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プロローグ

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「まあ!婚約破棄ですか?」
 貴族のご令嬢が集まった恒例のお茶会で、一人のご令嬢が出した話題に、他のご令嬢達が小さく驚きの声を上げる。
 私は、いつものようにお嬢様の膝の上に丸まり、時々お嬢様の手が柔らかく背中を撫でてくださるのを享受している。
 婚約破棄とは、随分スキャンダラスでインパクトの強い話題だが、私はここに集まった恋バナ好きのうら若きご令嬢方とは違い、そういった色恋のゴタゴタには興味がない。
 ただ、貴族社会では、ご令嬢やご婦人方が集まったお茶会などで交わされるこういった噂も、社交やまつりごとで役に立つかもしれない、重要な情報の一つである。お嬢様の従者たる私も、情報収集の為に聞いておいて損はないだろう。
 どうやら、伯爵家の令息と子爵家の令嬢が婚約し結婚間近だったのだが、男性側が一方的にその婚約を破棄したという話らしい。しかも、貴族の子女達が通う王立魔法学園の卒業パーティーの真っ只中で、婚約破棄を高らかに宣言し、その時の彼の横には、新しい恋のお相手と見られる平民の女性を連れ立っていたとか……。
 おやおや、思った以上にゴタゴタした話であった。
 令息の暴走は、伯爵家の方でも寝耳に水だったらしく、家同士でも、当事者間でも、伯爵家内でも揉めに揉めているらしい。
「なんだか、劇にでもなりそうなお話ですわね」
「それにしても、その殿方は考えが足りなさすぎるのでは……」
「情熱的な恋というのにも憧れますけれど、私達貴族は家の名を背負っている訳ですしね」
「私も、最近婚約話がまとまりそうなので不安ですわ。もしも、自分の身にも起こったらと考えると……」
 ご令嬢方が、口々にこの話題への感想を語り合う。
 ここに集まるのは、公爵家、侯爵家、伯爵家などの、この国でも上位の貴族の家のご令嬢方。年の頃は、十五歳から十二歳。幼き頃からの淑女教育により大分大人びてはいるが、まだ少女といえる年齢である。
 これから本格的な恋愛を経験していく年齢であり、なおかつ政略的な婚約を経験するであろう立場だ。今回の話も、他人事ではないのだろう。
 不安そうにしているご令嬢もいる中で、お嬢様は泰然と、春積みの紅茶の爽やかな香りを楽しんでおられる。
 それもそのはず。
 美の女神もかくやというほど麗しく、神童の如く賢く、聖女のようにお優しき心をお持ちの我がお嬢様には、婚約破棄など全く縁のない話であるからだ。
 お嬢様を振るような不届きな者など、この世にいるはずがない。もしもいたとしたら、私のこの牙の餌食にしてやろう。
 はしたなくも少し興奮してしまい、尻尾が自然とユラユラと揺れてしまう。
「あら、クイン。お腹でも空いたの?」
 お嬢様は、私の背をひと撫でしてから茶菓子を摘み、自ずからそれを私の口元へ運んでくださる。
 特にお腹は空いてはいないが、私は有り難くそれを口へ含んだ。
 甘くてパサパサとした食感の菓子だ。口の中の唾液を持っていかれるが、これはなかなかに美味。
 パタパタと尻尾を振り、気に入ったことを伝えると、お嬢様はもう一つその菓子を私にくださった。お嬢様の膝の上で体勢を変え、口の端から溢れた菓子くずが、お嬢様の膝に落ちないように調整しつつ、菓子をじっくりと味わう。
 菓子を食べ終えると、今度は紅茶が飲みたくなる。少し身を起こし、テーブルの上のカップを見つめていると、お嬢様がすぐに気がついて、私用に用意されたカップを口元まで運んでくださった。
 紅茶をゴクゴクと飲み、満足してまたお嬢様の膝の上で丸くなる。
 さて、なんの話だったか……。
 そうそう、婚約破棄の話だった。我が麗しきお嬢様には、まったく関係のない話であるな。以上!
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