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【130】 黒き月

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 身の凍えるような夜を迎えた。
 今晩、帝国の闇夜は深い暗黒で、空気が酷くよどんでいた。

 人間の気配はごくわずか。

 最近、暴れ回っているという殺人鬼・ディスガイズの所為せいだろう。不穏な噂が流れて以来、人々は恐れて家の中で過ごすようになっていた。

 だが、今宵こよいのわたしは違う。

 大切な仲間……それ以上の存在であるカイトとミーティアを宿に置き、ただ一人……赤い月を背に、アテもなく彷徨さまよっていた。いや――アテはあったのかもしれない。


 この【帝国・レッドムーン】には、随分とねずみが入り込んだ。


 その全ては『シャロウ』である。わたしとカイトの仲を引き裂こうとする愚かな集団。あれらは、カイトを欲している。彼の持つ『レベル売買』スキルの真の意味に気付いたからだ。


 アトモスフィア。


 依然いぜんとして正体は空気のようにつかめぬ。
 けれど、その部下たちは確実にこの国で暗躍し、破壊工作を行おうとしている。その気配は、あの『赤い月』が教えてくれた。だから、わたしには全てが手に取るように分かった。


 そして、もうひとつ。


 敵である【共和国・ブルームーン】の宣戦布告。


 急な宣言だった。
 すでにブルームーンの竜騎兵は動き出し、ドラゴンに乗り――数万規模でこちらへ侵攻しているようだ。以前の戦いで、あれだけの被害をこうむっておきながら、もう戦力を増強したらしい。

 ワンダから耳にした情報によれば、皇帝陛下は鼻で笑い『くだらぬ』と一蹴したようだ。そして共和国に対し、帝国側も宣戦布告。

 こちらも『オルビス騎士団』の派兵を決定した。


「……赤い月が綺麗だ」


 そう闇につぶやけば、民家の屋上から複数の人影が大地へと降り立って来た。それらは、わたしの目の前に――。


 静かに現れる人影。
 この顔は見たことがある。


 シャロウのNo.6『エフォール』。
 黒髪の少年。古代文字の入った目隠しをしているから、素顔は殆ど分からない。その能力も未知数だが、努力だけで成り上がって来たという。


 その隣、No.5『コレリック』。
 青いドレスの少女。ミーティアよりも幼いだろう。生粋のエルフと聞いた。だから、大魔法スキルに長けている。
 怒りを魔力に変換させる特殊な呪術も応用しているとか。


 視線を移す。
 大きな人影があった。


「…………」


 この巨躯きょくは実に分かりやすい。
 シャロウのNo.4で『トラモント』だ。昔、中立国の拠点で出会った事があった。ドワーフの混血。そのパワーは世界最強と言われている。
 そして、最強の大戦斧・エンディミオンを持つ。


 最後に――No.2。


 シャロウの副マスター『エキナセア』だ。


 天使の翼と悪魔の翼を広げている少女。
 白い髪をなびかせ、わたしを見下す。

 更に手には、二本の聖槍と神槍。

 名は知らぬが、どちらも【共和国・ブルームーン】の神器。月の意志・パライバトルマリンの加護を受けている。


「――――そうか。シャロウは、我が国を内部から崩壊させる気か。それで宣戦布告を同時に行ったと……。そうだな、エキナセア」


「そうだ……ルナ・オルビス皇女殿下。これからこの国は滅ぶ。最初に中から破壊し尽され、何もかもが消え去る。その後は騎士団だ。奴等を蹴散らし、殲滅せんめつすれば終わりだ」

 それがシャロウ――いや、共和国の計略らしい。
 だが、そうはさせぬ。

 わたしは大好きなカイトから貰った黒いリボンを優しくでた。この帝国が脅かされるというのなら……彼を守る為ならば……。


 有象無象を粛清しゅくせいせねばならない。


「ノコノコとよくぞ全員集まってくれた……。ああ、実に小気味よい。ここで貴様達をまとめて潰せるのなら、それはわたしにとっての僥倖ぎょうこうとなろう」

 わたしがそう恐嚇きょうかくすると、エキナセアは――


「フフ……ルナよ、なぜ我らがわざわざ集結したと思う?」
「何が言いたい」
「それは、ルナ。お前がカイト以上に厄介な存在だからだ。まずはお前を潰す必要があったのだ。【月と太陽の誓約】を解除・・させる為にな。だから、騎士団にも仲間を潜り込ませている」

「――そうだろうとは思った。我が騎士・ソレイユが慌てて騎士団へ戻ったからな。しかしそれがどうした」


「こちらは四人――いや、五人・・だ。この人数を相手に出来るかな」


 優雅に手を広げるエキナセア。
 四人だけだったはずだが、奥の闇から更に人影が。その手には血の付着したなた。不気味な仮面をつけた――殺人鬼・ディスガイズ。


「まさか……この殺人鬼」
「やっと気づいたの、それはNo.3のバオ・・。帝国の民を歩いて殺し回っていたらしいの。そんな指示は出さなかったけどね」

 エキナセアはまるで他人事のように言う。
 許せぬ。なんの罪もない人たちを手に掛けたというのか。

 バオ……中立国を訪れた時も、カイトと店を開いた時もこの愚者が何度も邪魔をして来た。そして、最近はその弟すらも。
 わたしにとっても彼は許せぬ存在。

 仮面の隙間からは火傷やけど傷痕きずあとだろうか、皮膚がただれていたように見えた。以前、カイトに殴り飛ばされ、燃え盛るイルミネイトに頭から突っ込んでいたから、その時の傷だろう。


 シャロウの幹部が五人・・


 アトモスフィアの姿はない。
 それがだけが気に掛かるが、どうでもいい。

 わたしは彼等に対し、殺意の波動を放った。


「我が幸福を破壊しようとする浅き者たちよ……。赤い月は黒ずんだ。これは融合ではない……誓約・・なのだ。黒き月・・・がお前たちを迎えるだろう」


 その夜、赤の光は消えた――。
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