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高校生、始まりました(3)

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「でも、進学って大切なものだと僕は思うよ。将来なりたいものとかないの?」
「う~ん、特にないんだよなぁ、これが。部活一筋で来たのに突然、将来について考えろって言われてもなぁ…………」

 修一は言葉も見つからない、といった様子に視線を泳がせた。数十秒ほど考えるような仕草をしたが、すぐに考えることを諦めて別の話題を暁也へと振る。

「そういえば、お前はどうすんの? 俺、そういうの聞いたことないんだけど」

 こいつ全部放り投げたな、と暁也は勘ぐった顔をしたが「言ったことなかったからな」と話を合わせた。

「親父は、俺にキャリアの警察になって欲しいみたいだぜ? 東大法学部に行って国家公務員Ⅰ種取って、採用されたあと警察大学校……ちッ、奴がいっつも小言みたいに言うから、すっかり覚えちまったな。考えるだけでも疲れる」
「なんだか、いろいろと難しくてよく分かんねぇけど、すごいのなぁ。お前なら絶対出来そう」

 そう言った修一は、大半の言葉を理解していない。頭上の青空をゆっくりと泳ぐ雲へと視線を逃がした彼の表情は、「あの雲、美味しそうな形しているなぁ」と語っていた。

 警察キャリアは狭き道である。国家公務員Ⅰ種試験合格者の中から毎年数十人しか採用はなく、採用後には小刻みの日程で研修が入る。幹部になる者に対して知識や技能、指導能力や管理能力を修得させるために警察大学校はあり、訓練を受けられるのは、その資格を持った幹部警察官だけとなっている。

 キャリアだと確かに昇任のスピードは速く、警部補から始まって本庁配属約二年で警部になれる。それから四年ほどで警視へと就けるが、その間に各警察署や海外勤務もあり大変だ。実績や功績も残さなければならず、学力や知識だけでなく武術も秀でている方が望ましい。

 暁也は虫けらを見つめるような目を修一に向けていたが、ぐっと堪えて視線をそらした。

「親父が自分の理想を、俺に押し付けようとしてるってだけさ。俺は親父のコピーでも何でもねぇのに、聞いて呆れるぜ」

 暁也は、吐き捨てた勢いに任せてオニギリにがっついた。

 これまで出会った刑事達を思い浮かべると、どんなタイプの人間がそれに向いている職業である、というくくりもないように感じる。それに、本人は不良だと口にしているが、そんなに悪い子じゃなさそうだけど、と思って雪弥は彼に声を掛けた。

「確かにいろいろと大変そうだけど、すごく格好良い職業だと思うよ」
「どうだか。不正を金と権力で黙らせる職業だろ」

 純粋に熱血なだけの警察もいるけど、とは実経験になるので言えず、雪弥は口をつぐんだ。暁也の言葉を聞いて脳裏にナンバー1の顔が浮かび上がり、少年組から顔をそらして口元にだけ薄ら笑みを浮かべる。

 すると、修一がくるりとこちらに顔を向けてきた。

「お前はどうなの?」

 鮭オニギリを手にした修一の口調は、明日の天気を尋ねるように軽い。ここでうまく話を盛り込めば、修一という生徒を媒体に、本田雪弥の生徒像が学園内によりよく定着できるかもしれない。

 そう考えた雪弥は、自分の設定を軌道に乗せるため、さりげなくその情報を入れることにした。一つ頷いて「うん、それが」と少し神妙な空気感で話しを切り出す。

「国立の医学部に行きたくて頑張っていたんだけど、勉強がうまくいかなくてさ……。ドイツ語と英語だけでは難しいから、ちょっと考えているところなんだ…………」
「……なんだか悪い事聞いちまったな、ごめん」

 言葉を濁すように台詞を切ると、修一が同情と謝罪が交じったような目を向けてきた。

 その視線が直視できず、雪弥は思わず目を泳がせた。仕事だと言い聞かせてようやく顔を向けるが、そこに浮かべた愛想笑いもぎこちない。しかし、それが返って信憑性を上げていた。


「勉強なら、今からでも全然間にあうだろ。諦めんなよ」


 その様子をじっと見つめていた暁也が、視線をそらした後で、どこか気遣うような声でそう言った。口調はぶっきらぼうだが、照れ隠しとも思えるような仏頂面でもある。
 
 珍しいな、といわんばかりに振り返った修一は、オニギリにかぶりついたまま暁也を見た。そのころころと変わる表情はひどく豊かで、思わず「若い子の特権だよなぁ」と思った自分に、雪弥はまたしても打撃を受けた。

 そっと視線をそらしたものの、気になってちらりと暁也を盗み見る。意外だったと感じたのは、雪弥も同じだ。

 父親の期待に反発して不良を装っているだけで、根は良い子だなと感じるものがあった。この年頃の子は、反抗期や思春期といった難しさがあり、真っ直ぐな親の言葉に反感を持ってしまうこともあると聞く。とげとげしさをまとう外見よりも、不器用な暖かさを持った子供らしさが、雪弥にはなんだか新鮮だった。

「まぁ、その、頑張ってはみるけど……うん、ありがとう…………」
「そっか、確かに今からでも間に合う、か」
「お前の場合は、まず将来を考えろ」
「暁也もだろ?」

 修一がそう言って、食べかけのオニギリを手に頬を膨らませた。雪弥は居心地の良さを感じ、ぎこちないながら、後ろめたさのない苦笑を浮かべていた。なんか、こういうのもいいな、と普通の高校生たちを見つめながら思う。

 オニギリに向き直っていた修一が、暁也へと話題を振ったのは、そのすぐ後のことだった。


「そういえば、また土地神様の祟りに遭ったやつが出たって噂、聞いたか?」


 好奇心たっぷりの声色でその台詞が聞こえた時、雪弥の中で、任務に関わる事だという勘が働いた。
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