ポニーテールの勇者様

相葉和

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096 見えない攻撃

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「ノーラ!ノーラ、大丈夫!?」
「あ、師匠・・・すみません、こんな不甲斐ない姿をお見せするとは」
「そんなのどうでもいいから。一体どうしたの!?」

ノーラに駆け寄り、癒しの魔術をかけようとしたのだが、ノーラはこちらに掌を向けて腕を伸ばし、わたしが近づくのを制した。

「これは私の戦いなのです。わたしは師匠を侮辱したこの精霊様に、一発入れなければならないのです」

そう言ってノーラは口の横から流れる血を腕でグイッと拭くと、立ち上がって土の精霊に向けて構えをとった。

「え、わたしを侮辱?それってどういう・・・」

わたしがノーラに質問を投げきる前に、ノーラは土の精霊に向けてダッシュしていた。
土の精霊は腕を組んだまま動かず、目だけでノーラを追っている。

フッとノーラの姿がブレると、目にも留まらぬ速さで土の精霊の左側に現れた。

・・・ノーラの得意な、身体加速だね。

ノーラは身体加速の魔道具を使い、速度で相手を翻弄する戦い方が得意だ。
ただ加速するだけでなく、加速した後も体の動きを完全にコントロールして打撃を放つ。
熟練した腕がないと体が完全に制御できない、ノーラ得意の戦法だ。

ノーラが右手で土の精霊の腹あたりにフックで打撃を与えようとした瞬間、土の精霊はノーラのいる方向から見て奥側、つまり土の精霊の左手方向に体をずらして避けた。
しかしノーラはその動きを読んでいたのか、打ち出した右手を振り抜く事なく止めると、軽く半歩ほど踏み込んで右手を下ろすと同時に右足のハイキックを土の精霊の顔面に向けて繰り出していた。

しかし、ノーラの攻撃は相手にヒットする事も、ブロックされる事もなかった。
かわりにノーラの顔面あたりで軽い破裂音が発生し、ノーラが吹き飛んでいた。

「ノーラ!」

ノーラの顔の腫れは、おそらくこの攻撃を喰らい続けてきたのだろう。

ノーラは起き上がると、血の混じった唾を吐いた。

「大丈夫です、師匠。今回はガードしましたので・・・」

ノーラは蹴りながら、予め左手で顔面をブロックしていたようだ。
そのため、謎の攻撃の顔面直撃はかろうじて防いでいた。

ノーラを見下ろす土の精霊は、呆れ気味にノーラに声をかけた。

「はあ。いい加減に諦めたら?ワタシに一撃入れるなんて人間には無理よ。分かった?」
「それは残念でしたね・・・私は諦めが悪いのです。それに私は難しい事は分かりません」

ノーラ、それ自慢になっていないから!
でもとりあえず一度止める!

「ちょっと二人とも、一旦やめなさい!一度話を聞かせなさい!」
「しかし師匠、この戦いは・・・」
「これは『師匠命令』です!この意味は分かるわよね?難しくないわよね?」
「はい・・・分かりました」

土の精霊にも一時休戦を受け入れ、ノーラを引き取った。
わたしはノーラを壁にもたれかかるように座らせると、ノーラに癒しの魔術をかけた。
わたしは癒しの魔術も少しは上達したので、ノーラの顔の傷と腫れを引かせるぐらいは楽勝だ。
みるみるうちにノーラは元の綺麗な顔に戻っていった。

治癒をかけている最中に、アドルがわたしの所にやってきた。

「ユリ、目が覚めたんだね。よかったよ」
「うん、アドル。心配かけてごめんね。それより、何があったの?」

治療を終え、ノーラとアドルに話を聞くことにした。

「すみません、師匠。事の発端は、土の精霊とアドル殿のやりとりに私が割り込んだためです」
「いやノーラさん、それはオレも悪いというか・・・」

アドルの歯切れが悪い。
なんとなく事情を察した気もするが、一応説明を聞く。

わたしが先の戦いで気絶した後、土の精霊はカークの館に一緒に来たそうだ。
理由はもちろん、土の精霊がアドルを気に入ったからだ。
アドルとディーネがカークに土の精霊を紹介し、町を守ってくれた恩人である事を説明すると、カークは大歓迎で土の精霊を迎え入れてくれたらしい。

まあ、精霊様を無碍に扱う事などないだろうけど。

そして、わたしが起きない間も、土の精霊はアドルを見つけてはベッタリ密着し、さながら恋人のように振る舞っていたらしい。

「へー、アドル。あんな美人にくっつかれて、さぞ嬉しかったでしょうねえ」
「ユリ、やめてくれ。そんなんじゃない事ぐらい分かるだろう?」
「どうだかねえー」

わたしはつーんとアドルから顔を背けた。
ノーラは苦笑しながら話を続けた。

そんな感じで毎度アドルを構いまくる土の精霊だったが、相手は大精霊様だし、町を守った恩人でもあるし、アドル本人以外は別に何の被害も無いので、皆は生暖かい目でスルーしていたらしい。
アドル自身は困っていたようだが、わたしが起きれば事態が収束するかもしれないし、何ならわたしに任せればいいだろうと考えたそうだ。

「しかし今日、訓練所でアドル殿と訓練をしている時に、土の精霊様は聞き捨てならぬ事を言ったのです」

ノーラは、アドルと格闘練習で「アドルが一発でもノーラに有効打を入れたらアドルの勝ち」という試合をしていた。
アドルの戦闘能力は高いが、ノーラはさらにそれを上回っており、普通の格闘試合ではノーラに全く敵わない。
アドルは過去に一瞬でノーラに組み伏せられた実績もある。
しかし有効打一発だけならばアドルも狙えるし、何よりノーラのための訓練なので、アドルは刃引きの得物も使ってノーラと戦っていた。

「それを見ていた土の精霊が言ったのです」

ー くだらない。まるでお遊戯ね。
ー あなたの師匠はユリなの?師匠がそんなんじゃ弟子のあなたもたかが知れてるわね。
ー やっぱりアドルにはユリよりワタシのほうがお似合いだと思わない?
ー あなたもユリよりワタシに師事しなさい。そんな弱くて頼りない師匠じゃつまらないでしょ?

「それで私は切れました。師匠を馬鹿にされて黙っていられませんでした。それにアドル殿は師匠にとって大切なお方。お二人を引き裂くような言動を取り消させようと思い、土の精霊に試合を挑みました」
「そんなあ、大切な人なんて・・・」

テレテレ半分でノーラの報告を聞き、ディーネにジト目を向けられた。
アドルも照れているのか、そっぽを向いている。

そんな流れで土の精霊と試合をすることになったノーラだが、今度はノーラが土の精霊に一発有効打を与えられればノーラの勝ち、と言うルールで試合は行われていたそうだ。
だが、ノーラは未だに一発も有効打を与えられず、敗北濃厚な状況だった。

「事情と状況はわかったわ。ありがとう、ノーラ」
「いえ、弟子として当然のことです。それに癒しまでしていただき、ありがとうございました。これでまた戦えます。見事一本取ってきますので、見ていてください」
「いえ、ノーラはもう戦わなくていいわ」
「そんな、師匠!なぜ戦わせてくれないのですか!私は弟子失格なのですか!?」

ノーラの悲痛な声を背に、わたしは立ち上がって土の精霊に顔を向けた。

「違うわ、ノーラ。弟子の仇を打つのは師匠の役目。そうでしょう?」
「師匠・・・」

わたしは土の精霊に選手交代を告げた。

「土の精霊さん。今度はわたしが相手よ。その綺麗な顔にゲンコツをくれてやるわ」
「ふふっ。やれるものならやってみなさい」

戦いの前の準備運動がてら、全身のストレッチをしていると、ノーラが近づいてきて、小さな声で言った。

「師匠。見えない攻撃には気を付けてください」

わたしは小さく頷いた。
わたしもノーラの戦いは見ていた。
その時、ノーラは確かに見えない打撃のようなものを食らって倒されていた。

意図していない攻撃は本当に怖い。
少しでも見えていたり気配を感じれば、体が反射的に防衛するが、完全に意識の外からの攻撃は対処が間に合わず、大ダメージを喰らってしまう。

「ノーラはあの攻撃が何か分かった?」
「いえ、残念ながら分かりませんでした。ただ、硬い何かで殴られたようでした。拳や蹴りではない気がします」
「そっか・・・」

ノーラが攻撃を喰らった時、土の精霊はノーモーションだったと思う。
とすると、魔力による何かだろう。

「ねえ、ディーネちゃん、サラちゃん。土の精霊ってどんな魔力特性があるの?見えない攻撃にはどう対処すればいいと思う?」
「そうじゃな。主に物理的な作用が多いかの。物理的な攻撃や防御に長けておる。他にも擬態や変化も得意じゃ。それと土の魔石は素材の造形や錬成の機能として魔石回路に使う事が多いのじゃ」
(見えない攻撃は、正体が分かるまでは魔力を察知して対処なさい。水の防御は常に張っておきなさい)

物理・・・見えない攻撃・・・擬態・・・
マジシャン的な攻撃かな?

「ねえ、まだ?」

痺れを切らした土の精霊に急かされてしまった。

仕方ない、タネはわからないけど、やってみるか・・・

わたしは訓練場の中央で待つ土の精霊の前に立ち、構えをとった。

「一刻の間にワタシに有効打を一発入れられたらユリの勝ちでいいわよ。ワタシが勝ったらアドルを貰うわ」
「わたしが勝ったら、わたし達に協力してもらうわよ。必ずぶっ飛ばしてやるわ」

わたしは水の防御を展開し、先手必勝とばかりに土の精霊に向かって魔力攻撃を撃ち出した。
しかし、土の精霊はわたしの魔力攻撃を魔力障壁のようなものであっさり弾き返した。
土の精霊は腕を組んだまま余裕綽々だ。

・・・でも、承知の上よ!

わたしは魔力攻撃がかわされたと同時に距離を詰め、インファイトの距離で魔力で加速したパンチやキックを繰り出した。

土の精霊はわたしの攻撃を全て避けているが、さらに加速を増したわたしの攻撃に少しついていけなくなりつつあった。

これなら押し切れるかも!

低い体勢から繰り出した掃腿(足払い)をジャンプでかわした土の精霊に向かい、軽く踏み込んで立ち上がりざま側踹腿(横蹴り)を放った。
狙いは腹部。
ヒットすればわたしの勝ち!

ゴン!

「うぐっ!」

わたしは蹴りの途中でよろけて倒れそうになったが、何とか踏みとどまった。

「今のが見えない攻撃・・・」

蹴りを繰り出した直後、わたしの頭は何かに殴られたような衝撃を喰らっていた。
水の防御で頭自体は防御できたけど、衝撃で首がやられるかと思った・・・

「ふふっ。ワタシの攻撃にいつまで耐えられるかしらね。あなたが相手ならばもう少し威力を上げてもいいわね。一刻の間、気絶させてあげるわ」

・・・ひとまず見えない攻撃をなんとかしないと、勝ち筋が見えないね。

わたしは腕を組んだまま余裕の表情を浮かべている土の精霊を見ながら、何か打開策がないか考えを巡らせていた。
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