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二章 王都編~ラビとノエルの話し合い~

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「へぇ、獣師なのかい! 小さいのにすごいねぇ」

 僕はなんでか動物に嫌われるんだよねぇ、と悠長にケイティは話し続ける。

 ラビは購入できたパンがたんまり入った袋を抱えて、彼の隣を歩いていた。話す中で、彼には実年齢よりだいぶ幼く見られているようだと分かったものの、その誤解について修正しようという気も起きなかった。

 もう色々と、なんと言っていいのか分からない複雑な心境である。

 一番驚いたのは、紹介された一軒目のパン屋で、不審な目を一切向けられなかった事だろうか。
 ケイティはこちらの年齢や、王都にきたばかりであるという身から配慮してくれたのか、市民に人気なのだという手ごろな価格の美味しいパン屋さん、というところを教えてくれた。

 店主は恰幅の良い、やけに睫毛が長く目力のある彫りの深い男で、こちらを見て普通に「いらっしゃい」と元気に声をかけてきた。気前よくサービスで多めにパンをもらい、ついでとばかりにサンドイッチまでもらってしまって、今に至る。

 呆気なく目的が達成出来てしまって、ラビは放心状態が続いていた。

 ケイティという男は、もしかしたら金髪金目だろうと、文句を言わせない権力を持っている男なのだろうか……?
 そう勘繰って先程尋ねてみたら、彼は笑って「君は素直だねぇ。そんな事ないよ、僕は運よく少しばかり成功したってだけの、ただの田舎上がりの商人さ」とウインクを一つしてきた。

『……まぁ、近くの飲食店まで紹介してもらえて、良かったじゃねぇか』

 ノエルは、引き続き付いてくる二人の男達の気配にチラリと目を向け、それから、ラビに向かってそう言った。

『その肉が入ったサンドイッチ、後で俺にもくれ』

 うん、それは当然そうするつもりだけど……

 というかノエルは、食べ物につられて、後が良ければ全て良しという普段の気楽さが出ているような気がしないでもないのだ。
 ラビは思わず、隣を歩く親友を盗み見てしまった。

「さて、僕はここまでかな。これから別件で行くところがあってね」

 ちょうど宿の近くまで来たところで、まるでそれを知っていたかのような自然さで、ケイティがそう切り出した。

「王都には、いろんな人間が集まっているからね。さっき親切に声を掛けてくれた二人組みたいな人もいるだろうけど、みんなが皆そうという訳ではない。美味しい物を上げるよ、と言われても、簡単にはついていかないようにね」
「…………」
「あははは、露骨に顔に出るのも面白いなぁ。僕は食べ物で君を釣った訳じゃないから、セーフだよ」

 そう言って、ケイティがハット帽を被り直した。

「これから仲良くしてくれると嬉しいよ。お兄さんみたいに頼ってくれて構わないから、何かあれば僕の会社においで」

 にっこりと笑いかけられて、ラビは「そう簡単に頼っていいもんなのかなぁ……」と呟いて首を捻った。
 するとケイティが、「僕はいつでも、頑張る人の味方なんだ」と含むような独り言を口にして穏やかに笑んだかと思うと、片手を振って人混みにまぎれて行った。

             ※※※

 不思議な男に出会った後、ラビは真っ直ぐ宿に戻った。

 振り返ってみると、ケイティには助けられた部分が多く、話す中で嫌な雰囲気を覚えなかったのも事実だ。広い王都でまた彼と顔を会わせる事があるかは分からないけれど、名刺は大事に仕事鞄にしまった。

 宿の部屋は大きな窓が一つと、ベッド、衣装棚と机があった。室内にシャワールームが付いているタイプのもので、移住者や単身赴任も多い王都では、めずらしくないアパートメントタイプの宿なのだという。

 開いた窓の下からは、王都の賑やかさが入り込んでいた。最上階に近い五階部分という事もあって、地上を行き交う人々の声や馬車の音、商人達の客引きの声はそこまで響いてこない。

 少し前にヒューガノーズ伯爵邸でスコーンを食べていたので、ラビはまだ空腹ではなかった。それに付き合うように、ノエルもすぐにはサンドイッチを要求せず、共に床の上で楽に腰を落ち着けて、しばし窓から吹き込む秋先の涼しい風を感じていた。

『砂っていうキーワードからすると、考えられるのは幻影か、契約を施行した妖獣事態が力で実体化させているかって線だな。そうすると、かなり実用レベルの高い術具になる』

 しばらく経った頃、少し思案する顔をしていたノエルが、ルーファスから聞かされたザイアース遺跡にあるかもしれない『宝』の憶測を口にした。

「術具って、魔術が起こせる道具だっけ?」
『ま、そんな感じだな』

 その道具に込められた魔力が失せない限り、術具の効果は消えず魔術発動は続く。たとえば魔力分の決められた回数だけ攻撃を弾き返してくれたり、暗闇の中で松明代わりに光を起こす物もある。

 ノエルは、そうさらりと語り、推測の先を続けた。

『その遺跡では、蛇が突然現われるってあいつは言ってただろ?』
「うん。ルーファスはそう言ってたね。魔法みたいに、突然大量の蛇が現れるんだって」

 蛇は一部の毒を持っていない小型種を除き、ほとんどが害獣指定されている。攻撃性や大きさによって、指定されている害獣のクラスはそれぞれ異なった。
 そもそも、ルーファスの話だけでは、蛇がどれほどの大きさだったのかも不明である。

 キーワードの中に『砂の蛇』とはあったものの、まさか蛇の形をした生きた砂というのも想像できなくて、プロの獣師が逃げ出すくらいの見た事もない種類の猛毒蛇だったのだろうか、とラビは自分なりに推測を立てているところである。

「その術具を使って、動物を生みだす事も出来るの?」
『幻覚の一種であれば可能だぜ。とはいえ、人間がこの世界で見た事がないだけで、俺らの知る【妖獣】の姿を模っているってパターンがほとんどだな』

 よく絵本に書かれているような火で出来た鳥も、妖獣世界には当たり前にいるらしい。水の中ではなく、空気の中を泳ぐボールのような魚もいれば、半透明の虫や、七色に点滅を繰り返す動く植物生命体もいる。

 その話を聞いて、ラビは一つ質問をしてみた。

「じゃあ、砂で出来た蛇もいたりするの?」
『砂くらい小さい物質で形作られたモノは、見た事がねぇな。俺ら妖獣も、人間界でいうところの生物で動物だ』

 そこがよく分からねぇ、とノエルは優雅に伏せたまま尻尾を大きく振った。

『今回の『砂の蛇』に関しては、正直言うと蛇そのものの情報が少な過ぎて、今の時点ではなんとも言えねぇんだ。そのプロの獣師は、本物の亡霊だと口にしていたようだが、未知の蛇だからそう口にしたのか、生物ではない形だけの魔術を見てそう表現したのか、分からねぇ』

 語るノエルは、特に残念そうな表情もする事無く、ひどく厄介だという顔をする事もなく、ニヤリと口角を引き上げていた。その術具に関しては、何かしら期待出来る要因が他にあるようだと察して、ラビは質問を控えて、彼の続く言葉を待った。

 ほんの少し、思案を働かせるように窓の方を眺めていたノエルが、考えがまとまったように一つ頷いてこちらを見た。

『足を踏み入れてすぐには発動しないとなると、単純に仕掛けられるような攻撃系術具ではないだろうな。恐らくは妖獣師が術を行使する際の、魔力を補ったり、時には手助けさせるためにずっと身に付けていた物だろうと思う』
「どうしてそこまで絞り込めるの?」
『本来、設置した状態で発動するタイプの術具ってのは、弾いたり落としたりと単純だ。そもそも、突然大量の幻覚を出したりするほどの魔力――エネルギーを貯め込めない物がほとんどなんだ』

 ラオルテの町で見た【月の石】も、簡易術具の原材料の一つではある。あれを砕いて作る防御系の術具があり、その場合、害獣の牙を弾ける回数は三回が限度だという。

『発動回数が少なかったとしても、一般で出回っていた術具で、何百年も効果が続く物はない。それでいて、今回のはわざわざ遺跡の奥にしまわれているらしい代物だろ? とすると、妖獣師本人でさえ処分できなかった、遺品みてぇな可能性も高いってわけだ」

 魔力が強い術具ほど、一度作られてしまえば壊す事も出来ない強度を持ち、それを扱える妖獣師も限定されてくる。彼らは、自分の術具の継承者がいない場合、他界する前に保管場所を記した遺言書を弟子に預けた。

 使用者が他界して随分経った頃に、その術具を使える継承者が出てくる場合もあった、とノエルは話した。

『それくらいのレベルの妖獣師が身に付けていたとなると、相当な魔力をたんまり持った術具とも期待出来る。ほぼ全部の魔術に対応出来る代物がほとんどだからな、自動防衛機能が働いて、遺跡で魔術反応を起こしているとも考えられる』

 難しい話はよく分からないが、つまりは妖獣であるノエルの知識と経験からすると、ザイアース遺跡にあるのは、凄い妖獣師が使っていたかもしれない装飾品の形をした術具、というのが推測であるらしい。

 その術具の持ち主であった妖獣師が、宗教的な意味合いをもった遺跡を選んで隠したと考えると、その可能性は十分にあるのだという。何故なら、継承者がいない場合は、そういった特殊な術具をそのように隠す者もあったからである。

 ザイアース遺跡は、これまでプロの獣師や調査団も逃げ帰ったらしいが、ラビは前向きに頑張る決意を固めた。もしかしたら本当に、ノエルの姿が、彼の意思で他の人間の目にも映るようになるかもしれない。

「特別な術具だとすると、『砂の亡霊』って蛇だけじゃない可能性もあったりする?」
『その可能性はあるだろうな。とはいえ、術具を隠した妖獣師が、自分で魔術を仕掛けていて、それが蛇の姿を模っているとしたら、その可能性は消えるけどな』

 今の獣師と同じように、鳥や犬など、自分が扱う妖獣の種類を限定していた妖獣師もいたのだという。
 
『そもそも遺跡ってのは、もともと特別な場所であるほど、侵入者を許さないための対策が取られている。閉じ込めるくらいならまだしも、大抵は制裁のごとくシャレにならない仕掛けがされてる場合が多いからな、両方の意味で注意しておいた方がいい』

 そこで、ノエルが重くなりかけた場の空気を変えるように、おかしそうに牙を覗かせて笑った。

『その術具が、俺の予想している物だとすると、ルーファスが言っていた『財宝としての価値はない』って推測はひっくり返るぜ』
「え、なんで?」

 本当は歴史的な価値があるものなのだろうか、と思ってラビは首を捻った。

 すると、それを表情から察した彼が『妖獣師が存在していた記録は残っていねぇんだ。歴史的に価値があるかと言われても、俺には分からねぇよ』と言って、こう続けた。

『簡単に言っちまえば『遺跡の宝』には、本物の、最高純度の宝石がはめられているって事さ」

 宝石と聞いた瞬間、ラビは「え」と声を上げてしまった。

「待って待って、術具に宝石を使うの?」
『元々、大地で長い年月をかけて自然に産み出される宝石は、魔力を貯め込みやすい性質なんだよ。俺の知っている妖獣師が身に付けていた首飾りだって、現在の価値に換算しても、城一つが簡単に買えちまうくらいの価値がある」
「お城!?」

 ラビは、思わず叫んでしまった。

 首飾り一つで城が買えてしまうなんて、本当にあるのだろうか?

『落ち着けって。今と違って、当時の連中は宝石を金銭価値では見ていなかった。術具に含まれる魔力が強いほど、それを扱える妖獣師も限られるから、制御出来ない妖獣師や一般人からしたら災いや呪いの産物みてぇに『どうぞどうぞ持っていって下さい』ってな感じでもあった』
「宝石がそんな扱いをされるなんて、なんだか変な時代だね……」
『人間が定める価値ってのは、その時々の文化で変わる傾向にあるからな。当時は黄金や銀に次いで貴重だった鉄も、今の時代じゃ、普通に生活用品として出回ってる』

 そういうわけで、とノエルは脱線した話を戻すように、こう述べた。

『あの遺跡にあるのが、俺の予想しているような術具だとしたら、この時代まで魔力反応が続いているとなると、王族クラスが持つ最高級の宝石である可能性もあるってこった』

 あっさりとそう口にした彼が『面白いよなぁ』と笑うそばで、ラビは「お城が買えるくらいの宝石かぁ……」と想像もつかない宝石を思い浮かべて、ちょっとばかり不安になった。
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