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49 蜜月の終わり
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一週間ほど仕事で屋敷を空ける。とルイが言い残して仕事に出かけて七日目。
好き勝手に飲み食いし、庭を走り回ったり本を読んだりと、ひとときの女主人として自由気ままな日々を過ごしていたフェリセットは下界が騒がしくなり、ルイが戻ってきたのだと知った。
出迎えるために身支度をするのはやぶさかではない。肩の少し上で切りそろえられた亜麻色の髪は柔らかで、乱れている箇所はない。大きなヘーゼルナッツの瞳は豊かな睫に縁取られ、睡眠と栄養が十分なため肌艶も非常に良い。爪はぴかぴかに磨かれているし、耳と尻尾の毛並みも揃っている。今日は風が穏やかなため、ズボンではなく濃紺のワンピースを身にまとう。
我ながら完璧な仕上がりである──とフェリセットが悦に入っていた頃、館の外がにわかに騒がしくなった。
来客を告げるベルの音が鳴る。
ルイはそんな事をしない。それはつまり他の人間がやって来た事を意味している。二階の廊下から玄関ホールを見下ろすと、何人かの軍人がせわしなく出入りし、荷物を運び入れていた。
「おっ、あいつ、まだ居たのか。ピンピンしてやがる」
フェリセットをいち早く見つけたのは、ルイの副官のデュークである。
「そりゃそうでしょうよ」
「全然話に出てこないから、野性に帰ったのかと思ってたぜ」
フェリセットは首をひねる。あれだけの騒ぎを起こしたのだ、ルイの部下は一人残らずフェリセットの存在を知っているはずである。隠す必要はまったくない。煙たがられていたはずのリリアージュでさえ自分の事を知っていたのだ。しかしフェリセットが連行されてから後の話は全くされていないと言うことになる。
どうしてだろう。フェリセットの記憶の中では上司と部下の差はあれど、随分と気安い関係だったように思えた。
ほんのわずか、ちり、とまるで体が焦げるかのような感覚にとらわれ、フェリセットは慌てて階段を駆け下りた。
「ルイは?」
そう言いながら屋敷の外に注意を向けてみるが、やはりまだ戻ってきていない様子であった。
「仕事が残っているから、出来る副官のオレが先に雑用をこなしてやろうって事よ」
「ふうん」
デュークはふと顔を上げ、フェリセットをまじまじと──てっぺんからつま先まで眺めた。
「しかし本当、改めて見比べてみるとスコ先生そっくりだな。ここまで寄せて仕上げるとは。あの人も好みが一貫していると言うか……」
「スコ先生?」
その人名とおぼしき言葉は今までルイの口からは出たことがないものであり、フェリセットは怪訝な顔をした。デュークははっと、自らの過失を認めたように顔を歪めた。
好き勝手に飲み食いし、庭を走り回ったり本を読んだりと、ひとときの女主人として自由気ままな日々を過ごしていたフェリセットは下界が騒がしくなり、ルイが戻ってきたのだと知った。
出迎えるために身支度をするのはやぶさかではない。肩の少し上で切りそろえられた亜麻色の髪は柔らかで、乱れている箇所はない。大きなヘーゼルナッツの瞳は豊かな睫に縁取られ、睡眠と栄養が十分なため肌艶も非常に良い。爪はぴかぴかに磨かれているし、耳と尻尾の毛並みも揃っている。今日は風が穏やかなため、ズボンではなく濃紺のワンピースを身にまとう。
我ながら完璧な仕上がりである──とフェリセットが悦に入っていた頃、館の外がにわかに騒がしくなった。
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「おっ、あいつ、まだ居たのか。ピンピンしてやがる」
フェリセットをいち早く見つけたのは、ルイの副官のデュークである。
「そりゃそうでしょうよ」
「全然話に出てこないから、野性に帰ったのかと思ってたぜ」
フェリセットは首をひねる。あれだけの騒ぎを起こしたのだ、ルイの部下は一人残らずフェリセットの存在を知っているはずである。隠す必要はまったくない。煙たがられていたはずのリリアージュでさえ自分の事を知っていたのだ。しかしフェリセットが連行されてから後の話は全くされていないと言うことになる。
どうしてだろう。フェリセットの記憶の中では上司と部下の差はあれど、随分と気安い関係だったように思えた。
ほんのわずか、ちり、とまるで体が焦げるかのような感覚にとらわれ、フェリセットは慌てて階段を駆け下りた。
「ルイは?」
そう言いながら屋敷の外に注意を向けてみるが、やはりまだ戻ってきていない様子であった。
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デュークはふと顔を上げ、フェリセットをまじまじと──てっぺんからつま先まで眺めた。
「しかし本当、改めて見比べてみるとスコ先生そっくりだな。ここまで寄せて仕上げるとは。あの人も好みが一貫していると言うか……」
「スコ先生?」
その人名とおぼしき言葉は今までルイの口からは出たことがないものであり、フェリセットは怪訝な顔をした。デュークははっと、自らの過失を認めたように顔を歪めた。
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