ポニーテールの勇者様

相葉和

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025 その頃王都では

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由里がナーズの市場でひと稼ぎしていた頃。

「ようアドル。調子はどうだい?」
「やあ、ホークス、髪伸びた?」

王都の城下町、アドルの父が経営する道具屋で店番をしていたアドルの所に、王都の総合市場で備品管理をしているホークスが、消耗品の買い入れをしに来たところだった。
二人は顔馴染みだ。

「昨日の今日でそんなに伸びるかよ。お前こそどうした?今朝は市場に顔を出さなかったじゃねえか」
「うん、まあ、俺だって色々忙しかったんだよ」

ホークスからの注文表を受け取り、店にある在庫と照らし合わせて商品の準備をしながら、一昨日の事と、ユリの事を考えていた。



アドルは一昨日、王城に潜入した。
城に潜伏している仲間から、ついに異世界人の召喚に成功しそうだという情報が入ったからだ。

城の結界に入り込むための魔道具は、昔、親友だった王子といつでも遊べるように自作したものだ。
王子との遊びの延長で、城の設備に詳しくなっていた為に作る事ができた魔道具だったが、防犯面で考えればとんでもない代物だった。

城に潜伏している仲間の手引きで城の魔導師に扮し、召喚直後のユリとバルゴ達とのやり取りを見た後は、ユリの動向を追った。
そしてユリが客室で一人になったところで接触を図った。

ちょっと乱暴な起こし方をしたせいでややご立腹だったが、すぐに起きてくれなかったので、やむを得ずの対応だった。
初めて来たばかりの知らない世界で熟睡できる上、見知らぬ男に起こされた直後に怯えるどころか文句をつけてきたあたり、かなり肝の据わった人物だと思った。

それからユリはアドルの話をしっかりと聞いてくれた。
不信感は完全に拭えないようではあったが、話の内容を自分なりに解釈し、推測や疑問点を述べたりしてきた。

ユリはまだかなり若そうなわりに、かなり聡明な娘だった。
お人好しでもあるのだろうが、アドルの話を聞き、協力を約束してくれた。

そう言えば、「見た目以上に賢い」という褒め言葉に何か誤解をして怒っていたようだったが、何故怒ったのか、アドルには理解できないでいた。

アドルは初対面にも関わらず、ユリにかなりの好感を持った。
整った顔立ち。
肝が据わった態度。
意志のこもった眼。
協力を約束してくれた時に見せた、凛とした表情。
なにより、月明かりに照らされたユリの表情は、綺麗だと思った。

『ユリを必ず守る』と誓った言葉は、使命感によるものではなく、アドルにとってはごく自然に湧き出たものだった。

ユリの協力を取り付けたアドルは、ユリが動き始めたタイミングを見計らって自分も行動をすることにした。
ユリが警備兵と共に部屋を出たのを確認し、アドルは城の地下へと向かった。

姿隠しの魔道具はユリに渡してしまったが、アドルは城の中の造りを十二分に知っている。
巧みに隠れながら、ユリが通るはずの階段や廊下に障害がない事を確認しつつ、水の精霊の間に続く回廊へ先行した。

水の精霊の間に続く回廊の手前で、アドルはローブを取り出し、魔導師団の装いに着替えると、回廊の奥へと進んだ。

水の精霊の間を警備している兵士は一人だけだった。
変装したアドルは兵士に「今日、異世界の勇者が入った際に水の精霊が何か活動を起こしていないか、念のため確認してこいと言われた」と説明し、扉を開けてもらうよう促す。

アドルの計画では、扉を開けてもらってから、警備兵を昏倒させ、ユリを待つつもりだった。
しかし、ここで計算違いが発生した。
この警備兵は、水の精霊の間の扉を開けるための鍵を持っていなかったのだ。

どうやら鍵を持っている警備兵は一時的に持ち場を離れていたようで、連れてくるのでしばらく待つように、と言われ、警備兵は詰所に向かった。

もしこの状態でユリが来て、戻ってきた警備兵と鉢合わせるとまずい。
姿が見えなくとも扉が開かなければユリには何も出来ない。
姿隠しの効果もそれほど長くは持たないだろう。
最悪、ユリは回廊の奥の、逃げ場のない状態で発見されてしまう。

アドルもひとまず回廊を出て、目立たない所に隠れるようにして戻ってくる警備兵を待ちながら、ユリの動きも探る事にした。
懐から平たい板のようなものを出し、魔力を注ぐと、ひとつの赤い点がポッと浮かび上がった。

(やはりすぐそこまで来ている・・・)

板の上の赤い点は、姿隠しの魔道具の位置に反応して光っていた。
アドルを中心に、今どのあたりにいるのかが大雑把に分かる。

本来は、魔力の不意打ちを食らわぬように魔力の発動を早めに検知したり、魔道具の罠などを発見するための魔道具だが、検知対象の特性を絞り込んで、姿隠しの魔道具がもっとも反応するように調整しておいた。

赤い点がアドルの方向に近づき、曲がって、遠ざかっていく。
どうやら水の精霊の扉に続く回廊に入ってしまったようだ。

ユリを追いかけて声をかけようか迷っていたその時、さきほどの扉の警備兵がもう一人の警備兵を連れて戻って来るのが見えた。
このままではユリが確実に、回廊の袋小路で追い詰められるか、鉢合わせになってしまう。

(考える時間もないのか!ならばやるしかない!)

アドルは戻ってきた警備兵に走り寄ると、不意打ちで魔道具による攻撃を繰り出した。
衝撃で二人の兵士が昏倒する。
警備兵の鎧が床を叩く音が響く。

「何事だ!」

音を聞きつけた他の警備兵がやってくる前に、アドルは急いで倒れた警備兵から鍵を探り当て、鍵を回収すると、ローブを脱ぎ、ひとまず水の通路と反対方向に向かい、わざと目立つようにして警備兵に目視させた。
まずは警備兵達を水の精霊の間の回廊から遠ざけなければならない。

侵入者を知らせる警報が鳴る。
アドルは巧みに逃げ回った。
アドルは兵士達がアドルを見失ってから水の通路に向かうつもりで、逃げ回りながらその隙を伺っていた。
しかし、水の精霊の回廊を確認しに行こうとする兵士達の姿を見て、兵士達を振り切る事を諦め、自分が袋小路に追い詰められるのを覚悟して、先に回廊に向かって走り込んだ。

(せめてユリに鍵を渡して、扉を通るまで、俺が盾になる!)

回廊を全力で走る。後ろからは追ってくる兵士達の足音が聞こえる。
扉が見える。
そこにユリがいた。
姿が見えている。
姿隠しの魔力が切れたのだろう。
ユリもこちらに気がついた。

「ユリ!行け!」

アドルは鍵を投げ、ユリに渡す。
ユリが扉の鍵を開け、水の精霊の間に飛び込むのを見て、まずは安堵する。
そして足を止めて、呼吸を整える。

「さあ、あとはこっちの問題だ」

ユリともっと話がしたいと思った。
ユリの事をもっと知りたいと思った。
しかし、再会は叶うだろうか。
もしも再会できたら、今度こそユリの事をしっかり守ると誓おう。

こちらに逃げ場はない。
脱出は困難だろう。
せめて何人かは道連れにしてやる。
やってやろうじゃないか。



「・・・あそこで姿隠しの魔道具が足元に落ちててくれて、本当に良かったよ」

ユリが残してくれたのか、単に落として行ったのかは分からないが、姿隠しの魔道具を拾ってすぐさま起動し、ギリギリ難を逃れて城から脱出する事ができた。
アドルはユリが幸運をもたらす精霊様の恩恵を受けてるのではないかと思った。

「ん?アドル、なんか言ったか?」
「いや、独り言だ。在庫があったかなってね。探しているのだけど、まだ見つからないんだよ」

ホークスは、アドルがホークスの注文した商品をカウンターに並べるのを横目に、店内の商品を物色する。
他に客はいない。

「そういやアドル、お前が探している例の素材な」
「ああ。今朝も心当たりを探してたんだけどな。まだ見つからないんだよ」
「だから市場に来なかったのか。全くお前は間が悪いな」

ホークスは入り口の扉の方に目を向けた。
誰かが入ってこないか警戒しているように見える。

「見つけたぜ。例の素材。いま、ナーズにあるらしい」
「・・・そんなところにあったのか」

注文品を並べる手が一瞬止まる。
ホークスは相変わらず背中を向けたままだ。

「・・・素材回収、行くか?」
「ああ。今からすぐ行く。ホークスは?」
「ナーズなら海路のほうが早いだろう。船を出すぜ」
「分かった。あとで港の例の場所で落ち合おう。昨日からオレの周りに監視がついてるみたいなんだ」

今度はホークスの手が止まる。
手にとっていた店の商品をそっと置く。

「・・・泳がされてるのか?組織の繋がりを探ってるのかな」
「分からないが、たぶんそうだと思う。このへんが頃合いかも知れないな」

ホークスもアドルと同じ、反バルゴ派の組織の一員で、ユリの捜索に水面下で協力していたのだった。
ホークスがアドルの道具屋に来た本当の目的も、ユリの居場所を伝える事だった。

その時、町中、そして、店内にある王都内の公共伝令用の魔道具から、王命による緊急連絡が通達された。
バルゴが発した、ユリを捕まえるための総動員令だった。
曰く、勇者と名乗る叛徒を捕縛せよ、との事だった。

何故か名前は公表されなかったが、ユリの容姿の特徴と、国民証を持っていない事、匿った者は連座で死罪にするなどの内容も通達された。

アドルとホークスが放送を聞き終えると、アドルは険しい顔の後、安堵の息を吐いた。

「とりあえず、バルゴはまだユリを見つけてない感じだな。こちらの情報のほうが早いみたいだ」
「アドルの言う通り、頃合いだな。俺はこれからエリザのところへ行って、『アーガス』の皆に集合するように伝えてもらう。全員で王都を脱出する。例の計画で行こうぜ。先にお姫様を確保してからな」
「つまり、王都からは・・・」
「サヨナラだ。それと船で行くが、例の船の方で行く。そうだな、そこの商品もついでにもらって行くことにしよう。請求書は市場から出てるから、お前の店は損しない。構わんだろ?」

こちらを振り向き、悪い笑顔を見せる。

「ああ。毎度ありだ」

アドルも笑顔で応えた。
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