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目撃した少年たちは、動き出す(4)

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 修一は常盤も助けるつもりだった。雪弥が同じように薬物に溺れることは考えられなかったが、暁也が「もしもの事を考えると」といつになく食らいついてきたので、今夜学校へ行くことを決めていた。雪弥が常盤と顔を合わせる前に、暁也と修一で乗り込む作戦である。

「雪弥は頭良いもん。薬で成績上げようとか、絶対思わないって」

 今夜の作戦は、雪弥が夜の学校で常盤に会うことが前提で計画立てられていた。修一には、雪弥がわさわざ薬物の件で夜の学校に忍び込むとも想像できなかったから、そこにはやや不満を覚えていた。


 しかし、もやもやとした嫌な気持ちは、帰宅した際にテーブルに置かれていたハンバーグを見て吹き飛んだ。


 鞄を持ったまま、小さな食卓に駆け寄って本日の夕食メニューを覗きこむ。

 野菜サラダとジャガバター、特大サイズのハンバーグが平皿を三色に彩っていた。置き手紙には「スープは温めて飲むように、冷蔵庫にプリンが入っています」との旨が書かれていた。

「今日は俺の好物ばっかりじゃん!」

 修一は喜んだ。午後六時を過ぎていたので、昼食で膨れていたはずの腹は空腹を覚え始めていた。カラオケ店では飲み物も進まなかったのだから、腹が減るのも当然だ。

 夕飯を作っていった母と、修一は擦れ違いになったようだった。スープもハンバーグもまだ温かかった。野菜たっぷりのスープをどんぶり茶碗に入れ、ご飯は山盛りにしてテーブルに並べた。途中暁也からメールが来たので、返事をして残りを食べ進めた。

 雪弥には友だちとして強い好感を抱いていた。時々見せる年上のような物腰の柔らかさも、穏やかでふわふわとした空気も好きだ。サッカー経験がないことには衝撃を受けたが、彼がふとした時に見せる予想外の騒動も楽しかった。

 なんとなく彼と過ごしたことを振り返り、修一は一人でムフフと笑った。

 体育の授業でサッカーの試合を行ったとき、雪弥にボールを奪われた三組の西田が、今までで一番の間抜け面だったことを思い出す。あの日以来、雪弥がボールを受ける度に、西田が「仕返ししてやる」と走ったが、あっさりとフェイントをかわされ撃沈していた。

 雪弥は面白いやつだ。本人が「内気で人見知り」と語った性格なだけに、彼はクラスメイトと溶け込めないといった様子で静かに席についていることが多い。しかし、修一たちの予想を越える行動力を彼は持っていたのだ。

 ふとした拍子に雪弥が発言する言葉は、キレイに的を射ていることもあった。けれど教師と違って後味が良い。そして、騒ぎを遠ざけるタイプかと思えば、自分から突っ込んでいったりする。

 廊下で遊んでいた三組の男子生徒が足を滑らせた際、雪弥は廊下に面した窓からひょいと身を乗り出して彼の転倒を防いだ。方向を誤ったボール先に生徒たちが気付いたとき、いつの間にかいた雪弥がタイミング良くボールをキャッチし、女子生徒は強打を免れた。

 クラスメイトの男子生徒と女子生徒が口喧嘩をしていると、遠巻きに見る生徒たちに構わず、雪弥はあっという間に仲裁に入って場を丸く収めてしまう。

 雪弥は優しくて、とてもいい奴だ。

 修一は、ますます彼が気に入っていた。来週こそはカラオケに誘おうと考えて、バリバリなロックを歌う彼を想像して思わず声を上げて笑った。

 一緒にカラオケに行くところを思い浮かべると、極端に上手か、有り得ないほど音痴のド下手かのどちからしか考えられなかったのだ。雪弥は普段から修一の予想を越えていたので、そんな推測しか立てられなかった。

 育ちが良い「お坊ちゃん」かと思いきや家事上手、頭脳派かと思えば意外にも行動派であったりする。大人しいと思っていたら、修一たちが絡まれた酔っぱらい男を、微塵も躊躇せず一発で組み伏せて助けてくれた。

 思い出すと、過ごした日々は濃厚だった。

 それでも、雪弥が転入してまだ五日しか経っていないのだ。

 修一はなぜか、とても長く一緒にいるような錯覚を受けた。今では暁也と修一、雪弥の三人で一緒に過ごしていることが当たり前になっている。

 一時間目の授業が始まる前から暁也がいて、修一が授業の合間につまむパンやお菓子を三等分する光景も珍しくない。暁也が机に足もおかず修一と雪弥へ向き、言葉を交わす光景もすっかり教室に馴染んでいた。

 修一はサッカーTシャツとスポーツウェアに着替え、何をするわけでもなく食卓の椅子に腰かけた。

 腹はすっかり満たされていたが、ここ一週間を振り返っていると小腹がすくような、しっくりとこない違和感を覚えた。その正体を探ろうと考え込んでみたものの、まるで宿題をやっているような倦怠感に欠伸が込み上げた。

「…………やべ、俺やっぱ頭脳派じゃないわ」

 途中で思考を放り投げると、修一は何気なくベランダに出た。

 白鴎学園の姿は、夜に埋もれて見えなくなっていた。ぽつりぽつりと建物の明かりが見えたが、今日はやけに明かりの数がない。町は、静けさに包まれた闇に沈んでいるようだった。

 温くもなく冷たくもない、湿気が混じった風が漂っていた。先程まで吹いていた心地よい風が、ぴたりと止んでしまっている。町に人の気配だけを残し、世界がひっそりと息を潜めているようだと修一は思った。

 しばらくベランダから茉莉海市の西側方面を眺め、修一はふと違和感の正体に行き当たった。一人で「あれ?」と首を傾げ、再度ここ一週間の記憶を辿って、ますますおかしいぞと呟く。

 修一は雪弥のことをよく分かっているはずなのに「本田雪弥」のことを何も知らないでいる事に気付いた。

「進学校から来て、英語とスポーツが出来て……」

 家族兄弟、食べ物や趣味の好き嫌い、他の誰よりも彼と話していたはずなのにそれが一つも分からなかった。記憶を辿るほど、修一の中にある「本田雪弥」がおぼろげになっていく。

 思い返してみれば雪弥は話を聞くことが多く、自分のことに関してはほとんど話していないような気もする。

「んー……内気で人見知りって、そういうことなのか?」

 自分のことをなかなか話せないタイプということなのだろうか、と彼はよく分からないまま結論を出した。そういうことにしとこう、と思考を続けることを諦める。

 暁也とは、茉莉海市ショッピングセンター前で待ち合わせをしていた。修一は午後七時から始まったお笑い番組を見たが、ちっとも頭に入らなかった。午後九時からは大好きな刑事ドラマが放送されたが、気が乗らずオープニングと同時に電源を切った。勉強や宿題の代わりに触っているゲーム機も、この時ばかりは時間潰しにもならなかった。

 静まり返った部屋で、修一は一人じっと座っていた。自分でも珍しいと思うほど、時計の秒針が打つだけの静けさを聞いていた。

 ここに暁也と雪弥がいたらなぁ、と考えると少し楽になり、メモ用紙にハンバーグの感想と外出の言い訳を書いて食卓に置いた。


 午後九時五十分を回った頃、修一がどこかに置いたはずの家の鍵を探していたとき、玄関の呼び鈴が鳴った。


 部屋の奥から耳を澄ませた修一は、続いて急かされるように玄関がノックされて顔を顰めた。「もう、せっかちだなぁ」と立ち上がった拍子に、テーブルに置かれた菓子入れの中に放り投げられていた鍵の存在を思い出し、それをポケットに詰めて玄関へと走った。

 修一は無防備に扉を押し開けて「どちら様ですか」と問いかけた矢先、片眉を引き上げた。比嘉家の玄関先には、スーツ姿のいかつい男が二人立っていたのだ。彼らは手慣れたように警察手帳を開き、「茉莉海警察署の者ですが」と告げた。
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