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四章(4)聖女とモブ転生者、そして気が気でない白騎士様

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 遠くから見られていたことがあったみたいだ。つまり嫉妬……と想像してシルフィアはみるみるうちに赤くなる。

「君が感じた通りだ。君はとても大人び子供だった。でも俺は、リューイたちと楽しそうに話しているのを見ると『俺の方が話したいのに』と思った。君との時間が持てるなり、話すことに意識が向きすぎて君ときちんと会話するという余裕が持てなかったほどだ。――帰る時に、また俺ばかり話してしまったと反省した」

 クラウスはシルフィアの手にちゅっとキスをする。ぶわりと頬の体温が上がった。

(そんなこと、知らない)

 二人はただ家同士が決めた婚約者というだけではなかったのか。

 ゲームではそうだった。それはこの人と結婚しなければ、という強い想いではなかったからシルフィアはクラウスに振られる。

(それなのに――……)

 クラウスが手に頬をすり寄せるのを、どきどきして見つめる。

「シルフィア。俺は、君の人となりが好きだ。頑張ってレディとして振る舞わなくともいい、きっと年の差ゆえだろうが、自然体の君が俺は愛おしい」

 そっと持ち上がったクラウスのブルーの目に熱く映し出されて、シルフィアは心臓がどっくんとはねる感覚がした。

「好きだ。俺に向ける優しさも、全部。俺の知らなかった君を知れていくたび、もっと好きになる。こうして話していたい、今みたいに可愛く頬を染めた表情も見たい、いつだって君に触れたいと思ってる」
「……婚約者なのですから、こうして触るのはしていいんです」
「手なら、唇で触れるのもいつでもいいと?」

 クラウスが少し手の角度を変えて、唇を押しつける。

 熱い視線に、ドレスの内側まで全部見られている気がした。彼の色気に胸がばくばくして耳にも鼓動が響いてくる気がする。

「じゃあ耳も?」
「えっ、耳? も、もちろんです」
「それから唇で、唇にも?」
「い、いちいち確認しなくても、クラウスなら触っていいですからっ――ン」

 もう恥ずかしすぎて叫んだ直後、シルフィアは引き上げるみたいにクラウスに腰ごと抱き寄せられて、深く唇が重なり合っていた。

 つっと唇を撫でた彼の舌に、甘くて幸せな気持ちがじんわりと胸に響く。

 好きでしてくれている。それを思ったらたまらなくなって、シルフィアも自分から彼を受け入れるべく唇を差し出していた。

「可愛い。何もかも、愛らしくてたまらなくなる」

 気づいたクラウスが、シルフィアの唇をはむ。

「んんっ」

 キスをしなから耳の後ろを指でくすぐられて、ぞくんっと腰が甘く震える。すると角度を変えた際、彼の舌が優しく差し込まれた。

 予感していた深くて甘いキスに、シルフィアはうっとりとした。

(気持ちいい……)

 白騎士の口づけは頭の中がふわふわとしてしまうほどいやらしくて、甘い。耳朶や首の後ろを彼に指で撫でると、キスがもっと気持ちよくて困った。

「ん、んぅ……ぁっ……ん、んっ」

 彼に身体の奥の欲望を引きずりだされるみたいに徐々に深く、食べ合うかのようにキスは刺激的になっていく。

「そう、上手だ、もっと――」

 つたなく舌をそっと押し当てると、彼は自分のそれでしごいた。誘うみたいに絡められ、シルフィアも必死についていこうと蛇みたいに舌を絡ませる。

 気づいたら二人は、車内で抱きしめ合ってキスに溺れていた。

 求められることに心が熱く震えている。そして『もっと』と、彼に与えられるこの甘い感覚を味わっていたい。

 不意に、奥を強く吸われて腰骨がびくびくっと震える感覚がした。

「んんぅっ」

 びっくりした拍子に「ぷはっ」と唇が離れる。

「――すまない、加減ができなかった」

 どういう意味なのかシルフィアは分からなかった。

 身体に力が入らなくて震えている感覚があった。抱き支え、こちらを見つめ返してしくるクラウスも呼吸が上がっている。

「宿に、また寄らないか」

 シルフィアはかぁっと顔の熱が上がった。

 婚約者たちが密に関係を深める個室――先日の光景が浮かぶ。

「俺は一度君を傷つけた。だから、まだ認められていないのは判るが……君が触れていいと言ってくれた。今、許される範囲まで、触りたい」

 彼がシルフィアの金髪を手ですくい、強く唇を押しつける。

(――そんなことを言うなんて、ずるいわ)

 まるで騎士が愛する女性に懇願する姿だ。

 嬉しさに胸がはちきれそうだった。主人公と出会ったあとも、彼は未来の妻になると人としてシルフィアを特別な女性に位置づけていた。

 そうして今、『触れたい』と心から切に願ってくれている。

(謝罪するのは私の方だわ。ゲームで知っているからと、高をくくって彼をつっぱね、信じなかった)

 彼を傷つけた。その傷が癒えるのなら、シルフィアはなんだってする。

「……状況を利用するようで悪いだとか、思わなくていいんです」

 シルフィアは胸の大きな鼓動を聞きながら、彼の頬に手を添えた。

「あなたは、私の婚約者ではありませんか。あなたが望むのなら……クラウスなら、どこだって触れていいんです」

 クラウスがゆるゆると目を開く。触りたくてたまらないという熱が増し、彼の目の奥は一層ゆらゆらと揺れるのが笑みた。

「それは……いいのか? つまり結婚相手として、認めてくれると?」

 胸が大きな鼓動を打つのを感じながら、シルフィァはこくん、と頷く。

 彼を拒む理由は、もうどこにもなくなってしまった。

 そして幼い頃からシルフィアが、彼に特別な想いも期待も抱いていけないと自分に言い聞かせていた気持ちも。

「そんなことを言われたら、止まれない。全部見たくなってしまう、……この前見られなかった、全部を」

 クラウスがじわりと頬を赤くし、隠すみたいに顔をそむける。

(なんて、――可愛い人なの)

 その仕草が、シルフィアの胸にきゅんときた。

 大人の男性としても、騎士としても完璧な人であるのに自分はみんなが知らない彼の姿を見ている。そう思ったらきゅんきゅんが止まらなくなった。

「……言ったではないですか。婚約者のあなたなら、どこでも」

 覚悟を決めるように胸元で手を握って伝えた。

 するとクラウスがシルフィアを強く抱きしめてきた。

「言ったな? もう、変更はきかないからな」

 彼は御者席側に合図を出し、すぐ行き先を変更して宿へと馬車を向けた。
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