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一章 王宮に到着したラビ達(2)
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王宮騎士団の総隊長というのは、簡単にいえば騎士をとりまとめるトップである。護衛騎士、近衛騎士隊のみならず国の軍部を統括する役割も担っており、その執務室は王宮内の管理された一角に存在していた。
出入りする人間や人数に規制があるとの事で、一旦ヴァン達を近くで待機させ、ラビはセドリットとユリシスと共に、ルーファスが待つ総隊長執務室がある廊下を進んだ。そこは、先程まで歩いていた廊下とは打って変わり、人の行き来が全くなくて静まり返っている。
廊下だけでなく天井や壁、窓ガラスの隅々まで磨き上げられており、固い床にセドリック達の軍靴があたってコツコツと音を立てた。窓が閉め切られているせいで、廊下は閉鎖的な空間に仕上がっているため慣れない独特の静寂が満ち、そこに三人分の足音が鈍く響き渡る。
王宮というのは、随分と金がかかっているところらしい。
人混みを抜けた事で緊張を解いたラビは、セドリックとユリシスの前に出て、好奇心から視線を忙しなく辺りに向けていた。本来は別荘となっているホノワ村の伯爵邸の他は、立派な建物も知らないので、支柱だけでなく廊下の天井にまで装飾がされているのには驚いた。
「こっちは全然人がいないんだな」
『規制がされているくらいだからな、それなりの厳重区域なんだろ。とはいえ、ここまで人払いがされるってのも珍しいがな』
隣を歩くノエルも、鼻先を動かせながら辺りを見渡した。ここにいるのは、彼の存在を知っている人間だけなので、ラビは気がねなく目を向けて「ふうん、そうなんだ?」といつものように相槌を返した。
『軍だろうが貴族だろうが、組織ってのはだいたい同じようなもんだ』
「つまりノエルは、全く人が出歩いていないのが気になるの?」
『普通なら、許可を与えられている階級の人間くらいは出歩いてる。それほど大事な話がしたいのかと勘繰っちまうし、兄の方は、弟よりも頭が回るからな。俺としては、ちょっと思うところもある』
ノエルは言葉をぼかして、はぐらかすように尻尾を揺らした。
一見するとラビ一人だけが話しているような光景を、しばし見守っていたセドリックが「ラビ」と呼んだ。
「そこにノエルがいるんですか?」
「うん、オレの隣にいるよ」
ラビは肩越しに振り返り、親友がいる場所を指差した。ついでに、その大きな頭をぐしゃぐしゃと撫でると、ノエルがまんざらでもなさそうに『ふふん』っと胸を張った。
まるで何かを撫でるようなラビの指先へ、セドリックは目を向けた。彼の隣にいたユリシスも、そこに何かがいるのかじっくり探すように目を留めたが、少しもしないうちに美麗な顔を顰めた。
「あれだけ食べる大型獣だというのに、影一つないとは不思議なものです。足跡も残らないですし」
『足跡は残さないようにしてんだよ』
大食らいという自覚があるノエルが、相手が見えないと知りつつも舌打ちして言い返した。それを見たラビは、通訳してやろうと思って、ユリシスへ視線を移した。
「ノエルが、足跡は残さないようにしてるんだって言ってる」
伝えるだけなので、ラビは意識もせずそう言った。
警戒心も敵対心もなく、素の表情でコテリと首を傾けるのを、ユリシスがどこか珍しそうに眺める。普段から彼女の素直さを見ているセドリックは、小さく苦笑し、困ったように微笑んだ。
「ラビ、ノエルは本当に不思議な存在ですね」
「うーん、……ノエルは普通に物にも触れるから、オレには、みんなが見えてない方が不思議でもあるというか」
彼の尻尾が踏まれそうになると、いつもハラハラする。
思い返す表情でそう小さく呟いたラビを見て、セドリックとユリシスは、今更気付いたといわんばかりに顔を見合わせた。
「……そういえば、幽霊のようであったらラビは触れないな……?」
「……実在しているのに、姿だけが見えないというのも、やはり奇妙な話ですね」
『俺は霊体じゃねぇよ。何度も言ってるが、お前らが見えてないだけだってのッ』
すかさずノエルが突っ込み、踵を返して長い尻尾を振った。それで腰を打たれたユリシスが、咄嗟にバランスを取って転倒を免れてすぐに「獣的な尾を感じましたが!?」と自分の周りに目を走らせる。何物かが動くような風を感じたセドリックも、足を止めて彼の周りを見てしまう。
ラビはそんな彼らを振り返り、阿呆なんじゃなかろうか、という顔をして眉を寄せた。
「そりゃ、ノエルが尻尾で打ったんだから、当然だろ?」
「露骨に阿呆を見る目を寄越すのはおよしなさい。飼い主としては先に謝るか、犬を嗜めるのが先でしょうに」
『ペットじゃねぇよ。真っ先にご自慢の顔面から噛み殺すぞ、眼鏡野郎』
「つまり僕らも、今の状態でも触れるという事ですよね?」
『おいコラ、真顔で何言ってんだ伯爵家の次男坊。触らせねぇからなッ』
辺りを探す素振りを見せたセドリックを前に、ノエルが顔を引き攣らせて飛び退いた。勢いよく動いたため、それは窓も閉め切られた廊下に突風のような強い風を起こし、三人の髪と服をはためかせた。
思わず身動きが取れなくなった男達の向かいで、ラビがきょとんとした様子で、自分の背中に回ったノエルを見つめた。
「…………」
しばし、それぞれの無言状態が続いた。
姿が見えないだけで、実体としてそこにいるモノではあるらしい。そう今更のように半ば理解し、セドリックとユリシスは言葉なく目配せした。つまりやろうと思えば、歩く土の上に足跡を残す事だって当然のように出来るのだろう。原理は不明である。まるで魔法のようだ。
ノエルが空を飛べる事を知ったというのに、その点に関して深く考えようとしていないばかりか、全く疑問にも覚えていないラビは、固まってしまった男達に「それよりも」と告げて話を戻した。
「目的地の執務室って、どこなの?」
彼女は長い廊下に並ぶ複数の立派な扉へ指を向けて、そう尋ねた。
出入りする人間や人数に規制があるとの事で、一旦ヴァン達を近くで待機させ、ラビはセドリットとユリシスと共に、ルーファスが待つ総隊長執務室がある廊下を進んだ。そこは、先程まで歩いていた廊下とは打って変わり、人の行き来が全くなくて静まり返っている。
廊下だけでなく天井や壁、窓ガラスの隅々まで磨き上げられており、固い床にセドリック達の軍靴があたってコツコツと音を立てた。窓が閉め切られているせいで、廊下は閉鎖的な空間に仕上がっているため慣れない独特の静寂が満ち、そこに三人分の足音が鈍く響き渡る。
王宮というのは、随分と金がかかっているところらしい。
人混みを抜けた事で緊張を解いたラビは、セドリックとユリシスの前に出て、好奇心から視線を忙しなく辺りに向けていた。本来は別荘となっているホノワ村の伯爵邸の他は、立派な建物も知らないので、支柱だけでなく廊下の天井にまで装飾がされているのには驚いた。
「こっちは全然人がいないんだな」
『規制がされているくらいだからな、それなりの厳重区域なんだろ。とはいえ、ここまで人払いがされるってのも珍しいがな』
隣を歩くノエルも、鼻先を動かせながら辺りを見渡した。ここにいるのは、彼の存在を知っている人間だけなので、ラビは気がねなく目を向けて「ふうん、そうなんだ?」といつものように相槌を返した。
『軍だろうが貴族だろうが、組織ってのはだいたい同じようなもんだ』
「つまりノエルは、全く人が出歩いていないのが気になるの?」
『普通なら、許可を与えられている階級の人間くらいは出歩いてる。それほど大事な話がしたいのかと勘繰っちまうし、兄の方は、弟よりも頭が回るからな。俺としては、ちょっと思うところもある』
ノエルは言葉をぼかして、はぐらかすように尻尾を揺らした。
一見するとラビ一人だけが話しているような光景を、しばし見守っていたセドリックが「ラビ」と呼んだ。
「そこにノエルがいるんですか?」
「うん、オレの隣にいるよ」
ラビは肩越しに振り返り、親友がいる場所を指差した。ついでに、その大きな頭をぐしゃぐしゃと撫でると、ノエルがまんざらでもなさそうに『ふふん』っと胸を張った。
まるで何かを撫でるようなラビの指先へ、セドリックは目を向けた。彼の隣にいたユリシスも、そこに何かがいるのかじっくり探すように目を留めたが、少しもしないうちに美麗な顔を顰めた。
「あれだけ食べる大型獣だというのに、影一つないとは不思議なものです。足跡も残らないですし」
『足跡は残さないようにしてんだよ』
大食らいという自覚があるノエルが、相手が見えないと知りつつも舌打ちして言い返した。それを見たラビは、通訳してやろうと思って、ユリシスへ視線を移した。
「ノエルが、足跡は残さないようにしてるんだって言ってる」
伝えるだけなので、ラビは意識もせずそう言った。
警戒心も敵対心もなく、素の表情でコテリと首を傾けるのを、ユリシスがどこか珍しそうに眺める。普段から彼女の素直さを見ているセドリックは、小さく苦笑し、困ったように微笑んだ。
「ラビ、ノエルは本当に不思議な存在ですね」
「うーん、……ノエルは普通に物にも触れるから、オレには、みんなが見えてない方が不思議でもあるというか」
彼の尻尾が踏まれそうになると、いつもハラハラする。
思い返す表情でそう小さく呟いたラビを見て、セドリックとユリシスは、今更気付いたといわんばかりに顔を見合わせた。
「……そういえば、幽霊のようであったらラビは触れないな……?」
「……実在しているのに、姿だけが見えないというのも、やはり奇妙な話ですね」
『俺は霊体じゃねぇよ。何度も言ってるが、お前らが見えてないだけだってのッ』
すかさずノエルが突っ込み、踵を返して長い尻尾を振った。それで腰を打たれたユリシスが、咄嗟にバランスを取って転倒を免れてすぐに「獣的な尾を感じましたが!?」と自分の周りに目を走らせる。何物かが動くような風を感じたセドリックも、足を止めて彼の周りを見てしまう。
ラビはそんな彼らを振り返り、阿呆なんじゃなかろうか、という顔をして眉を寄せた。
「そりゃ、ノエルが尻尾で打ったんだから、当然だろ?」
「露骨に阿呆を見る目を寄越すのはおよしなさい。飼い主としては先に謝るか、犬を嗜めるのが先でしょうに」
『ペットじゃねぇよ。真っ先にご自慢の顔面から噛み殺すぞ、眼鏡野郎』
「つまり僕らも、今の状態でも触れるという事ですよね?」
『おいコラ、真顔で何言ってんだ伯爵家の次男坊。触らせねぇからなッ』
辺りを探す素振りを見せたセドリックを前に、ノエルが顔を引き攣らせて飛び退いた。勢いよく動いたため、それは窓も閉め切られた廊下に突風のような強い風を起こし、三人の髪と服をはためかせた。
思わず身動きが取れなくなった男達の向かいで、ラビがきょとんとした様子で、自分の背中に回ったノエルを見つめた。
「…………」
しばし、それぞれの無言状態が続いた。
姿が見えないだけで、実体としてそこにいるモノではあるらしい。そう今更のように半ば理解し、セドリックとユリシスは言葉なく目配せした。つまりやろうと思えば、歩く土の上に足跡を残す事だって当然のように出来るのだろう。原理は不明である。まるで魔法のようだ。
ノエルが空を飛べる事を知ったというのに、その点に関して深く考えようとしていないばかりか、全く疑問にも覚えていないラビは、固まってしまった男達に「それよりも」と告げて話を戻した。
「目的地の執務室って、どこなの?」
彼女は長い廊下に並ぶ複数の立派な扉へ指を向けて、そう尋ねた。
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