颯(はやて)

おりたかほ

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第二章 資料室

2 同級生

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2 同級生

「ほら夏目さんのお姉さん、カリスマ生徒会長だったじゃない?」

 この人は真顔で何を言っているのか。話が頭に入ってこない。整理しなければ。この英語教師は何者なのか。うちの顧問とどういう関係か。

「じつは、顧問と言う人間がつかめず悩んでおりまして。一からご説明いただけませんか」

 藤澤先生は、真顔でほう……といって、あごの前にこぶしを持ってきたが、そのリアクションの意味もよく分からなかった。

「夏目先生、あんまり自分のこと話したがらないでしょう」
「はい。あんまりしつこくするのも悪いかと思うんですけど、何を考えて生きていらっしゃるのかとか、いろいろ気になって」

 藤澤先生はいきなり吹き出し、さきほどのにぎりこぶしで口を覆った。

「そうかあ。でも、私が勝手に話しちゃったら夏目先生に悪いかな」
「はい……」

 それは重々承知なのだが。

「実はね、夏目先生のこと、ここの教員に推薦したの私なの」
「えええ?」

 この人を恩人というべきか、全ての元凶というべきか。迷う。

「ほら、あんなに才能のある人がふらふらしてるなんて、勿体無いじゃない?」

 藤澤先生も、感謝されるのか恨まれるのか、知りたそうな顔をしてこちらを見た。

「……いやほら、美術教えられる人いないかって言われて。他にすぐ頼めそうな人いなくて」

 一瞬で言い訳に転じたところを見ると、私は誤解を与えてしまったらしい。決して責めるつもりはない。お気の毒だなとは思ったが。

「腕はね、確かなのよ……」

 顧問の社会性のなさにはきっと、推薦者として肩身の狭い思いをされているのだろう。少し遠い目をしている。

「うん、でも、大丈夫。なんだかんだ言って肝心なところは真面目だから、あの先生も」

 藤澤先生はそう言って、まだ何も言っていない私の肩をたたいた。自分に言い聞かせているようにも見える。

「でもまあ、そういう責任もあるのでね、美術部の部長さんが困ってないか、一応気にして声をかけたっていうわけ」

 なるほど、突然話しかけられた理由はよくわかった。

「先生は夏目先生のこと、前からご存じだったってことですよね?」
「うん。聞いてない? 私たち同級生なの」
「は? えっと、待ってください。同級生って、大学とか……」
「やだ、違うわよ。ここの卒業生。えっ、みんな知ってると思ってた」

 それは、うわさでは聞いたことがあったが。あのような方が厳格なしつけを売りにしている本校の卒業生であるはずがないとどこかで思っていた。

 藤澤先生は、自分が卒業生であることをオープンにしているらしい。そりゃ、この人だったら卒業生として堂々と名乗れるだろう。清潔感のあるブラウスに、すっと伸びた背筋、ナチュラルメイクで整った眉目、きれいにウェーブさせた髪。どこに出しても恥ずかしくない落ち着いた挙動。

「部活も、同じ美術部だったよ。夏目さんはすぐ文芸部だかなんだかに転部しちゃったけど」
「え、えええ?」

 ブンゲーブという謎の言葉が藤澤先生の口を素通りする。

「私は辞めないでほしかったんだけどね、いろいろあって」

 藤澤先生、意外とじゃんじゃんしゃべるじゃないか。さすがにここまで聞いてしまっては、顧問に申し訳ない気がしてきた。

「いろいろって?」

 とはいえここまで来たら聞かずにはいられないだろう。

「まあ、妬まれちゃったのよね。あの人、なんでもできちゃうのよ。器用でしょ、勉強もスポーツも、たぶん本気出せばお姉さんよりできたんじゃない。そこに絵は天才的でしょ。鼻につくって人もいてね」
「そうなんですか?」

 思わず声が裏返る。情報の濃さに鼻血がでそうだ。叶うならばすぐにでも携帯に打ち込みたい。若き日の顧問のポテンシャル情報で胸が苦しい。それがなんであんな猫背の引きこもりになってしまわれた。

「ねえ、ごめん。なんだかんだ言って私しゃべりすぎてない?」
「ところで、文芸部っておっしゃいました?」

 いかん。藤澤先生が我に返ってしまう。気にせずしゃべってくれて構わないんだ。私は物わかりの良い口の堅い生徒なのだから。

「文芸部ってなんですか?」
「文芸部知らない? あ、そうか無くなっちゃったんだった。昔はね、文芸部っていって、小説とか詩を書いてる部活があったの」

 ちょっと待て。小説?! 詩?! うちの顧問が! 若き日の顧問のイメージが相当ごたついてきて、私は思わず目頭をつまんだ。

「そうだ、資料室に文芸部の資料残ってるんじゃない。季刊誌出してたから」
「……資料室って、生徒も行っていいんですか」
「もちろん。資料室の鶴見先生、もう引退されてるけど、昔は文芸部の顧問をされてたと思う」
「え、じゃあ」
「夏目先生の学生時代のこともご存じかも」

 私は藤澤先生にひとしきりお礼を言って深々と頭を下げると、迷わず資料室に向かった。

 
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