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三章(6)白騎士様が私に甘すぎる

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 結局、クラウスは王宮で行われた大会議には参加しなかった。

 その結果【神樹】がある大神殿へ行くメンバーは、彼を除く六人の攻略対象に確定したことを、シルフィアは翌日の新聞でも確認した。

 聖女の出立日のことで、新聞も町も賑わっている。

 そんな中、シルフィアはたというとゲームにはなかった流れに戸惑いを隠せなかった。

 それでいて、初めての男性に触られて果てたことへの衝撃も強い。

(……すごかったわ)

 正直、よすぎた。

 昨日のことだというのに、引き続き満たされた気持ちみたいな気だるさがあって、リビングでクッシンを抱いてぼうっとしてしまう。

 社交界では未婚の令嬢たちがその話を自慢したものだが、まさか自分も結婚前の触れ合いをすることになろうとは思ってもいなかった。

『真面目だものね』

 周りもシルフィアによくそう言っていた。婚約相手であるクラウスは、そんなことしそうにない、と。

(それなのに昨日、キスだけでなくクラウスと――)

 まだ甘やかな感覚がお腹の中で尾を引いている感じがある。

 思い返すだけでいやらしい気持ちが脚の間を反応させる感じがあって、シルフィアは叫びたい気持ちでクッションに顔を押しつけた。

 初めての経験が、昨日から密やかに彼女を悩ませてもいる。

 あんなことは、するべきではなかった。

 クラウスばかりを思い出す。彼ばかりを意識して、胸が苦しい。

「…………こっぴどく振ってくれる方が、マシだったわ」

 とうとう認めざるを得なくてシルフィアは泣きたい気持ちになる。

 キスを許してしまったのはシルフィアが彼にときめいているからだ。

 彼が主人公に恋をするまでの関係、そう言い聞かせて深く変わらないようにしていたのに、彼に、恋をしてしまった。

 彼の誠実さも、性格的な良さも見てきて知っているから。

(クラウスが恋をするのは主人公のレイニア。別の人を愛している人と結婚するなんて辛すぎるのに……彼以外の人と、もう無理と感じるなんて……)

 シルフィアはメイドに気づかれないよう、クッションに涙を吸わせた。

 あっという間にクラウスに惹かれて恋に落ちてしまった。

 触れられ、愛を伝えられることは素晴らしいのだと、初めてのキスで経験した。そうして怖いくらいどんどん彼に惹かれている。

 考えている今も、なお――。

「お嬢様、大丈夫てございますか?」

 リーシェに尋ねられてハッと顔を上げた。

「朝から今日も聖女様の話題ですものね、やはり気にして――」
「いえっ、違うの! 聖女様が神樹に向かえるなんて素晴らしいことだわ。えぇと、そうっ、町のそんな雰囲気を感じながら散歩でもしようかなーと考えていたところよっ」

 涙している場合ではない。考えないと。

 シルフィアはクッションの濡れた箇所を下にしてソファに置き、立ち上がる。

「問題なさそうなら一人で気晴らしで少しだけ歩きたいわ、バルロに聞いてきてくれる?」
「かしこまりました」

 ずっと座っていて心配していたようだ。リーシェは嬉しそうに答えてきた。


 買い物をしたくなった時に荷物持ちができるようにもと配慮し、バルロはリーシェの他にも男性の使用人を離れてつかせた。

(必要なら、クラウスには謝らないと)

 シルフィアは外を歩きながら考える。

 クラウスが一途な愛を貫く人であることは、ゲームで〝未来〟を知っているシルフィアが一番評価していた。

 ゲームで起こることは運命だ。

 レイニアが、この世界の常識ではありえないハーレムエンドを迎えたのがその証。

 彼にチャンスをくれと言われた時、その心に他に愛する人がいるのなら結婚相手にと求めないで欲しい、とシルフィアは思った。

 それは、彼と真っすぐ向き合ったら恋に落ちてしまう予感もあった、のかもしれない。

(あんなことをさせてしまってごめんなさいと、彼に謝ろう。それから、結婚をするかどうかは考えていない、だからキス以上のことはもう――……)

 伝える内容を考えたところで、苦しい気持ちになった。

(愛されていると錯覚するような、あの感覚が別れられない、なんて)

 シルフィアは切なくて自分の唇にそっと指先をのせた。

 その際に、日差しを受けたその左手の薬指で銀色の婚約指輪が光った。

(これも……いつかは、外さないと)

 五歳の時から、当然のようにそこにあった婚約の証。

 昨日、夕暮れに送り届けてくれたクラウスの嬉しそうな笑みを思い出して、嘘なんて思えず胸が締めつけられた。

 その時、珍しく駆け寄ってきてリーシェがシルフィアを引き留めた。

「シルフィア様、別の道を行きましょう?」
「どうして?」

 意識せず歩いてきたが、見てみると十八歳になるまでの花嫁修業の間、よく通っていた図書館までの道のりだった。

「大通りだし、何も危険なことは――」

 見渡した際に『あ』と声を上げなかった自分を誉めたい。

 ここは広場付きの美術館といった大きな建物が並んでいて、道がやたら広かつた。

 まさにその美術館の広場で、一人の紳士が怒声を上げている。

 それは攻略対象の一人【召喚師】バクザだった。目立つつんつんとした感じの赤髪で、シルフィアはすぐ分かった。

 彼はこの国では少ない魔法の使い手で【召喚師】だ。

 名門貴族の次男で、父親とそりが合わなかったことで一族が通う騎士学校ではなく、一般の魔法学校へと進んだ。その際に召喚魔法の才能が開花する。

 貴族よりも庶民との付き合いが多くて、ノーネクタイなのも珍しいが、兄貴的で面倒見のいい性分がゲームの女性ファンに人気があった。

 だというのに、怒鳴り散らして少し雰囲気がおかしい。

 移動販売の店主が平謝りしている中で、バクザは無茶な要求をしている感じだった。同行している彼の家の執事も困っている様子だ。

「少し様子を見てきます。リーシェたちはここで待機を」
「だめですっ、シルフィア様またお人よしを発揮しようとしていますね? こういう時は誰かに任せておけば――」
「大丈夫よ。全然知らないわけではなから」

 伯爵令嬢の肩書きを持っているのだ。困った人を助けられる立場の一人なのに、放っておけない。

 貴族相手に太刀打ちできないのは分かっているようで、いつでも飛び出せるところでなら待機すると折り合いをつけ、リーシェも男性使用人も渋々納得してくれた。

 近づいてみると、怒鳴り声の内容がはっきりと聞こえてきた。

「レイニア嬢に捧げたいのにないとは! 彼女をどなたと心得ている、聖女様だぞ!」

 どうやらバクザは、限定のデザイン焼き菓子を買いに来たようだ。

 シルフィアは『立ち寄ってやったのに』『馬車を止めてやったのに』という偉い物言いにカチンとしたし、直後には違和感を覚えた。

(気を引きたいのは分かるけど必死すぎない……? そもそも彼のルートって、敬う要素はなかったはずだけれど)

 治安のいい王都では、一人荒げる声は目立った。

「坊ちゃま、どうかおやめください。本日こそは召喚師団へ顔を出しませんと――」
「うるさい! レイニア嬢より優先することなどない! 彼女のところへ行かないといけないんだ! そのためには手土産もいるだろう!」

 がさつな態度だが兄弟想いで、共に魔法を磨いた上下の召喚師たちとの交友関係も大切にしていて人がいい――。

 はずなのに、いったいどうしたのだろう。
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