上 下
20 / 164
第三章 芥子畑

5 衣装部屋にて

しおりを挟む
5 衣装部屋にて



 正門には、たくさんの着飾った貴族や豪華な馬車が集まっている。そこを迂回してしばらく城壁に沿って進む。門番の立つ黒い門が見えると、ジュンはすっと姿勢を正した。僕はあわてて、ジュンの貸してくれた黒いマントを頭からかぶった。

「お帰りなさいませ」

 門番たちは槍を引っ込めて、道を開けた。ジュンは小さく会釈すると、何食わぬ顔で馬を進めた。

 この人、城に顔パスで入っちゃったよ。

 ジュンの黒馬が通ると、城の家臣や使用人たちが腰をかがめて道を開ける。かなり身分が高いと見て良さそうだ。

「ジュン!」

 遠くから僕たちの姿を認めた青年が駆け寄ってくる。

「午前の式典はどうしたんだよ? 領主様が探しておいでだったぞ!」
「すまん。公務だ」
「公務? お后様のご生誕祝いの最中に?」

 ジュンに親しげに話しかける青年は、晴れの衣装に身を包んでいる。やはり貴族の令息か何かなのだろう。

「……その娘は?」

 僕は内心ヒヤヒヤしながら顔を伏せる。

「招待客のご令嬢だ。城に向かう途中で足を挫かれていたのでお連れした」
「それはそれは……」
「じゃあなトーマ、また後ほど」

 そう言うと、何食わぬ顔で青年の前を通り過ぎた。

「やなやつに見られたな」

 ジュンがつぶやいた。

「人気のないところへ行きましょう」

 巨大迷路みたいな庭園を抜けると、小さな池とあづまやがあった。ジュンはひらりと馬を降りて、僕を抱え下ろしてくれた。

「お疲れは出ませんでしたか、アリスさん!」

 ここまでスタイリッシュに女扱いされるとさすがに笑ってしまう。「さあこちらへ」と、華麗にエスコートしてくれる。

「……あの人は、僕を待っていてくれるでしょうか」

 ジュンはふいに、城の一角の高い塔を見上げて、切なそうに唇をかみしめる。

 僕はジュンの肩をたたいて励ます。ジュンは馬を繋ぐと、僕を連れて城の方へと歩き出した。

「ねえ、その子の名前は?」
「ケイト、と言います」

 この質問を境に、ジュンの惚気が始まった。

 ケイトが、いかに素敵な子であるか。微に入り細に入り聞かされている間に、僕らは城の中に足を踏み入れていた。

 人目に触れない道を選んでいるのか、ジュンは複雑なルートで、城内をすすむ。僕はどの階段を上ってどの廊下をどうやって歩いてきたのか全くわからない。

「美しくて、聡明で、慈悲深い……でも、誰よりも孤独な人なんです……」

 ジュンはもの思いにふけりながらも、勝手知ったる様子で城内を進む。お城は広い。壁画も天井も豪奢だ。けれど重苦しい。想像していたよりも暗くて、そして寂しい感じがした。

「あ、すみません、一人でべらべらと……」

 ジュンは大きな扉の前で立ち止まると、我に返ったみたいに、そのハンサムな顔を赤らめた。

「ううん。その子のことが、ジュンは大好きなんだね」
「ずっとふられてますがね……」

 ジュンは扉を開けた。通されたのは、二家族ぐらい生活できそうな勢いで広い衣裳部屋。

「まずはここであなたの衣装を整えましょう」
「え、僕の?」
「その恰好では目立ちすぎます」

 確かに。もうおきゃましてる必要ないし。スカートは泥だらけ、靴下も破れてるしな。

「これを着てください。私は外を見張ってますから」

 手渡された服を見てぎょっとする。

「待って、またドレス着るのやだよー。男の服がいいー」

 ちょっと期待した分、思わず泣きそうになる。

「今夜は来客の女性が多いですから。お城でうろつくにはその恰好が一番です」
「なんでよ。豚飼いでも料理番でも警備員でもなんでもいいじゃん」
「それじゃあ、ケイトに自然に近づくことができないじゃないですか」

 ジュンの計画はこう。

 まず、舞踏会の大広間にいるケイトをジュンが僕のところへ連れて来る。ただし、ケイトにジュンが本作戦の旨を伝えて、合意してくれたらの話らしい。

「拒否られることもある?」
「ないとは言い切れません」
「そしたら諦める?」
「無理強いはできませんがなんとか説得するか騙すかして……」
「いや、そこは諦めようね。僕ストーカーの手伝いはできないからね」

 これは、最初の段階で頓挫することも大いにありそうだ。

「とりあえず、作戦の続きを話しても?」

 次に、僕とケイトは意気投合し、二人で親しげに語らい、広間を出て、夜風に当たりに行く。

「意気投合できなかったら?」
「しなくていいです。してるふりをしてください」
「ふり? なんの意味が?」
「周囲に疑われないためです。この見せかけはとても大事です。頼みますよ」

 二人きりで庭園に出たら、さっき馬を止めたあずまやにいく。先回りしているジュンとそこで落ち合い、二人はそのままエスケープ。残された僕は、ジュンがあずまやに用意しておいてくれる男の服に着替えて、城を出る。

「以上?」
「以上です」

 ジュンの作戦は、意外と普通だった。

「作戦て言うから身構えちゃったよ」
「協力してくれますか?」
「うん、いいよ」
「なんと頼もしい!」

 女装して広間に忍び込むのは確かに気が重いけど、ジュンのためだ。そこさえ我慢すれば、あとは女子トークで盛り上がる振りをして、外に出ればいいだけ。

 余裕を取り戻した僕に対して、ジュンはすごくピリピリしている。ドアの外を伺ったり、部屋を歩き回ったり。それだけ真剣なんだなと同情する。安心させるためにも、僕はきちんと女装することにした。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

息子よ……。父を性的な目で見るのはやめなさい

チョロケロ
BL
《息子×父》拾った子供が成長したらおかしくなってしまった。どうしたらいいものか……。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。 宜しくお願いします。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

処理中です...