5 / 58
4話 この国で初めてできた友人に、初めて殺意が沸いた瞬間
しおりを挟む
その翌日。
「う、わぁ……」
エリザは、そこが個人の家だと思えず立ち竦んだ。
大理石の階段と、埃一つない磨き上げられた床。豪華なシャンデリアが高い天井を彩り、まるで一つの城のようだ。
真っ黒い色に身を包んだ自分が訪れるのは、場違いだと感じる。
玄関ホールへ通されると、そこには燕尾服に身を包んだ高齢の執事が待っていた。
「ようこそお越しくださいました。私は屋敷を任されております執事のセバスチャンと申します。たしかに可愛らしい方ですね。先に話は聞いておりましたが、【赤い魔法使い】の『エリオ』が女性だったとは驚きました」
彼はフードを下ろしたエリザを見ると、にっこり微笑んだ。
「こちらへどうぞ」
促されてしまい、共に足を前へと進める。
豪勢な屋敷の中にいるという現状に緊張した。変に見られてはいないだろうかと、こちらに向かってお辞儀をするメイド達が気になってしまう。
そわそわと落ち着かないまま、広々とした客間に通された。
「主人を呼んでまいります」
メイド達が紅茶を入れるのを見届けると、セバスチャンが一緒に下がって、いったん一人で部屋に残された。
詰めていた息を吐き出し、ようやく固まっていた思考回路が動き始める。
(どうして、こんなことになっているのか)
すごく良い香りのする紅茶を前に、エリザはぼんやりと回想した。
ルディオを追い返したのは、つい昨日のことだ。
今日、エリザは朝からゆっくりしていた。するとノック音が響いたのだ。
『ラドフォード公爵家の者ですが』
聞き覚えのない名前だった。貴族、ということに緊張した。
用心しつつ開けてみると、そこには見慣れない二人の兵士が立っていた。
彼らは気付いて視線を少し下ろし、エリザを見て僅かに目を見開いた。戸惑うように視線を彷徨わせたあと、若干緊張した様子で告げてきた。
『……【赤い魔法使い】様ですね? お迎えに上がりました』
そして「お手をどうぞ」と、レディに対するように手を差し伸ばして来たのだ。
ラドフォード公爵から招待されている旨だけが伝えられ、エリザはわけが分からないまま、兵士の一人に手を取られて森を歩き出た。
道路には、その場所に不似合いな高級馬車が停められていた。
エリザはエスコートされて乗せられ、豪華な馬車の中で茫然としている間に、王都に入り城のような公爵邸に到着したのだ。
(なぜ、私が指名されたのだろう?)
公爵家という重い肩書きに頭を悩ませていると、と、伯爵家であるルディオの存在が脳裏をよぎった。
そういえば、彼の幼馴染は公爵家の嫡男だと言っていた。
(――まさか)
ようやくそう思い至った時、人の気配がしてびくっとした。
先程のセバスチャンに導かれ、一人の恰幅がいい中年の男がやって来た。後ろからメイド達が紅茶の乗ったワゴンを押して続く。
「待たせてすまないね。私は、ラドフォード公爵、ラドック・ラドフォードだ」
眉がやや下がった、優しげな雰囲気の顔立ちをしていた。
エリザが想像していたような、プライドの高い怖い貴族という感じはなかった。
まるで町の牧師みたいだと思った。つい反応が遅れてしま、エリザは慌てて立ち上がり自己紹介をした。
「すみませんっ。その、招待された【赤い魔法使い】のエリオと申します」
「お嬢さんを魔法使いと呼ぶには申し訳ないな……本名はお聞きしていないんだが、活動名の『エリオさん』でお呼びしてもよろしいかな?」
え、突然の名前呼びですか?
下げていた頭をぱっと起こすと、ラドフォード公爵が困ったように微笑んだ。
(あ。……紳士として女性の扱いが徹底されているせい?)
そのへんの事情は詳しくない。
「えっと……どうぞ好きなようにお呼びください」
エリザはそうとだけ答えた。初めから性別が知られている件について、先程からルディオの存在が脳裏にちらついている。
気になりつつ、まずは彼の着席に合わせて腰かける。
メイド達がラドフォード公爵の前にも紅茶を置き、退出するとセバスチャンが内側から扉を閉めた。
「実は、外国の術者だとルディオから聞いてね」
ラドフォード公爵が、吐息混じりの声でそう切り出した。
(ああ、やはりそうか)
彼は例の幼馴染の父親で、ルディオから性別のことも聞いていたのだ。
エリザは溜息をこらえた。しかし誠意を装ったものの、内心『あのヤロー』と初めて殺意を抱いた。
「彼から聞いているとは思うが、ルディオは私の息子の親友でもあるのだが……私の息子のことは聞いてるね?」
「その、詳しくは存じませんが……女性恐怖症だとか?」
巻き込まれる予感に、つい言葉がつっかえた。脳裏に浮かんだルディオの呑気な面に、想像の中で鉄拳を三発ほど入れてはいた。
「そうなのだよ。どの医者も専門家も手を上げている」
ラドフォード公爵が、事実を肯定して肩を落とした。ティーカップを引き寄せて、音を立てないよう蜂蜜を少し入れる。
「君も飲むといい。ルディオからは好んでいるとは聞いた」
「えっと、その……はい、いただきます」
紅茶は高い嗜好品だった。
ハーブか薬草の茶葉の方が、安価で一般的に出回っている。
「息子はジークハルトと言い、今年で十九になった。亡くなった妻に目元がよく似ていてね。ああ、ルディオと同じ年齢だよ」
「はぁ。そうなのですか」
いちおう年齢も聞いているが、エリザは紅茶を飲みつつ相槌を打つ。
思い返すように口にしたラドフォード公爵は、話す内容を頭の中で整理するように喉を潤すした。
会話が途切れると、立派な調度品の上に置かれた時計の秒針が動く音が聞こえた。
「う、わぁ……」
エリザは、そこが個人の家だと思えず立ち竦んだ。
大理石の階段と、埃一つない磨き上げられた床。豪華なシャンデリアが高い天井を彩り、まるで一つの城のようだ。
真っ黒い色に身を包んだ自分が訪れるのは、場違いだと感じる。
玄関ホールへ通されると、そこには燕尾服に身を包んだ高齢の執事が待っていた。
「ようこそお越しくださいました。私は屋敷を任されております執事のセバスチャンと申します。たしかに可愛らしい方ですね。先に話は聞いておりましたが、【赤い魔法使い】の『エリオ』が女性だったとは驚きました」
彼はフードを下ろしたエリザを見ると、にっこり微笑んだ。
「こちらへどうぞ」
促されてしまい、共に足を前へと進める。
豪勢な屋敷の中にいるという現状に緊張した。変に見られてはいないだろうかと、こちらに向かってお辞儀をするメイド達が気になってしまう。
そわそわと落ち着かないまま、広々とした客間に通された。
「主人を呼んでまいります」
メイド達が紅茶を入れるのを見届けると、セバスチャンが一緒に下がって、いったん一人で部屋に残された。
詰めていた息を吐き出し、ようやく固まっていた思考回路が動き始める。
(どうして、こんなことになっているのか)
すごく良い香りのする紅茶を前に、エリザはぼんやりと回想した。
ルディオを追い返したのは、つい昨日のことだ。
今日、エリザは朝からゆっくりしていた。するとノック音が響いたのだ。
『ラドフォード公爵家の者ですが』
聞き覚えのない名前だった。貴族、ということに緊張した。
用心しつつ開けてみると、そこには見慣れない二人の兵士が立っていた。
彼らは気付いて視線を少し下ろし、エリザを見て僅かに目を見開いた。戸惑うように視線を彷徨わせたあと、若干緊張した様子で告げてきた。
『……【赤い魔法使い】様ですね? お迎えに上がりました』
そして「お手をどうぞ」と、レディに対するように手を差し伸ばして来たのだ。
ラドフォード公爵から招待されている旨だけが伝えられ、エリザはわけが分からないまま、兵士の一人に手を取られて森を歩き出た。
道路には、その場所に不似合いな高級馬車が停められていた。
エリザはエスコートされて乗せられ、豪華な馬車の中で茫然としている間に、王都に入り城のような公爵邸に到着したのだ。
(なぜ、私が指名されたのだろう?)
公爵家という重い肩書きに頭を悩ませていると、と、伯爵家であるルディオの存在が脳裏をよぎった。
そういえば、彼の幼馴染は公爵家の嫡男だと言っていた。
(――まさか)
ようやくそう思い至った時、人の気配がしてびくっとした。
先程のセバスチャンに導かれ、一人の恰幅がいい中年の男がやって来た。後ろからメイド達が紅茶の乗ったワゴンを押して続く。
「待たせてすまないね。私は、ラドフォード公爵、ラドック・ラドフォードだ」
眉がやや下がった、優しげな雰囲気の顔立ちをしていた。
エリザが想像していたような、プライドの高い怖い貴族という感じはなかった。
まるで町の牧師みたいだと思った。つい反応が遅れてしま、エリザは慌てて立ち上がり自己紹介をした。
「すみませんっ。その、招待された【赤い魔法使い】のエリオと申します」
「お嬢さんを魔法使いと呼ぶには申し訳ないな……本名はお聞きしていないんだが、活動名の『エリオさん』でお呼びしてもよろしいかな?」
え、突然の名前呼びですか?
下げていた頭をぱっと起こすと、ラドフォード公爵が困ったように微笑んだ。
(あ。……紳士として女性の扱いが徹底されているせい?)
そのへんの事情は詳しくない。
「えっと……どうぞ好きなようにお呼びください」
エリザはそうとだけ答えた。初めから性別が知られている件について、先程からルディオの存在が脳裏にちらついている。
気になりつつ、まずは彼の着席に合わせて腰かける。
メイド達がラドフォード公爵の前にも紅茶を置き、退出するとセバスチャンが内側から扉を閉めた。
「実は、外国の術者だとルディオから聞いてね」
ラドフォード公爵が、吐息混じりの声でそう切り出した。
(ああ、やはりそうか)
彼は例の幼馴染の父親で、ルディオから性別のことも聞いていたのだ。
エリザは溜息をこらえた。しかし誠意を装ったものの、内心『あのヤロー』と初めて殺意を抱いた。
「彼から聞いているとは思うが、ルディオは私の息子の親友でもあるのだが……私の息子のことは聞いてるね?」
「その、詳しくは存じませんが……女性恐怖症だとか?」
巻き込まれる予感に、つい言葉がつっかえた。脳裏に浮かんだルディオの呑気な面に、想像の中で鉄拳を三発ほど入れてはいた。
「そうなのだよ。どの医者も専門家も手を上げている」
ラドフォード公爵が、事実を肯定して肩を落とした。ティーカップを引き寄せて、音を立てないよう蜂蜜を少し入れる。
「君も飲むといい。ルディオからは好んでいるとは聞いた」
「えっと、その……はい、いただきます」
紅茶は高い嗜好品だった。
ハーブか薬草の茶葉の方が、安価で一般的に出回っている。
「息子はジークハルトと言い、今年で十九になった。亡くなった妻に目元がよく似ていてね。ああ、ルディオと同じ年齢だよ」
「はぁ。そうなのですか」
いちおう年齢も聞いているが、エリザは紅茶を飲みつつ相槌を打つ。
思い返すように口にしたラドフォード公爵は、話す内容を頭の中で整理するように喉を潤すした。
会話が途切れると、立派な調度品の上に置かれた時計の秒針が動く音が聞こえた。
137
お気に入りに追加
985
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~
百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。
放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!?
大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる