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四章(3)聖女とモブ転生者、そして気が気でない白騎士様

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「君がクラウスとバクザの強烈な暗示を解いた。神から力を授けられ誰にも太刀打ちできない聖女の暗示を解けるのは、同じ〝浄化の力〟だけ。つまり……どうやら君も聖女の〝浄化の力〟を持っている」

 シルフィアは強い緊張でスカートを握った。

「原因は不明だが、君の浄化の力にあてられてレイニア嬢の魔法が消えた、と推測する方が腑に落ちる」

 確かにその通りだ。そしてシルフィアはその『原因』に思い当たることがあった。

(たぶんこれ……私が転生者のせいかも)

 本来だと、主人公だけが持つ聖女の力。

 シルフィアは前世の記憶を持っている。それがゲームと違う設定を生んでしまったのだろうか。

「聖女が二人なんて聞いたことがない。異例で二人なのか、それとも浄化の力が一部宿ってしまったのか。それを確認できるのは今のところ大神殿だけだ」
「まさか……私にも確認を?」
「いや、しない。聖女に気づかれたくないのが第一の理由、そしてその時間さえ今は惜しい状況にある」

 ほっとしたのも束の間、アンドリューが膝に手をつき、頭を下げてきてシルフィアは息が詰まった。

「急なことで君も混乱しているだろうが、正式に協力を頼みたい。残る五人も同じように治して欲しい」

 本来、王子が頭を下げるものではない。

 けれど彼の胸の内の苦しさが、シルフィアは手に取るように伝わってきた。

「原因不明の現象が君の存在によって消えたことは事実だ。君なら、今起こっているおかしな状況を元に戻していくことができる……ハーレムには我が弟、第二王子アルベリオもいる。このままでは王位継承も危うい」

 ――信じて、弟に国の未来を託した。

 きっと彼だけではないのだろう。他の攻略対象たちも行く先をかなり案じられている状態になっているのだ。

 ミュゼスター公の目を見れば、微笑みの眼差しの奥に『頼みたい』という芯の強さを感じた。

「……分かり、ました。私にできるか保障はありませんが、せいいっぱい努めます」
「ありがとう。明日彼らが戻り次第一人ずつ会えるよう我々で手筈を整える。追って知らせる」
「お、お待ちくださいっ」

 その時、クラウスがテーブルに手をついて半ば腰を上げた。

「シルフィアが五人を元に戻すというのは……つまり、あと五人の男と会わせなくてはならないということですか!?」
「当然だろう。会わないと彼女の身体に宿った浄化の力は作用しない」

 アードリューが疑問を覚えた顔をする。するとそばでミュゼスター公がくつくつ肩を揺らして「そういう意味合いではないと思いますよ」と呟いた。

「白騎士、君は私も目にかけているシルフィア嬢を振ったことをお忘れかな?」
「うっ、……申し訳ございません」
「君がどういう状況なのかは私も知っている。こういう時こそ誠意を見せるべきでは? 償いを払うと思って行動で示したまえ」

 ミュゼスター公はとてもいい笑顔だったが、反論の余地も与えない言い方にバクザが「あー……」と同情的な目になる。

「……分かりました。彼女の活動に協力します」

 シルフィアは、そう答えたクラウスにどきりとした。

(誠意を見せるつもりなの? 過去を反省して……?)

 そこまで、クラウスは自分と結婚したいと思ってくれているのだ。シルフィアは密かに甘く鼓動する胸を抑える。

 償いも、結婚への誠意の言葉もこれまででじゅうぶんだ。

 だって彼が反省することなんて、何もないのだから。


 話は終了となった。予定が確定次第、知らせを出すと言われてシルフィアはクラウスと共に先に第一王子の執務室をあとにした。

 帰るべく王宮内を歩く間も、ぎこちない空気だった。

 馬車に乗り込んだものの、クラウスが御者に声をかけるまで二人の間にあったのは沈黙だ。

「ごめんなさい、クラウス」

 馬車がゆっくりと動きだしてすぐ、シルフィアは、溜め込んでいた言葉を真っ先に出した。

 向かいでクラウスが、驚いたように目を丸くする。

「『結婚しない』と言ったのは自分の意思ではないと、そう告げてくれでしょう?」
「あ、ああ、そうだが」
「私はその言葉を信じてあげられませんでした。いつもと目の感じが違っていたのに、私……ずっとあなたの婚約者だったのに、本当に申し訳なく思っています」

 ぐっとこらえたものの、最後は溜息交じりにそう告げた。

(私が、自分は振られるモブ役であることばかり考えていたせいで)

 クラウスがハーレムに加わったのは、彼の意思ではなかった。信じてくれと言った彼真向から疑い、あまつさえ突っぱねる心構えだった。

「すぐ信用しなくて、本当に、ごめんなさい」

 申し訳なさが胸を突く。彼を傷つけた。謝ることしかできなくて、シルフィアは俯き心から頭を下げた。

「謝らなくていい。だから、頭は下げないでくれ」

 馬車が少し揺れ、ハッと顔を上げた時にはクラウスが隣に移動していた。シルフィアの肩を労わるように軽く抱く。

 覗き込まれた気遣う眼差しにシルフィアは胸がいっぱいになる。

 主人公に向けられるはずの視線が、偽りなく自分に向いているのだと、今は分かっていたから。

「でも」
「いいんだ。それだけ俺が、君からの信用を得ていなかったせいだろう」
「そんなことはありません! あなたは誠実です!」

 シルフィアは、座っていても見上げるほど高い彼の顔を覗き込む。

「クラウスはいつだって正しい行いをしてきました。白騎士になるために、どんな人の何倍も努力していました、私はそれを尊敬していたんです」

 だから邪魔したくなかった。彼が将来主人公に向けるであろう優しさ――それが自分だったらいいのに、なんて夢を見ながら。

「じゃあ君は……俺に興味がなかったわけではなく?」

 ――彼は、別の人を選ぶ。

 だからシルフィアの思い描く未来に、クラウスはいなかった。けれど、それでも心から応援していた。

 ゲームと違って、まだあどけない少年の面影をしていたクラウスが、どんどん育っていく姿を努力と共に隣で見て、月日を重ねていったから。

「夢を語る横顔と、未来を見ている真っすぐの眼差しが好きでした」

 じっと見つめてくるクラウスに、緊張しつつシルフィアは想いを語った。それは誰にも言ったことがない本音だった。

「あなたの努力する姿勢も尊敬して、邪魔にはなりたくないと思っていました。私は、クラウスが夢に向かって努力する話も、全部、好きだったんです」

 リューイたちは『鍛錬の話とかあいつばかなの?』と呆れていた。

 でも、シルフィアは夢を一心に追えるクラウスの姿を眩しいと思っていた。

 車内が、ぴたりと静かになる。彼の目を見られないでいたシルフィアは、手をぎゅっと握られて胸がぶわっと熱を持った。

 たったその一瞬で、空気が変わったのを感じてどくどくと全身が熱くなる。

 密着した手を持ち上げられて、つられて顔を上げるとクラウスが熱く見据えていた。

「謝られた状況を利用するようで、騎士としては恥じるべきだと思うんだが……また、君に口付づの許しをもらってもいいだろうか?」

 クラウスは頬を朱に染めていた。

 とても色っぽい表情に、シルフィアの胸がとくとくと鼓動を刻む。

「……以前も、したではありませんか」
「君に嫌われたくない。君は自分の心内を話してくれた。俺は……ずっと婚約者だったが、ようやく、君の心に触れられたと感じる」

 抱き寄せられて、二人の身体がぐっと近づく。

「この距離でいたい。リューイたちと楽しそうに話している姿を見かけて、俺がやきもきしなかったとでも思っているのか?」
「えっ」
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