上 下
30 / 58

29話 子息様の慕う度合いが心配

しおりを挟む
「八歳の頃、年頃の近い貴族の子供達が集められた会の翌日から、突然ジークはああなったという。大昔の精霊云々の魔法は『まじない』だ。魔力によって発動し、精霊の力によって魔法が起こる。そうすると体内に魔力の痕跡は残らない」
「私の聖女の体質が影響して、呪いを抑えていると言われれば納得です」

 浄化の力だ。呪いには絶対にかからないし、呪われている射当ての影響力も無効化する。

(ジークハルト様、本気で怖がっているみたいだったし……)

 いつだったか、エリザはそこがちょっと引っかかったのだ。

 苦手だとか、トラウマを思い出して震えるとかではなく、近付かれることへ異常なほど恐怖にかられている感じがあった。

「女性に近付きたくないとする強烈な恐怖感、蕁麻疹、最悪は気絶する呪い……それが病気の正体だとして、術者にいったいなんの得があるんでしょう?」
「他の女性に近付けなくするため、とか」
「……は?」

 フィサリウスが、楽しそうに目を細めた。

「ふふ、本気で考え付かなかったという顔だね?」
「だ、だって、それだけであんなふうに呪いをかけるんですか?」
「今ではなくなってしまった『まじない』なんだ。本人も知らぬところで、と考える方が自然じゃないかな。当時集まっていたのは子供達だ」

 エリザは「あ」と声を上げた。

「え。じゃあ、陰謀とか、そういうのではなくて子供の……?」
「たとえば恋心を抱く夢見がちな女の子がいて、そんなことになるとは思いもせず自分だけを見て欲しいと思って、見よう見真似で『まじない』をかけてみた――とか」

 確かに、そう考えるととっても自然……な気がしてきた。

 でも同時に、頭が痛い話だ。

「はぁ……なんと迷惑な……じゃあ、ああいう反応になることも分からないし、本人も成功したことにすら気づいていない、わけですね」
「そのうえ魔力関係ではないので、私でさえ感知も解くことも不可能」

 フィサリウスはこの国の魔法使いという存在の中では、かなり上、それでいて特殊な位置づけであるらしい。

(私の指輪の魔術を、察知できるくらいだもんね……)

 話がひと段落話したようで、彼が紅茶を飲んだのでエリザもそうした。

 偶然にも成功して呪いが発動した。そしてジークハルトは、女性に対してあんなふうに怖がるようになってしまった――。

 いい香りを嗅ぎながら、エリザはしばしぼうっとして考える。

「じゃあ、ジークハルト様が私に心を許して懐いてくれているのも、もしかしたら術のせいかもしれませんねぇ」
「そうかなぁ、あれはどちらかというと……」

 フィサリウスがうーんと秀麗な眉を少し寄せたのち、言い変える。

「どうしてそう思うのか聞いてもいいかい?」
「浄化の力を持っている人のそばにいると、苦しみや不安も緩和されると師匠に教えられました。呪いが身を潜めてくれるから安心感もあるのかな、と」

 そうすると、ジークハルトが治療係を盗られたくないという不安感を滲ませたのも、腑に落ちる気がした。

 せっかく見つけた信頼できる治療師、というよりはエリザの聖女の体質に知らず知らず救われてるのかもしれない。

 そうエリザは推測を語った。話していると、ますます自信が加わった。

「自分のものじゃない恐怖感があるなんてつらいことだと思います。蕁麻疹といった症状がなくなってしまえばジークハルト様の苦手意識も徐々に改善へ向かうはずですし、そうすれば公爵様を悩ませている結婚問題もすぐ解決! 私も治療係卒業! 呪いを解きましょうっ、殿下に全面協力します!」
「ジークのアレは呪いによるものなのかどうなのか――うーん、でも、君のその真っすぐさは実に部下に欲しい」

 足を組んで面白げに眺めつつも、やっぱり困ったという顔になって彼は微笑んだ。

「雇われるのは無理ですからね? 魔法使いではないのがバレてしまいますし」
「浄化と怪力の指輪で十分だと思うけれどね。うちは優秀な文官が欲しくてたまらないでいる部署が複数あって、繁忙期は地獄になるから」
「こわ」

 でも王宮も仕事の募集はしているんだなぁと、エリザは思ってしまった。確かに就職したら金銭には困らなそう――という感想が頭の片隅に残る。

「まぁ、勧誘はまた次回にしよう」

 フィサリウスはにこやかな口調で言った。意外にも面白い冗談も会話に挟む人なんだな、とエリザは思った。

「ジークの呪いを解く。大昔の『まじない』だから調べるのに苦労しそうだけど、突き止めて、その解除方法を探し出す」
「はい」

 引き締まった彼の雰囲気を見て、エリザも背を伸ばした。

「この件は私の方で調べておく。もしかしたら君の知識も借りるかもしれないが、その時はよろしく」
「もちろんです」
「ああ、そうだ、代わりにと言ってはなんだが王宮の本は好きに読んでいいよ」
「……本?」
「ラドフォード公爵からは、この国の本に興味があるらしいとは聞いている。彼伝えで許可証を渡しておくから、待っているといいよ。軍の書庫でも自由に出入りできるものだ」

 王宮でジークハルトを待っている間、何をしてどこで暇をつぶそうか悩まずに済みそうだ。

「ありがとうございます」

 エリザは、親切な王子に心から礼を述べた。

 これで話は終わりだろう。そう思って菓子を一つ食べ、甘さにほっとしながら、美味しい紅茶を最後までのもうとした時だった。

「ところで、君の本当の名前を聞いてもいいかな?」
「ごほっ」

(なんたる不意打ち)

 エリザは、眩しいフィサリウスの笑顔を困ったように見た。王子様にそんなこと言われたら、答えないといけなに決まっているではないか。

 でもこの二年、口にしてこなかった名前でもある。

 必要かな?という思いも込み上げて、王子様に確認した。

「あ、あの……言わなきゃ、だめ?」
「わー、考えていることがとっても顔に出る子だねー。うん、協力者になったのだから、身元を証明するのは当然だと思わない?」

 ――確かに、ド正論、な気がする。

 エリザは悩んだ。なんだか無性に気恥ずかしい気もしてきて、ぐるぐると考えてためらった末に、

「…………え、と……エリザ、です」

 彼女はぽつりと答えた。

「エリザ? 偽名のエリオと語尾違い?」
「はい、そうです」

 答えた途端、フィサリウスが笑い出した。

「あっははは! 君、嘘が付けない子だって言われない?」

 ひどい。
 けれど師匠のゼットから言われたような覚えもあって――思い返しているエリザの百面相を見て、王子様はまた笑ったのだった。

                  ◆

 フィサリウスから話を聞かされたあと、エリザは一人になってようやく小さな驚きがじわじわと遅れてやってきた。

(呪い、だったのかぁ……)

 あんな迷惑極まりない不思議な症状なんて聞いたことがないから、頭の整理をするのに時間はかかったけれど、言われてみれば納得だった。

 どうやらこの国の古い魔法の一つ、みたいだ。

(『まじない』、おまじない……つまり占いの一種、みたいなものなんだろうな)

 結果として本人にろくでもない症状を引き起こさせているので、悪意がないにしても『呪い』と言える。

 あれだけ過剰に異性を触れないというのも、考えてみるとおかしい。

 それから、ジークハルトの急速な懐き具合だ。

 まるで親か、兄弟か、信頼する長年連れ添った教師を慕うように素直だ。聖女の体質のせいらしいと納得できた。


 あとは解除方法が見付かるのまで待つか――。

 と思っていたのだが、エリザはジークハルトの懐いていく度合いが、心配されるレベルまでぐんぐん上がっていっているのでは、と不安になってきた。

 聖女の浄化作用は『呪い』に対して効力を発揮すぎなのではないだろうか?

 フィサリウスと話をしたのは三日後、エリザはにこにこと笑っているジークハルトを前に、そんな心配を思ってしまう。

「今日の合同訓練で、マクガーレン隊長とちゃんと会議が成立しました」
「お疲れ様でした、ジークハルト様」

 ひとまず、いつものように頭を下げて迎える。

 マクガーレン隊長というのは、女性騎士隊長様だ。近衛騎士隊の中でも権力を持った幹部の一人で、第一近衛騎士隊の副隊長内定者であるはずのジークハルトが、普段は代理を立てて逃げ回っているとハロルドから相談を受けた。

 そこでエリザは、ハロルドと共に会議に参加することを彼の今日の課題としたのだ。

 昨日それを提案した時、ジークハルトはぐっと言葉を詰まらせた。しかし覚悟を決めたような顔で会議の参加を約束した。

(慕い過ぎなのでは……? 不思議だけど、出会ってから泣き言は聞いても彼「やれない」とか「やりたくない」と拒絶は一度もしてこないんだよね……)

 ジークハルトと再び王宮にいたエリザは、これも呪いか、と考えてしまう。

「エリオ?」
「えっ、あ、はい、なんでしょう?」
「それではご褒美をください」
「……そう、でしたね。うん『ご褒美』ですね」

 美しい成人男性に、にこにこと手を差し出されてエリザは少し反応に遅れてしまった。

(これは……早めに解決した方がいいかも)

 彼の印象を悪くしてモテ度を下げてしまったら大変申し訳なさすぎる。女性に対して恐怖を抱く呪いを受けているはずの彼が、安心しきった顔でエリザの手から飴玉を取るのを、彼女は悩み込んだ顔で見つめてしまう。

 ジークハルトが懐いているのは『呪い』が、エリザの聖女の血で彼女にだけ無効化されるせいだ。解放感があって安心するのだろう。

 しかし彼は、エリザより一つ年上の十九歳だ。

 その年齢なら、彼女が欲しいとか、女性に触れてみたいとか……とにかくそういう気持ちがあったとしてもおかしくない。

(いやそんなこと私も考えたくないけど、飴玉大好きって可愛すぎか!)

 とにかく、飴玉一つでやる気になっている構図は、よろしくない気がするのだ。

 だんだん大きな子供に見えてくるので、この懐きっぷりは勘弁して欲しい。

 それから――困っているのは、この三日でおちゃめっぷりも加わったことだ。

「エリオ」
「なんですか――うぇ!?」

 飴玉を渡したはずの手を掴まれて、彼の方にぐんっと引っ張られた。

 次の瞬間、彼の鍛えられた胸部にエリザは顔面からダイブしていた。そのままむぎゅっと抱き締めるられる。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます

富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。 5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。 15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。 初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。 よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~

百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。 放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!? 大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...