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【226】 ピルグリメッジ家侯爵令嬢の手紙

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「いやぁ、すまないね、カイト。まさか、パラセレネ様があのような暴走をされるとは想定外だったのです」

 深く謝罪するトニーは、頭を抱え落ち込んでいた。それ以上に、店を潰される恐れさえあるのだから、気が気でないのだろう。俺もだけど。


 俺の店……イルミネイトを潰されてたまるか。
 ここまで紆余曲折うよきょくせつあって、やっと商売も軌道に乗り始めて安定してきたというのに。


「――はい、綺麗になりました。元通りとはいきませんが、後ほど改めてクリーニングしておきますね」


 ルナが小顔を上げる。
 ずっと俺の服の汚れをハンカチで拭いてくれていた。あのハンカチは、ルナのお気に入りのはず。あんな土留どどめ色に染まってしまって……。


「すまない、こんな丁寧にやって貰って」

「わたしにとって、海人様の身が一番大切なんです。万が一も考え、治癒スキルのグロリアスヒールも施しておきました。もし、火傷などしていましたら完治しているかと」

「ありがとう、ルナ。そこまで気を使ってくれて、俺は嬉しいよ。そんな優しいキミがたまらなく愛おしい」


 自然と見つめ合っていると、ルナとの距離が縮まっていく。このまま抱き合って――と、思ったけど『げふんげふん』とわざとらしく咳払いするトニー。おっと、忘れかけていたよ。


「僕をお忘れか!? 相変わらず、仲睦なかむつまじいようで。いや……ですが、それよりもお店の存亡が懸かっております。パラセレネ・ピルグリメッジを何とかせねば……。カイト、何か妙案でも珍妙でも良いのです、何か起死回生の策はないのですか」


 トニーは、そう必死に訴えてくる。そうだ、この問題はトニーだけではない、俺の問題でもある。イルミネイトが大ピンチだ。


「慌てるな、トニー。経営者は冷静さを欠くと負けだぞ。平常心を失わない鉄の意志が必要だ」

「ほう、カイト。素晴らしい、誰の言葉ですか?」
「トニー、お前だよ。すげぇ昔に俺に言ったんだぞ」

「!? ぼ、僕でしたか。すみません、すっかり忘れていました。そんな大切な言葉を……いやでも、そうでした。鉄の意志……つまり、揺るぎない信念があればどんな苦境も乗り越えられるのです。だから僕はここまでお店を大きく出来たし、今がある。そうですね、物事は冷静に判断しましょう」


 どうやら、落ち着きを取り戻したようだな。さて、そうなると、いきなり『切り札』を使うか、否か。決断を下そうとした――その時だった。


「申し訳ございません、トニー様!」


 店の奥から慌ただしく女の子が現れ、息を切らしていた。


「どうしたのです、スピカ」
「先ほど、このような手紙を発見しまして……」


 手紙を受け取るトニーは、その中身を読み上げた。


『フレッサー商会には退去を命ずる。期限は一週間以内。これに背く場合、財産を全て没収・強制排除となるのでご留意を。
 N地区管理者パラセレネ・ピルグリメッジ』


「……だそうです」

「パラセレネのヤツ、さっそく管理者権限を乱用しているな。多分、俺のイルミネイトにも同じ内容の手紙が送りつけられているだろうな」


 やれやれと頭を押さえる。
 取引が破談し、上手くいかなかったからって、ここまでするとはな。これがピルグリメッジ家のやり方ってわけか。


「許せません。このような身勝手……。海人様、一度、イルミネイトへ戻り手紙を確認しましょう。皆にもこの事を伝えるのです」


 ルナが静かに闘志を燃やす。
 そうだな、これはもう俺だけの問題ではない。
 ソレイユやミーティアにも話すべきだ。


「そういうわけだ、トニー。期限は一週間しかないけど、何とかする。お前は情報収集に当たってくれ。あのパラセレネ・ピルグリメッジの動向を探って欲しい」


 ルナを動かすにしても、直ぐとはいかない。失敗すれば、逆に痛い目を見るかもしれない。時と場合を考え、実行に移す。


「不安で押しつぶされそうな気分ですが、分かりました。こちらにも優秀な部下がいますから、パラセレネ・ピルグリメッジの内偵は、このスピカにお任せを」


 ぽんぽんと少女の背中を押すトニー。そういえば、あの子は初めて見るような気がするな。名前はスピカちゃんか。ミーティアのように金髪で可愛い子だな。

 で、どうやら、彼女には何か情報収集能力があるようだ。期待しよう。


「じゃあ、頼む。俺はルナと帰るから、まあ何だ……共に勝利を勝ち取ろうぜ」
「ええ、僕も可能な限りは動きます。よろしくお願いしますよ、カイト」


 手を振ってフレッサー商会を後にする。外に出てしばらく歩くと、ルナが手を握ってきた。


「……あの、海人様」
「ん、どうした」

「さっき、パラセレネの紅茶から身をていして守って下さったではありませんか……」
「あ、ああ。それくらい普通だよ」


 あれ、ルナの顔が赤いなと思っていると、正面から抱きついてきた。嬉しそうな笑みを浮かべ、今にも泣きだしそうで――。


「わたし、海人様のそういうお優しい所が大好きです。カッコよくて、素敵でした。もう好きすぎて、どうしたらいいか分からない程に愛しています」

「うん、俺もルナの全部が好きだよ」


 ルナの気が済むまで抱き続けた。

 ――いやしかし、目立つなぁ。あれから時間も経って、人の往来も多くなっていた。すんげぇジロジロ見られている。


「そろそろ行こうか。お店は絶対に守る。あの店がないと、俺達の帰る場所が無くなっちゃうからね」

「はい、海人様」


 手を繋いで、我が家・イルミネイトを目指した。
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