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一章『ゆめの はじまり』

九話『いべんとの おしらせ』

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「け、敬一郎も、このゲームのプレイヤーなのか…?」

「ま、真こそ…。お前、その格好…僧侶か?」

「ああ、まあ…。そういうお前は…」

敬一郎の服装は、緑と赤のタンクトップのような服。それに少しゆるめのカーキ色のズボンを帯で留めている。底の硬い黒のブーツと、リストバンド。武器は持っていない。
…なんか、中国かどこかの古いアクション映画でこんな人いた気がする。

「…武闘家か?」

「当たり。まあこの服見れば一目瞭然だな」

「わかんねーよ。体型のせいで」

「なんだ。デブが武闘家をしてはいけないとでも言うつもりか」

そう言って敬一郎は少し自慢げに微笑んだ。

夢の世界でも、知り合いがいるというのは嬉しいものだった。まして、安田先生や宮野さんとは違う。ここにいるという事は、敬一郎も俺と同じ『プレイヤー』なのであろう。
ゲームの中ではあるが、仲間がいるというのは頼もしい限りだ。俺のようなサポート職と違って、武闘家は前線で戦う役割。相性もいいだろう。これで攻略が楽に …。

… … …。
って、ゲームに溶け込みすぎているな。
そもそも俺は、この夢現世界の謎を聞きにここにやってきたんだ。そしてそれは敬一郎も同じだろう。

「敬一郎はこの夢の世界の事、なにか知ってるのか?」

「いいや。多分真も同じだろうが、イシエルに言われてこの時計塔広場に来たんだ。情報を与えるとかなんとか…」

やはり知っている事は俺と同じらしい。しかも、イシエルの事を知っている。思っていた通り、俺だけのサポートキャラじゃなく…ここにいる全員に、同時に解説やクエストの説明をしていたって事か。
脳内に流れていた声は校内放送のようなもので、一斉に俺達に語り掛けていたという事なんだろうな。

「敬一郎。お前昨日、部室に来なかったろ。まさか、用事ってこの夢の事か?」

「ああ。真も同じだろうが、一昨日の夢でジョブ選択をさせられてな。先が気になったので、すぐ帰宅してベッドに潜り込んだ。もっともスマホ弄ってて寝るのは夜中になっちまったがな、ははは」

「アホか…。悠希が心配してたぞ」

「伝言はしておいたんだがな。…悠希ちゃんは、ここにはいないみたいだな」

「そうらしい。まあ、ある意味良かったけど。まだどんな世界なのかも分からないし」

「危険があるかもって事か」

敬一郎が腕組みをして俺を見る。俺は神妙な敬一郎の様子に合わせて、真面目に答えた。

「ここにいる全員が同じ夢を見るなんて考えられないからな。…もっとも、これも俺の夢の中だけの話なのかもしれないけど」

「そうだな。だとしたら間抜けな話だぜ」

「なんにしても、イシエルの『情報』を聞いてからだな。時間は…」

俺と敬一郎は時計塔を見上げた。空はもう夕方から夜になろうとしていて、星が煌めいて見れるようになってきている。


その時。

時計の針の中心に、黒い影が羽ばたいている。
小さな、黒い鳥。この距離だと僅かに見える程度だが、俺達はその影を見逃さなかった。

「あ、あれ!あれ見ろよ!」
「イシエルだ!いたぞ!」
「おい、どういう事か説明しろよッ」

広場にいた人達も気付いたようで、次々と時計塔の黒い小鳥を指さし、声を投げつける。

『やあみんな。揃ったようだね。来ていないプレイヤーも何人かいるみたいだけれど… 説明をはじめようか』

イシエルの、男とも女とも聞き分けのつかない、冷静で、感情の読めない声が頭に響いた。いつもよりも大きな声のようにも思える。

「…ッ、また脳内語りかよ。頭痛みたいで嫌なんだよな… 真は平気なのか?」

「今はとにかく聞くしかないしな。集中する」

いい気分はしないが、とにかく今は情報を聞きたい。俺はイシエルの次の言葉を待った。

『気付いている人もいるだろうけれど… この広場に集まっているのは『プレイヤー』。この世界における唯一の、現実世界の記憶を持つ人間だ』

『プレイヤーの共通点にも気付いたかな。…みんな、同じ学校の生徒、だよね?学年は問わないけれど、知っている顔もたくさんあるはずだよ』

…そう言われると知り合いの少ない俺は少し悲しい。敬一郎とかは顔見知りもいっぱいいるんだろうな…オタクのくせにやたらと顔広いし、野球部の助っ人とかもまだしてるらしいし…。
って、そんな事はどうでもいい。今は話に集中だ。

『一方で、現実世界の記憶は持たないけれど現実世界と同じ顔のキャラがいる事も分かったかな。彼ら、彼女らは『モブ』としてこの世界に入ってきてもらっているよ。教職員もここには含まれている』
『そして現実世界には存在しないけれど、この夢の世界にのみ存在するキャラ…。『ムゲンモブ』とでも言っておこうかな』

『プレイヤー。モブ。ムゲンモブ。この世界は大まかにその三種のキャラクターが存在している。理解できるよね』

『それじゃあ次に、この世界の事について説明するよ』

「…いよいよか」

俺も敬一郎も、真剣な表情で時計塔のイシエルを見上げる。


『夢現世界。夢と現実が重なりある、究極のリアリティを持つゲーム。キミたちには、これから毎晩、この夢のゲームに参加してもらうからね。うれしいでしょ?』

「な…、ま、毎晩…!?」

俺達…ここにいる人達は、その言葉に驚き、ざわついた。毎晩この世界に強制的に来させられるって事か…?ただでさえリアリティがありすぎて現実とごちゃまぜになって気が狂いそうな夢なのに…!?
俺と同じ感想を持ったプレイヤーも多いようで、イシエルに次々罵声を浴びせる。

「ふざけんなーッ!俺はこんな夢毎日見たくねーぞーッ!」
「第一こんなゲームに参加したいなんて希望も出してないんだからなー!」
「見たい人だけ見ればいいでしょ!?アタシはこんな夢もう見たくない!!」

チラホラと涙ぐんだ声も聞こえてくる。…そりゃそうだ。突然訳も分からず開始されて、それが毎晩…。泣きたくもなるだろう。
しかし、イシエルの感情は揺らがなかった。冷静にまた、頭の中に声を入れてくる。

『楽しいゲームとは、なんだと思う?』

「…は?」

イシエルのその言葉に俺は疑問が口に出た。…楽しい、ゲーム?

『それは、リアリティが存在する事。それは、没頭が出来るという事。なにも考えず、現実と同じくらい熱中し、興奮できる…そんなゲーム。そしてリアリティには、現実世界の人物の参加が不可欠だ』
『今この夢現世界には、100人のプレイヤーが存在している。しかし、そのプレイヤーが減少していってしまうのはゲームマスターとしても好ましくない事態だからね』

「100、人…。…ゲームマスター」

状況が段々と理解できてくる。ここには同じ時刻に同じ夢を見ている人物が、ぴったり100人。広場に集まっていない人物もカウントしているのだろう。
そして、ゲームマスター。これはイシエル自身の事を指しているのか?奴が、この世界を司っていると…。

『夢現世界は強制参加にさせてもらったよ。プレイヤーを減らさず、究極のゲームを安定して供給できるようにね』

「ふざけんなーっ!!」
「降りて来いテメー!説明しろー!!」

石やゴミを投げつける人も出てくるが、イシエルはそれも気にせず、ただただ上空を羽ばたき、紅い瞳を俺達の向けている。
…小鳥なんていう可愛い存在からはもはや認識が違う。黒鳥。ただただ禍々しく、不気味な生物が俺達に声をかけ続けていた。

『このゲームの目的。それは、この世界に存在する魔王を倒す事』
『そうすればキミたちの夢も元に戻るからがんばってね。…もっとも、誰か一人でも魔王を倒そうとする『勇者』が出てきてくれればだけれど』

黒鳥は大きく羽ばたいて、空に帰ろうとする。

『さあ、そろそろ説明は終わりにするよ』

「な…ッ!?ま、まだ聞きたい事は山ほど…!」

『必要な説明は随時していくよ。今キミたちに必要な情報は、あと一つだけだ』

イシエルは遥か上空へとゆっくり上昇しながら告げた。


『イベント告知 【 魔王軍から街を守れ! 】』

『三日後の夢で、このムークラウドの街に、魔王軍が侵攻してくるよ』

『イベント内容は、その魔王軍から街を守る事。住民を、建造物を、仲間を守るためにプレイヤー諸君にはぜひ頑張ってほしい』

『魔王軍はその辺りにいるスライミーとは違ってかなり強い。レベルを上げておかないと、勝てない相手だ』

『推奨レベルは、 10。 三日後の夢までにみんな万全の準備をしておくといいよ』

『…勿論、逃げだす事も出来るけどね』

イシエルは、少しだけ笑い声を発して、空に消えていった。
俺達プレイヤーは…ただその姿を見送る事しか、出来なかった。


…三日後。魔王軍。街を守る。イシエルの言ったキーワードが頭の中に反響している。

そして…もっとも大切な事。


推奨レベルは、10。 今の俺のレベルは… 2。 3まで上がるには、スライミーをあと、14匹…。そしてレベルが上がるにつれてその数は上昇していくだろう。
100体?1000体?…どれだけ倒せば、レベル10になれるというんだ。


そして、空を見上げたプレイヤー達に夜が訪れた。

「… !?なんだ…!?」

夜だというのに、眩しさを感じる。身体が光に包まれているのだ。そしてその光に包まれた身体は、段々と…溶けるように消えていく。

…意識が覚醒しているのか…!俺は…いや、俺達プレイヤーは。

どうやら、朝を迎えたようだった。

――― …
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