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22話 ジークハルトは、治療係を思う

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 ジークハルトにとって、父の言う『治療係』は煩わしい存在だった。

『――話を聞く気はない。帰ってくれないか』

 あまりにも傲慢的な時は、我慢せず一言で〝治療〟とやらを終わらせた。何人も引き合わされてきたから、面談の顔合わせで無理だと感じたら『時間の無駄だ』と厳しく追い払った。

 友人のルディオから、非道だの冷たいだの言われるが気にならない。

 ジークハハルトが気に入らないのだから、自分のテリトリーである屋敷から追い出して何が悪いのか。

 どの治療係も意思疎通が立たず、成果が早々に現れずに挫折する者も続出した。

 そうやって、最後の治療係が三日と経たず辞めてしばらく経ったあと、新しい治療係がやって来た。

 父が見付けてきたその治療係は、ルディオと友人になったという異国の魔法使いだった。

 鮮やかな赤い髪と、ルビーみたいな瞳が目を引く少年だった。

【死の森に好んで住みついている恐ろしい男で、魔物をあっという間に滅する強い魔法使い。登録名は〝赤い魔法使い〟だ】

 それは、王宮で勤務していたジークハルトの耳にも入った噂だった。

 ルディオがそのたび含み笑いしていた。まさか、友好関係かあって、どんな人物かを知ったうえで笑っていたとは思いもしていなかった。

 その【赤い魔法使い】は、思っていたよりも小さくて線が細かった。

 どちらかと言えば、喧嘩さえしないような可愛らしい顔立ちをしていた。魔物を容赦なく滅するイメージがない。

 だが、躊躇なく頑丈な部屋の扉を破壊した彼との出会いは、だからこそジークハルトにとって強烈だった。

 公爵家にやって来る治療係希望の者達は、大抵が今後のことを考えたり『きっと治りますぞ』と自信やら打算を抱えていた。しかし、どうやら当初から、エリオは完全に期待値ゼロで面談に来たことだけは分かった。

 雇うのも雇わないのも、あなたの自由だ、と言わんばかりに。

『初めまして、あなたがジークハルト様ですね? 私は【赤い魔法使い】のエリオと申します。面談にまいりました』

 魔法使いだと聞いていたのに、顔の印象を裏切る物理的な強さにも呆気に取られた。

(子供、じゃないか……?)

 取っ払われた扉の向こうにいたのが、想像していた恐ろしい男ではなくて、華奢な少年だったことにも驚いた。

 魔法使いは、強ければ何歳であろうと『強い魔法使いであるという身分』の証明書が発行される仕組みだ。恐らくは十九歳のジークハルトより年下だろう。

 そんな彼が、出会い頭の印象を裏切る丁寧な物腰で話を進めた。

 町で知り合った親切な人、のような態度もジークハルトには新鮮だった。

 自分が治療係として任命されるとは思ってもいないのか、あくまで第三者として考える姿も、好感が持てた。

 エリオを見ていると、何事にも真剣で一生懸命なのだと分かる。

 自分の問題と、これまで真剣に向き合ってこなかったことが恥ずかしくなるくらいだ。

 エリオとルディオが気軽に言葉を交わす様子を見て、いいな、と思った。なぜかもっと話していたくて、面談がそろそろ終わりそうな気配にそそわした。

 セバスチャンが替えの紅茶とクッキーを持ってきた時は、「よくやった!」と心の中で褒めたものだ。

 【赤い魔法使い】は、ジークハルトにとって、不思議と安心できて見ていても飽きない魔法使いだった。

 初めから期待もされていなかったどころか、治療係の就任初日で悲鳴を上げまくったのも、印象が悪かっただろう。

(――だから、だろうか)

 なんだか、これ以上は失望されたくないような気がした。

 一緒に頑張ろうと言ってくれたエリオに、これまでいた治療係のように『私には無理です』と諦められたら、立ち直れそうにない予感がした。

 理由は分からないけれど、彼に見限られたくないと思うのだ。

(まぁ、以前からルディオに色々と聞かされていたというから、期待値はゼロどころか、へたをするとマイナスだろうとは思うが……)

 会って数日もしないうちに、ジークハルトは、エリオが自分の治療係であることが誇らしくなっていた。

 いつでもそばにいて、彼のことを考えてくれていることが嬉しい。

 けれどエリオが舞踏会までついてきてくれた時、ふと、もしかしたら彼の魅力に気付く人間が他に出てくるのではと不安を覚えた。

 ハロルドと楽しそうに話すエリオを見た時、なぜだか胸がざわついた。

 エリオは気付かれていないと思っているだろうが、妖精だとか言われている伯爵令嬢と話している時、可愛らしいと好印象を覚えている彼にもやもやした。彼女自身がエリオに頬を染めたのを見た時、憎悪のような感情を覚えた。

(――彼は、僕の治療係だ)

 早く、その伯爵令嬢から引き離したいと思った。

 エリオは、男の子だけど甘いものも好きだ。
 年上とは思えないほど、分かりやすいくらい表情がころころと変わる。

 柔らかいケーキがエリオの小さな口の中に消えて行くのを見て、ジークハルトは、なんとなく彼の歯と舌で食されるケーキを想像した。そうしたら、勧められるまま同じケーキを取ってしまっていた。

 ジークハルトが舞踏会でケーキを食べたのは、もう数年も前の話だ。

 女性酔いがひどく、普段は会場で口にしたくはないほどだった。

 しかし隣にいるエリオの口内で、ケーキが柔らかくほぐされていく様を考えると――普段はなんとも思わないケーキが、あの時はとても甘く感じたのだ。

 彼がフィサリウスに連れ去られた時は、強烈な不安感に駆られた。

 強い魔法使いだという認識で失念していたが、フィサリウスが簡単に運び去れるくらいにエリオは小さい。

 思わず、ローブの上から抱き締めた腰は、驚くぐらい細かった。

 控えめな甘い香りが鼻について、この腕の中にいる間は他の誰でもない自分の治療係だと安心できた。
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