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六章(5)急展開した事件と、二人の『聖女』

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「…………やっぱりだめだわっ」

 突然声を出したシルフィアに、アードリューが車窓に寄りかからせていた腕を落とした。

「な、なんだ急に」
「殿下、やはり私まで王都を出るのはいけないと思うのです。聖女の魔法に対応できるのは私だけです。それに彼女の暗示が一度霧とは限りませんっ」

 バミュロは『一回限り』というようなことを言っていたが、シルフィアもゲームと違いすぎた。あれだけ運動をしたのに身体は元気だ。

 けれどシルフィアは、モブだ。所詮ヒロインにはなれない。

 主人公のレイニアは初めから魔法が使えた。もっと、何かできることがあるのではないだろうか。

「勘づいて逃げ出したというのなら、他にも味方を作る可能性はありませんか?」

 予測がつかない。だからこそ対処できるシルフィアがいた方がいい。

 それはアードリューも同意のようだ。

「そうだな、実は私もミュゼスター公から聖女の力のカラクリを知られた時から、何やら胸騒ぎがしている――一度、戻ろう」
「殿下っ、ありがとうございます!」

 考えていた顔を上げたアードリューが、駆け寄ろうとしたシルフィアにギョッとして「やめなさいっ」と慌てて言った。

「早馬の馬車が走っているのだぞ、危ない」
「あ……そうでした」

 上等すぎてそこまで激しい揺れを感じなかったから、つい……とシルフィアは小さくなって座り直す。

「はぁ……慕われるのが好きなクラウスの好みそうな女性だ……」
「はい?」

 口元を手で覆った彼がごにょごにょと言って、よく聞こえなかった。

 彼の指示で馬車が来た道を戻ることになった。だが馬車の向きを変えるため動きだしたところで、人の声が聞こえ、動きが止まった。

 扉が外から少し開かれ、白髪交じりの第一王子護衛騎士部隊長が顔を覗かせる。

「殿下、ミュゼスター公の部下から至急の連絡が」
「許可する。通せ」

 彼は「はっ」と答えると、黒い軍服の男を呼ぶ。

「火急の知らせです! 大変なことになると、閣下から……!」

 彼が動揺を隠せない様子で報告したのは、レイニアが大神殿に向かったことを掴んだという白騎士部隊からの情報だった。

 それを受け、ミュゼスター公はクラウスの部隊と自分の部隊、それから追って召喚師団特務隊や魔法師団にも緊急指令を発した。

『大神殿にある【神聖なる祈りの場】は、聖女にとって力の増幅器になると推測される。そこであの魔法を実行されたら、どのくらいの範囲にいる者が一斉に影響を受けてしまうのか分からない』

 大神殿で、聖女が使っていたとされる神聖な場所。

 追われる身となったレイニアは、状況をひっくり返すため、そこから例の魔法を行うつもりなのではないかとミュゼスター公たちは警戒したようだ。

 ――その可能性は、かなり高い。

 聖女の力のカラクリを聞いたあとだったので、シルフィアは理解して震えが込み上げるのを感じた。

「か、彼女……おかしいわ。魔法で自分の都合のいいような状況にしてしまうつもりなの? みんなを守らないとっ」

 攻略対象だけでなく、ここで生きているすべての者たちを。

「そのつもりだ――我々もレイニア嬢を急ぎ追う! 荷を軽くしても構わない! 全速力で大神殿へ向かえ! 魔法が使える者はどんどん先へ進むんだ!」
「御意!」

 軍服の違う護衛騎士たちが半分、魔法で消えた。

 残った者が無駄のない動きで馬車と馬を軽くし、馬車と騎馬は激しさを増して大神殿の方向へと猛進した。

(――クラウス)

 どくんっと心臓が不安の鼓動を打つ。

 大神殿は、王都の土地を越える手前のバンフーク市にあった。

 重要な場所は制限魔法がかれられているので、大神殿の少し手前の到着になるとはいえ随分先に出発してしまったレイニアに追いつく。

 とはいえ白騎士部隊は、駿馬の扱いに長け速力がある部隊でも有名だ。

 シルフィアは彼が心配でならなかった。

◆◆◆

 バンフーク市に入ると、そこの警備隊が住民たちに何やら避難勧告を発令していた。

 シルフィアは胸が不安で壊れるのではないかと思うほど緊張した。

 第一王子の護衛騎士部隊が道を開かせて進むと、大神殿の前はパニックになっていた。騎士や魔法使いたちが、神官たちと争っている。

「いったい何が起こっている!」

 アードリューが馬車から飛び降りようとした時、馬を翻らせて飛んできた魔法攻撃を剣で弾いたのは――リューイだった。

「リューイ!」
「はあ!? なんでシルフィアまでっ」

 リューイがハッとして飛んでくる魔法攻撃を弾いた。

「殿下はどうか下車なさらないように! 危険です!」

 護衛騎士たちも馬車の周りを騎馬で囲んだ。アードリューが悔しそうにして、それからリューイに聞く。

「今、いったいどういう状況なのだ」
「第二王子殿下たちはまだご到着されていません。優秀な召喚師団が一番に、それから魔法師団のあとで、我々白騎士部隊が到着しました。その時にはすでにこのような状況で」
「ここに突入したの? クラウスは? 彼はどこなのっ」

 まるで戦争だ。シルフィアは血の気が引く。

「分からない。聞いた話によると、地元の治安部隊が要請を受けて魔法が使える連中と先に乗り込んだが、その時に聖女が大神殿に足を踏み入れて何か叫んだ途端、そこらにいた神官たちが全員俺たちの敵になった、と」

 ああ、なんてことなの、シルフィアは胸が詰まった。

 軍人たちが「急にどうしたんだ!」「武器を降ろせ!」と説得しながら、怪我をさせるわけにもいかず神官たちからの攻撃魔法などを防いでいる。だが神官たちは濁った目で神棒を振るい続けて暴力的だった。

 見ていられない。シルフィアは馬車の扉に手をかけ、飛び降りる。

「アードリュー殿下っ、私、行ってきます!」
「はああああああ!?」

 叫んだのはリューイだった。

「君の覚悟はしかと聞いた、行くといい!」
「ちょ、待って待って殿下、護身の術さえ持たないシルフィアを放り込むなんて――」
「彼女は聖女の魔法を打ち消せる〝浄化の力〟を身に宿している」
「はぁっ!?」

 ひとまずリューイは、馬の上からシルフィアのドレスの袖を掴んで引き留めた。

「我々には彼女が必要なのだ。頼む」
「でも彼女はたんにクラウスのことが――」
「リューイ、お願いっ、行かせて!」

 二人に同時に言われたリューイが、一瞬の迷いに息を詰め、それから承諾の息を吐いた。

「分かった、俺が大神殿まで送り届ける」
「ありがとう、リューイ!」

 差し出された彼の手を握ると、ぐいっと馬へ引き上げてくれた。

「ったく、連日のの外出といいなんとなく状況が見えてきたよ。無茶だけはするなよ」

 無理だ、今が無茶をする時なのだ。

 みんなの人生がかかっている、こんな時にしないで、どうするのだとシルフィアは思った。

(私もただのモブだけど――あなたたちと一緒に抗うわ)

 シルフィアを前に乗せたリューイが「はっ」と思いきり軍馬を走らせ、騒ぎの中へと真っすぐ向かった。

 彼は駿馬の足を活かして次から次へ神官の魔法攻撃を避ける。

「きゃっ」

 飛んできた矢をリューイが目もむけず抜刀して打ち払った。

「だから言っただろ。こういうところはさ、本来お前がいるべきではないんだよ」
「も、戻らないわよ!」

 シルフィアは意思の強さを示す。リューイが「へいへい」と気のない返事をしながら、剣を握った手を手綱へと戻して馬を繰った。
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