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この国には有名な〝犬猿の仲〟がいる。
いや、王都の社交界でこの二人の名前と、関係性を知らない者はいないだろう。
それはこのアルヴエスタ王国の第一王子であり、有能さの他に『騎士王子』と言われ強い獣人族としても知られていて、国民たちや臣下たちにも絶大な支持を受けている美丈夫の王子様。そして『かなり仕事ができる』人族の伯爵令嬢、だ。
獣人族が七割を占めるこの国では、耳と尻尾のない人族のほうがやや珍しい。
もとは獣人国であり、現在の大きな国になるにいたった歴史で、人族もいる大国となった。
他国では、獣人族のほうが数も少ない。
この国の人族は、他国への外交に貢献してきたのだ。
そんな歴史的な背景もあり、王家の獣人族を筆頭に社交界では人族と獣人族がまずは仲良くなるため引き合わされる。
獣人族であるアルヴエスタ王家の第一王子と、人族貴族のディオラ公爵家の令嬢もそうだった。
ディオラ家は、人族貴族の中でもっとも大きな影響力を持っている。
外交、そして国内の物流を発展させた技術といった貢献などは国内外に及び、ディオラ公爵は国王の右腕としても頼りにされていた。
そうして優秀な十三歳の王子と、すでに才女だと言われていた七歳の公爵令嬢が引き合わされたのだ。
――今後の国の未来のためも先に、良き友に。
狼の耳と尻尾を持った黒髪の王子と、波打つ金髪にブルーの目をした公爵令嬢。二人を会わせた際、大人たちにはそんな考えがあったのだが、出会い頭に王子様が暴走した。
「え」
それは、大人たちには想定外の反応だった。
二人は顔を合わせると、周囲がはらはらする言葉を飛び交わせた。どちらが有能か競い合い、通算百回は超えるのではないかと噂されているほどだが――。
それは十五歳で公爵令嬢が隣国へ留学したことで、プツリと途絶えることになる。
◇◇◇
七歳の時、シェスティは両親から第一王子へ会いに行こうと言われた。
(子供同士だから仲良くなれる? そんなの、なれるはずないわ)
そう、シェスティは当初から思っていた。
六歳も年齢が離れているというのも事実だが、将来この国を担っていく第一王子が、自分より子供っぽかったのも原因だ。
「あの狼め……今度こそ尻尾の毛をむしってやるわ……」
帰宅するなりぶつぶつ言ったシェスティに、侍女が「やめてくださいね!?」と何度叫んだか分からない。
『有能さを競っている』
そんな噂が出たが、父たちは接点を持たせたかったのか『仲良くさせよう作戦』が続行だったようで、シェスティはよく父の仕事で王宮へと連れて行かれた。
そうすると、嫌でも接点が増える。
カディオが子供っぽいのがいけないのだ。
たとえば、何かと気に食わない様子で文句をつけてくる。
王宮で勉強をしていると騒がしくやってきて、脈絡なく喧嘩を振ってきた。
「その年齢なのですから、落ち着きを持たれては?」
そうシェスティが眉を顰めたら、言葉のやりとりの末、どちらが有能か競ってくることになっているのだ。
実に子供っぽい。
出会った際、かなり落ち着きがない王子様だなとシェスティは思っていた。
頭の獣耳は忙しなくぴくぴく揺れていたし、尻尾はぶんぶん振って服がはためいていた。顔が赤くても視線をかなりの速度で左右に逃がされる。
『緊張しているようですが、ひとまず落ち着いてください?』
そこで、やんわりと口にしてみた。
そうしたら真っ赤な顔になったかと思うと、十三歳の彼に、過剰反応なくらい文句を言われたのだ。
それからずっと、自分のテリトリーに敵が入るのを嫌がるみたいに、シェスティがくるたびカディオは飛んできた。
「たぶん、威嚇だと思うのよ」
「威嚇、ですか……」
ある日、カディオをどう思うか、と妙な質問を彼の教育係に尋ねられた際、シェスティはそう答えた。
カディオが、一方的に嫌っている。
それはシェスティが十五歳、彼が二十一歳を迎えても続いた。
(いい加減大人になれないのかしら?)
そもそもこの面倒臭い関係が続いているのは、なぜだろう。
王宮のパーティーに行くと、婚約者でもないのにセットにされ、嫌々ながら隣にいてやっているんだとか、付き合ってやるから何が飲みたいか言えやなど、カディオが言ってくる。
その日の日中、王宮で開かれたパーティーでもそうだった。
(ハッ、これは――幼馴染のように彼の世話を押し付けられているのでは?)
パーティーに行ってもカディオの周りに人がいないのは、彼に友達がいないせいだ。
それはそれで可哀そうだが、だからといって年下の女の子をいびることに時間をあてていては、問題は解決しない。彼も周りの令息たちにドン引かれることを意識するくらい、できればいいのに。
(しかも彼は、ばか正直に親の言うことを聞いているわ)
騎士王子だと言われ、剣術の腕についても今や国外でも高く評価されている。
シェスティに偉そうな態度を取っておきながら、実のところカディオは礼儀正しく親孝行でもあった。
パーティーでは絶対にパートナーにするし、立食にも付き合おうとするし――。
(そもそも外交を目的としたパーティーで、私が隣にいるの、おかしくない?)
いや、おかしい。絶対にそうだ。
「おいシェスティ、聞いている?」
「聞こえていません」
「いや絶対に聞こえているだろうっ。お前、どうした!?」
どうした、というのはこっちの台詞である。
(考えてみればおかしいわ。こんな、反抗期のわんこみたいな狼王子が、今も私の隣に大人しくいるなんて)
シェスティは今になって気付き、信じられない気持ちでカディオを見る。
青味が混じったさらさらとした黒い髪と、同じ色の毛並みを持った狼の耳。年々大人びた雰囲気を増してくる通った鼻筋と、形のいい唇。こちらを見下ろす目は、獣の目みたいな金色だ。
そして、彼の後ろで、大きな狼の尻尾が左右に揺れている。
「シェスティ?」
騎士王子だとか言われてるが、こうして見てみると、なんとも呑気ではないだろうか?
(私が賢く解決してあげるわ!)
彼が距離を置く方法を考えつきもしないなら、自分がしないと。
そもそも勉強時間も増えているのに、わざわざ喧嘩を売られに彼と顔を合わせ、競い合いやらをさせられるとか、時間の無駄だ。
正直、学ぶこともまだまだある。
彼のほうは六歳年上だから義務教育も先に終わっているとはいえ、シェスティは違う。相手にしていられない。
「嫌なら、私の顔を見なければいいでしょ」
その日のパーティーでシェスティはそう言い返し、彼に背を向けた。
またやっているよと周りの人々は苦笑していた。
いつもの喧嘩だろう、と。
(私、隣国へ留学するわ)
シェスティはそう心に決めていた。
国内には、人族女性たちの優秀な外交官も多くいる。
(そうね。国内だと獣人貴族のほうが人気があるし、私は外交関係に役立って、バリバリ働くのもいいかも)
そして後日、シェスティはそんな軽いノリで単身、隣国へとわたったのだった。
◇◇◇
シェスティは隣国で学校にも入り、新しい環境で刺激を受けながら勉強を楽しんだ。
世話をしてくれたアローグレイ侯爵家の人々はとても優しかった。シェスティよりもかなり年上の兄たちが三人いて、年の近い末娘のティレーゼとは大の仲良しになり、三年が過ぎるのはあっという間だった。
家族の目もない。
そのうえ、これまでずっとあった『狼王子に会いに行きなさい』と言われることもない。シェスティは自由を謳歌した。
(このままここで外交仕事につくのもいいかも)
隣国の王都には、アルヴエスタ王国出身の仕事人も目立った。
そんなある日、母国のディオラ公爵家から手紙が届いた。
世人式をすっぽかしたことへのお叱りが書かれていたが、こちらで通っていた学校の修了式と重なっていたので、仕方がないと実家も納得はしていた。
だが、今回はそれが用件ではなかった。
「――カディオが、私を見ないと動機息切れが収まらないので来てくれ、というお願いはなんなの?」
病気だという言葉は一切書かれていない。
シェスティは首をひねり、ひとまず帰国することにしたのだった。
いや、王都の社交界でこの二人の名前と、関係性を知らない者はいないだろう。
それはこのアルヴエスタ王国の第一王子であり、有能さの他に『騎士王子』と言われ強い獣人族としても知られていて、国民たちや臣下たちにも絶大な支持を受けている美丈夫の王子様。そして『かなり仕事ができる』人族の伯爵令嬢、だ。
獣人族が七割を占めるこの国では、耳と尻尾のない人族のほうがやや珍しい。
もとは獣人国であり、現在の大きな国になるにいたった歴史で、人族もいる大国となった。
他国では、獣人族のほうが数も少ない。
この国の人族は、他国への外交に貢献してきたのだ。
そんな歴史的な背景もあり、王家の獣人族を筆頭に社交界では人族と獣人族がまずは仲良くなるため引き合わされる。
獣人族であるアルヴエスタ王家の第一王子と、人族貴族のディオラ公爵家の令嬢もそうだった。
ディオラ家は、人族貴族の中でもっとも大きな影響力を持っている。
外交、そして国内の物流を発展させた技術といった貢献などは国内外に及び、ディオラ公爵は国王の右腕としても頼りにされていた。
そうして優秀な十三歳の王子と、すでに才女だと言われていた七歳の公爵令嬢が引き合わされたのだ。
――今後の国の未来のためも先に、良き友に。
狼の耳と尻尾を持った黒髪の王子と、波打つ金髪にブルーの目をした公爵令嬢。二人を会わせた際、大人たちにはそんな考えがあったのだが、出会い頭に王子様が暴走した。
「え」
それは、大人たちには想定外の反応だった。
二人は顔を合わせると、周囲がはらはらする言葉を飛び交わせた。どちらが有能か競い合い、通算百回は超えるのではないかと噂されているほどだが――。
それは十五歳で公爵令嬢が隣国へ留学したことで、プツリと途絶えることになる。
◇◇◇
七歳の時、シェスティは両親から第一王子へ会いに行こうと言われた。
(子供同士だから仲良くなれる? そんなの、なれるはずないわ)
そう、シェスティは当初から思っていた。
六歳も年齢が離れているというのも事実だが、将来この国を担っていく第一王子が、自分より子供っぽかったのも原因だ。
「あの狼め……今度こそ尻尾の毛をむしってやるわ……」
帰宅するなりぶつぶつ言ったシェスティに、侍女が「やめてくださいね!?」と何度叫んだか分からない。
『有能さを競っている』
そんな噂が出たが、父たちは接点を持たせたかったのか『仲良くさせよう作戦』が続行だったようで、シェスティはよく父の仕事で王宮へと連れて行かれた。
そうすると、嫌でも接点が増える。
カディオが子供っぽいのがいけないのだ。
たとえば、何かと気に食わない様子で文句をつけてくる。
王宮で勉強をしていると騒がしくやってきて、脈絡なく喧嘩を振ってきた。
「その年齢なのですから、落ち着きを持たれては?」
そうシェスティが眉を顰めたら、言葉のやりとりの末、どちらが有能か競ってくることになっているのだ。
実に子供っぽい。
出会った際、かなり落ち着きがない王子様だなとシェスティは思っていた。
頭の獣耳は忙しなくぴくぴく揺れていたし、尻尾はぶんぶん振って服がはためいていた。顔が赤くても視線をかなりの速度で左右に逃がされる。
『緊張しているようですが、ひとまず落ち着いてください?』
そこで、やんわりと口にしてみた。
そうしたら真っ赤な顔になったかと思うと、十三歳の彼に、過剰反応なくらい文句を言われたのだ。
それからずっと、自分のテリトリーに敵が入るのを嫌がるみたいに、シェスティがくるたびカディオは飛んできた。
「たぶん、威嚇だと思うのよ」
「威嚇、ですか……」
ある日、カディオをどう思うか、と妙な質問を彼の教育係に尋ねられた際、シェスティはそう答えた。
カディオが、一方的に嫌っている。
それはシェスティが十五歳、彼が二十一歳を迎えても続いた。
(いい加減大人になれないのかしら?)
そもそもこの面倒臭い関係が続いているのは、なぜだろう。
王宮のパーティーに行くと、婚約者でもないのにセットにされ、嫌々ながら隣にいてやっているんだとか、付き合ってやるから何が飲みたいか言えやなど、カディオが言ってくる。
その日の日中、王宮で開かれたパーティーでもそうだった。
(ハッ、これは――幼馴染のように彼の世話を押し付けられているのでは?)
パーティーに行ってもカディオの周りに人がいないのは、彼に友達がいないせいだ。
それはそれで可哀そうだが、だからといって年下の女の子をいびることに時間をあてていては、問題は解決しない。彼も周りの令息たちにドン引かれることを意識するくらい、できればいいのに。
(しかも彼は、ばか正直に親の言うことを聞いているわ)
騎士王子だと言われ、剣術の腕についても今や国外でも高く評価されている。
シェスティに偉そうな態度を取っておきながら、実のところカディオは礼儀正しく親孝行でもあった。
パーティーでは絶対にパートナーにするし、立食にも付き合おうとするし――。
(そもそも外交を目的としたパーティーで、私が隣にいるの、おかしくない?)
いや、おかしい。絶対にそうだ。
「おいシェスティ、聞いている?」
「聞こえていません」
「いや絶対に聞こえているだろうっ。お前、どうした!?」
どうした、というのはこっちの台詞である。
(考えてみればおかしいわ。こんな、反抗期のわんこみたいな狼王子が、今も私の隣に大人しくいるなんて)
シェスティは今になって気付き、信じられない気持ちでカディオを見る。
青味が混じったさらさらとした黒い髪と、同じ色の毛並みを持った狼の耳。年々大人びた雰囲気を増してくる通った鼻筋と、形のいい唇。こちらを見下ろす目は、獣の目みたいな金色だ。
そして、彼の後ろで、大きな狼の尻尾が左右に揺れている。
「シェスティ?」
騎士王子だとか言われてるが、こうして見てみると、なんとも呑気ではないだろうか?
(私が賢く解決してあげるわ!)
彼が距離を置く方法を考えつきもしないなら、自分がしないと。
そもそも勉強時間も増えているのに、わざわざ喧嘩を売られに彼と顔を合わせ、競い合いやらをさせられるとか、時間の無駄だ。
正直、学ぶこともまだまだある。
彼のほうは六歳年上だから義務教育も先に終わっているとはいえ、シェスティは違う。相手にしていられない。
「嫌なら、私の顔を見なければいいでしょ」
その日のパーティーでシェスティはそう言い返し、彼に背を向けた。
またやっているよと周りの人々は苦笑していた。
いつもの喧嘩だろう、と。
(私、隣国へ留学するわ)
シェスティはそう心に決めていた。
国内には、人族女性たちの優秀な外交官も多くいる。
(そうね。国内だと獣人貴族のほうが人気があるし、私は外交関係に役立って、バリバリ働くのもいいかも)
そして後日、シェスティはそんな軽いノリで単身、隣国へとわたったのだった。
◇◇◇
シェスティは隣国で学校にも入り、新しい環境で刺激を受けながら勉強を楽しんだ。
世話をしてくれたアローグレイ侯爵家の人々はとても優しかった。シェスティよりもかなり年上の兄たちが三人いて、年の近い末娘のティレーゼとは大の仲良しになり、三年が過ぎるのはあっという間だった。
家族の目もない。
そのうえ、これまでずっとあった『狼王子に会いに行きなさい』と言われることもない。シェスティは自由を謳歌した。
(このままここで外交仕事につくのもいいかも)
隣国の王都には、アルヴエスタ王国出身の仕事人も目立った。
そんなある日、母国のディオラ公爵家から手紙が届いた。
世人式をすっぽかしたことへのお叱りが書かれていたが、こちらで通っていた学校の修了式と重なっていたので、仕方がないと実家も納得はしていた。
だが、今回はそれが用件ではなかった。
「――カディオが、私を見ないと動機息切れが収まらないので来てくれ、というお願いはなんなの?」
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