上 下
147 / 308

【147】 魔法使いの想い(ミーティア視点)

しおりを挟む
 クラールハイト家から旅立ち、一年。
 世界各地を巡って、セイフの街で偶然出会ったソレイユさんからカイトの噂を聞いて、私は『イルミネイト』へ入った。

 怨敵おんてきである【共和国・ブルームーン】のファルベ家から二億の借金を背負わされたからだ。だから、レベルを売るために彼の元を訪れた。けれど、カイトが二億の借金を肩代わりしてくれて――今があった。


 目を閉じ、ここまでの道のりを改めれば、苦労が浮かんで来るようだった――。


 あれから一ヶ月あまり、気づけば故郷である【帝国・レッドムーン】へ戻っていた。城門前では、大賢者パラディ・アプレミディ卿と偶然(?)出逢い、変わった形の杖を貰った。その名も『インフィニティ』という。


 もともと、彼の賢者の杖なのだが、何故か私に託してきた。――いや、理由はあった。

 カイトを守れと。


 この先に訪れるであろう『原初』の戦いに備えよという、ある種の警告を受けた。その意味は今の私には分からない。


 何にしても、この杖はカイトだけではなく――みんなを守る力となる。


 私は、大切なみんなを、イルミネイトを守りたい。



「――さてと」



 考えはまとまった。
 貰った自室、四階にある部屋は広くて、落ち着いて物事を思案できる。広すぎて、ちょっと寂しいけど……。やっぱり、ソレイユさんと一緒にしてもらおうかな。


 これまた広すぎるベッドから降りて、スリッパを履く。このまま、五階にあるという『温泉』を目指す。こんな深夜帯ならば誰もいないだろうし、同時に温泉の独占権を獲得できるチャンス。


「楽しみ~♪」


 寝間着姿のまま長い通路を歩いてゆき、魔導式のエレベーターで五階へ。やはり、長い通路をテクテク歩いて、やっと大浴場の前。ここだけ何故か落ち着きのある木造の扉。それをガラっと開けて中へ入った。

 まずは、脱衣所。
 急いで寝巻を脱ぎ捨て、籠へ。下着もぽいっと。

 裸になって向かって第二の扉へ行く。
 そこもガラっと開けて入れば――


「――――」


 ――驚いた。

 深夜とはいえ、帝国の夜景が広がっていた。

 淡いネオンが微かに明滅めいめつを繰り返す。


 その四階とはまた違った、心を打たれる俯瞰ふかん風景ふうけいに魅入られながら、暗闇を進み――私はマナーを守って、きちんとかけ湯を済ませた。幸い、赤の月明かりがある程度の範囲を照らしてくれていた。それから、正方形に広がる大浴場へ足をつけていく。


「あったかい……」


 ほのかな温かさを感じた。
 その時、視線も感じた。


「え……」


 まさか、誰かいる?

 幽霊!?


 だとしたら、まずい……私、幽霊は大の苦手。怖くなって、風属性魔法・ライトニングボルトで明かりを灯した。

 バリバリと私の掌の上で雷が唸る。

 その光によって、大浴場全体が照らされて――


「カ……カイト……?」


 そこには見知った顔が。
 割と堂々と穏やかに私を見ていた。


 それから、彼は短く反応した。


「お、おう……ミーティア」


 そして気づけば、私は裸。それを思い出して、赤面して叫びそうになったけど――自身の口を両手で無理やり押え込み、声を押し殺した。

「…………っ」

 危ない……カイトの信用を失墜させてしまうところだった。もし叫んで、ルナさんとソレイユさんにこの現場を目撃されると大変だ。
 一日目にしてイルミネイト解散なんて……イヤ。


 逃げ出したいくらいに激しい羞恥心はあったけれど、でも、そんな単純な行動すらも思うようにいかなくて、頭が真っ白になった。だから、立ち尽くすしかなくて――。


「ミーティア、ごめんな。俺が先に入っていたんだが……明かりを付けておくべきだったな。でもほら、夜景が綺麗だろう」

 その通り、今もキラキラと宝石のようにネオンが輝いている。明かりを付けてしまうのは勿体ない。そんな事を思えば、不思議と緊張感が解れていた。

 腕で上手く胸を隠して、私はゆっくりお湯に浸かって――背を向けた。


「…………」


 少し沈黙。
 ちょっと時間が経過して、カイトはこう言った。

「叫ぶの我慢してくれたんだな」
「カイトは悪くありませんよ、私の不注意です」
「だが……」


「……私にとってはカイトは特別な存在なんです。だから、叫ぼうとしたのは申し訳なかったです。男の人とお風呂なんて初めてだったから……心が驚いちゃっただけなんです。もちろん、これが他の男性であったのならば問答無用で叫んでいましたし、魔法をぶち込んでやったでしょう。でも、一番信頼しているカイトだから問題ありません」


 だって、私はカイトを上司として尊敬しているし、好きだから。なので問題はない。蔑むことも恐れる必要もない。

 少しずつ彼に寄っていく。


「ミーティア……」


 彼も察して、顔に緊張が走る。


「いつも通りにお話をしましょう、カイト」
「分かった」


 そのまま肩をぴったりくっ付け、距離を縮めた。そこでトクンと心臓が高鳴った。段々、ドキドキに変わっていき、自身でもヤバイほどに緊張しているのが分かった。

 好きな人だから余計に。

「あの……カイト、あんまりジロジロ見ないで下さいね……」
「知っての通り、俺は女体耐性はゼロに等しい。ルナで多少マシになったとはいえ、ダークエルフは格別……今もギリギリだ」


 ――と、カイトは鼻を押さえ、顔を赤くさせた。そんな面白おかしくされると、悪戯したくなった。立ち上がって、彼の股に挟まれるようにして身を委ねてみた。


「――――」


 カイトは固まって、顔を更に赤くさせ、目をグルグル回していた。今にも鼻血を噴き出しそうな……そんな予兆が。
 もう勢いでやっちゃえと、背中を預けて密着。

 なんだろう、この圧倒的な安心感。

 最初こそ動揺とか羞恥心とかで混乱したけれど、今は嬉しいって感情で満たされていた。――そっか、こうして好きな人といると、こんなにも楽しいんだ。だから、ルナさんはいつも楽しそうに。
 やっと理由が分かった。


 ふと、私はラズベリーの事を思い出して、


「お兄ちゃん……」


 って、カイトを呼んでいた。



 ――――ガタッっ、と、彼は失神してしまった。私の方に大きな身体がもたれ掛かってくる。



「カ、カイト! カイト!? カイトってば……!」



 や、やりすぎちゃった……みたい。

 急いで杖・インフィニティを召喚し、魔法でカイトを脱衣所へ運ぶ。身体を乾かして、服も着させた。


 まさか、倒れちゃうなんて……。


 でも、


 今夜月で色々分かった事がある。

 私はカイトが上司としてではなく、異性として好きなんだと気付かされた。……カイトにもっと私を見て欲しい。感じて、欲しい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

ブラック宮廷から解放されたので、のんびりスローライフを始めます! ~最強ゴーレム使いの気ままな森暮らし~

ヒツキノドカ
ファンタジー
「クレイ・ウェスタ―! 貴様を宮廷から追放する!」  ブラック宮廷に勤めるゴーレム使いのクレイ・ウェスターはある日突然クビを宣告される。  理由は『不当に高い素材を買いあさったこと』とされたが……それはクレイに嫉妬する、宮廷魔術師団長の策略だった。  追放されたクレイは、自由なスローライフを求めて辺境の森へと向かう。  そこで主人公は得意のゴーレム魔術を生かしてあっという間に快適な生活を手に入れる。    一方宮廷では、クレイがいなくなったことで様々なトラブルが発生。  宮廷魔術師団長は知らなかった。  クレイがどれほど宮廷にとって重要な人物だったのか。  そして、自分では穴埋めできないほどにクレイと実力が離れていたことも。  「こんなはずでは……」と嘆きながら宮廷魔術師団長はクレイの元に向かい、戻ってくるように懇願するが、すでに理想の生活を手に入れたクレイにあっさり断られてしまう。  これはブラック宮廷から解放された天才ゴーレム使いの青年が、念願の自由なスローライフを満喫する話。 ーーーーーー ーーー ※4/29HOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝! ※推敲はしていますが、誤字脱字があるかもしれません。 見つけた際はご報告いただけますと幸いです……

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行
ファンタジー
 ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。

処理中です...