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26 天空の騎士
しおりを挟む本日、お嬢様は大旦那様に誘われて、天空騎士団の演習の見学に来ておられる。
空高くを、翼を羽ばたかせて天馬の群れが飛んで行く。
天馬に跨った、赤い鎧を着た騎士が長い槍を掲げ、その先から風魔法を打ち出す。
風はつむじを巻き、対面にいたヒッポグリフに乗った騎士へ襲いかかるが、魔力を纏わせた剣で打ち消される。騎士はそのまま剣から炎を生み出し、相手を天馬もろとも燃やそうとするが、その天馬の後ろから出てきた飛竜に乗った騎士に、雷魔法を放たれて、すんでの所でそれを避ける。
私達の頭上では、息もつかせぬ空中戦が、実戦さながらに行われていた。
私は、ついお嬢様と共にそれに魅入ってしまう。お嬢様についてきたサディアスも、真剣な顔つきで、騎士達の動きを忙しなく目で追っている。
ここエクルワース王国では、天空騎士団は、王族の周辺を守る近衛騎士団や、地上の前線で活躍する黒兜騎士団と並び、騎士の花形である。
大空を支配するように縦横無尽に駆け回る、赤い鎧の騎士達の姿は勇ましく気高く、他の騎士や兵士達の憧れの的になるのもよくわかる。
演習の結果は上出来だったようで、大旦那様も満足気に頷かれて、空での戦いを終えて舞い降りて来た騎士達に、軽く手を上げて挨拶なさった。
騎士達は畏まって捧刀をする。
ハーツシェル公爵家と、天空騎士団の関係は深い。
その昔、何代も前の公爵家の当主が、天空騎士団の創設に大いに尽力されたらしい。それ以来、公爵家は天空騎士団への支援を続けてきた為、最早配下と言っても良いくらいに密接な関係である。現騎士団長も、公爵家と同じ派閥の子爵家出身の人間だ。
お嬢様が、選択科目に乗馬を選択されたのも、ハーツシェル公爵家出身の人間として、天馬くらいは乗れなければ、というお考えからだろう。
ちなみに、大旦那様のグリフィンというお名前も、天空騎士団で飼われているグリフォン由来でつけられた名前である。公爵家は代々、大空に浪漫を感じ、空飛ぶ生き物が好きな家系らしい。
お嬢様が、竜族一飛ぶのが速い玄禍竜である、私を愛でてくださるのもさもありなん、ということか。もっとも、私は今は飛べないが……。
鈍色の鱗の飛竜から、一際立派な赤い鎧を着けた騎士が降りて来て、兜を外し、大旦那様の前で一礼する。
「団長、ご苦労であった。いやはや、いつもながら見事な戦いぶりであった」
「勿体無きお言葉でございます、閣下。今後とも、より一層鍛錬に励んでいきたいと思います」
騎士団長は、大旦那様の賞嘆の言葉に、恐縮しながらも誇らし気な笑みを浮かべた。そして、大旦那様の後ろのお嬢様に目を向けて、更に相好を崩す。
「エミリア様も、いらして頂いたとは。お久しぶりでございます」
「クオンスペート団長、お久しぶりでございます。素晴らしい戦いを拝見出来て、大変勉強になりました。ありがとうございます」
「いえいえ、エミリア様にご覧頂いているということで、若い騎士達も今まで以上に演習に身が入っていたようです。こちらこそ、お越し頂きありがとうございます」
眉間に大きな向こう傷があり、厳つい風貌で、噂によると鬼の騎士団長などと呼ばれているらしいが、お嬢様の前ではニコニコである。
大旦那様も、ニコニコとご満悦な顔で、ご自分の顎をゆっくり撫でる。
「エミリアとサディアスは、学園で乗馬の授業を取っておってな。今後、天馬などにも乗ることになろうから、参考になればと思い連れて来たのだ」
「おお!それは素晴らしい!エミリア様でしたらば、きっと閣下のようにすぐに技術を身につけられて、天空の覇者となられるでしょう。これは、我々もうかうかしていられませんな」
大旦那様が若い頃、国内随一の火魔法の使い手であり、オレンジ潰しの帝王でもあったことは知っていたが、なんと天空の覇者でもあったとは。
騎士団長のお世辞も混ざっているのだろうが、やはり大旦那様は相当優秀な方らしい。どうしても、孫バカな印象が優ってしまうが……。
団長は、なにかをお思いついたかのようにポンと手を打ち、近くに控えていた熟年の女性騎士を呼び寄せる。
「どうでしょう、エミリア様。折角こちらまで足を運んで頂いたのですから、一度飛竜に乗ってみませんか?天馬でも良いのですが、やはり当天空騎士団の象徴と言えば飛竜ですから。この騎士が同乗し、手綱を持ちますので」
「まあ!よろしいのですか?しかし、演習のお邪魔をしてしまうのでは?」
「もう訓練は終わりましたので、問題ありませんよ」
「エミリア、何事も経験だ。乗せて貰うと良い」
大旦那様が背中を押し、お嬢様は飛竜に乗ることになった。
女性騎士から訓練服を借りて、騎士の後ろに跨る。ついでにサディアスも、もう一匹の飛竜に乗せて貰っている。
二頭の飛竜が、ゆっくりと翼を羽ばたかせ、大空へと飛び立って行く、私は、地上の大旦那様の腕の中で、お嬢様を見送る。
うっうっうっ……。私だって翼があれば、お嬢様を乗せて大空をご案内することが出来るのに……。そんな、竜族の中でも弱い部類の飛竜になど乗らなくても……。私の方が絶対乗り心地も良いし、速く飛べるのですよ、お嬢様ー!
どこの馬の骨とも知れない飛竜なぞに遅れを取ったことが悔しくて、ギリギリと歯嚙みをする。見ていられなくて、空から目を外し地上に戻す。
すると、私以外にも、ギリッと奥歯を噛み締めているような顔をしている少年が、目に入った。赤ではなく、灰色の鎧を着ているということは、おそらく騎士見習いだろう。
短く切り揃えた赤髪と、意志の強そうな榛色の瞳を見て、私はその少年が何者であるかを思い出した。
アイザック・クオンスペート。
現天空騎士団長の息子であり、あの乙女ゲームの攻略対象者の内の一人。
まさか、アイザックもこの演習に来ていたとは……。
正直言って、前世の私はアイザックルートは未クリアだった。ゆえに、記憶は薄いのだが、覚えていることもある。
お嬢様の断罪イベントで、あろうことかこの男はお嬢様に剣を突きつけるのだ。いくら第一王子のルーファスに命じられたからと言って、ハーツシェル公爵家と同じ派閥の人間でありながら、お嬢様に剣を向けるとは断じて許せぬ。
公爵家は、今まで散々天空騎士団に援助してきたというのに……その天空騎士団長の息子の癖に、なにが気に入らなかったというのか。
いや、待て……。あやつ、今すでに飛竜に乗っておられるお嬢様を睨んでいるではないか!この頃から、反逆の意思を!?
アイザックは、険しい顔つきで空を見上げている。だが、よく見れば、お嬢様だけではなく、サディアスのことも睨んでいるようだ。
そうだ……思い出した!アイザックは、天空騎士団長である父親のように、天空騎士団に入り、竜騎士になることを目指しているのだ。
飛竜に乗ることがアイザックの憧れで、しかし、まだ見習いであることから、厳しい父に禁じられ、飛竜には一度も乗せて貰えていない。
確か、そんなことを、アイザックルートをクリアした前世の友人が語っていた。
まさか、あの小僧……自分は飛竜に乗せて貰えないのに、同世代のお嬢様やサディアスが簡単に乗せて貰っているから、それを恨めしく思っているのではあるまいな……。
そうだとしたら、なにを思い上がっているのだ!お嬢様と貴様では、立場が全く違うのだから当然のことだろう。
遠くに突っ立っているアイザックを、牙を剥いて威嚇していたら、大旦那様が私を抱え直した。
「おっと、クイン、どうしたのだ。やはり、エミリアでなければ具合が悪いか?大丈夫だ。ほれ、もうすぐエミリアが戻って来るぞ」
大旦那様のお言葉通り、演習場の上をぐるりと一周した二頭の飛竜が、地上へと降りて来た。
お嬢様は、乗せてくれたお礼を言うように飛竜の頭をひと撫ですると、女性騎士に付き添われ、訓練服からドレスへのお着替え直しに向かわれた。
お、お嬢様が、私以外の竜の頭を撫でられた……。ぬぐぐぐっ……お嬢様の一の従者は、玄禍竜たるこの私なのに……。翼……翼さえあれば……グスッ。
私が大旦那様の腕の中で、尻尾を力なく垂れ下げていると、大旦那様は騎士団長を伴い、演習を終えて集まった騎士達の前に立った。
騎士達の精悍な顔を見回した後、コホンと一つ咳払いを落としてから、大旦那様は重々しく威厳のある声で語り出す。
「皆の者、実に見事な演習であった。我が孫のエミリアとサディアスも喜んでおった。今後とも鍛錬を怠らぬように」
「はっ!」
騎士達が一斉に姿勢を正し、返事をする。
大旦那様は、拳を強く握り、私を抱いている胸の前で掲げながら、なおも力強く言葉を発する。
「より強くなり、いついかなる時も、エミリアを守れるようになるのだ!皆の者も、本日目にしただろうが、あれほど美しく成長したエミリアには、世界中から良からぬ虫や敵が、際限なく寄って来ることだろう。その時、エミリアを守るのは誰か!?」
「我々です!」
「そう!お主達しかおらぬ!己の剣と魔法を磨き、この世界の至宝であるエミリアを誇りを賭けて守り、仇なす者共に正義の鉄槌を!」
「おおー!」
騎士達が拳を突き上げながら、一斉に雄叫びを上げる。
王家への反乱の準備かな……?と、一瞬思ってしまったが、どうやら単に喝を入れているだけらしい。
天空騎士団は、ハーツシェル公爵家の私兵ではなく、一応国家に属し王家を守る剣であるはずなのだが、どうやらこの騎士団、孫バカな大旦那様に大分染められているようだ。大旦那様とのつき合いが長いであろう、年配の者ほど重症度が高いらしく、気迫が凄い。
一方、騎士見習い達は、先輩の騎士達が上げている熱苦しい気勢に、ポカンとして戸惑っている者も多い。アイザックなどは、引きつった表情から見るに若干引いている。
私は勿論、大旦那様のお言葉に、赤鎧の騎士達と共に大きく気勢を上げる。
イエッサー!この私も、お嬢様をお守りする為に戦います!ヒロインと攻略対象者共に、正義の鉄槌をー!うおおおー!
騎士達の気勢に当てられたのか、飛竜やグリフォンも咆哮し、天馬やヒッポグリフは嘶き、大梟や大翼鷲は翼をばたつかせ、演習場に多くの者達の気迫が轟いた。
そんな中、着替えを終えられたお嬢様が戻って来られて、場の異様な盛り上がりに首を傾げ、
「何事ですの?」
と、こっそりサディアスに聞いておられたが、サディアスはざっくり、
「皆で気合いを入れているようです」
と、答えていた。
我が麗しきお嬢様には、大旦那様のおかげで、天空騎士団という心強い味方がいる。
万が一、処刑が実行されそうになった時は、天空騎士にお嬢様を素早く公爵領まで運んで貰うことさえ出来れば、公爵領に立て篭もり、王家に抵抗することが出来るであろう。
守りの堅い公爵領には、王家もそうそう手を出すことは出来ぬはず。
無論、お嬢様の一番の盾はこの私であるし、私がお嬢様を背に乗せて運んで差し上げたいのは山々だが、お嬢様の為ならばプライドを捨て、他飛竜に頼ることすらもしてみせる。
私どもにお任せください、お嬢様!
大旦那様の腕から、お嬢様の腕の中に戻ったが、興奮が治らずウズウズと体を動かす。
「どうしたの、クイン。大きな音がするから落ち着かないのかしら?」
お嬢様のお言葉に、大旦那様が騎士達を向き直り、声を張り上げた。
「皆の者、静まれい!エミリアの前である、品良くするように」
「はっ!」
騎士達はビシッと姿勢を正し、獣のように咆哮していた姿から気品溢れる佇まいに変貌し、飛竜達もそれにつられてビシッと居住まいを正した。演習場には静寂が戻った。
私も、いつものように、お嬢様の腕の中にお行儀良くおさまる。
心に燃え滾る闘志を秘めつつも、常に気品を保ち優雅でなければいけない。それが、宇宙一品格があり優雅で麗しきお嬢様の、騎士としての務めであるからして。
だから、そこのアイザック。
「どうかしている……」
とか、こっそり呟いているんじゃない!聞こえておるぞ!
直後に、父である騎士団長に頭を小突かれていたから、今回は見逃してやるが……。
貴様も、天空の騎士を目指すのならば、崇めよ、讃えよ!お嬢様を!
そうでなければ、騎士失格である!
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