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21話 エリザ、男と信じられていることについて悶々とする
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あれから四日が過ぎた。
ジークハルトの女性恐怖症に関して、半ばやけになって捨て身で検証してみた結果、エリザはふくれっ面でルディオに愚痴ることになった。
「――やっぱり、解せない」
「何が?」
近衛騎士も利用する王宮のサロンの一室で、ルディオが、菓子をつまみながら問い返してきた。
あの舞踏会をきっかけに、エリザは公爵家の〝専属医〟として認識された。
翌日に王太子フィサリウスの許可が出たこともあり、ジークハルトの仕事先である王宮まで同行するようになった。
彼の職場は、フィサリウスのいる王宮本殿だ。その執務室や鍛錬場を共に行き来しながら、エリザは彼が女性恐怖症を克服できるよう指導を続けている。女性への苦手意識を改善すべく、課題という名のミッションを課した。
ジークハルトは今日、護衛騎士としてフィサリウスの茶会に参加してする。
そこから逃げずに最後までいること、を課題に出した。
サポートするはずだったルディオは「名案だ」と言ったフィサリウスの指示で、待ちとなったエリザの相手を任された。彼は眉を寄せてテーブルを睨みつけていた彼女を横目に眺めながら、呑気に菓子をつまんでいる。
「だから、ジークハルト様の症状だよ。ルディオには話してあるけど、昨日まで試してみたけど結果は無反応だった!」
思わずムキーッと言い返したら、ルディオが棒読みで「おー」と言った。そのまま彼の口に吸いこまれたクッキーが、さくりと立てる音が実に美味しそう――ではなく、腹立たしい。
この野郎と思って睨み付けたら、軽く謝罪するように肩をすくめられた。
舞踏会の翌日から昨日までの間、服の上、素手で掌に触れる、など色々と試していったが、ジークハルトの身体に異変は起こらなかった。
エリザは治療として、積極的に公爵邸や職場を歩き回るように指導していた。すれ違うメイドに怯えを隠した笑顔で挨拶をするたび、ご褒美としてキャンディーをあげる日々が続いている。
その際に手に触れても、まるで同性のような反応しか示さないのである。
「肉体レベルで男認識ってこと? 自衛のために服装が男物ってだけで、男を目指しているつもりはないよ!?」
「まぁ落ち着けって。ジークの調子がいいのは事実だし? それにさ、気にする必要はないと思うぜ。蕁麻疹が出ないのは魔力が関わっているかもって、ハロルド隊長も言ってただろ?」
(だから、私はその魔力を持っていないんだってば)
異国の術者の弟子、だとは教えているが魔力がある前提でルディオは認識している。エリザは分かりやすく溜息を吐いた。
「なんか言いたいことが山ほどありそう」
「あるよ。でも、いい」
「今度は俺が愚痴を聞くから、気が向いたら離せよ。お前菓子好きだろ? 食べないのか?」
「食べる――けど、ジークハルト様が茶会という課題をクリアしたら、ご褒美に皆で一緒にケーキを食べることになったの、忘れてないよね?」
エリザはクッキーを一枚取りつつ、いちおう確認した。
すると、思い出したと言わんばかりにルディオが表情を変えた。
「あっぶね、忘れてた! 殿下から譲ってもらえるケーキを残したら、バチがあたるな……」
「うん、不敬だよ」
「あのお人は、それだけで不敬にしたりしねぇよ」
ルディオが陽気に笑った。
「つうかさ、ジークの〝ご褒美〟に俺とエリオも含まれるのって、有りなのか?」
「ジークハルト様のご希望なら、それがご褒美になるんだよ」
舞踏会以来、ジークハルトは甘い物をよく希望するようになった。
公爵邸の侍女長モニカに「ご褒美用でしたら、お勧めの店がございます」と紹介された店のキャンディーが良かったのかもしれない。
彼はあの日以来、自主的にエリザを引き連れて出歩き、すれ違うメイドに耐えると「ご褒美をください」とキャンディーをせがんでくるのだ。
「そんなにキャンディーが好きだとは知らなかったなぁ」
呟けば、ルディオが首を捻る。
「いや、俺も初耳……最近、なんかよく口に入れてるなぁと思ったら、そのご褒美でもらった分がポケットに入ってたわけか」
「うん。朝もあげてるからね」
おかげでエリザのコートのポケットには、キャンディーが常備されている。
「私、甘党ってルディオだけだと思ってたけど、ジークハルト様もなんだね」
「モニカさんのクッキーを食って育ったんだから、あいつだって甘党に決まってるじゃん。なぁ、そのキャンディーってさ、ブルーノさんとこの店のだろ? 俺にも一つくれよ」
「給料前だから自腹なの。自分で買ってきて」
エリザはぴしゃりと断った。
一つ一つ丁寧に包装された各色のキャンディーは、一瓶で買うとかなりの値段になるのだ。
(というか、十九歳でキャンディーのご褒美が効くというのも、どうかとは思うんだけどねぇ……)
本当に子供みたいな人だ。思わず息を吐く。
女性を怖がって引きこもっている時間が長かったせいか、仕事をしている時の横顔と、完全にプライベートな一面では落差が激しいと感じた。
子供心を残した大人、というには、幼い考えが強くて困る。
(まさか、大人の男性に腰に泣きつかれるとは思ってなかったし)
見た目が立派な騎士様そのものなので、ジークハルトの場合は余計にそうだ。
(殿下も、あれはきっとドン引きしてたんだろうな)
ジークハルトが合流してからずっと、変な顔をしていたのは恐らくそのせいだろう。
茶会が無事に進むといいのだけれど、とエリザは少し前のことも思い返す。
『普段から途中退場しちゃうからね。あれはあれで仕事なんだから、しっかり参加させて欲しいんだ』
今回の茶会については、フィサリウスにそう言われて課題とした。
幸いなのは、ジークハルトがエリザの治療には従順なことだ。ルディオには散々脅されたから、暴走に出られることを心配していたが杞憂に終わりそうだ。
勝手に出回っている【赤い魔法使い】の噂と、この国の魔法使いへの接し方が役に立っているのかもしれない。
(出会った時も、素直に面談を受けてくれたもんな)
思えば、そのあとも指導を拒否せず生徒らしく受け入れてくれている感じだ。
(女だとバレるまで、このまま穏便にいけそうかも)
この時、エリザはそう安易に考えていた。
ジークハルトの女性恐怖症に関して、半ばやけになって捨て身で検証してみた結果、エリザはふくれっ面でルディオに愚痴ることになった。
「――やっぱり、解せない」
「何が?」
近衛騎士も利用する王宮のサロンの一室で、ルディオが、菓子をつまみながら問い返してきた。
あの舞踏会をきっかけに、エリザは公爵家の〝専属医〟として認識された。
翌日に王太子フィサリウスの許可が出たこともあり、ジークハルトの仕事先である王宮まで同行するようになった。
彼の職場は、フィサリウスのいる王宮本殿だ。その執務室や鍛錬場を共に行き来しながら、エリザは彼が女性恐怖症を克服できるよう指導を続けている。女性への苦手意識を改善すべく、課題という名のミッションを課した。
ジークハルトは今日、護衛騎士としてフィサリウスの茶会に参加してする。
そこから逃げずに最後までいること、を課題に出した。
サポートするはずだったルディオは「名案だ」と言ったフィサリウスの指示で、待ちとなったエリザの相手を任された。彼は眉を寄せてテーブルを睨みつけていた彼女を横目に眺めながら、呑気に菓子をつまんでいる。
「だから、ジークハルト様の症状だよ。ルディオには話してあるけど、昨日まで試してみたけど結果は無反応だった!」
思わずムキーッと言い返したら、ルディオが棒読みで「おー」と言った。そのまま彼の口に吸いこまれたクッキーが、さくりと立てる音が実に美味しそう――ではなく、腹立たしい。
この野郎と思って睨み付けたら、軽く謝罪するように肩をすくめられた。
舞踏会の翌日から昨日までの間、服の上、素手で掌に触れる、など色々と試していったが、ジークハルトの身体に異変は起こらなかった。
エリザは治療として、積極的に公爵邸や職場を歩き回るように指導していた。すれ違うメイドに怯えを隠した笑顔で挨拶をするたび、ご褒美としてキャンディーをあげる日々が続いている。
その際に手に触れても、まるで同性のような反応しか示さないのである。
「肉体レベルで男認識ってこと? 自衛のために服装が男物ってだけで、男を目指しているつもりはないよ!?」
「まぁ落ち着けって。ジークの調子がいいのは事実だし? それにさ、気にする必要はないと思うぜ。蕁麻疹が出ないのは魔力が関わっているかもって、ハロルド隊長も言ってただろ?」
(だから、私はその魔力を持っていないんだってば)
異国の術者の弟子、だとは教えているが魔力がある前提でルディオは認識している。エリザは分かりやすく溜息を吐いた。
「なんか言いたいことが山ほどありそう」
「あるよ。でも、いい」
「今度は俺が愚痴を聞くから、気が向いたら離せよ。お前菓子好きだろ? 食べないのか?」
「食べる――けど、ジークハルト様が茶会という課題をクリアしたら、ご褒美に皆で一緒にケーキを食べることになったの、忘れてないよね?」
エリザはクッキーを一枚取りつつ、いちおう確認した。
すると、思い出したと言わんばかりにルディオが表情を変えた。
「あっぶね、忘れてた! 殿下から譲ってもらえるケーキを残したら、バチがあたるな……」
「うん、不敬だよ」
「あのお人は、それだけで不敬にしたりしねぇよ」
ルディオが陽気に笑った。
「つうかさ、ジークの〝ご褒美〟に俺とエリオも含まれるのって、有りなのか?」
「ジークハルト様のご希望なら、それがご褒美になるんだよ」
舞踏会以来、ジークハルトは甘い物をよく希望するようになった。
公爵邸の侍女長モニカに「ご褒美用でしたら、お勧めの店がございます」と紹介された店のキャンディーが良かったのかもしれない。
彼はあの日以来、自主的にエリザを引き連れて出歩き、すれ違うメイドに耐えると「ご褒美をください」とキャンディーをせがんでくるのだ。
「そんなにキャンディーが好きだとは知らなかったなぁ」
呟けば、ルディオが首を捻る。
「いや、俺も初耳……最近、なんかよく口に入れてるなぁと思ったら、そのご褒美でもらった分がポケットに入ってたわけか」
「うん。朝もあげてるからね」
おかげでエリザのコートのポケットには、キャンディーが常備されている。
「私、甘党ってルディオだけだと思ってたけど、ジークハルト様もなんだね」
「モニカさんのクッキーを食って育ったんだから、あいつだって甘党に決まってるじゃん。なぁ、そのキャンディーってさ、ブルーノさんとこの店のだろ? 俺にも一つくれよ」
「給料前だから自腹なの。自分で買ってきて」
エリザはぴしゃりと断った。
一つ一つ丁寧に包装された各色のキャンディーは、一瓶で買うとかなりの値段になるのだ。
(というか、十九歳でキャンディーのご褒美が効くというのも、どうかとは思うんだけどねぇ……)
本当に子供みたいな人だ。思わず息を吐く。
女性を怖がって引きこもっている時間が長かったせいか、仕事をしている時の横顔と、完全にプライベートな一面では落差が激しいと感じた。
子供心を残した大人、というには、幼い考えが強くて困る。
(まさか、大人の男性に腰に泣きつかれるとは思ってなかったし)
見た目が立派な騎士様そのものなので、ジークハルトの場合は余計にそうだ。
(殿下も、あれはきっとドン引きしてたんだろうな)
ジークハルトが合流してからずっと、変な顔をしていたのは恐らくそのせいだろう。
茶会が無事に進むといいのだけれど、とエリザは少し前のことも思い返す。
『普段から途中退場しちゃうからね。あれはあれで仕事なんだから、しっかり参加させて欲しいんだ』
今回の茶会については、フィサリウスにそう言われて課題とした。
幸いなのは、ジークハルトがエリザの治療には従順なことだ。ルディオには散々脅されたから、暴走に出られることを心配していたが杞憂に終わりそうだ。
勝手に出回っている【赤い魔法使い】の噂と、この国の魔法使いへの接し方が役に立っているのかもしれない。
(出会った時も、素直に面談を受けてくれたもんな)
思えば、そのあとも指導を拒否せず生徒らしく受け入れてくれている感じだ。
(女だとバレるまで、このまま穏便にいけそうかも)
この時、エリザはそう安易に考えていた。
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