に浮く感覚に襲われた。
むしろ横から足を掬われるような感覚に近い。
ベルタ兄の仕業?
いや、目の前のこの男が魔道具を使っているような様子はない。
むしろ横からの妨害・・・
すっ転びそうになるのを耐えつつ魔力を感じる方にチラッと目を向けると、そこにはさきほど場外に吹き飛ばして気絶していたベルタ弟が目を覚まして、わたしに向けて腕を伸ばしていた。
「なによそれ、ずるいじゃない!」
「今だ!くらえ!」
わたしが目をそらした隙にベルタ兄が叫ぶと、兄も腕を伸ばして魔道具をこちらに向けた。
兄の魔道具によって生じた力によってさらに体制を崩したわたしは、腹ばいに近い状態のまま場外に追い出されようとしていた。
体が外に向かって滑っていく。
このままでは場外反則負けだ。
・・・しかたがない。
「お店の人、ごめん!」
轟音が響き、埃が舞い上がる。
店内の様子が落ち着いた時、わたしの体は吹き飛ばされること無く闘技場内に停止していた。
とりあえず場外負けは回避できた。
・・・床下も場内としてくれるのであれば。
わたしは吹き飛ばされないように右手に魔力を充填して、床に向けて力いっぱい振り下ろした。
いつぞやサラと戦った時に、風で吹き飛ばされないように足を地面にめり込ませたのと同じ方法を取ったつもりだったのだが、家屋の床はさすがにそこまで強靭ではなく、衝撃で闘技場が床ごと粉砕されて、わたしは床下の空間に落下していた。
ベレタ兄も一緒に落下しており、尻もちをついている。
床下空間は高さが一メートルちょいだったので、立ち上がって頭をヒョイッと出すと、審判の店員は絶句し、観客は突然店を襲った惨事にどよめいていた。
そして、遠目に見える店長と思わしき人は、店の惨状を見て魂が抜けかけていた。
・・・とりあえずお客さんには被害が出ていなさそうなので良しとしよう!
「おい審判!これどうすんだよ!続けるのかよ!」
ベレタ兄も立ち上がり、上半身だけ床下から出ている状態で審判の店員にどうするのかを問い詰めていた。
声をかけられて我に返った店員は、大穴が空いて消滅してしまった闘技場跡を見て、少し考えてから答えた。
「・・・闘技場がなくなっちゃいましたし、そのまま床下で戦いを続けてください。仕切りも無いので場外負けはありません。気が済むまで殴り合ってください」
「ふ・・・ふざけるな!床をぶっ壊したあいつは反則負けだろうが!」
「それを言ったら、試合から離脱した弟さんが場外から魔道具を使った件で先にあなた達が反則負けです」
「そ、それは・・・」
「ですから、そんなことで禍根を残すことなく、いつも通り拳で決着を付けてください」
そして審判の店員は、試合続行を宣言した。
おそらく店員もやけっぱちなのだろう。
とりあえずわたしはベルタ兄に拳を向けた。
「えーと、場外負けも無くなったことですし、店員さんの言う通りに拳で決着を付けましょう。ね?」
「・・・った」
「はい?」
「参った!俺の負けだ!床をこんなふうにぶち抜けるようなやつと殴り合いなんか出来るかよ!」
◇
そんなわけで勝利したわたしは、ベルタ兄弟からの謝罪を受け入れた。
そしてなかなかの金額となった賭けの配当もいただいたが、さすがに店側に申し訳ないので、配当金はまるまる店側に寄付することにした。
「本当にいいのですか?」
「別にわたし達はお金に困っているわけではないし、むしろ迷惑かけちゃったから・・・」
「うわー、ありがとうございます!お姉さん、強いし優しいし、かっこいいです!」
そして、遠目に見える店長と思わしき人は、贈与されたお金を見て涙を流して喜んでいた。
店の中央に大穴が空いたままの酒場は、たくましくも試合後にそのまま営業を続けている。
戦いで喉が渇いたわたしもビアのおかわりをいただいた。
「いやー、一時はどうなるかと思ったけど、勝ててよかっ・・・」
「良くないわよ」
「えーと、アフロちゃん?」
「良くないわよ。なによあの試合は。全然なっていないわ。やはりもっと鍛え直さないと駄目ね」
アフロの威圧感が半端ない。
そしてディーネとサラも頷いている。
「あんな魔道具に翻弄されているようじゃ全然駄目。戦い方も、魔術も全然使いこなせていない」
「まあ、ちょっと不利なルールだったし、わたしの体重が軽いせいもあったし・・・」
「体重なんて関係ないわ。軽いのは頭の中と胸ね。もう少し反省しなさい。今までは力押しでどうにかなる相手ばかりだったかもしれないけれども、もっと狡猾な敵が現れたら、あなた死ぬわよ」
「うっ・・・」
たしかにアフロの言うとおりだ。
わたしは精霊の力を借りて、膨大な魔力と強力な魔術が使える。
だが決して無敵ではない。
魔道具の使い方に長けた人に詰将棋ばりに攻められたり、凶悪な罠にかかれば、きっと敗北するだろう。
的を射た指摘に、わたしは胸をディスられたことへの突っ込みすら出来なかった。
「・・・今のうちに言っておくけどね。義体を使った変わり身はもう使えないわよ」
「え?そうなの!?」
わたしは先日、アフロが魔力で作った義体に精神を移してライオット領に向かったわけだが、そのおかげで帰りに遭遇した火の精霊に完膚なきまでにやられたものの、命を落とすことはなかった。
その魔術が使えないという。
「あれは一回きりの術なの。二度目は使えないわ」
理屈はわからないし、なにか他に理由があるのかもしれないが、一回こっきりしか出来ないらしい。
つまりもう二度と義体による影武者作戦は使えないというわけだ。
まあ、いつもあの魔術に頼るわけにはいかないだろうし、魔力消費量も膨大らしいのでアフロに毎度無理をさせるわけにもいかない。
「だから前にも言ったけど、ユリ自身がもっと強くなりなさい。ちゃんと鍛えてあげるから。分かった?」
「はい、分かりました・・・」
ディーネとサラも頷いている。
・・・よし、頑張ろう。
気合も入ったところで、ビアのおかわりついでに今度こそ店員に祭壇の洞窟について聞くことにした。
「そうですねえ。お姉さんが強いことは分かったけれども、やっぱり道案内はいたほうがいいと思いますよ。町で案内ができる人を雇うことをおすすめします」
「そうね、分かったわ。誰か心当たりはある?」
「んー、お二人でいくんですよね?」
「そうよ。ちなみにアフ・・・お姉ちゃんはわたしよりも強いよ」
「いやいや、強さの話ではなく、女性だけで行くわけですから、案内役も女性の方が気楽かなと思って。それにそれだけ強ければ案内役は護衛ができなくてもいいですよね・・・」
どうやらこの店員には心当たりがあるようだ。
少し考えてから、意を決したように口を開いた。
「私の友達なんですけれども、一応この辺の地理には詳しくて案内役としては問題ないと思います。でもちょっと訳ありなので決まった仕事には就けなくて・・・別に変な子ではないんです。すごく小さい頃に事故にあったせいなので・・・できれば雇ってくれると嬉しいです」
そして店員は姿勢を正し、わたし達に頭を下げた。
友達というならば、年齢的にはこの店員と同じくらいの子なのだろう。
わたしとしても断る理由はない。
「うん、わかった。その子にお願いするわ。とりあえず会ってみたいから、明日の朝にこの店で待ち合わせでいい?」
「いや、それは駄目です」
え、断られた?
明日じゃだめってこと?
せっかくこっちも乗り気になっているのに。
「・・・この店、明日は床の修理で休業しますので、別の場所でもいいですか?」
「はい、ごめんなさい。本当にごめんなさい・・・」
わたしのせいだった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。
音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。
その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。
16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。
後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】ベニアミーナ・チェーヴァの悲劇
佳
恋愛
チェーヴァ家の当主であるフィデンツィオ・チェーヴァは暴君だった。
家族や使用人に、罵声を浴びせ暴力を振るう日々……
チェーヴァ家のベニアミーナは、実母エルミーニアが亡くなってからしばらく、僧院に預けられていたが、数年が経った時にフィデンツィオに連れ戻される。
そして地獄の日々がはじまるのだった。
※復讐物語
※ハッピーエンドではありません。
※ベアトリーチェ・チェンチの、チェンチ家の悲劇を元に物語を書いています。
※史実と異なるところもありますので、完全な歴史小説ではありません。
※ハッピーなことはありません。
※残虐、近親での行為表現もあります。
コメントをいただけるのは嬉しいですが、コメントを読む人のことをよく考えてからご記入いただきますようお願いします。
この一文をご理解いただけない方のコメントは削除させていただきます。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる