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第一章 森のほとり
3 暖かな部屋
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3 暖かな部屋
父さんの悲しげな顔が、雪の向こうに消えていく。僕は叫ぼうとするけど、声が出ない。
「アリオト……アリオト!」
名前を呼ばれて、目を開ける。
僕の目の前に立っていたのは、父さんではなかった。 険しい顔で僕を睨む義理の兄。
「……ホクトくん?」
「よかった、気がついたんだね」
森へ向かう途中の雪道で気絶していた僕を、ホクトくんが見つけて、屋敷に連れて帰ってくれたらしい。
凍死も辞さない覚悟の家出だったけど、それはあっけなく失敗したのだ。森にも到達せずに行き倒れてたなんて、ちょっと恥ずかしかった。
「さあ、これを飲んで」
ホクトくんに支えられて身を起こす。温かな飲み物の入ったカップを渡される。僕はそれを口にするのも忘れて、あたりを見回した。
ぱちぱちはぜる暖炉。キングサイズのベッドにはビロードの天蓋。ホクトくんの部屋だ。
壁には猟銃と鹿の角。マホガニーの家具には不似合いな、東の国の織物や豪華な調度品が無造作に飾られている。
状況が分かってくると同時に、僕はザクロさんの鞭を覚悟した。
僕はホクトくんの視界に入るどころか、彼のベッドに寝かされている。これは、どう考えてもまずすぎる。
「どうした? 毒なんか入ってないよ」
ホクトくんはそう言うと、僕の頭をなでた。灰が、ベッドやカップの上に落ちた。
ケガラワシイ! ザクロさんの言葉がよぎって、僕はホクトくんの手を振り払ってしまった。
「ほ、欲しくない」
「駄目だよ。このままじゃ君、死んじゃうぜ」
僕はカップを押し返す。ベッドを抜けだして立ちあがろうとする僕の背中を、ホクトくんはかいがいしく支えてくれる。
「どこへいくんだい?」
「助けてくれてありがとう。でももう、行かなきゃ」
「行くって、また出ていく気?」
僕が腕を振りほどいても、ホクトくんは、心配そうについてくる。
「もう少しお眠り。母さんには秘密にしておくから」
「だめだよ……僕がここにいたら、部屋中灰だらけになる」
ホクトくんは大きな声で笑った。
「そんなこと気にするな。ここはもともと、君の部屋じゃないか」
ホクトくんは笑ったかと思うと、今度は急に真顔になった。真剣な顔で僕の肩を揺さぶってきた。
「母さんは恐ろしい人だ……! 君をこんな目にあわせるなんて……!」
「あうあう、ちょ、ホクトくん……そんな揺らすと頭痛い……」
僕はかれこれ五年、こんな目に遭ってるんだ。今更言われなくてもザクロさんの怖さは十分わかってるよ。だからこそ早く君の側から逃げないと。
しゃべろうにも口がきけない僕の肩を掴んだまま、ホクトくんは母ザクロに対して熱く憤っている。
「母さんの君への態度は目に余る! 僕は何度も抗議しているんだ。助けてやりたかったんだ。なのに母さんに歯向かおうとすると、何故か頭がぼうっとして、記憶が途絶えてしまうんだ」
「そ、そうだったんだ……」
背の高いホクトくんに揺さぶられて、僕は立っているのもやっとだ。頭も体もふらふら。
「母さんに一体何を言い付けられたんだい?」
僕はザクロさんにどんな難題を吹っかけられたかを話した。
「……というわけで僕はもう、この家を出ていくよ」
「ダメだよ」
ホクトくんは声を低めた。
「この家は正式には母さんのものじゃない。君のものなんだ……それは知ってたかい?」
僕はびっくりしてホクトくんの顔を見上げた。
「やっぱり……母さんは君に黙ってるんだね」
相続云々の話より、僕はホクトくんの様子に気を取られてしまった。
「ごめんよ、母さんは財産を使い果たしかけてる。だから君を騙して、いびり倒して……」
ホクトくんがそんなことを言うなんて本当に意外だった。正直、何も考えてないお馬鹿さんだと思ってたから。
「先日、東の国の役人が君を訪ねて来たんだよ。父さんから君に宛てた手紙があるらしい。でも母さんは、君が死んだと返事していたんだ」
そんな話は初めて聞いた。父さんから僕に宛てた、最後の手紙。
「その手紙はどこに?」
「わからない。母さんが持っていないことは確かさ。手紙は誰かが別の場所で預かっていると役人が言ってた」
読みたいかい? とホクトくんは言って、うつむく僕の頬に触れてきた。僕はびくっとしてしまった。
父さんの悲しげな顔が、雪の向こうに消えていく。僕は叫ぼうとするけど、声が出ない。
「アリオト……アリオト!」
名前を呼ばれて、目を開ける。
僕の目の前に立っていたのは、父さんではなかった。 険しい顔で僕を睨む義理の兄。
「……ホクトくん?」
「よかった、気がついたんだね」
森へ向かう途中の雪道で気絶していた僕を、ホクトくんが見つけて、屋敷に連れて帰ってくれたらしい。
凍死も辞さない覚悟の家出だったけど、それはあっけなく失敗したのだ。森にも到達せずに行き倒れてたなんて、ちょっと恥ずかしかった。
「さあ、これを飲んで」
ホクトくんに支えられて身を起こす。温かな飲み物の入ったカップを渡される。僕はそれを口にするのも忘れて、あたりを見回した。
ぱちぱちはぜる暖炉。キングサイズのベッドにはビロードの天蓋。ホクトくんの部屋だ。
壁には猟銃と鹿の角。マホガニーの家具には不似合いな、東の国の織物や豪華な調度品が無造作に飾られている。
状況が分かってくると同時に、僕はザクロさんの鞭を覚悟した。
僕はホクトくんの視界に入るどころか、彼のベッドに寝かされている。これは、どう考えてもまずすぎる。
「どうした? 毒なんか入ってないよ」
ホクトくんはそう言うと、僕の頭をなでた。灰が、ベッドやカップの上に落ちた。
ケガラワシイ! ザクロさんの言葉がよぎって、僕はホクトくんの手を振り払ってしまった。
「ほ、欲しくない」
「駄目だよ。このままじゃ君、死んじゃうぜ」
僕はカップを押し返す。ベッドを抜けだして立ちあがろうとする僕の背中を、ホクトくんはかいがいしく支えてくれる。
「どこへいくんだい?」
「助けてくれてありがとう。でももう、行かなきゃ」
「行くって、また出ていく気?」
僕が腕を振りほどいても、ホクトくんは、心配そうについてくる。
「もう少しお眠り。母さんには秘密にしておくから」
「だめだよ……僕がここにいたら、部屋中灰だらけになる」
ホクトくんは大きな声で笑った。
「そんなこと気にするな。ここはもともと、君の部屋じゃないか」
ホクトくんは笑ったかと思うと、今度は急に真顔になった。真剣な顔で僕の肩を揺さぶってきた。
「母さんは恐ろしい人だ……! 君をこんな目にあわせるなんて……!」
「あうあう、ちょ、ホクトくん……そんな揺らすと頭痛い……」
僕はかれこれ五年、こんな目に遭ってるんだ。今更言われなくてもザクロさんの怖さは十分わかってるよ。だからこそ早く君の側から逃げないと。
しゃべろうにも口がきけない僕の肩を掴んだまま、ホクトくんは母ザクロに対して熱く憤っている。
「母さんの君への態度は目に余る! 僕は何度も抗議しているんだ。助けてやりたかったんだ。なのに母さんに歯向かおうとすると、何故か頭がぼうっとして、記憶が途絶えてしまうんだ」
「そ、そうだったんだ……」
背の高いホクトくんに揺さぶられて、僕は立っているのもやっとだ。頭も体もふらふら。
「母さんに一体何を言い付けられたんだい?」
僕はザクロさんにどんな難題を吹っかけられたかを話した。
「……というわけで僕はもう、この家を出ていくよ」
「ダメだよ」
ホクトくんは声を低めた。
「この家は正式には母さんのものじゃない。君のものなんだ……それは知ってたかい?」
僕はびっくりしてホクトくんの顔を見上げた。
「やっぱり……母さんは君に黙ってるんだね」
相続云々の話より、僕はホクトくんの様子に気を取られてしまった。
「ごめんよ、母さんは財産を使い果たしかけてる。だから君を騙して、いびり倒して……」
ホクトくんがそんなことを言うなんて本当に意外だった。正直、何も考えてないお馬鹿さんだと思ってたから。
「先日、東の国の役人が君を訪ねて来たんだよ。父さんから君に宛てた手紙があるらしい。でも母さんは、君が死んだと返事していたんだ」
そんな話は初めて聞いた。父さんから僕に宛てた、最後の手紙。
「その手紙はどこに?」
「わからない。母さんが持っていないことは確かさ。手紙は誰かが別の場所で預かっていると役人が言ってた」
読みたいかい? とホクトくんは言って、うつむく僕の頬に触れてきた。僕はびくっとしてしまった。
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