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二話 『長女と、次女』

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――

「……っ、はぁ……」

春とはいえ、朝の家の外の空気は少しまだ冷たい。ほぼ山の中と言ってもいいこの村のこの民宿なのだから余計に寒く感じる。
時間でいえば、早朝。
夜がようやく明け始め、太陽こそ見えないが暗闇の空にようやく雲と光が見え始める時間。
早朝に出発するお客さんがいれば起きるものの、今日はお客さんがいない。つまり、普段の私なら決して起きるコトがない時間だった。

何故、私……山賀美柚子は、こんな時間に外にいるのか。
それは… 民宿の自販機にスポーツドリンクを求めて起きているからだった。

「……。……うーー……」

我が家の特権。それはこの田舎の村の中においても自販機が庭にあるというコトだ。
子どもの頃はよく友達に羨ましがられた。家の庭に自動販売機があって、柚子ちゃんの家ってジュース飲み放題なんだね、って。
… まぁ、実際はお金を入れないと飲み物は出てこないワケで。そのお金はきっちり私のお小遣いから捻出されている。

滅多なコトでは使わない自販機のスポーツドリンクを求め、こんな早朝に起きている理由。それは……。

「……ダルい」

自分で分かる。
この感覚……風邪の引き始めだ。
どこか気分が落ち着かず、喉が痛いというよりは喉の奥底にイガイガがあり、どことなく布団から身体を起こすのが億劫な、この感じ。

ピピピピ。

起きたついでに持ってきて、脇の下に挟んでおいた体温計が鳴った。

36.9℃。

「……うううううーん」

最も微妙な体温だ。いつもよりは高くあるものの、風邪といっていいほど高くはない。
……つまり、通学は可能な体温。コレで休んでおいて結局熱が下がると……後々の罪悪感が恐ろしい。

「……行くしかない、か」

悪くなったら悪くなったで仕方ない。私はスポーツドリンクを一口飲んで覚悟をした。高校には保健室もあるのだから……様子見のつもりで学校に行こう。

……ただ。
悪化した場合、帰りの山道を風邪を引いたボロボロの身体で上っていかなくてはいけない、というコトを考えなくてはいけない。

「……はぁぁぁぁ」

庭先で溜息をついていると、家の玄関が開く音がした。

振り返ると……。

そこには中学のジャージを着た、次女のなつの姿があった。

「あれ、姉貴?どうしたの、こんな朝に」

誰もいないと思ったのだろう。驚いて、釣り目の大きな目が更に見開いている。

次女の夏は……いわゆる、スポーツ少女だ。
黒髪のショートカットに、春だというのに既に焼け始めているその肌がそれを物語っていた。
中学の部活は、陸上部。本人から聞いた話だと短距離やハードルが得意だそうだが、大会で人手が足りなければ走り高跳びや砲丸投げにも出るらしい。いわゆる何でも屋。
小さい頃から身体を動かすのが好きな妹だったが、まさかここまで運動神経が良くなるとは姉としても想像していなかったコトだった。

夏は小走りで自販機の前に立つ私の元へ近づいてきた。

「んー……。なんかね、起きちゃって」

「自販機で飲み物買ったの?ますます珍しいじゃん。…ひょっとして、風邪?」

「多分ねー……でも熱、微妙なんだよー。ほら」

私は今しがた取り出した体温計の数字を夏に見せた。

「ホントだ。……まぁ、無理すんなよ?姉貴学校遠いんだから」

次女の夏と三女の悠は村内に中学と小学校があるからいいが、高校はこの村にはない。毎日、山を下り、名前では「市」とつく場所の高校に通っている。
通学距離でいえば長女の私が最も長いわけだ。

「あはは……気をつける。夏は、もう学校?」

「ああ、朝練」

「毎日頑張るねー… 帰りも遅いの?」

「今日も19時過ぎると思う。手伝えなくてごめん」

「気にしないでよ。部活、頑張ってね」

「うん」

疎遠、とまではいかないが……昔の私と夏は、もっともっと、距離が近かったように感じていた。
私が中学で、夏が小学校の時までは一緒に毎日お風呂に入ってたくさんおしゃべりして笑うのが日課だったが……自然と、それはなくなった。
中学にあがると夏は陸上部に入り、本格的に練習に打ち込み始めた。
そこの幼かった妹の姿はなく、夢中になっている短距離走に、全力で打ち込んでいる夏は、私にはとても輝いていた。
はじめこそそんな成長した妹の姿を嬉しく思っていたものの、どこか寂しい気持ちもある。

朝は早く、夜は遅い。寝ても覚めても練習で、家に帰ってからは慌てて宿題をやってお風呂に入ってすぐに寝てしまう。典型的な部活女子だ。
こうして顔を合わせれば会話はするものの……時間自体が、夏と私でズレている。

昔……もっと小さかったころは、それこそ私が夏のコト守ってあげる!とお姉ちゃん風を吹かせていたものだったが……。
夏の背はもう私に近づいてきていて、私よりずっとたくましく見えていた。

「それじゃ行ってくる」

「いってらっしゃい。気をつけてね」

「姉貴こそ気をつけろよ?無理しないように」

「大丈夫大丈夫。大抵こういうの風邪未満で消えちゃうんだから」

「ホント?……ならいいけど。無理そうなら休みなよ?」

「大丈夫だってばー。もー、心配しすぎだよ、夏はー」

私のコトを心配してくれる妹を嬉しく思っていると…

次の夏の言葉に、私は青ざめるコトになった。


「 だって、今日から忙しいんだろ? 合宿の泊まりのお客さん 」


…………。


忘れて、いた。

今日は……民宿が最も忙しくなるお客さんがくるんだった。


男子中学生の、合宿だ。


――
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