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第十八章 叙勲の間

4 憂い顔の騎士 前編(モブ兵視点)

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4 憂い顔の騎士 前編(モブ兵視点)


 叙勲の間には、美しい女神様がいる。僕はあの女神像が好きだ。

 古い異教の神様は、いまや魔力も権威もなく、毎日の礼拝で崇められることもない。

 けれどこの城に仕える騎士たちは、例外なくあの女神様の元で騎士の称号を得る。僕たちはあの日のことを忘れることはない。

 城の最奥部に位置し、新棟に包まれるように立つ薄暗い礼拝堂は、もはや遺跡といってもいいくらいの歴史がある。

 人目のかれた中庭と、それをコの字型に取り囲む古風な回廊。虫が鳴き、西陽がさしている。

 回廊のどっしりとした石の柱にもたれ、名残の日が消えていく庭を眺めながら、僕はため息をついた。

 僕は騎士だ。

 だが今日僕のしたことといえば、掃除に手当てにウマの斡旋。

 そしてたった今、一人の女の子をこの神殿の地下に幽閉し、当てもなく見張りに立っている。

 やるせない。僕はこんなことをするために騎士になったのか。

 マリアさんは、涙一つこぼさなかった。ただ黙って僕についてきて、大人しく牢に入った。気丈な人だなと僕は思った。

 別に泣いて欲しいわけではない。ただ、もう少し心を見せてくれたら、僕も何かしようがあるのに。

 マリアさんをここに連れてくるまでに、僕は二人の女の子の泣き顔を見た。

 涙の理由は全く違うが、いずれも、マリアさんのために泣いていた。


*******************


 一人は、僕が女中部屋へ向かう途中に出会った赤毛の女の子だ。楡の木の前にうずくまってしくしく泣いている。どうしたのかと訪ねると、その小さな顔をあげた。

 紅潮した頬に、涙で濡れた長いまつ毛。僕は心臓をギュッと掴まれたみたいになった。

「王妃様のためを思って忠告したのに、私を信じてくださらないの。それどころか、頭を冷やすようにと仰って……大使館への随行を外されたの」

 侍女たちにとって、王妃様の出張への随行はそれなりのステータスなのだ。張り切って準備したのに、留守番をさせられたのは僕も同じだ。彼女に同情を覚えた。

「僕でよかったら聞きますよ」

 ハラハラと涙を流す赤毛の美少女。吹けば飛ぶような可憐な姿。

 心奪われて、ってやつだ。僕は束の間、執事のこともトーマ様のことも忘れた。

 女中部屋に突っ走るのもやめて、彼女の隣にかがみ込んだ。

 ローザというその侍女の髪は、名前の通り、薔薇の花のようないい匂いがする。僕はその小さな冷たい手をとって、彼女が語り出すのを待った。

「全ては、あのマリアというアバズレのせいなのですわ」

 開口一番、マリアという名前が出て驚いた。次いで、アバズレというパワーワードに、僕は目をしばたたいた。

「今日はその名前を本当によく聞くなあ……」
「マリアをご存じなのですか?」

 ローザの話はこうだ。マリアが王妃の宝飾品のエリアに勝手に立ち入ったのをローザが見咎めた。しかし報告を受けた王妃たちはマリアを叱るどころか、ローザの見間違いだと決めつけたという。

「妙な話やな」

 僕はローザに同情した。普通なら、身近に仕える侍女の言うことを信じるんじゃないかって気がする。

「マリアはコカブ夫人のお気に入りで、養子にとる話まで出ているの」
「コカブ夫人て……近衛隊長の母上ですよね」
「そうよ。マリアはなんせ人に取り入るのが上手いの」

 僕は驚いた。僕の頭のなかでは再びマリア魔性の女説が有力になっていた。

「メイドを養子に取るなんて、聞いたことがない」

 コカブ夫人といえば、領主様の乳母であり、この国で最も美しいとされる湖のほとりの名城を所有する大貴族だ。

 その養子になるというのが本当ならば、マリアという人は、メイドさんの身分から一転、押しも押されぬ公爵家のお姫様ということになる。

 それだけじゃない。コカブ家の娘になると言うことは、あのジュン殿の妹になるということなのだ。う、うらやましい! 

 あの麗しい隊長と合法的に一つ屋根の下で暮らせるなんて。鼻血がいくらあっても足りないよ!

「コカブ夫人が王妃にお話しされているのを、クローゼットに隠れて聞いたの。間違いないわ」

 隊長とのめくるめく日々を妄想していた僕は、ローザの声で我に帰る。可愛い顔をして盗み聞きとは、ローザはなかなかの小悪魔さんのようだ。

「だから最近のマリアは調子に乗っているのよ。なんのお咎めも無かったことに気をよくしているようだけど……私の目は誤魔化せないわ。見たんだもの、決定的瞬間を」

 ローザは、マリアが王妃のブローチを持ち出したのを見たという。

「もしかして、執事長にもその話を?」
「ええ。したわ。だけど執事長も本気にはしてくれていないみたい……」
「そんなことありませんよ。執事長はそのためにわざわざ僕を使わしたんですから」
「まあ、そうだったの」

 ローザは改めて僕をまじまじと見つめた。

「……あなた一人きり?」

 ローザは、やっぱりなめられているんだ……と言って泣き始めた。

「ちょ、それ、どういうこと」

 僕は苦笑してしまった。

「失敬しちゃうな。大丈夫ですよ。僕がちゃんと確かめてきますから」

 そう言って立ちあがろうとすると、ローザは僕を引き止めた。思いの外、力が強い。

「マリアが盗んだのはブローチだけじゃないの。貴方には言えないんだけど……それはそれはおぞましい行いをしているの」

 ローザは、マリアがどんなに悪い女であるか、延々と語って聞かせてくる。

「王妃様も王妃様よ……ご自分の罪を隠すために、マリアを許したんだわ」

 はじめこそ真剣に聞いていたものの、僕はだんだん気持ちが悪くなってきた。

「トーマと隊長殿がどうしてあの女に夢中になったのか。それが明るみに出たら、マリアは風紀取締法で罰せられるはずよ」

 なぜだろう、ローザの話をいくら聞いても、もう同情はできなかった。

 ローザのいうことが全て本当なら、隊長もトーマ様も王妃もコカブ夫人もみんなバカで間抜けでスケベということになる気がした。

 人が他人に向ける悪意と怨念というものに、あてられてしまったのかもしれない。







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