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一話 『山の上の、女子高生』

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翌朝の朝食も、イイヅカさん達は残さず綺麗に食べてくれた。
7時に朝食を食べて、7時半にはもう仕事に出るらしい。職人さんは連泊のケースが多いのだが、一日だけの仕事らしく、朝食を食べると急いで出発の準備を始めた。

職人さん達の朝は早い。昨日アレだけ飲んで楽しんでいたのに、翌朝にはきっかり起きてきて仕事に向かう。……すごい事だ。
すれ違うだけでは、人々のこういう姿を見るコトは出来ない。こういう人達がいて、道ができて、家ができて、電気が通って、水道が通って……本当に有難い事だと思う。

ナガサワ建設、と書かれた大きな車にイイヅカさん達は慌ただしく荷物をつめている。
私とお母さんはその様子を見つめながら、見送りをしようとその場に立っていた。

髪を茶色に染めた大きなズボンの男の人が、ポツリと言った。

「なんか、寂しいな」

それに呼応するように、他の男性も賛同の声をあげる。

「一日しかいないのに、なんか、実家に帰省したみたいだったっスよ。オレの実家の田舎に似てるし」
「あー、もう一回あのきゃらぶき食べてーなー。冷酒と一緒に」
「ホントだよなー」

……。
なんだか、私まで寂しくなってしまう。

お客さんが此処を実家のように思ってくれると同時に、私達もお客さんのコトを、単に泊まりに来た人だとは思っていない。
この民宿を少しでも楽しんでくれて、休んでくれて、嬉しく思ってくれて……私も、それが本当に嬉しいのだ。
自分が生まれ育ったこの民宿を、こんなにも良く思ってくれるコトが。

お客さん達のその声に、お母さんがにっこりと笑って頭を下げた。

「ありがとうございます。またいつでもいらしてください。お待ちしていますので」

「ええ。こっち方面の仕事もまたあると思いますので、その時は必ずこの民宿を使わせてもらいますよ。お世話になりました」

代表のイイヅカさんは、お母さんに宿泊代の入った封筒を渡す。お母さんは「失礼します」と封筒を開けた。
その間、イイヅカさんはお母さんの横にいた私にも笑顔を見せてくれる。

「柚子ちゃんも。色々有難うね。ウチの若いのが騒がしくして申し訳ない」

イイヅカさんのその言葉に、思わず私は笑ってしまう。

「いえいえ。私なんかでお役に立てれば。……また来てくださいね、イイヅカさん達」

「本当にいい娘さんだなぁ……。俺も息子がいて、中学二年なんだけどさ、どうもこう、年頃で反抗してくるというか……」

イイヅカさんは大きく溜息をついて肩を落とした。

お母さんは金額を確認すると、領収書を渡す。
ナガサワ建設の車は既にエンジンがかかっており、従業員の皆さんも既に車に乗り込んでいた。

最後にイイヅカさんが大きく頭を下げて車に乗り込むと、ゆっくりと車は道の方へと向かって進んでいく。


私とお母さんは去りゆく車に手を振って、それを見送った。
道に出る前、後部座席に乗る職人さん達は窓を開けて顔を出し、こちらに手を振ってくれた。

「またくるからなー!女将さん、柚子ちゃーん!」
「勉強がんばれよー!」
「お世話になりましたー!」


……。

そして、車は道へと進んでいき、排気音が段々と消えていく。


「……良かったね。民宿、気に入ってくれて」

私がそう言うと、お母さんはうん、と満足そうに頷いた。

「さ、もう8時だよ。柚子は早く学校いってきな。ほれお弁当」

「ありがとお母さん。いってくるね。……あ、悠」

家に戻り通学の準備をしようとすると、悠が丁度家から出てきたところだった。

ウチの出発順は大体、次女の夏の中学、三女の悠の小学校、そして私の高校という順番になっている。
歩いて小学校まで行かなくてはいけない悠は、通学班の小学生たちとこれから合流するところだ。お客さんの朝食のために、私はこんな風にギリギリまで手伝うコトが多い。

悠は庭先にいる私と母親に気付き、ランドセルに手をかけながら歩み寄ってきた。

「おはよう、お母さん、柚子ちゃん」

「おはよ、悠。朝ごはんちゃんと食べた?」

「うん。それじゃ、行ってくるね。……あ、柚子ちゃん」

悠はまだ少し寝ぼけているのか、ぽや~っとしている目で私の顔を見上げる。

「ん?どしたの?」

「昨日のコト、思い出せた?」

「……あ」

そういえば、昨日の質問の答え、保留したままだったなぁ。
小さい頃なにになりたかったか。…その答え。

悠のその質問にお母さんがケラケラ笑いながら答えようとする。

「あー、悠。柚子の小さい頃の夢?それね、実はアイド」
「わあああああっ!!! やめてやめて!!!言わなくていいからっ!!!」

私は慌てて母親の口を手で塞ぐ。
「?」という顔で悠は私達2人の顔を向いた。

「……コホン」

私は母親を睨みつけると、悠の方に向き直り咳払いをした。…きっと後ろで母親はニタニタしているだろうけど、気にしないで悠に言う。

「昔のコトだから、忘れちゃった。悠は、作文、書けたの?」

「んーん。金曜日までの宿題だから。……そっか、柚子ちゃん、忘れちゃったんだ」

まだ悠は作文の事については悩んでいるらしい。私のコトを参考にしたかったのだろう。
感情をあまり表に出さないながらも少し残念そうに言う悠の頭に、私は優しく手を置いた。

「でも、今の夢ならちょっとだけあるよ」

「今の夢?なに?」

悠に向けて、私は言う。


「民宿に泊まりに来た、もっとたくさんのお客さんに喜んでもらうコト」

「……」

悠はそう言う私の顔を、微笑んで見上げた。

「よかった。柚子ちゃん、楽しそう」

「ん?どういう意味?」

「なんでもない。それじゃ、行ってきます」

悠の頭に置いた手をどけると、遥は嬉しそうに小さく走って学校に向かった。

その様子を見て、お母さんが言う。

「あの子なりに心配してたんだろうね。昨日の自分の質問で、柚子が困っちゃったかもって」

「あはは……。申し訳なかったなぁ、そりゃ」

「まぁ、いいんじゃない?悠もすっきりしたみたいだし。さ、柚子も元気にいってらっしゃい」

「はいはーい。それじゃ、いってきまーす」


高校三年生。
たまに自分は、セカイで一番将来のコトを考えていない、駄目駄目な高校生なんじゃないか、なんてネガティブなコトを考えてしまう。
このまま大人になっていってもきっと社会は私のコトを認めてくれなくて、誰かに怒られて、拒絶されるんじゃないか、って。

他の同年代の子達と比べると、そうなのかもしれない。
勉強も、進学も、就活も、未だにまとまった答えがない、駄目な女子高生だ。
その渦巻く不安感は、たまに私を押しつぶそうとしてくる。

……でも。

お客さん達がいてくれるから。
私が働いて、私が頑張って……それで、認めてくれる人がいるから。
だからこの場は、民宿ヤマガミは……私にとっても、楽しくて嬉しい場所なんだ。
アイドルなんてやる才能もルックスもないけれど、目の前のお客さんが笑って、この民宿を少しでも楽しんでくれれば……それだけで私も嬉しくなる。

大変なコトは色々あるけど……。もう少しだけは、その「嬉しい」を民宿の娘として頑張りたい。


今日も、お客さんがいる。

今日も、私は民宿で働く。

……このなにもない、田んぼだらけの田舎だけど……。

民宿ヤマガミ、今日も営業しています!

――


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