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32話 ロッカス伯爵家来訪、治療係タイミングを誤る
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間もなく、クリスティーナを乗せた馬車が見えたと報告があった。
セバスチャンがジークハルトを呼びに来て、護衛騎士として声の届かない場所で待機するルディオも同行して出迎える予定だ。
そんなわけでエリザは、いったん部屋の前で二人を見送った。
客人がいる間は顔を見せない予定だったので、ひとまず時間潰しのため彼女は書庫へと向かった。
「よいしょ」
適当に本を見繕って窓辺の席に座った。唐突にできた日中の余暇、つい窓の向こうのいい天気を羨ましく眺める。
(とはいえロッカス伯爵の毒牙はちょっと……)
毒牙なのかなんなのか、ゾワッとした正体は不明だが、男だと思っているのに『撫で回したい』という報告を聞かされたら警戒はする。
(というか、なぜ撫で回したいになる? あなたの蒸すのとは天と地の差がある恰好ですけれど!?)
つい、魔術師団のローブ、そこから覗く男性衣装のズボンを見やった。
その時、唐突にノック音が控えめにした。
まだ茶会が始まったばかりだろうにと思って振り返ってみると、扉を開けてきたのはセバスチャンだ。
「……足を上げて何をなさっておいでで?」
「すみません、品が悪いのは分かってます。自分のズボンスタイルが完璧なのを眺めていただけなんです」
彼は「どういう意味で完璧とおっしゃっているのか分かりかねますが」と、少し困ったような眉を寄せた。
「それで、何かありました?」
「旦那様から、薔薇園でなければ出歩いても大丈夫だとご許可をいただきました。せっかくの休憩ですし、いい天気ですから屋内だけでは申し訳ないと」
ラドフォード公爵、なんて優しい人なんだとエリザは思った。
時間内に戻ってくるのであれば、町を出歩いても構わないとのことだ。ただし、その際には声掛けをして欲しいという。
「外出される際は護衛を付けます。女性が一人歩きというのも心細いでしょうし、公爵家の治療係として顔も少し知られてしまっていますから」
「これまでずっと一人で出歩いてきましたから、大丈夫ですよ。こう見えても十八歳の大人ですから、心配ご無用です!」
胸を張って自信たっぷりに答えたのだが、なぜかセバスチェンは一層心配そうな表情を浮かべた。
強い魔法使いほど恐れられる国でもある。
(今は隠していないこの赤い髪を見ると、ちょっと距離を置かれるしね)
完全な誤解から始まっている【赤い髪の魔法使い】の名前も、へたに手を出されないという点では利点だった。しかも王都は治安もいい。
「ほんと、大丈夫です。町を歩く気分でもないですし。いつ何時、フォローに呼ばれてもいいように屋敷の敷地内にはいるつもりですよ」
「そのプロ魂には尊敬いたします」
いや、すごく給料をもらう身なので申し訳ないのだ。
(仕事を成し遂げたら、隣国までの渡航代まで支給してくれるというし)
敷地内ならバラ園以外はご自由に、と改めて告げてセバスチェンは去って行った。
「うーん、そっか、自由か……ならいい天気だし外を歩こうかな?」
エリザは、当初から気になっていた窓の向こうを見た。
クリスティーナは押しの強い令嬢ではない。ジークハルトに限界がきたらルディオがうまい具合に助け船を出し、休憩を入れる運びにもなっているので、茶会については大丈夫だろうと心配していなかった。
(うん。なら、少し気晴らししてこよう)
ルディオ頑張れ、といい顔で思って席を立った。
早速書庫を出て、使用人用の裏扉を目指した。だが、書庫から出るのを後少し遅らせればよかったかもしれない――と、書庫側の下に品がる屋敷の裏に出て後悔した。
開け放った扉の先に、見知らぬ美少年がしゃがんでいた。
雑草を一人でぷちぷちとつまんでは引っ張っていた彼が、ハッとして振り返り、エリザはばっちり目が合ってしまった。
「…………」
「……こ、こんにちは?」
恥ずかしい現場を見られたと言わんばかりに、彼の顔がぼっと赤く染まる。
その直後にギッと睨まれてしまい、エリザは口許の笑みを引き攣らせながら、ひとまずそう言った。
――というか、彼は誰だろうか。
彼はどこかで見たような、軽くウェーブを描く明るい栗色の髪をしていた。見たところ貴族令息のようで、いい身なりをしている。年頃はやや下そうだが、立った彼は小さなエリザよりも少し頭の位置が高かった。
相手は貴族。これはまずい、無言でいるのは名乗るのを待っているせいかとエリザは素早く考えた。
「え、えぇと――大変失礼をいたしました。お初にお目にかかります、ラドフォード公爵家の臨時の治療係で、【赤い魔法使い】の〝エリオ〟と申します」
最近では慣れた、王宮の男性がよくやっているように一礼をする。
すると少年が「ふんっ」と鼻を慣らした。
「僕の〝魔法眼〟が反応しないということは、偽名か。さすがは慎重な魔法使いといったところだな」
ふてぶてしい生意気たっぷりの声が返ってきた。
(うん、でもさっきのボッチ感を見ちゃったら怖さ減……)
強がっているわけではないのに、先程の出会いを誤魔化そうとしているのではないか、なんてエリザの頭は余計なことを考える。
――魔法眼。
確か読んだ本の中で見た。一部の一族たちが持っている遺伝のもので、それぞれ特徴を持っているとか。
(真名で何か知れる魔法眼は、その人間の持つ能力値や状態を暴くもの、だったはず……その者の頭上に文字が浮かんで見えるとか?)
エリザはそう思い返し、運のよさに感謝した。
(偽名で活動していてよかった!)
ここでエリザの頭の上に『魔術師』『魔力ゼロ』『浄化体質』『母が聖女で父が勇者』なんて情報が出たら、とんでもなかった。
こういうこともあって『活動名』を名乗っている魔法使いが一般的にいるのだろう。
「おい、何を勝手に笑っているんだ?」
苛々したように少年が文句を言ってきた。
彼は名乗るつもりもないらしいし、へたに怒らせる方がまずいというものだ。
(うん、強がりで偉そうで、ボッチなの見ちゃったしね!)
彼を見直すたび、何やら、同じ髪と目の色をした人物が喉元まで出かかるのだが、険悪の鋭い目付きで霧散するし――。
ひとまず、ここは撤収だ。
エリザは「うん」と頷き、ひとまず出直して一からやり直すことに決めた。扉側へと足を向ける。
「それでは私はこのへんで……」
「逃がすか。僕はお前を探していたんだぞ」
魔術師団のマントコートを思い切り掴まれた。エリザは咄嗟に「はあ?」と顔にも出してしまった。
「失礼ながら、私はあなた様と面識はございませんが」
「お前が僕の可愛い妹に色目を使ったからだ!」
「……はい?」
突然怒られてもよく分からない。
「ここまで言っても分からないのか? 白々しいっ」
彼がパッとマントコートから手を離した。自身の胸元に堂々手をあて、述べる。
「いいかっ、僕の名前はレイヤ・ロッカス! ロッカス伯爵家の長男で、クリスティーナの兄だ!」
エリザもう少しで叫びそうになった。
(あ、ああああぁぁ! 髪色が一緒なのは超絶美少女だ!)
ようやく思い出せてすっきりした。別の貴族と言えば、今来訪中のロッカス伯爵家以外にはいないだろう。
(うん、彼との出会いが強烈すぎて。ううん可愛らしさが全然ないのがだめだった)
額に手をあて、ふーと言ったエリザに彼、レイヤがイラッとする。
「おい、何が言いたい。あと勝手にスッキリされた表情をされるとムカツクんだが?」
ご子息様も『ムカツク』と使われるらしい。
あ、いや、相当苛々しているのかもとエリザは遅れて悟った。
「えぇと、クリスティーナ様の兄上様でしたか。ですが、どうしてわざわざ茶会が見られる場所からこんな裏手にぐるっと回ってまで私を捜していたのでしょうか? そもそも色目を使ったと言われましても、私には何のことだかさっぱり……」
「ジークハルト様なら仕方ないが、お前が舞踏会で妹をそそのかしたせいで『【赤い魔法使い】様……』と妹が可愛い溜息をついていたんだぞ!? ついこの間まで『お兄様と結婚する』と言っていたのに、ジークハルト様だけじゃなくて、お前まで出てきたせいで僕の名前を呼ばれる回数がまますます減ったじゃないか! しかも父上はお前と仲良くするようにとか言ってくるし、クリスがお前に恋心があると言ってるようなものだろう!?」
やべぇ、こいつ重度のシスコンだった。
怒涛のような心の訴えを吐き出されたエリザは、地団駄を踏むレイヤを前に後ずさった。
セバスチャンがジークハルトを呼びに来て、護衛騎士として声の届かない場所で待機するルディオも同行して出迎える予定だ。
そんなわけでエリザは、いったん部屋の前で二人を見送った。
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「すみません、品が悪いのは分かってます。自分のズボンスタイルが完璧なのを眺めていただけなんです」
彼は「どういう意味で完璧とおっしゃっているのか分かりかねますが」と、少し困ったような眉を寄せた。
「それで、何かありました?」
「旦那様から、薔薇園でなければ出歩いても大丈夫だとご許可をいただきました。せっかくの休憩ですし、いい天気ですから屋内だけでは申し訳ないと」
ラドフォード公爵、なんて優しい人なんだとエリザは思った。
時間内に戻ってくるのであれば、町を出歩いても構わないとのことだ。ただし、その際には声掛けをして欲しいという。
「外出される際は護衛を付けます。女性が一人歩きというのも心細いでしょうし、公爵家の治療係として顔も少し知られてしまっていますから」
「これまでずっと一人で出歩いてきましたから、大丈夫ですよ。こう見えても十八歳の大人ですから、心配ご無用です!」
胸を張って自信たっぷりに答えたのだが、なぜかセバスチェンは一層心配そうな表情を浮かべた。
強い魔法使いほど恐れられる国でもある。
(今は隠していないこの赤い髪を見ると、ちょっと距離を置かれるしね)
完全な誤解から始まっている【赤い髪の魔法使い】の名前も、へたに手を出されないという点では利点だった。しかも王都は治安もいい。
「ほんと、大丈夫です。町を歩く気分でもないですし。いつ何時、フォローに呼ばれてもいいように屋敷の敷地内にはいるつもりですよ」
「そのプロ魂には尊敬いたします」
いや、すごく給料をもらう身なので申し訳ないのだ。
(仕事を成し遂げたら、隣国までの渡航代まで支給してくれるというし)
敷地内ならバラ園以外はご自由に、と改めて告げてセバスチェンは去って行った。
「うーん、そっか、自由か……ならいい天気だし外を歩こうかな?」
エリザは、当初から気になっていた窓の向こうを見た。
クリスティーナは押しの強い令嬢ではない。ジークハルトに限界がきたらルディオがうまい具合に助け船を出し、休憩を入れる運びにもなっているので、茶会については大丈夫だろうと心配していなかった。
(うん。なら、少し気晴らししてこよう)
ルディオ頑張れ、といい顔で思って席を立った。
早速書庫を出て、使用人用の裏扉を目指した。だが、書庫から出るのを後少し遅らせればよかったかもしれない――と、書庫側の下に品がる屋敷の裏に出て後悔した。
開け放った扉の先に、見知らぬ美少年がしゃがんでいた。
雑草を一人でぷちぷちとつまんでは引っ張っていた彼が、ハッとして振り返り、エリザはばっちり目が合ってしまった。
「…………」
「……こ、こんにちは?」
恥ずかしい現場を見られたと言わんばかりに、彼の顔がぼっと赤く染まる。
その直後にギッと睨まれてしまい、エリザは口許の笑みを引き攣らせながら、ひとまずそう言った。
――というか、彼は誰だろうか。
彼はどこかで見たような、軽くウェーブを描く明るい栗色の髪をしていた。見たところ貴族令息のようで、いい身なりをしている。年頃はやや下そうだが、立った彼は小さなエリザよりも少し頭の位置が高かった。
相手は貴族。これはまずい、無言でいるのは名乗るのを待っているせいかとエリザは素早く考えた。
「え、えぇと――大変失礼をいたしました。お初にお目にかかります、ラドフォード公爵家の臨時の治療係で、【赤い魔法使い】の〝エリオ〟と申します」
最近では慣れた、王宮の男性がよくやっているように一礼をする。
すると少年が「ふんっ」と鼻を慣らした。
「僕の〝魔法眼〟が反応しないということは、偽名か。さすがは慎重な魔法使いといったところだな」
ふてぶてしい生意気たっぷりの声が返ってきた。
(うん、でもさっきのボッチ感を見ちゃったら怖さ減……)
強がっているわけではないのに、先程の出会いを誤魔化そうとしているのではないか、なんてエリザの頭は余計なことを考える。
――魔法眼。
確か読んだ本の中で見た。一部の一族たちが持っている遺伝のもので、それぞれ特徴を持っているとか。
(真名で何か知れる魔法眼は、その人間の持つ能力値や状態を暴くもの、だったはず……その者の頭上に文字が浮かんで見えるとか?)
エリザはそう思い返し、運のよさに感謝した。
(偽名で活動していてよかった!)
ここでエリザの頭の上に『魔術師』『魔力ゼロ』『浄化体質』『母が聖女で父が勇者』なんて情報が出たら、とんでもなかった。
こういうこともあって『活動名』を名乗っている魔法使いが一般的にいるのだろう。
「おい、何を勝手に笑っているんだ?」
苛々したように少年が文句を言ってきた。
彼は名乗るつもりもないらしいし、へたに怒らせる方がまずいというものだ。
(うん、強がりで偉そうで、ボッチなの見ちゃったしね!)
彼を見直すたび、何やら、同じ髪と目の色をした人物が喉元まで出かかるのだが、険悪の鋭い目付きで霧散するし――。
ひとまず、ここは撤収だ。
エリザは「うん」と頷き、ひとまず出直して一からやり直すことに決めた。扉側へと足を向ける。
「それでは私はこのへんで……」
「逃がすか。僕はお前を探していたんだぞ」
魔術師団のマントコートを思い切り掴まれた。エリザは咄嗟に「はあ?」と顔にも出してしまった。
「失礼ながら、私はあなた様と面識はございませんが」
「お前が僕の可愛い妹に色目を使ったからだ!」
「……はい?」
突然怒られてもよく分からない。
「ここまで言っても分からないのか? 白々しいっ」
彼がパッとマントコートから手を離した。自身の胸元に堂々手をあて、述べる。
「いいかっ、僕の名前はレイヤ・ロッカス! ロッカス伯爵家の長男で、クリスティーナの兄だ!」
エリザもう少しで叫びそうになった。
(あ、ああああぁぁ! 髪色が一緒なのは超絶美少女だ!)
ようやく思い出せてすっきりした。別の貴族と言えば、今来訪中のロッカス伯爵家以外にはいないだろう。
(うん、彼との出会いが強烈すぎて。ううん可愛らしさが全然ないのがだめだった)
額に手をあて、ふーと言ったエリザに彼、レイヤがイラッとする。
「おい、何が言いたい。あと勝手にスッキリされた表情をされるとムカツクんだが?」
ご子息様も『ムカツク』と使われるらしい。
あ、いや、相当苛々しているのかもとエリザは遅れて悟った。
「えぇと、クリスティーナ様の兄上様でしたか。ですが、どうしてわざわざ茶会が見られる場所からこんな裏手にぐるっと回ってまで私を捜していたのでしょうか? そもそも色目を使ったと言われましても、私には何のことだかさっぱり……」
「ジークハルト様なら仕方ないが、お前が舞踏会で妹をそそのかしたせいで『【赤い魔法使い】様……』と妹が可愛い溜息をついていたんだぞ!? ついこの間まで『お兄様と結婚する』と言っていたのに、ジークハルト様だけじゃなくて、お前まで出てきたせいで僕の名前を呼ばれる回数がまますます減ったじゃないか! しかも父上はお前と仲良くするようにとか言ってくるし、クリスがお前に恋心があると言ってるようなものだろう!?」
やべぇ、こいつ重度のシスコンだった。
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