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四章 地下のラビとノエルと新妖獣
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ラビとノエルは、長らく沈黙したまま視線を向けていた。
しばし見つめ合った後、その眼差しを受け止めていたトーリが、ようやく尻尾を少し揺らして『それ、マジで……?』と口にした。
『え、何、つまり阿呆にも自分から仕掛けを捜し出して、そのスイッチを押したのか? 二階の足場のやつって、悪ふざけみたいに露骨に設置されていた仕掛けなんだけど、馬鹿なんじゃねぇの?』
多分、馬鹿なんだろうなぁ……。
ラビは、仕掛けを踏んだ例の三人組の兄弟盗賊を思い返した。ザイードの街では、老婆を手助けして自分に取っ捕まり、先程はこちらに向かって必死に手を差し伸ばしてきた。そのせいもあって、どうも憎めきれないでいる。
彼らは不器用すぎるというか、考え無しすぎるというか。先日にも思ったばかりだけれど、悪党には向いていないのではないだろうか、とまたしても考えてしまう。
同じような表情で視線をそらしたノエルが、数秒もしないうちに、右に傾いていた耳をピンと立てて戻し、深々と溜息をこぼした。
『触っちまったもんはしょうがねぇ。それで? 仕掛けを一つでも起こしちまった場合、どうなるんだ?』
『仕掛けを動かしたら、発動継続中の防衛と反撃の魔術に感知される』
ノエルに確認するように問われ、トーリが改めてそう答えた。
『まず出てくるのが、砂を材料に作られた有幻影の蛇だ。本来は、宝を狙う侵入者から守るための警告用で使われていたものだが、警告レベルの設定が外れちまって、今は即排除にかかるようになってる。こいつはちょっと厄介で、少しの砂があれば何度でも蘇るし、イメージの元になった妖獣が持っていた、猛毒の一部を持っている奴も混じっているんだ。見た目の半透明さが強い蛇が、そうだ』
トーリが、手ぶりを交えて説明した。
よく分からない単語が混じっていたものの、どうやら唐突に現われる大量の蛇というのは、不思議な術で砂から作られているものであるらしいとは察せた。それで、『砂の亡霊』という呼び方がついたのだろうか。
けれど、その姿をイメージしかけた時、特殊な特徴が聞こえて、ラビは途端に想像が霧散してしまった。聞き間違いだろうか、と思ってトーリを見つめ返す。
「蛇が、半透明?」
『実際に身体が透けているわけじゃねぇよ、いちおう実体はあるからな。本来、人間世界じゃ実体を持たない【妖獣】としての性質を持ち合わせているせいで、色合いがそう見えるんだ。今頃、お前らが上に残してきた連中のところには、そいつらが出ていると思う』
直前まで一緒にいた、セドリック達の姿が脳裏に浮かんだ。全員それなりに剣の腕もあるだろうけれど、相手が猛毒持ちも混じっている大量の蛇だと思うと、先程よりも心配さが増す。
「蘇るって事は、死なない蛇なんだよね……。何か対策はないの?」
『発動中の術を止めるのが正しい対処法だが、それは無理だろうな。全員が、術範囲内と定められている敷地の外まで、出るしかないだろうぜ』
尋ねられたトーリが、子供に言い聞かせるようにしてラビに説いた。
『あいつらは脅し向きの排除用で、数を増やされて魔力を分散されているから、一匹ずつの身体はかなり脆い。もしやり合うとしたら、とにかく噛まれない事が大事だが、消えない大量の蛇相手じゃ敵わねぇよ。それに、大本になっている術が感知して、侵入者を本格的に排除するため向かうようになっているんだ。打つ手はないぜ』
第一段階が大量の小さな蛇、そして、そこには続く第二段階目があるらしい。
そうラビが、頭の中で情報を整理し始めてすぐ、隣にいたノエルが途切れた会話を繋げるようにして、話の中で気になった点を尋ねた。
『発動中の術を消すのが無理だ、というのがお前の見解らしいが、それはなんでだ? 本格排除の魔術とやりあう前に、ひとまず有幻影の蛇を消す方法を取れば、同時に相手にしなくて済むだろ』
『戦力を削ぐってわけか。残念ながら、そいつは無理だぜ。何せ、有幻影の大量の蛇に関しても『ラティーシャ様の首飾り』本体に掛けられている、多重術のうちの一つだからだ』
現在、ここで複数の術が発動持続中なのも、膨大なエネルギーを持った術具が本体となって、魔力が途切れる事なく供給され続けているせいだ。
トーリは、少し考えたら分かる事だろ、とノエルをジロリと怪訝に見やる。
『その術具は、有幻影のモデルになった妖獣の姿形を、忠実に再現した『バカデカいやつ』が守っているから、触る事も出来ねぇよ。小さい蛇に続いてやってくる、侵入者を撃退する『そいつ』の中に、あんたらが欲しがっている『宝』の術具があるんだぜ? 大量の蛇を相手にしながら、その術具をどうにかするってのは無理だろ』
その回答を聞いて、ノエルが思わずといった様子で口をつぐんだ。ラビもようやく、本格的に排除にかかりにくるモノの正体を察した。
突然現われる大量の蛇は、とある妖獣をイメージして作られているという。同じ妖獣がモデルという事は、術具本体を守っているという『バカデカいやつ』は、巨大な蛇の姿をしているのだと想像出来た。
「…………術具を守っているモノって、つまり『大蛇』……?」
『おぅ、バカデカい大蛇だぜ。何せ妖獣界でも、特別な役割を与えられて一頭しかいない大妖獣のうち『守護の巨大白蛇』の姿を模しているからな。オリジナルと違って、魔法が使えないってのは幸いだが、同じくらいの身体能力はあると聞いた』
おそるおそる確認してみたら、トーリがあっさり答えてきた。
ラビは、大量の蛇に続いて、親分のような大蛇が出てくる光景を思い浮かべた。巨大であるほど、剣が通らないような硬い皮膚を持っている可能性を想像していたから、彼が口にした『一頭しか存在しない大妖獣』の部分は頭に入ってこないでいた。
考え込むように視線を落としていたノエルが、数秒ほどじっくり思案した後、ふっと顔を上げてトーリを見た。
『その大蛇も、術具が使える後継者を待つために掛けられた魔術の一つだろう。という事は、訪れた人間の妖獣師が手に入れられる方法が、あるって事だよな?』
『あんた、諦めない気なのか?』
『そんだけけったいな術が掛けられているって事は、使うには申し分ないほどの価値のある術具って事だろ。しかも、オリジナルと同じくらいの肉弾攻撃が可能って事は、つまりその巨大な蛇が、作られた幻覚のくせに【実体化】している証拠だ』
まさに俺が求めているタイプの術具だ、これは手に入れて試してみる価値がある――と、ノエルが宝石みたいな真っ赤な瞳をギラつかせて、口許に不敵な笑みを浮かべる。
その好戦的な様子を見て、トーリが思い切り顔を顰めた。
『あの術具には、まだ膨大な魔力が残されたままなんだぜ。契約者の仲介なしに直接制御するってなると、うまく扱いきれないと思うんだけどな。バカデカい魔力を消費するような妖獣向けだ』
『その方が好都合――んで、入手方法を知ってんのか、猫野郎?』
『だから俺は猫じゃねぇよッ、鼻先引っ掻くぞ犬野郎め!』
話を勝手に戻されたトーリが、毛を逆立てて爪を出した。
その様子は、一見すると愛らしい仔猫が、ピンクの肉球を持った前足で強がっているような構図である。けれど、無視出来ないほど大きな声量で、ドスが利いたその声が耳に入ってきてもいたから、客観的に眺めると頭が混乱しそうになった。
ラビとしても、ノエルの意見には同感だった。だから一度目の前の光景から目をそらして、よそに飛びかけた思考を本題へと戻して考えた。
誰にも渡さないためではないのなら、訪れた人間が、その術具を入手出来る方法はあるのだろう。そして、摩訶不思議な蛇が『実在』している現状は、ノエルの姿が他の人の目にも見えるようになる可能性を、ぐんと高めているのだ。
そうすると期待感も膨らんで、つい背筋を伸ばしてトーリを見つめた。ラビの視線に気付いた彼が、渋々ノエルへと向き直って、質問に答えるべく口を開く。
『言っておくが、俺だって術具の入手手順は知らねぇよ。思い付くのは、通常の術具継承認定で、妖獣師の技量を見る方法が取られている可能性くらいだな』
そう言って、彼が当時を思い出すように、指折り上げ始めた。
『魔力を供給させた妖獣同士を、ぶつかり合わせて勝つか。掛けられている術の魔力を上回る強さで解くか。もしくは術具自体を屈服させて、主人である事を認めさせる』
『通常なら、その三つの形式が代表的な方法だが、どれも無理だな』
ノエルが間髪入れず却下し、ほんの数秒ほど熟考した。よく分からないでいるラビが、小首を傾げて様子を見守っている視線を横顔に受け止めつつ、ふとトーリに提案を返す。
『術が発動して実体化しているって事は、『取りこんでいる』というよりは『所持している』状態じゃないか? それなら、そのまま術具から切り離せるんじゃないかと思うんだが、実際のところ、そいつはどんな感じなんだ?』
問われたトーリが、それは盲点だった、と目を丸くした。ただの獣師でも勝算の可能性がある、という目をラビに向け、それから今度は真面目に思い出しにかかる。
『俺が数回見た感じだと、術具自体が変化しているわけじゃなさそうだったな……うん、あれは掛けられている術自体の【実体化】だ』
改めて自身で確認するように口にし、トーリはノエルへ目を戻しながら続けた。
『言われてみりゃあ、完全に実体化しているんだから、確かに別々の個体って事になる。そうすると、あの大蛇野郎の身体のどこかに、現物の術具があるんだ』
『そうだった場合、魔力供給源になっている術具を、デカい蛇野郎から引き離せば、うじゃうじゃいる蛇共と揃って消えるってわけだ』
「オレらが大蛇から『その首飾り』をゲットする事が出来れば、今起こっている問題は、全部解決するって事でいいの?」
ようやく話が見えてきて、ラビは待ちきれず質問した。ノエルが自信たっぷりの不敵な笑みを浮かべて『その通りだ』と肯定してきたので、大蛇が持っている術具を取るというミッションも、なんだかイケそうだと感じて「よしっ」と意気込む。
すると、それを見たトーリが、ふと我に返ったかのように、前向きではない様子で口を開いた。
『なぁ、そういえば『ラティーシャ様の首飾り』に掛かっている術は、どうするつもりなんだ? 大蛇から引き離すって、物理的じゃなくて魔術的にって話しなんだが……そっちの獣師は【魔力】もないんだから、解除なんて出来ないだろう?』
『それくらいなら、俺が出来る。掛けられている術の魔力自体を、潰せばいい』
当たり前のように言われて、トーリが『ん?』と自身の耳を疑うように首を傾げた。ラビは彼の大きな猫耳が、コテリと右側に向けられる様子が愛らしくて、つい目を留めてしまっていた。
『……ちょい待て。それって大妖獣師の魔力を、無理やり魔力で握り潰すって事だよな? それってさ、普通の妖獣じゃ出来なくね……?』
ノエルは、その質問を完全に無視して踵を返した。『さて、早速行くか』と彼に促されて、ハタと我に返ったラビは「うん」と元気いっぱいに答えて、それから共に歩き出しながらトーリの方へ肩越しに目を向けた。
「色々とお話してくれて、ありがとう。じゃあオレら行くね」
別れを告げるべく手を振ると、トーリが『おいおい、ちょっと待てよッあっさり行くなよ』と、少し焦った様子でふわりと浮遊して付いてきた。
『お前らさ、すごく好戦的なのは構わねぇけど、どうやって大蛇に接近するのか、考えてないだろ。まず、あの小さい蛇共はどうすんだよ?』
めちゃくちゃうじゃうじゃいんだぞ、もう有り得ないくらいの群れなんだ、とまるで説得するようにして言う。
言葉早く尋ねられたラビは、横からこちらを覗き込んできたトーリを、歩きながらきょとんとして見つめ返した。ノエルも訝った目を向けて、露骨に顔を顰める。
大量に現われるという蛇については、身体は脆いらしいし、噛まれなければいい。つまり強敵ではない、という自己解釈に辿り着いていたラビ達は、改めて自身の中のその意思を確認すると、表情そのままにこう答えていた。
「剣でぶっ飛ばして道を開ける」
『用のない雑魚は、手あたり次第ぶっ飛ばす』
『おい、お前ら揃いも揃って物騒な思考してんな。実際の数を見て物を言えよ、そんな簡単に突破出来る量じゃないんだぜ』
思わず、トーリが真面目な顔で突っ込んだ。しかし、言い終わる前にノエルが『背に乗れ』と提案して、ラビも「地上まで一気に出るの?」と尋ねながら跨って、あっという間に来た道を戻って行ってしまう。
その場に残されたトーリは、去っていくラビ達の後ろ姿を、呆気に取られて見送った。そもそも、テメェらは俺の話を聞けよ、と思った。
予想外の珍客過ぎるというか、もう色々と心配である。
『仕方ねぇなぁ……。まぁ面倒だけど、ちょっくら外に出て、なんかないか見てきてやるか』
トーリはそう呟くと、一旦彼らと別方向に進むべく、くるりと回転して、ふっとその場から姿を消した。
しばし見つめ合った後、その眼差しを受け止めていたトーリが、ようやく尻尾を少し揺らして『それ、マジで……?』と口にした。
『え、何、つまり阿呆にも自分から仕掛けを捜し出して、そのスイッチを押したのか? 二階の足場のやつって、悪ふざけみたいに露骨に設置されていた仕掛けなんだけど、馬鹿なんじゃねぇの?』
多分、馬鹿なんだろうなぁ……。
ラビは、仕掛けを踏んだ例の三人組の兄弟盗賊を思い返した。ザイードの街では、老婆を手助けして自分に取っ捕まり、先程はこちらに向かって必死に手を差し伸ばしてきた。そのせいもあって、どうも憎めきれないでいる。
彼らは不器用すぎるというか、考え無しすぎるというか。先日にも思ったばかりだけれど、悪党には向いていないのではないだろうか、とまたしても考えてしまう。
同じような表情で視線をそらしたノエルが、数秒もしないうちに、右に傾いていた耳をピンと立てて戻し、深々と溜息をこぼした。
『触っちまったもんはしょうがねぇ。それで? 仕掛けを一つでも起こしちまった場合、どうなるんだ?』
『仕掛けを動かしたら、発動継続中の防衛と反撃の魔術に感知される』
ノエルに確認するように問われ、トーリが改めてそう答えた。
『まず出てくるのが、砂を材料に作られた有幻影の蛇だ。本来は、宝を狙う侵入者から守るための警告用で使われていたものだが、警告レベルの設定が外れちまって、今は即排除にかかるようになってる。こいつはちょっと厄介で、少しの砂があれば何度でも蘇るし、イメージの元になった妖獣が持っていた、猛毒の一部を持っている奴も混じっているんだ。見た目の半透明さが強い蛇が、そうだ』
トーリが、手ぶりを交えて説明した。
よく分からない単語が混じっていたものの、どうやら唐突に現われる大量の蛇というのは、不思議な術で砂から作られているものであるらしいとは察せた。それで、『砂の亡霊』という呼び方がついたのだろうか。
けれど、その姿をイメージしかけた時、特殊な特徴が聞こえて、ラビは途端に想像が霧散してしまった。聞き間違いだろうか、と思ってトーリを見つめ返す。
「蛇が、半透明?」
『実際に身体が透けているわけじゃねぇよ、いちおう実体はあるからな。本来、人間世界じゃ実体を持たない【妖獣】としての性質を持ち合わせているせいで、色合いがそう見えるんだ。今頃、お前らが上に残してきた連中のところには、そいつらが出ていると思う』
直前まで一緒にいた、セドリック達の姿が脳裏に浮かんだ。全員それなりに剣の腕もあるだろうけれど、相手が猛毒持ちも混じっている大量の蛇だと思うと、先程よりも心配さが増す。
「蘇るって事は、死なない蛇なんだよね……。何か対策はないの?」
『発動中の術を止めるのが正しい対処法だが、それは無理だろうな。全員が、術範囲内と定められている敷地の外まで、出るしかないだろうぜ』
尋ねられたトーリが、子供に言い聞かせるようにしてラビに説いた。
『あいつらは脅し向きの排除用で、数を増やされて魔力を分散されているから、一匹ずつの身体はかなり脆い。もしやり合うとしたら、とにかく噛まれない事が大事だが、消えない大量の蛇相手じゃ敵わねぇよ。それに、大本になっている術が感知して、侵入者を本格的に排除するため向かうようになっているんだ。打つ手はないぜ』
第一段階が大量の小さな蛇、そして、そこには続く第二段階目があるらしい。
そうラビが、頭の中で情報を整理し始めてすぐ、隣にいたノエルが途切れた会話を繋げるようにして、話の中で気になった点を尋ねた。
『発動中の術を消すのが無理だ、というのがお前の見解らしいが、それはなんでだ? 本格排除の魔術とやりあう前に、ひとまず有幻影の蛇を消す方法を取れば、同時に相手にしなくて済むだろ』
『戦力を削ぐってわけか。残念ながら、そいつは無理だぜ。何せ、有幻影の大量の蛇に関しても『ラティーシャ様の首飾り』本体に掛けられている、多重術のうちの一つだからだ』
現在、ここで複数の術が発動持続中なのも、膨大なエネルギーを持った術具が本体となって、魔力が途切れる事なく供給され続けているせいだ。
トーリは、少し考えたら分かる事だろ、とノエルをジロリと怪訝に見やる。
『その術具は、有幻影のモデルになった妖獣の姿形を、忠実に再現した『バカデカいやつ』が守っているから、触る事も出来ねぇよ。小さい蛇に続いてやってくる、侵入者を撃退する『そいつ』の中に、あんたらが欲しがっている『宝』の術具があるんだぜ? 大量の蛇を相手にしながら、その術具をどうにかするってのは無理だろ』
その回答を聞いて、ノエルが思わずといった様子で口をつぐんだ。ラビもようやく、本格的に排除にかかりにくるモノの正体を察した。
突然現われる大量の蛇は、とある妖獣をイメージして作られているという。同じ妖獣がモデルという事は、術具本体を守っているという『バカデカいやつ』は、巨大な蛇の姿をしているのだと想像出来た。
「…………術具を守っているモノって、つまり『大蛇』……?」
『おぅ、バカデカい大蛇だぜ。何せ妖獣界でも、特別な役割を与えられて一頭しかいない大妖獣のうち『守護の巨大白蛇』の姿を模しているからな。オリジナルと違って、魔法が使えないってのは幸いだが、同じくらいの身体能力はあると聞いた』
おそるおそる確認してみたら、トーリがあっさり答えてきた。
ラビは、大量の蛇に続いて、親分のような大蛇が出てくる光景を思い浮かべた。巨大であるほど、剣が通らないような硬い皮膚を持っている可能性を想像していたから、彼が口にした『一頭しか存在しない大妖獣』の部分は頭に入ってこないでいた。
考え込むように視線を落としていたノエルが、数秒ほどじっくり思案した後、ふっと顔を上げてトーリを見た。
『その大蛇も、術具が使える後継者を待つために掛けられた魔術の一つだろう。という事は、訪れた人間の妖獣師が手に入れられる方法が、あるって事だよな?』
『あんた、諦めない気なのか?』
『そんだけけったいな術が掛けられているって事は、使うには申し分ないほどの価値のある術具って事だろ。しかも、オリジナルと同じくらいの肉弾攻撃が可能って事は、つまりその巨大な蛇が、作られた幻覚のくせに【実体化】している証拠だ』
まさに俺が求めているタイプの術具だ、これは手に入れて試してみる価値がある――と、ノエルが宝石みたいな真っ赤な瞳をギラつかせて、口許に不敵な笑みを浮かべる。
その好戦的な様子を見て、トーリが思い切り顔を顰めた。
『あの術具には、まだ膨大な魔力が残されたままなんだぜ。契約者の仲介なしに直接制御するってなると、うまく扱いきれないと思うんだけどな。バカデカい魔力を消費するような妖獣向けだ』
『その方が好都合――んで、入手方法を知ってんのか、猫野郎?』
『だから俺は猫じゃねぇよッ、鼻先引っ掻くぞ犬野郎め!』
話を勝手に戻されたトーリが、毛を逆立てて爪を出した。
その様子は、一見すると愛らしい仔猫が、ピンクの肉球を持った前足で強がっているような構図である。けれど、無視出来ないほど大きな声量で、ドスが利いたその声が耳に入ってきてもいたから、客観的に眺めると頭が混乱しそうになった。
ラビとしても、ノエルの意見には同感だった。だから一度目の前の光景から目をそらして、よそに飛びかけた思考を本題へと戻して考えた。
誰にも渡さないためではないのなら、訪れた人間が、その術具を入手出来る方法はあるのだろう。そして、摩訶不思議な蛇が『実在』している現状は、ノエルの姿が他の人の目にも見えるようになる可能性を、ぐんと高めているのだ。
そうすると期待感も膨らんで、つい背筋を伸ばしてトーリを見つめた。ラビの視線に気付いた彼が、渋々ノエルへと向き直って、質問に答えるべく口を開く。
『言っておくが、俺だって術具の入手手順は知らねぇよ。思い付くのは、通常の術具継承認定で、妖獣師の技量を見る方法が取られている可能性くらいだな』
そう言って、彼が当時を思い出すように、指折り上げ始めた。
『魔力を供給させた妖獣同士を、ぶつかり合わせて勝つか。掛けられている術の魔力を上回る強さで解くか。もしくは術具自体を屈服させて、主人である事を認めさせる』
『通常なら、その三つの形式が代表的な方法だが、どれも無理だな』
ノエルが間髪入れず却下し、ほんの数秒ほど熟考した。よく分からないでいるラビが、小首を傾げて様子を見守っている視線を横顔に受け止めつつ、ふとトーリに提案を返す。
『術が発動して実体化しているって事は、『取りこんでいる』というよりは『所持している』状態じゃないか? それなら、そのまま術具から切り離せるんじゃないかと思うんだが、実際のところ、そいつはどんな感じなんだ?』
問われたトーリが、それは盲点だった、と目を丸くした。ただの獣師でも勝算の可能性がある、という目をラビに向け、それから今度は真面目に思い出しにかかる。
『俺が数回見た感じだと、術具自体が変化しているわけじゃなさそうだったな……うん、あれは掛けられている術自体の【実体化】だ』
改めて自身で確認するように口にし、トーリはノエルへ目を戻しながら続けた。
『言われてみりゃあ、完全に実体化しているんだから、確かに別々の個体って事になる。そうすると、あの大蛇野郎の身体のどこかに、現物の術具があるんだ』
『そうだった場合、魔力供給源になっている術具を、デカい蛇野郎から引き離せば、うじゃうじゃいる蛇共と揃って消えるってわけだ』
「オレらが大蛇から『その首飾り』をゲットする事が出来れば、今起こっている問題は、全部解決するって事でいいの?」
ようやく話が見えてきて、ラビは待ちきれず質問した。ノエルが自信たっぷりの不敵な笑みを浮かべて『その通りだ』と肯定してきたので、大蛇が持っている術具を取るというミッションも、なんだかイケそうだと感じて「よしっ」と意気込む。
すると、それを見たトーリが、ふと我に返ったかのように、前向きではない様子で口を開いた。
『なぁ、そういえば『ラティーシャ様の首飾り』に掛かっている術は、どうするつもりなんだ? 大蛇から引き離すって、物理的じゃなくて魔術的にって話しなんだが……そっちの獣師は【魔力】もないんだから、解除なんて出来ないだろう?』
『それくらいなら、俺が出来る。掛けられている術の魔力自体を、潰せばいい』
当たり前のように言われて、トーリが『ん?』と自身の耳を疑うように首を傾げた。ラビは彼の大きな猫耳が、コテリと右側に向けられる様子が愛らしくて、つい目を留めてしまっていた。
『……ちょい待て。それって大妖獣師の魔力を、無理やり魔力で握り潰すって事だよな? それってさ、普通の妖獣じゃ出来なくね……?』
ノエルは、その質問を完全に無視して踵を返した。『さて、早速行くか』と彼に促されて、ハタと我に返ったラビは「うん」と元気いっぱいに答えて、それから共に歩き出しながらトーリの方へ肩越しに目を向けた。
「色々とお話してくれて、ありがとう。じゃあオレら行くね」
別れを告げるべく手を振ると、トーリが『おいおい、ちょっと待てよッあっさり行くなよ』と、少し焦った様子でふわりと浮遊して付いてきた。
『お前らさ、すごく好戦的なのは構わねぇけど、どうやって大蛇に接近するのか、考えてないだろ。まず、あの小さい蛇共はどうすんだよ?』
めちゃくちゃうじゃうじゃいんだぞ、もう有り得ないくらいの群れなんだ、とまるで説得するようにして言う。
言葉早く尋ねられたラビは、横からこちらを覗き込んできたトーリを、歩きながらきょとんとして見つめ返した。ノエルも訝った目を向けて、露骨に顔を顰める。
大量に現われるという蛇については、身体は脆いらしいし、噛まれなければいい。つまり強敵ではない、という自己解釈に辿り着いていたラビ達は、改めて自身の中のその意思を確認すると、表情そのままにこう答えていた。
「剣でぶっ飛ばして道を開ける」
『用のない雑魚は、手あたり次第ぶっ飛ばす』
『おい、お前ら揃いも揃って物騒な思考してんな。実際の数を見て物を言えよ、そんな簡単に突破出来る量じゃないんだぜ』
思わず、トーリが真面目な顔で突っ込んだ。しかし、言い終わる前にノエルが『背に乗れ』と提案して、ラビも「地上まで一気に出るの?」と尋ねながら跨って、あっという間に来た道を戻って行ってしまう。
その場に残されたトーリは、去っていくラビ達の後ろ姿を、呆気に取られて見送った。そもそも、テメェらは俺の話を聞けよ、と思った。
予想外の珍客過ぎるというか、もう色々と心配である。
『仕方ねぇなぁ……。まぁ面倒だけど、ちょっくら外に出て、なんかないか見てきてやるか』
トーリはそう呟くと、一旦彼らと別方向に進むべく、くるりと回転して、ふっとその場から姿を消した。
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