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五話 『悠の、初夏』

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「でも、民宿ねぇ。道理で色々な人が寝泊りしていると思ったらそういうコトだったのね」

時刻は昼過ぎ。初夏の日暮れは遅く、まだまだ薄暗くはなりそうになかった。
ナナと悠は、民宿の庭。客用のベンチに座り、雑談をしていた。
まだセミも鳴いていないとはいえ暑さは日に日に増してきている。悠は民宿の自販機からリンゴジュースを二つ買ってきて、二人でそれを飲みながら話している。

「ナナちゃんは、ウチのコト知ってたの?」

「知ってたっていうかなんていうか。んー、まぁ……そうなんじゃないかなーって思っただけ」

「ふーん、そうなんだ」

悠はリンゴジュースを一口飲むと考える。

近所に、こんな子住んでたっけ? と。
しかしそう言われて疑うのも、ナナちゃんに対して失礼かもしれない。そう考えて、それは疑問にしない事にした。

ナナは、受け渡されたリンゴジュースをじーっと見つめる。

そして、悠に尋ねるのだった。

「ねえ、これ……どうやって開けるの?」

「ん?知らないの?」

「……まあね」

……つくづく、変な子だなぁ。
悠はそう思いながらジュースを受け取り、プルタブを開けてあげる。

プシュッ、という音にナナは少し驚き、「はい」と差し出されたジュースの匂いを恐る恐る嗅いでみた。

「……いいにおい」

ごくっ。 リンゴのキャラクターが描かれた缶の中身を、一口。喉を鳴らして飲んでみる。

「……!!」

ごくっ、ごくっ。続けて、ナナは喉を鳴らした。

「……おいしい!!これ、リンゴの味がする……!!」

「リンゴジュースだからね」

「わ、分かってるわよ……。……でも本当に、美味しい……!!アンタいつもこんなの飲んでるの?」

「んーん、いつもじゃないよ。飲みすぎると虫歯になっちゃう、ってお母さんに言われてるから。久しぶりに飲んだ」

「……。じゃあ、今はどうして?」

「一人で飲むの寂しいもん。わたしも、ナナちゃんも」

「……」

驚いた顔をして、ナナは悠を見つめる。
真っ黒な髪に少し隠れた、栗色の瞳。くりくりした目を見開いて。

……そして、困ったような笑顔を見せた。

「……変な子ね、悠って」

「ナナちゃんも変だと思うよ」

「うるさい」

そう言いあって、二人で笑いあった。


ナナ自身の事は質問にしないと決めた悠だったが、どうしても一つ、聞いておきたい事があったのでそれを聞いてみる事にした。

「ナナちゃんはどうして、ウチの庭に倒れていたの?」

それだけはどうしても聞いておきたい疑問だったのだ。
何か深い事情があるかもしれないし、ナナという少女が自分に何か悪影響のある人間ではないという事は直ぐに分かった。子どもの本能でそれは理解できる。

しかし、自分の家の敷地で行き倒れに近い状態でナナは居た。その疑問だけは解消をしておきたかった。

「……んー」

またナナは、考え込むように時間を置く。そこまで考える事情が、何かあるのだろう。

「……久しぶりなのよ。家の外に出たのが。だからつい、お腹が減っちゃって、ね」

「……??」

なんとも曖昧な返答に、悠は首を傾げた。

「お家の外に出ると、お腹がすいちゃうの?」

「いや、まあ……本来は食べなくてもいいんだけどね。なんというか、日の光を浴びていたらなんとなくというか……まあとにかく、そういうワケなのよ」

「ぜんぜんわからない」

「でしょうね。まあ、深く聞かないでよ」

… お家の人に、いじめられているのだろうか?
悠はふとそんな事を考えたが、そうであれば余計に直接聞くわけにいかないだろう。そう思った。

でも、仮にそうだとしても、目の前のナナという少女の表情は豊かで、とても虐待を受けているような辛く苦しい現状があるようには思えない。

それならば、特に心配する事もない。悠は直感で考えた。

「んー、分かった。ふかく聞かない」

「物分かりのいい子で助かるわ」

「なんだかナナちゃん、わたしより年上みたいな言い方するね」

「ま、年上でしょうね」

「そうなの?おんなじくらいに見えるよ」

「全然。あたしの方が上よ。絶対」

……そう言い切る根拠は、一体なんなのだろうか。疑問が次々と浮かんでは、悠の中で勝手に消えていくのだった。

「ナナちゃんは、これからどうするの?」

「んー、せっかく外に出てきたしね。何処か行きたいところだけれど……まあ、あんまり此処から離れない範疇でかなぁ」

そう言って民宿の周りをキョロキョロと見回す。
近所に住んでいる、と言っていたのに、それはまるで初めての場所を見るような表情と目でもあった。

そしてナナは、悠の方を向いて、笑顔で言った。

「ねえ悠、なんかこの辺り面白いところない?」

「おもしろいところ?」

「ワクワクするところとか、ドキドキするところとか……とにかく、悠が面白そう、って思えばなんでもいいのよ。あたしに紹介してくれない?」

「ナナちゃん、近所に住んでるのにこの辺のコト知らないの?」

「ぐ。痛いところを。……い、家の周りに詳しくないのよ」

「……」

怪しい。悠はそう思う。 勘ぐるようにジッ、とナナの方を見つめた。

「……そ、そんな怪しむような目で見ないでよ」

「……」

「……わ、分かったわよ。悪かったわ。それじゃああたし、もう行くから……」

ふう、と溜息をついてベンチから立ち上がるナナの手を、悠が掴んだ。

「……え?」

「ナナちゃん、怪しい。だから……わたしが近所を案内する前に、約束して」

「や、やくそく……?」

「……」

悠はジッ、と真っ直ぐな目でナナを見つめた。


「友達になって」

「……え?」

意外な一言に、ナナの目が丸くなった。

「友達なら、変なコトも、怪しいコトも、全部許せるから。友達なら、相手のコトをちゃんと思いやれるから、変なコトしない。
だから、友達になってくれるなら、わたしが一緒に案内する」

「……」

ナナを見つめる、悠の目は瞬きをしないほどに真剣で。その様子が、ナナにも伝わる。

一筋。ナナの目から、涙が溢れた。

「あ、あははは……」

「……?泣いてるの?」

「……うれしくて、泣いてるの。……ありがと、悠。あたし、ずっと友達、欲しかったから」

「じゃあ」

涙を人差し指で拭うと、ナナは悠の両手をとって、言う。


「こちらこそ、よろしく。あたしの友達になってよ、悠」

「うん、ナナちゃん。わたしたち、友達ね」


――
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