上 下
22 / 58

21話 エリザ、男と信じられていることについて悶々とする

しおりを挟む
 あれから四日が過ぎた。

 ジークハルトの女性恐怖症に関して、半ばやけになって捨て身で検証してみた結果、エリザはふくれっ面でルディオに愚痴ることになった。

「――やっぱり、解せない」
「何が?」

 近衛騎士も利用する王宮のサロンの一室で、ルディオが、菓子をつまみながら問い返してきた。

 あの舞踏会をきっかけに、エリザは公爵家の〝専属医〟として認識された。

 翌日に王太子フィサリウスの許可が出たこともあり、ジークハルトの仕事先である王宮まで同行するようになった。

 彼の職場は、フィサリウスのいる王宮本殿だ。その執務室や鍛錬場を共に行き来しながら、エリザは彼が女性恐怖症を克服できるよう指導を続けている。女性への苦手意識を改善すべく、課題という名のミッションを課した。

 ジークハルトは今日、護衛騎士としてフィサリウスの茶会に参加してする。

 そこから逃げずに最後までいること、を課題に出した。

 サポートするはずだったルディオは「名案だ」と言ったフィサリウスの指示で、待ちとなったエリザの相手を任された。彼は眉を寄せてテーブルを睨みつけていた彼女を横目に眺めながら、呑気に菓子をつまんでいる。

「だから、ジークハルト様の症状だよ。ルディオには話してあるけど、昨日まで試してみたけど結果は無反応だった!」

 思わずムキーッと言い返したら、ルディオが棒読みで「おー」と言った。そのまま彼の口に吸いこまれたクッキーが、さくりと立てる音が実に美味しそう――ではなく、腹立たしい。

 この野郎と思って睨み付けたら、軽く謝罪するように肩をすくめられた。

 舞踏会の翌日から昨日までの間、服の上、素手で掌に触れる、など色々と試していったが、ジークハルトの身体に異変は起こらなかった。

 エリザは治療として、積極的に公爵邸や職場を歩き回るように指導していた。すれ違うメイドに怯えを隠した笑顔で挨拶をするたび、ご褒美としてキャンディーをあげる日々が続いている。

 その際に手に触れても、まるで同性のような反応しか示さないのである。

「肉体レベルで男認識ってこと? 自衛のために服装が男物ってだけで、男を目指しているつもりはないよ!?」
「まぁ落ち着けって。ジークの調子がいいのは事実だし? それにさ、気にする必要はないと思うぜ。蕁麻疹が出ないのは魔力が関わっているかもって、ハロルド隊長も言ってただろ?」

(だから、私はその魔力を持っていないんだってば)

 異国の術者の弟子、だとは教えているが魔力がある前提でルディオは認識している。エリザは分かりやすく溜息を吐いた。

「なんか言いたいことが山ほどありそう」
「あるよ。でも、いい」
「今度は俺が愚痴を聞くから、気が向いたら離せよ。お前菓子好きだろ? 食べないのか?」
「食べる――けど、ジークハルト様が茶会という課題をクリアしたら、ご褒美に皆で一緒にケーキを食べることになったの、忘れてないよね?」

 エリザはクッキーを一枚取りつつ、いちおう確認した。

 すると、思い出したと言わんばかりにルディオが表情を変えた。

「あっぶね、忘れてた! 殿下から譲ってもらえるケーキを残したら、バチがあたるな……」
「うん、不敬だよ」
「あのお人は、それだけで不敬にしたりしねぇよ」

 ルディオが陽気に笑った。

「つうかさ、ジークの〝ご褒美〟に俺とエリオも含まれるのって、有りなのか?」
「ジークハルト様のご希望なら、それがご褒美になるんだよ」

 舞踏会以来、ジークハルトは甘い物をよく希望するようになった。

 公爵邸の侍女長モニカに「ご褒美用でしたら、お勧めの店がございます」と紹介された店のキャンディーが良かったのかもしれない。

 彼はあの日以来、自主的にエリザを引き連れて出歩き、すれ違うメイドに耐えると「ご褒美をください」とキャンディーをせがんでくるのだ。

「そんなにキャンディーが好きだとは知らなかったなぁ」

 呟けば、ルディオが首を捻る。

「いや、俺も初耳……最近、なんかよく口に入れてるなぁと思ったら、そのご褒美でもらった分がポケットに入ってたわけか」
「うん。朝もあげてるからね」

 おかげでエリザのコートのポケットには、キャンディーが常備されている。

「私、甘党ってルディオだけだと思ってたけど、ジークハルト様もなんだね」
「モニカさんのクッキーを食って育ったんだから、あいつだって甘党に決まってるじゃん。なぁ、そのキャンディーってさ、ブルーノさんとこの店のだろ? 俺にも一つくれよ」
「給料前だから自腹なの。自分で買ってきて」

 エリザはぴしゃりと断った。

 一つ一つ丁寧に包装された各色のキャンディーは、一瓶で買うとかなりの値段になるのだ。

(というか、十九歳でキャンディーのご褒美が効くというのも、どうかとは思うんだけどねぇ……)

 本当に子供みたいな人だ。思わず息を吐く。

 女性を怖がって引きこもっている時間が長かったせいか、仕事をしている時の横顔と、完全にプライベートな一面では落差が激しいと感じた。

 子供心を残した大人、というには、幼い考えが強くて困る。

(まさか、大人の男性に腰に泣きつかれるとは思ってなかったし)

 見た目が立派な騎士様そのものなので、ジークハルトの場合は余計にそうだ。

(殿下も、あれはきっとドン引きしてたんだろうな)

 ジークハルトが合流してからずっと、変な顔をしていたのは恐らくそのせいだろう。

 茶会が無事に進むといいのだけれど、とエリザは少し前のことも思い返す。

『普段から途中退場しちゃうからね。あれはあれで仕事なんだから、しっかり参加させて欲しいんだ』

 今回の茶会については、フィサリウスにそう言われて課題とした。

 幸いなのは、ジークハルトがエリザの治療には従順なことだ。ルディオには散々脅されたから、暴走に出られることを心配していたが杞憂に終わりそうだ。

 勝手に出回っている【赤い魔法使い】の噂と、この国の魔法使いへの接し方が役に立っているのかもしれない。

(出会った時も、素直に面談を受けてくれたもんな)

 思えば、そのあとも指導を拒否せず生徒らしく受け入れてくれている感じだ。

(女だとバレるまで、このまま穏便にいけそうかも)

 この時、エリザはそう安易に考えていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~

百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。 放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!? 大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

処理中です...