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そうであれば、三回も自ら確認に加わるのも頷けた。
(ああ、愚かね。いっときでもまた期待して……今でも、こんなに好きなんて)
貴族が魔力量で結婚相手も選ぶこの国で、魔力を手放すという、人生をかけた行動に出たのだ。
それを彼は、たちの悪い女が、困らせるためにしたことだとでも思ったのか。
それくらいに、エステルは彼にとって信用がないのか。
ユーニよりも、ずっと長く知り合っていたのに。
「エステル様、ご気分がすぐれないので?」
「まずは検査をいたしましょう」
俯いたのを誤解されたようだ。
「――ええ、そうね。すぐにでも退院しなければ」
エステルは助けを借り、車椅子へと移動した。
今回、して、よかったと思った。
おかげで、エステルは彼のいない国へ嫁げるたろう。
実は、父には王家への知らせと共に、新たな縁談先の提案もさせていた。
我が国が関係性を強めても利点がある、ヴィング王国。その第三王子は将軍として活躍していながら、二十七歳にしてまだ嫁をとっていなかった。
それは、近隣国では珍しいことではある。
(伯爵令嬢との恋が本当であれ、誤解であれ、これでいい)
アンドレアは、エステルだけは見てはくれないから。
検査を受けたのち、公爵家へと戻ったあとで王家からの手紙を読んだ。
そこには、向こうの王家からも一度引き合わせてみてはどうかと、快い返事があったと書かれていた。
今回、王家は周りがかなり騒ぎ立てていることから、アンドレアが伯爵令嬢に取った行動を重く受け止めている。
いまだアンドレアは婚約に関して黙っており、国王と王妃は見かねたのか、エステルが『乱心した』ことを考慮して選択肢を増やすべく、彼女の案を検討することにしたようだ。
三日であれば回復すると返事をもらったので、エステルが療養のため領地の別荘に移る前に、王宮でヴィング王国の第三王子と合わせる――そう手紙には書いてあった。
ヴィング王国の王からも、軍事の公務が終わり次第、第三王子を早速転移魔法でこちらへと向かわせると返事があったそうだ。
そうとう、その第三王子にそろそろ結婚して欲しい気持ちが透けて見える気がした。
日中のパーティーを開き、参加者同士としてまずは顔を合わせる。
婚姻の候補段階であり、見合いではないのでエステルにも多少の自由はある。
とはいえ国の王家同士が決めることなので、両陛下が相性を見るため、なのだろうとエステルは勘繰る。
『アンドレアには、ユーニ・アレスを同伴させる』
だから心配しないようにとも、国王は優しい気遣いの言葉を添えていた。
国王と王妃のその決定には、それならそれでユーニを娶るなり好きにすればいいという、実質アンドレアに最終判断をすべて委ねるものだった。
唯一、結婚の魅力であったとも言える魔力を失ってしまった。
(彼は、――状況が落ち着いたらすぐにでもするでしょうね)
同じ会場に入ることには躊躇いが込み上げるが、ユーニがそばにいるのなら、向かっても来ないだろう。
エステルは、そこで次の婚姻候補者と会う。
アンドレアは、彼女の婚約者なのに堂々とユーニをエスコートする。
その様子を見れば、誰もが察するだろう。二人の道はそれぞれ別れた、と。そして見たこともない異国からの賓客が、エステルを代わりに娶る月になるかもしれない、と。
(その噂も、私達の破局を後押しするのね)
はっきりしないアンドレアを、エステルだけでなく国王達も追い込むつもりなのだろう。
けれど、もう、どうだっていい。
そんなことはもう考えない。疲れてしまうだけだ。
(あとは、終わりが来るのを待つだけだから)
結果は変わらない。
結局は、あいまいなまま続けられていた関係が終わりを迎えるだけだ。
(ここまで来たからには、私は、もう殿下から婚約は解消されるだろうから)
必要とされなくなった婚約者。
あとは、エステルが王太子に捨てられるだけだ。
∞・∞・∞・∞・∞
そして三日、約束通りその日、王宮のパーティーへ出席することになった。
公爵家のコック達のおかげでやつれていた感じも元には戻ったが、これから行く場所を思うと朝食はあまり入らなかった。
両親も兄も心配してくれたが、エステルは大丈夫だと告げて馬車に乗り込む。
王宮に到着すると、久しぶりに人々の目が集まるのを感じた。
現状がどうなるのかの好奇心。それでいて、ほぼユーニが優勢だと考えている者が多いようで同情の視線の方が多い。
「みんな、お前の噂をしてる」
会場へと入る前に、歩きながら兄がこそっと耳打ちする。
「それでも、逃げません」
エステルは会場入りの直前、毅然と頭を持ち上げてそう答えた。
「魔力もなくなった私への婚姻候補です。しっかりと、努めてきます」
母は体調を気にしていた。父も「そう思うなら頑張りなさい」と、説得は諦めたような口調だった。
日中の会場内には、多くの貴族が溢れていた。
エステルが入ってくるなり視線が一気に集まったが、誰も遠慮して声をかけてはこない。
(それまで、そんな付き合いはなかったものね――)
残念ながらエステルは、お飾りの婚約者みたいなものだったから相手にされなかった。
公爵令嬢であるし、そもそもしっかり者に見える様子が近づきがたい雰囲気でも放っているのか、気安く声をかけられた経験はない。
まずは家族で国王と王妃に挨拶をする。
体調は回復しているが、社交は難しいので、本日にでも領地に出発する予定であると自分の口から伝えた。
それは、周りに聞かせるためでもある。
噂の中の一人である公爵令嬢が、急に王都を離れれば余計な騒ぎを生む。
「そなたに会いたいという者がきている」
国王が言い、貴族達は余計に声をかけられない雰囲気を滲ませた。
その心遣いに感謝し、深く一礼をして家族と離れる。
「こちらへどうぞ」
護衛騎士がわざわざ案内してくれる。
さすがに何かあみたいだと勘づく者達も現れるが、エステルは視線に気づかないふりをする。
向かった先にあったのは、バルコニー近くの壁際に並んだ椅子の一つだ。
ここで、自然と顔合わせという形になるらしい。
会場で立ち話をしている貴族からは離される形であるし、窓から吹き込んでくる風も心地よい。何より今は、座って話せるのは有難い。
「ふぅ……」
ドレスのスカートを少し押さえ、座る。
今回は、金も、藍色も一切入っていないシンプルな色合いのドレスを選んだ。
もちろん、アンドレアとは関係がないことを示すためだ。
それでいてこれから会うのは、隣国の王族。色合いは淑女として落ち着いていながらも、品があるようなデザインを選んだ。
胸元から肩へと伸びている傷跡は、襟から少し見えてしまっているが仕方がない。
(結婚することになったら、これも受け入れてもらわなければならない――)
そもそも、エステルは期待何もしていなかった。
魔力量で候補から除外されてしまうのならそれでいいし、傷跡が嫌であればまた次を探すだけ――。
アンドレア以外の相手に、何も、感じない。
(あ。気持ちのいい、風)
エステルは、つられたように左側のバルコニーの方へ顔を向けた。
その時、そのバルコニーから紺色の軍服仕様のマントが大きくはためくのを見た。
――風魔法。
エステルは、足元が床から少し浮かび上がっている二人の男性に、ゆるゆると目を見開く。
こんなにも器用な風魔法を使えるのは初めて見た。
一人は軍人、もう一人は、灰色の髪と目をしたかなり美しい男だった。この国では見られない髪色と、そして異国の軍服からも――彼女は、彼が誰であるのか一目で分かった。
ヴィング王国の第三王子、アルツィオ・バラン・ヴィングその人だ。
「気に入っていただけたかな、姫」
「え」
「俯いている顔が見えたものだから、ちょっとしたサプライズをしてみました」
その人は床に足を下ろしながら、にこっと微笑みかけてきた。
(ああ、愚かね。いっときでもまた期待して……今でも、こんなに好きなんて)
貴族が魔力量で結婚相手も選ぶこの国で、魔力を手放すという、人生をかけた行動に出たのだ。
それを彼は、たちの悪い女が、困らせるためにしたことだとでも思ったのか。
それくらいに、エステルは彼にとって信用がないのか。
ユーニよりも、ずっと長く知り合っていたのに。
「エステル様、ご気分がすぐれないので?」
「まずは検査をいたしましょう」
俯いたのを誤解されたようだ。
「――ええ、そうね。すぐにでも退院しなければ」
エステルは助けを借り、車椅子へと移動した。
今回、して、よかったと思った。
おかげで、エステルは彼のいない国へ嫁げるたろう。
実は、父には王家への知らせと共に、新たな縁談先の提案もさせていた。
我が国が関係性を強めても利点がある、ヴィング王国。その第三王子は将軍として活躍していながら、二十七歳にしてまだ嫁をとっていなかった。
それは、近隣国では珍しいことではある。
(伯爵令嬢との恋が本当であれ、誤解であれ、これでいい)
アンドレアは、エステルだけは見てはくれないから。
検査を受けたのち、公爵家へと戻ったあとで王家からの手紙を読んだ。
そこには、向こうの王家からも一度引き合わせてみてはどうかと、快い返事があったと書かれていた。
今回、王家は周りがかなり騒ぎ立てていることから、アンドレアが伯爵令嬢に取った行動を重く受け止めている。
いまだアンドレアは婚約に関して黙っており、国王と王妃は見かねたのか、エステルが『乱心した』ことを考慮して選択肢を増やすべく、彼女の案を検討することにしたようだ。
三日であれば回復すると返事をもらったので、エステルが療養のため領地の別荘に移る前に、王宮でヴィング王国の第三王子と合わせる――そう手紙には書いてあった。
ヴィング王国の王からも、軍事の公務が終わり次第、第三王子を早速転移魔法でこちらへと向かわせると返事があったそうだ。
そうとう、その第三王子にそろそろ結婚して欲しい気持ちが透けて見える気がした。
日中のパーティーを開き、参加者同士としてまずは顔を合わせる。
婚姻の候補段階であり、見合いではないのでエステルにも多少の自由はある。
とはいえ国の王家同士が決めることなので、両陛下が相性を見るため、なのだろうとエステルは勘繰る。
『アンドレアには、ユーニ・アレスを同伴させる』
だから心配しないようにとも、国王は優しい気遣いの言葉を添えていた。
国王と王妃のその決定には、それならそれでユーニを娶るなり好きにすればいいという、実質アンドレアに最終判断をすべて委ねるものだった。
唯一、結婚の魅力であったとも言える魔力を失ってしまった。
(彼は、――状況が落ち着いたらすぐにでもするでしょうね)
同じ会場に入ることには躊躇いが込み上げるが、ユーニがそばにいるのなら、向かっても来ないだろう。
エステルは、そこで次の婚姻候補者と会う。
アンドレアは、彼女の婚約者なのに堂々とユーニをエスコートする。
その様子を見れば、誰もが察するだろう。二人の道はそれぞれ別れた、と。そして見たこともない異国からの賓客が、エステルを代わりに娶る月になるかもしれない、と。
(その噂も、私達の破局を後押しするのね)
はっきりしないアンドレアを、エステルだけでなく国王達も追い込むつもりなのだろう。
けれど、もう、どうだっていい。
そんなことはもう考えない。疲れてしまうだけだ。
(あとは、終わりが来るのを待つだけだから)
結果は変わらない。
結局は、あいまいなまま続けられていた関係が終わりを迎えるだけだ。
(ここまで来たからには、私は、もう殿下から婚約は解消されるだろうから)
必要とされなくなった婚約者。
あとは、エステルが王太子に捨てられるだけだ。
∞・∞・∞・∞・∞
そして三日、約束通りその日、王宮のパーティーへ出席することになった。
公爵家のコック達のおかげでやつれていた感じも元には戻ったが、これから行く場所を思うと朝食はあまり入らなかった。
両親も兄も心配してくれたが、エステルは大丈夫だと告げて馬車に乗り込む。
王宮に到着すると、久しぶりに人々の目が集まるのを感じた。
現状がどうなるのかの好奇心。それでいて、ほぼユーニが優勢だと考えている者が多いようで同情の視線の方が多い。
「みんな、お前の噂をしてる」
会場へと入る前に、歩きながら兄がこそっと耳打ちする。
「それでも、逃げません」
エステルは会場入りの直前、毅然と頭を持ち上げてそう答えた。
「魔力もなくなった私への婚姻候補です。しっかりと、努めてきます」
母は体調を気にしていた。父も「そう思うなら頑張りなさい」と、説得は諦めたような口調だった。
日中の会場内には、多くの貴族が溢れていた。
エステルが入ってくるなり視線が一気に集まったが、誰も遠慮して声をかけてはこない。
(それまで、そんな付き合いはなかったものね――)
残念ながらエステルは、お飾りの婚約者みたいなものだったから相手にされなかった。
公爵令嬢であるし、そもそもしっかり者に見える様子が近づきがたい雰囲気でも放っているのか、気安く声をかけられた経験はない。
まずは家族で国王と王妃に挨拶をする。
体調は回復しているが、社交は難しいので、本日にでも領地に出発する予定であると自分の口から伝えた。
それは、周りに聞かせるためでもある。
噂の中の一人である公爵令嬢が、急に王都を離れれば余計な騒ぎを生む。
「そなたに会いたいという者がきている」
国王が言い、貴族達は余計に声をかけられない雰囲気を滲ませた。
その心遣いに感謝し、深く一礼をして家族と離れる。
「こちらへどうぞ」
護衛騎士がわざわざ案内してくれる。
さすがに何かあみたいだと勘づく者達も現れるが、エステルは視線に気づかないふりをする。
向かった先にあったのは、バルコニー近くの壁際に並んだ椅子の一つだ。
ここで、自然と顔合わせという形になるらしい。
会場で立ち話をしている貴族からは離される形であるし、窓から吹き込んでくる風も心地よい。何より今は、座って話せるのは有難い。
「ふぅ……」
ドレスのスカートを少し押さえ、座る。
今回は、金も、藍色も一切入っていないシンプルな色合いのドレスを選んだ。
もちろん、アンドレアとは関係がないことを示すためだ。
それでいてこれから会うのは、隣国の王族。色合いは淑女として落ち着いていながらも、品があるようなデザインを選んだ。
胸元から肩へと伸びている傷跡は、襟から少し見えてしまっているが仕方がない。
(結婚することになったら、これも受け入れてもらわなければならない――)
そもそも、エステルは期待何もしていなかった。
魔力量で候補から除外されてしまうのならそれでいいし、傷跡が嫌であればまた次を探すだけ――。
アンドレア以外の相手に、何も、感じない。
(あ。気持ちのいい、風)
エステルは、つられたように左側のバルコニーの方へ顔を向けた。
その時、そのバルコニーから紺色の軍服仕様のマントが大きくはためくのを見た。
――風魔法。
エステルは、足元が床から少し浮かび上がっている二人の男性に、ゆるゆると目を見開く。
こんなにも器用な風魔法を使えるのは初めて見た。
一人は軍人、もう一人は、灰色の髪と目をしたかなり美しい男だった。この国では見られない髪色と、そして異国の軍服からも――彼女は、彼が誰であるのか一目で分かった。
ヴィング王国の第三王子、アルツィオ・バラン・ヴィングその人だ。
「気に入っていただけたかな、姫」
「え」
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