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12 大敵との顔合わせ
しおりを挟む婚約直前の顔合わせの為、お嬢様が王城へ向かわれることになった。
「クインも一緒で良いと、国王陛下が許可をくださったと、お父様が仰っていました。輿入れの際にも、連れて来て良いと……」
「まあ!それは良かったわね、エミリア」
「はい」
大奥様とその侍女達が、お嬢様から少し離れて、全体を眺める。
「やはり、この髪飾りの方が良いわね」
「はい、大奥様。本日のドレスの色には、こちらの方が合っておりますね。素敵ですわ、お嬢様」
鮮やかな朱色のドレスを着たお嬢様は、姿見で今一度ご自分の装いを確認する。
「ええ、お祖母様達のおかげで、素敵な仕上がりになりましたわ」
「これなら、ルーファス殿下もきっと見惚れてしまうわね!」
「ふふっ、お祖母様ったら……。本当に、そうだとよろしいのですが」
お嬢様はいつも素敵だが、今日もまことに麗しい。お召し物も良くお似合いで、咲いたばかりの大輪の薔薇の花のようだ。誰もが見惚れる美の女神である。見惚れない者は、目か頭が腐っているに違いない。
艶やかに着飾ったお嬢様の腕に抱かれ、馬車に乗って王都の中心にそびえ立つ王城へと入る。付き添いは旦那様である。
大旦那様には、国王から「そなたはついて来なくて良い」とキツくお達しがあったらしい。どうやら、今日の日が来るまでに、大旦那様はなにか妨害工作を行い、それがバレてしまったようだ。
一日では終わらないような遠方での仕事を言いつけられて、泣く泣く旅立って行かれた。
それでも、出立前にはお嬢様に、
「嫌なことがあったら、すぐにこの魔道具でお祖父様を呼ぶのだぞ。飛んで帰って来るからな。大丈夫、すでに天空騎士の手配はしてある。本当に、いつでもエミリアの元へ飛んで帰って来られるぞ、お祖父様は」
と、泣きながら言い残して行かれた。
ちなみに、その遠方への連絡用の魔道具は、分厚い辞書並みに大きくて重量もあるので、お嬢様は旦那様に言われて屋敷に置き残して行かれた。大旦那様が遠方へ発って、五分後くらいに連絡を入れて来られたことも、旦那様が王城への持ち込みを許さなかった大きな原因だろう。
旦那様とお嬢様と私は、待たされることなく、登城してすぐに応接間へと通された。公爵家に劣らない、贅を尽くした豪奢な室内、ふかふかなソファ。さすが王城である。
ほどなくして、国王が第一王子を伴って、応接間へ入って来た。
旦那様とお嬢様が、深々と頭を下げて礼をする。
「二人共、頭を上げて楽にすると良い。念の為に聞くが、グリフィンはいないな?」
国王が、首を回して部屋の四方を確認した後、旦那様へとそう聞いた。グリフィンとは、大旦那様の名前である。
「はい、今朝早く遠方への仕事へ出て行きました」
「うむうむ、それは良かった。コホンッ……エミリアよ、久しいな。ルーファスと会うのも、半年ぶりくらいであったか?」
「ご無沙汰いたしております、陛下。はい、ルーファス殿下とは、半年ほど前に王妃陛下のお茶会にお招き頂きました折に、お会いした時以来でございます」
「その折は、なかなか話が盛り上がっていたと、王妃から聞いたぞ。今日も存分に二人で話すが良い」
国王陛下は少し話をすると、あとは若いお二人で、とでも言うように、早々に旦那様を連れて部屋を出て行った。
広い応接間には、お嬢様と第一王子ルーファス……。そして、私と王宮付きの女中と護衛の兵士が残された。
私は、お嬢様の腕の中からルーファスを睨みつける。
あの乙女ゲームのメインヒーローであっただけあり、輝く蜂蜜色の髪と澄んだ空色の瞳は、確かに美しいと言えよう。しかし、我がお嬢様の麗しき美の化身っぷりには敵うはずもない。
ちょっとばかし顔が良くて、王族だからかなり偉くて、魔法の才能も結構あるからといって、調子にのるでないぞ。宇宙一尊きお嬢様には、貴様なぞ全く釣り合わぬのだからな。
敵愾心を剥き出しにしていると、ルーファスがふと私の方に目を向けた。
「クイン、だったかな?いつも一緒にいるんだってね」
「はい、可能な限りは共におります」
「なんと言う種類のトカゲだったかな」
「黒鉛大蜥蜴にございます」
「寿命はどれくらい?」
「五十年程度と聞いております」
実際は、私は長寿の竜族なので、その何倍も生きるが。
「大切にしているんだね」
「はい」
お嬢様が、優しく私の背を撫でてくださる。
ルーファスが、恐る恐るといった様子で、私の背に手を伸ばしてきたので、ペシッとその手を尻尾で払ってやった。
「まあ!殿下、申し訳ございません。クイン、ダメでしょう」
「いや、私がいきなり触ろうとしたので、怖がらせてしまったのかもしれない。すまなかった」
うむ、気安く私に触れるでない。私を撫で撫でして良いのは、お嬢様とお嬢様が許可を与えた者だけなのだ。お嬢様の敵の手など以ての外である。もれなく、尻尾ビンタを食らわしてやるわ。
「……エミリアは、私との婚約のことをどう思う?」
「大変光栄なことだと恐縮しております」
「そう……。でも、君はウィルバートとの方が仲が良いと思っていたから……」
ルーファスは、どうにも歯切れの悪い物言いをする。ウィルバートというのは、この国の第二王子の名前である。つまりルーファスの弟だ。
「いいえ、ウィルバート殿下とは、それほどお会いしたことはございませんが」
「そうなんだ?ウィルバートは、君の祖父君を慕っているようだから、てっきり……」
「祖父から、ウィルバート殿下のお話は聞いたことはあります。大層、動物好きなお方だと」
「うん、だから君とは気が合うかもしれないね」
「私はクイン以外の動物は、それほどは……」
「おや、そうなんだ?クインは愛されているね」
うむ、お嬢様と私は相思相愛で、固い絆で結ばれているのだ。間に入る者や、引き離そうとする者には容赦はしない。
お嬢様とルーファスは、その後もちょこちょこ話をして、顔合わせは滞りなく終わってしまった。護衛の目もあったので、私は尻尾ビンタ以外は特になにも出来なかった。
だが、顔合わせの時の二人を近くで見ていたことで、収穫はあった。思うに、お嬢様もルーファスもこの婚約にはあまり乗り気ではないようだ。
少し心配していたのだが、お嬢様がルーファスに会った時に、一目惚れしてしまうという事態も起きなかった。まあ、二人は初対面ではないのだから当然だが。
やはりこの婚約は、国王が強引に進めたもののようだ。つまり、国王さえなんとかしてしまえば……とは思うが、相手は国で一番警備が厳重であろう人物だ。どう考えても、それは無理だろう。近づくことさえ難しいのだから。
ルーファスについている警備も分厚いが、婚約者ともなれば近づく機会もあるだろう。学園に入学すれば尚更だ。しかし、お嬢様に罪が及ばぬように、上手くやらなければいけない。
お嬢様の研究室から毒薬を持ち出して、こっそりルーファスに盛るなども考えたが、それではお嬢様が罪に問われてしまう可能性が高い。
うむむむむ……私がもっと魔法さえ使えれば……。
だが、乙女ゲームのストーリーを思い起こしてみれば、思いつくことが一つあった。
ルーファスが、暗殺に巻き込まれるイベントがあるのだ。残念ながら、未遂で終わってしまうが。
そこを、未遂で終わらせないように上手く動けば、どうにかなるかもしれない。ルーファスが、そのイベントで亡き者になれば、お嬢様が婚約破棄の上、断罪されることはない。
ただ、そのイベントはストーリーの中盤で起こる。それまで待たなければいけないというのは、なんとももどかしい……。
やはり、一番簡単なのは、ヒロインを亡き者にするということであろう。
平民上がりの男爵令嬢であるヒロインは、もっとも警備がザルだろう。ストーリー序盤であれば、それほど攻略対象者達をはべらしてはいないだろうし。
珍しい光魔法の使い手で、終盤には魔王をも倒すほど強くなっているが、序盤ならばそれほどステータスも高くない、劣等生扱いであるはずだ。
学園の警備がどれほどのものかはまだわからないが、まずはヒロインを倒し、次にルーファス。というのが、盤石だろう。
しかし、ヒロインを完全に抹殺してしまうと、いざ魔王が復活した際に倒せずに、世界が滅びてしまう可能性がある。ヒロインは、半殺しくらいに留めておいてやって、攻略対象者達を落とすのは無理だが、最後に魔王と戦うことは出来る状態にしておくことが望ましい。
そうやって、ヒロインを都合の良い感じに倒すことが出来れば、お嬢様の断罪イベントは起きないだろうが、そう出来たとしても、ついでにルーファスも倒しておきたい。
我が麗しきお嬢様と婚約出来るという、世界一の幸運を手にしながら、他の相手にコロッと心を移す輩など、地獄に落ちれば良いと思う。どのような事情があろうとも許されないことだ。許してはいけない。
全ては我がお嬢様の為。
お嬢様の麗しき微笑みを守れるのであれば、私はヒロインと攻略対象者達全員を、地獄に突き落とすことに躊躇いはない。
「ようやく、顔合わせが終わったわ……」
ポフリと、お嬢様がベッドへ横たわる。
お嬢様の寝室は明かりが落とされ、女中達も出て行き、あとは寝るばかりである。
「次は、いよいよ婚約か……。覚悟はしていたけれど、なかなか大変なものね」
横に寝そべる私の背中を撫でながら、お嬢様がお疲れ気味の力ない笑顔を浮かべる。
「クイン……。私が王子妃になったら、貴方も王宮へ上がることになるけれど……嫌かしら?この家にいた方が、きっとまだ平穏に過ごせるわ」
私は、ブンブン首を横に振る。私は、お嬢様とご一緒に平穏に過ごしたいのであって、私一頭だけでは意味がないのです。
「ずっとこの家で過ごしていくつもりだったのだけれど、人生はわからないものね」
首を横に振ったことで、首が痒いのだと思われたらしく、お嬢様がサリサリと私の首を撫でてくださる。
「これも家の為になることでしょうし、仕方がないわね」
自分自身に言い聞かせるように、お嬢様はそうおっしゃる。
「ルーファス殿下は、素敵なお方ですし……。お支え出来るように、しっかり務めなくてはね」
私は、またブンブンと首を横に降る。
「あら、どうしたの?機嫌が悪いのかしら……。ふふっ、大丈夫よクイン。ルーファス殿下のこともお守りしなければいけないけれど、貴方のことも私がしっかり守るわ」
お嬢様は、眠たげにゆっくりとまばたきをした後、私の頭にチュッと一つキスを落とした。
「おやすみ、クイン。良い夢を」
おやすみなさいませ、お嬢様。どうか、お嬢様が良い夢を見られますように。ずっとずっと、穏やかな気持ちで眠りにつける日が、続いて行きますように。
私は、ただただそれを祈りながら眠りについた。
夢の中では、成竜の私がお嬢様を背に乗せて飛んでいた。大きな翼で、自由に、遠くへ、お嬢様をどこまでも運ぶ。
空の上では、恐るるものなどなにもない。誰も私達を捕まえられない。
翼のない今は叶うことはないが、とても良い夢だった。
……ただ、空を飛ぶ夢を見ると、いつもどうしても寝相が悪くなってしまう。今朝も、お嬢様のお顔の上でゴロンゴロン転がりながら目を覚ましてしまった。
従者としてあるまじきことである。叱られることはなかったが、かなり恥ずかしい思いをした。
ううっ……お嬢様の一の従者として相応しくある為に、この寝相の悪さを直す方法も考えなくてはっ。
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