声を聞いた

江木 三十四

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エピローグ

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 男はみさとにカッターナイフを突き付けている。
 「あの放送はあらかじめ録音してあるのさ。緊急でないものはああいう録音放送さ」
 頷くしかないみさと。
 「しかし、それでボロが出るとはね」

 「占い師さ~ん」
 カップルが追いつく。                        
 「きゃっ!」
 みさと、目を見張る。              
 「ほらっ、この間恋愛運について占ってもらった客の林、林六平です。そういえば、あなたあの時もびっくりしてましたよね」 
  みさと、はっとする。
 「はい、覚えてるわ」
 「あの時、あなたに占いで指示された場所って『結婚相談所』だったんですね。おかげさまでこんな可愛い人と出会えました」
 青年嬉しそうに女性を見ながら話す。                       
 「やーだ、可愛いだなんて、ちょっとだけ大げさよ」
 「それでね、まだ料金払ってなかったんです。渡さなくちゃと気にしていたんです」           
 話をイライラと聞いていた男、六平をにらみつける
 「僕たちは急いでるんだ」                   
 みさと、まるで恋人がそうするよう田中に腕を絡ませる。
 「あなた、ちょっと待ってね。お客さん、料は3,657円です」           
 「細かいんですね、今払います」                  
 「でもお金はいりません。だって、あの占い間違いだったから」               
 「間違いって・・えっ、どういうことですか?」      
 「だから、場所と時間とあと、相手が間違っていたの。そもそも、私の占いの対象はあなた、林さんじゃなくてこちらの女性だったの」
 一同、みさとの話が見えずに虚を突かれる。
 「だから、訂正します。正しくは、あなたの相手は林六平なんてまぬけな名前の男でなく、こちらの男性よ」
 みさと女性を田中に引き合わせる。             
 「え?どういうことですか?」
 訳が分からなず面食らう六平。              
 「何言ってんの?この人」
 女性もみさとに食ってかかる。   
 「苦し紛れにばかなことを言うんじゃない。こんなブスのどこが」
 ここで、田中が大声を出す。              
 「こんなブスですって!」
 詰め寄ろうとする女性。みさとそのすきに逃げようとするが、田中にがっちりとらえられて離れられない。    
 ところが、女性はその男の手をねじり上げるとこう言い放つ。
 「ばかにしないでよ。ろくちゃんも何か言いなさいよ。私がコケにされてるのよ」              
 「間違いって?僕は全く蚊帳の外になっちゃってるんだけど・・。占い師さんちゃんと説明してください!あれ、いない」
 みさと、隙をついて走って逃げだす。
 田中は女性の手を振り払うと、カッターナイフを手に追いかける。
 みさとの足ではみるみる距離が縮まり、追いつかれそうになる。
 いつの間にか橋の上に来ていた。みさと橋の欄干を乗り越えるが、追いついた男にカッターで切りつけられる。袖が切れ、生地が欄干に引っかかるが、体重ですぐに破れ、橋から落下する。そのまま川の中に落ち、水柱が上がる。    
 男がのぞき込むとみさと水面に顔を出す。         
 「ちっ!」
 逃げようとするが、駆けつけた二人の刑事に抑え込まれる。
 益子君が手錠をかけながら怒鳴りつける。
 「田中!小諸文雄の殺害容疑で逮捕する」
 福田君、橋からのぞき込み、みさとを見つけると躊躇することなく飛び込む。                               
 みさとを抱きかかえて川から上がる。     
 「みさとちゃん、大丈夫かい?」   
 「ありがとう。ちょっとケガをしちゃった。でも、来てくれると思ったわ。だって、私の占いにそう出てたもの」

 こうして、田中は殺人容疑で逮捕された。
 当初は否認していたが、持っていたカッターナイフから小諸のDNAが検出され、それを追求されたため観念して自白した。  
 田中の自供・・「仕事の立場上、一人住まいの高齢者は把握していた。特殊詐欺の手口を見て、自分の仕事が役にたつと思った。相棒を探していたところ、たまたま小諸が市役所の求人に応募してきた。不採用だったが、こいつは使えると思い声をかけたらやるというので仲間にした。その時『金に困っている』と言っていた。私の情報をもとに手順を考え、実行役は小諸にやらせた。やってみると面白いように高齢者を騙すことができた。でも、ある時あいつが電話で私の名前を出してしまった。そのことは、あの刑事さんたちが来た時に初めて知った。そこで、小諸を呼び出し、なじると口答えしてきたが、話をするうちに納得したようだった。ところが、あいつは反省するどころか、次の犯行で勝手に要求金額を増やし、手に入れた金のうち上乗せ分すべて着服した。それで、怒って問い詰めたところ、歯向かってきたので刺し殺した。凶器はカッターナイフを私が改造した。自分でもうまく作れたと思う」
 最後に、刑事が聞いた。
 「女性の占い師をどうするつもりだったんだ?」
 「とにかく説得して口止めしようとした。決して殺そうとは思わなかった」
 
 益子君、福田君がみさとを交えて居酒屋にいる。                                      
 高村が呆れたように言う。
 「ふーん、市役所の職員のくせに特殊詐欺を働いていたの」                  
 「それで、自分の名前を共犯に出され、さらにそいつと分け前でもめた挙句の犯行だった」
 福田君、コップを口に運びながら答える。           
 みさと、福田君にビールを注ぎながら嘆息する。
 「殺しちゃうのね。お金ってこわいね」              
 「それで、どのくらい犯行を重ねていたの?」
 高村は益子君に聞く。                    
 「被害額は、800万円以上だったらしいぜ」                        
 「その挙句の、仲間割れなのね」     
 「まあね」               
 「みさとちゃん、手のけがはいいの?」
 高村は包帯をしている手のけがを思いやる。    
 「おかげさまで、ほんのかすり傷だったから」                                  
 福田君、みさとの言葉をさえぎる。
 「それにしたって、一歩間違えば大変だったんだよ」                       
 「心配かけてごめんね。でもね、あそこ 私よく知っているのよ、川のことなんかも。落ちてもけがをしない程度の深さがあることもね」   
 「詳しいんだね」
 益子君が笑いながら言う。           
 「子供のころ、あそこの橋から川に落ちたことがあるの、私」
 ウーロンハイを口に含みながら笑って答える。                        
 「ある意味、武勇伝だな」
 福田君が枝豆を口に放り込こむ。     
 「ところで、あの時何で私のいる場所が分かったの?」                           
 「近くにいた占い師に聞いたのさ。世の中には自分以外のことが分かる占い師もいるんだよ」
 したり顔な福田君。みさとそれを聞くと笑う。      
 「グッジョブね。ね、占いって当たるでしょ」  
 高村、コップを上げながら皆に言う。
 「よかった、よかった。事件解決と二人を祝福して乾杯しましょ。今日はあなたのおごりよ」               
 益子君、宣言する。
 「おーし、まかせろ。ところで福田、結婚相手はよく選べよ。恋愛と違って一生もんだからさ」                       
 「本人たちを目の前にして、何バカなこと言ってんのよ。まあ、あなたが言うとすごく説得力があるけどね」
 高村がたしなめると、福田君とみさとは笑う。益子君だけはマジで答える。             
 「ハイハイ、あなたにはたくさん勉強させていただきましたから。ははは」               
 「福田さん、お願いがあるんだけど・・」
 あらたまってみさとが言う。 
 「何?」               
 「私も携帯が欲しいな。今度一緒に買いに行ってくれない」              
 「お安い御用さ。これなんかどう?」
 そう言うと自分の携帯を出して見せる。            
 「これ、いいわね」                 
 「この間川で濡れて壊れちゃったろ。やっと修理が終わったんだ」                  
 「この画面から操作するのね」
 みさと、福田君から携帯を借りて画面をいじる。
 「私は、市役所の職員です。他に何を言えばいいですか?」                                
 みさと携帯を耳に当て、声を聞いていたが突然叫ぶ。
 「この声よ」                      
 「何が?」                       
 「何がって、これ、犯人の声!」               
 「えっ?あっ、そうか!」           
 「なんだって?」
 話に割り込む益子君。           
 「そうか!この声。犯人、田中の声だ」
 福田君、皆をまじまじと見まわす。               
 益子君も頷く。
 「特殊詐欺キャンペーン・・あの時のか」                
 「俺、犯人の声をずっと持ち歩いていたのか」                                  
 「初めから分かっていればな」
 益子君、携帯を手に取る。                    
 「みさとちゃんも危ない目に合わなくてすんだのに。ごめんよ」
 みさとを見つめる福田君。                       
 「いいわよ~。私、無事だったんだから」                
 高村、皆の意見を代表する。
 「そうよ、これがなければ二人は知り合えなかったんだからさ」             
 「そうよ!終わりよければ」
 みさとも応じる。                 
 「すべて良し!あはははは」
 全員の声が明るい。満月も明るく街を照らしていた。 

 終わり

※この物語はフィクションです。実在の人物や場所等とは一切関係ありません。
        
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