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26話 ご褒美休憩で事件です

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 そのいくつかあるうちの休憩室の一つには、二人の騎士が門番のように立っていた。

「中で、殿下がお待ちです」

 彼らはジークハルトの姿を認めると、恭しく扉を開いた。

 室内は広く、中央にテーブルが一つあった。二人用ソファや一人用ソファが囲むように置かれている。

 そのうちの一つ、奥の一人用に座っていたフィサリウスが「やぁ」と声をかけてきた。

「さっきぶりだね、エリオ。君のおかげで茶会も滞りなくいったよ」
「はぁ。それは良かったです……」

 それはジークハルト自身のがんばりなので、そうとしか言えない。

 てっきり一人で待っていたと思っていたのだが、彼の近くにはハロルドが座っていた。

「またお会いしましたな」
「そうですね。私も通っていますから」

 ハロルドに上機嫌に挨拶されて、エリザは会釈と共に応える。彼は続いて、ジークハルトとルディオに「御苦労だったな」と上司らしい言葉をかけていた。

 この一週間の王宮通いで、エリザはフィサリウスの他、ジークハルトの上司であるハロルドともよく顔を会わせるようになっていた。

 数回目の顔合わせになるが、ハロルドの機嫌は良い。

 それはここ一周間、ジークハルトが〝順調〟で平和を噛み締めているせい――らしい。

 主に縁談目的だが、女性の話をしただけで部屋を破壊した男だ。

 エリザとしては、ハロルドの心情を察して「まぁお役に立てて良かったです」と何度か答えていた。

 その時、メイド達がワゴンを押して入室してきた。人数分のティーカップやケーキ、紅茶の替えや食器類を並べていく。

 ジークハルトが、自然な動きでフィサリウスのいるソファの後ろへ回った。

 いかにも護衛騎士らしい立ち位置で身を落ち着けたが、事情を知っている人間から見れば、その行動はただただ沈黙を誘った。

(うまく逃げたなぁ……)

 涼しげな表情を、エリザはある意味感心して眺めてしまう。

 メイド達は、手早く支度を整えると出ていった。

「おっほんっ。さ、どうぞ座って」

 フィサリウスが、場の雰囲気を変えるように咳払いし、エリザに向かい合わせとなっている一人用ソファへ促した。

(まぁ、何かあったら困るもんな)

 一人だけ女性であることを知らないジークハルトを思いつつ、腰を下ろす。彼とルディオが、上司の向かいに並んで座った。

「チョコレートケーキ、好きなの?」

 食べ始めてすぐ、フィサリウスが尋ねてきた。ティーカップを持ち上げた姿は、指の先まで洗練されて美しい。

 さすが王子様だなと感心しながら、エリザは一つ頷いた。

「まぁ、好きですね。この前食べて、一番美味しいチョコケーキだと思いました」
「ジークから聞いたよ。チョコが個人的に好きなのかな?」
「そうですね。頭と身体を動かすにも、素晴らしいカロリー源だとも思っています。甘ければ甘いほど良いです」

 師匠であるゼットのもとで修業していた時、手早く摂取できる糖分だった。この大国では原料が多く取れる理由もあって、市民の間でも安価で手に入った。

「軍人みたいなことを言うねぇ。なんだか意外だなぁ」

 フィサリウスが目を細め、首を傾げた。

「ジークは知ってた?」
「いえ。そういう理由も含んでいるとは知りませんでした……」
「おや、なんだか元気がないね」

 そう言われて気付く。

 ジークハルトは下を向き、フォークの先を口に入れもそもそとケーキを食べ進めている。

(せっかくのご褒美なのに、嬉しくないのかな?)

 彼が希望したことだったので、てっきり、先日食べた際に好きになったのかなとエリザは思っていた。

「まぁ、いいか。確かに重宝する軍人もいるみたいだけど、私は甘ければ甘いほど苦手かな。ハロルドはどっちもいける口だよね」

 話しを振られ、ハロルドが真面目な顔で「はい」と肯定の声を上げた。

「酒入りのチョコレート菓子が、とくに好きですね」
「チョコとお酒は合わないですよ。折角の甘さが台無しになりますっ」

 エリザは、つい必死になって主張してしまった。

「うっかり口に入れられた時なんか、その日しばらくはチョコレートが食べられなくなります」

 何度ゼットに騙されて、チョコレートボンボンを口に放り込まれたか分からない。

 エリザが思い出して「恐ろしい……」と呟いていると、ルディオが何事か思い至ったように「なるほど」と相槌を打った。

「あんたがホイホイ他人の菓子に食い付くのって、昔からなんだな」
「ホイホイ食い付いた覚えはないんだけど?」

 ルディオが、残念な物を見る眼差しをした。

「何、その目?」
「さっきのことを思い返させてやりたいな、て……ああ、そういえばクリスティーナ嬢、覚えてるか?」

 悶々とした様子でパクリとケーキを食べた彼が、ふと思い出したようにそう言った。

「ジークの候補の伯爵令嬢で、この前の舞踏会にいた」
「もちろん、とてつもなく可愛かったからね!」

 ジークハルトの肩が、ぴくっと揺れた。ゆっくりフォークを置く様子に気付いて、ハロルドが目を向ける。

「性格も良さそうだし、可愛いは正義だよねぇ」
「呑気だよなぁ。エリオ、少し気を付けた方がいいぜ? へたしたら『将来的なお付き合い』になるかもしれねぇぞ」
「それ、どういうこと?」

 それを聞いていたフィサリスウが「ぷっ」と噴き出した。

「彼女の父であるロッカス伯爵は、娘をすごく溺愛していてね。もし彼女の気持ちが君に向いているのなら、ラドフォード公爵家の治療係を終えたのち、伯爵家で婿入りができるくらいの身分を与えての就職提案を打診することまで考えているらしいよ?」
「え」

 彼は、愉快そうな笑みを浮かべる。

「うん、困るよね。だから私とラドフォード公爵の方で、伯爵からの話はことごとく潰しているんだ。君は安心してジークの治療にあたるといいよ。とりあえず、君が甘いお菓子でつられて、僕らの知らないところで墓穴を掘らない限りは安全だから、ね?」

 菓子一つでついていくわけがない。

 エリザは、口元がひくつきそうになった。また幼く見られているのだろう。

 公爵令嬢はとても可愛いのだけれど、男性として好意を寄せられているとなると困るのも確かで――。

 その時、ハロルドが小さな声で一同を呼んできた。全員、そこを見るようにと忙しなく仕草で伝えてくる。

 エリザはふと、ようやくジークハルトが空気のように静かなことに気付く。

(なんだろう?)

 そう思って、フィサリスウやルディオと共に目を向けた。

 そこにいる笑顔のジークハルトを見て、残る目の前のケーキなど食べられなくなってしまった。そこから発せられる冷気に肌が冷えるのを感じる。

(……誰だ、これ。もしや恐怖の大魔王か?)

 ジークハルトが、これまで見たこともない爽やかな笑みを浮かべている。しかし目は、一切笑っていない。

 ずっとこちらを見ていたようで、目が合うと彼がにっこり笑った。

 エリザは、得体の知れない威圧感に息が詰まった。

(なんだろう……とにかく、めちゃくちゃヤバイ感じがする)

 フィサリウスとハロルドも、エリザと同じように顔を強張らせている。

 恐る恐るとった様子で、隣のルディオがジークハルトへ言った。

「ジ、ジーク、どうした? なんだか不穏な空気が立ちこめてるっぽいけど、何か悩みがあるなら――」
「ルディオ」

 ジークハルトが、口許に形ばかりの笑みを浮かべたまま声を遮った。

「エリオを勧誘している人間を、全てリストアップしてください」
「……は?」
「僕は、先にメイドの方を社会的に抹消してきます」

 言うなり、ジークハルトが立ち上がった。その右手が剣に触れるのを見て、ルディオが「待て待て待て!」と慌てて彼をソファに戻した。
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