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なんでもないただのひよこの話
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遠い遠い場所にあるその国では、あらゆるものが動物たちでできていました。くじらはたとえば飛行船で、きりんはたとえばふみきりで、ぞうはたとえば広場の噴水でした。
動物たちは仲が良く、そりゃあたまにはけんかなんかしたりもしましたが、仲がいいと往々にそうであるように、またすぐに仲直りをして愉しく暮らすのでした。
では、あらゆるものが動物たちでできているこの国では、一体だれが暮らしているのか、と、この不思議で愉快な国の話をここまできいた人たちはそろって疑問に思います。くじらの飛行船に乗るのは誰なのか、きりんのふみきりを渡るのは誰なのか。
答えはかんたんです。誰もくじらの飛行船には乗らないし、きりんのふみきりを渡りません。動物たちのこの国では、あらゆるものの役目をつとめる動物たちしかいないのです。くじらの飛行船はただ自分が空を遊覧飛行するのを楽しんでいましたし、きりんのふみきりは日がなひなたぼっこをしながら、ときおり通り過ぎるねこの電車なんかと挨拶をかわしたりするのでした。そうして動物たちはめいめい自分のつとめる役目を『仕事』と呼んで誇りに思っているのでした。
そんな不思議な動物たちの国に、一羽のひよこがいました。くじらの飛行船やきりんのふみきりたちとは違い、ひよこはただのひよこでした。ひよこは『仕事』をもっていなかったのです。ありの子からしろながすくじらまでみんながそれぞれ『仕事』を持っている世界でしたから、ひよこだけが『仕事』を持っていないのは不自然なことでしたが、ひよこは特にそのことに関して不自然であると自覚したことはあまりありませんでした。これはひよこにはよくあることなのですが、ちょっとわがままで傲慢なところがあったのです。
ですから、ほかの動物たちがおせっかいで、きみはまだ何にもならないのかい、と尋ねてきたりしても、ぼくはまだいいんだい、とそっぽを向いてみたりするのでした。
しかし、ひよこにとって、いいんだい、と言っていられないようなことが起こりました。
お母さんが死んでしまったのです。ひよこのお母さんはにわとりのかざみどりでした。
きょうだいもなく、お父さんのにわとりもはやくに亡くしていたひよこはひとりぼっちになってしまったのでした。ひよこは幾日も幾日も泣き暮らしていましたが、そうしたってちっとも悲しみはなくなるものではありませんでした。
そんなとき、ひよこの友達の時計のはとがくうくうとうたっているのを見て、ひよこもそろそろ『仕事』をもたなければいけないのかもしれない、と思いました。けれども、何をすればいいのかわかりません。
ひよこは外に出てみました。もしかしたら自分にぴったりの『仕事』が見つけられるかもしれない、と思ったのです。
それがひよこの『職探し』のはじまりでした。
ひよこがうちから出て一番はじめに会ったのは、かめれおんの信号でした。かめれおんの信号は瞬時に色を変えて指示を出します。
「あのう、かめれおんの信号さん」
ひよこは声をかけました。かめれおんの信号はひよこをちらりと見やると、なんだというように少しだけ息を吐きました。
「誰かと思えば、なんでもないただのひよこじゃないか。一体どうしたというんだい」
体の色を目まぐるしく変えながら、かめれおんの信号は言いました。ひよこはその様子を目を輝かせて眺めながら、
「ぼく、『仕事』をさがしているんです」
「それはいいことだな、きみもそろそろなんでもないただのひよこから何か別なひよこになるべきだ」
かめれおんの信号の言葉をききながら、ひよこはやっぱりそうか、と思いました。そうして、かめれおんの信号の『仕事』がいっとう素敵に立派に思えてきたのです。
「ええ。ぼくにも、しんごうのかめれおんさんみたいにしんごうになったりできるかしら」
「きみは僕みたいに赤になったり青になったり、時には黄色かなんかになったりできるかい?」
「黄色ならもとからです、でも、赤や青にはなれません」
「じゃあきみにはなれないな」
あっさりと、かめれおんの信号は言いました。言い方は冷たいけれども、無理なものは早いうちに無理ときっぱり言ってやるのが本人のため、とかめれおんの信号は思っているので言いました。仕方がありません。信号といえばやっぱりかめれおんの信号なのですから。ひよこはあきらめてかめれおんの信号と別れました。
かめれおんの信号の先をまっすぐ通り抜けて、大通りに出ると、ちょうどらくだのタクシーがとまったところでした。ひよこはらくだのタクシーに声をかけました。
「あのう、らくだのタクシーさん」
声をかけられてはじめて、らくだのタクシーはひよこに気がついたようでした。
「おやまあ、どなたかと思えばなんでもないただのひよこさんですね。何かご用ですかな」
「ぼく、『仕事』をさがしているんです。ぼくにできる『仕事』はないかと思って」
「そうですねえ、それはいいことですねえ」
のんびりとした口調で、らくだのタクシーは頷きました。歩く早さに従って、らくだのタクシーは万事がゆるやかなのです。
らくだがあんまりのんびりと気持ちよさそうにしているので、ひよこはらくだのタクシーがとても素敵に思えてきました。悠然と町を歩く姿がいっとう素敵な気がしたのです。
「ぼくにも、らくだのタクシーさんみたいにタクシーになれるかしら」
「あなたは重い荷物を運べますかな?背中にこぶがあって、その中に栄養をたくわえて幾日も食事をしないでもいられますかな?」
「とんでもない、ぼくは重い荷物なんて運べないし、1日だってご飯を食べずには倒れてしまいます」
「それではあなたには無理ですねぇ」
らくだのタクシーはすこしだけ残念そうに言いました。仕方がありません。タクシーといえばやっぱりらくだのタクシーなのですから。ひよこはあきらめてらくだのタクシーと別れました。
らくだのタクシーと別れて歩いてゆくと、曲がり道にさしかかりました。ひよこはそのカーブに従って左に曲がりました。道を曲がると、そこはきりんのふみきりでした。ひよこは今度こそはと思って小さな足で必死に駆け出しました。
「あのう、きりんのふみきりさん」
背のたかいきりんのふみきりは、ひよこが近づくとすぐに気がついたようでした。
「あらあらあら、何でしょうか、なんでもないただのひよこさん」
きりんのふみきりはすこしだけ声が高く、そしてすこしだけ早口です。でもきりんのふみきりは気さくなので、とても話しやすい、とひよこは思いました。
もしかしたらきりんのふみきりはいっとう素敵な仕事なのかもしれない、と感じられたほどです。
「ぼく、『仕事』をさがしているんです。ぼくにできる『仕事』をさがしているんです」
ひよこに言われて、きりんのふみきりは少し困ってしまいました。というのも、こんなひよこに何かできることなんてあるのかしら、なんて思ったからです。けれども、こんなに情熱に燃えているひよこに水を差すようなことを自分が言うのは差し出がましいかしら、とも思ったので、何と答えてあげるのが一番ひよこにいいのかが分からなかったのです。
そこへちょうど、ねこの電車が通りかかりました。きりんはちょうどいいと思い、ねこの電車を呼び止めました。ねこの電車はきりんのふみきりに呼び止められると、慌てて急ブレーキをかけました。その拍子に、目の前につりさげられている魚のおもちゃがぶらん、と揺れてねこの電車の鼻先にあたりました。
「おっと、駅でもねぇのにそんな風に呼ばれちゃこっちだって予定が狂っちまうってもんよ。おれにも時間があるんだからよ」
ねこの電車の威勢のよさは相変わらずです。きびきびしてて立派だ、とひよこは思いました。同時に、いっとう素敵なのはこの仕事かもしれない、とも。
「いやねえ、この子に合う『仕事』の話なんだけどもね…」
「なんだい、この子ってのはこのなんでもないただのひよこのことかい?」
ねこの電車はオパールのような色の目をきゅりっとひよこに向けました。ねこの電車の鼻先で、ひもからぶら下がった魚のおもちゃがふらふらと揺れます。
「そうですねえ、どういうんでしょうねえ」
きりんのふみきりは首を傾げました。
「ぼくにも、きりんのふみきりさんみたいにふみきりになれるかしら。それかねこの電車さんみたいに、電車になれるかしら」
「そうですねえ、あなたは首をぐんと伸ばすことができますか?」
「いいえ、ぼくの首はこれっきりのびないんです」
「じゃあ、四つん這いになって風よりも速く走れるかい?」
「いいえ、ぼくは四つん這いになることはできないし、よちよち歩くので精一杯です」
「じゃあ、無理だねえ」
きりんのふみきりと、ねこの電車は口を揃えて言いました。仕方がありません。ふみきりといったらやっぱりきりんのふみきりだし、電車といったらやっぱりねこの電車なのですから。ひよこはあきらめてきりんのふみきりとねこの電車と別れました。
きりんのふみきりを通り過ぎると、そこは原っぱでした。原っぱはお日様の心地よい日差しを浴びて幸せそうにそよいでいましたが、ひよこはもう疲れてしまいました。立て続けに3回も失敗し、だんだん『仕事』にたいして自信がもてなくなってしまっていたのです。
「ぼくにできる『仕事』なんて、本当にこの世界にあるんだろうか」
ひよこは原っぱに腰をかけて、がっくりして呟きました。足も疲れたし、しばらくは動く気にもなれそうにありません。
原っぱの真ん中――いまひよこが座っている位置からはちょうど左手にあたりましたが――には、この世界でいっとう大きくて立派なセコイアの木が、他のさくらやスギよりすこしだけ居丈高に、堂々とそびえ立っていました。セコイアの威厳あるたたずまいは、けれども今のひよこには少しだけ悲しく感じられてしまうものなのでした。
しばらく原っぱに寝転んで途方に暮れていたひよこでしたが、やがてふうっと風のようなため息をつくとおきあがりこぼしのように勢いをつけて起き上がりました。まだまだ仕事を探さなければなりません。ひよこは起きあがると、おしりについた葉っぱを払ってまた歩き始めました。
原っぱを抜けた向こうにあるのは、ちいさな広場でした。広場は小さけれども、その真ん中にはとても大きくて立派なぞうの噴水がありました。
本当はというと、このぞうの噴水がとても大きいあまり、広場がいっそう小さく感じてしまわれるのですが、それでもこの立派なぞうの噴水がこの街での大切な存在であることに代わりはありませんでした。そうして、ひよこ自身昔から――といってもひよこはまだひよこですからほんのわずかばかりの昔のことです。でも、ひよこにとっては大昔なのです――、このぞうの噴水にはちょっとあこがれていたのでした。ですからそんな立派なぞうの噴水を改めてみてみると、やっぱりこれがいっとう素敵、と思えてくるのです。
ひよこは気持ち急いだ足取りでぞうの噴水まで歩み寄りました。
「あのう、ぞうの噴水さん」
ひよこが声をかけても、ぞうの噴水は何も答えませんでした。目をつむって、じっとしています。
ぼくの声が聞こえなかったのかしら、と思って、ひよこはもう一度呼んでみました。
「あのう、もしもし、ぞうの噴水さん、ぼくです、なんでもないただのひよこですよ」
ひよこはそうやって呼びかけてみました。もし声が聞こえていても、大きなぞうの噴水のことです。ちっぽけなひよこなんて見過ごしてしまうかもしれないので、ひよこはそんなふうに呼びかけました。
しかし、ぞうの噴水は何も言いません。おかしいな、と思ってひよこがもう一度声をかけようと大きく息をすいこんだとき、ぶわわわわ、という音を立てて水柱が勢いよく立ち上りました。ちょうど、3時だったのです。
ひよこは圧倒されてその見事な噴水に見とれました。なんて勇ましく立派なのでしょう。
「ぞうの噴水さん」
ひよこが呼びかけると、ぞうの噴水は振り向いてにかっと笑いました。
「見たかい、今の」
「ええ、見ましたとも見ましたとも。立派な水柱でした」
「そうか、うん、そうだろうなあ」
ひよこが褒めるとぞうの噴水は満足げにうなずき、それから上機嫌で鼻歌をうたいだしました。あのう、とひよこはおずおずとたずねました。
「ぼくも、仕事をさがしているんです。ぼくにも、ぞうの噴水さんみたいに噴水になれるかしら。ひよこの噴水になれるかしら」
ひよこの質問に、ぞうの噴水は、なんだって、と頓狂な声をあげました。
「噴水になるだって?きみが?そんなことできるわけないじゃないか!」
確かにぞうの噴水は立派な仕事ですし、ぞうの噴水が自分のぞうの噴水に誇りをもつのはわかりますが、それでもひよこは頭ごなしにそんなことを言われて少しむっときました。
「どうしてそんな風にお思いになるんです?」
ひよこがくちばしをとがらせて言ったからか、ぞうの噴水はおかしそうに笑いました。いやあ悪い悪い、と言いながら長い鼻で頭をかきます。
「失礼、きみをばかにする気なんてさらさらないんだ。だがね、こればっかりは仕方がない。君にひよこの噴水になることはできないんだ」
「なぜです?」
「いいかい、生き物には誰にでも適正というものがあるんだ。きりんの踏切にはそれにふさわしい長い首があるし、かめれおんの信号には体の色を変えられる技術がある。そうしておれにはこの長い鼻をいかして、噴水をおこすことができるんだ。逆に言えばきりんのふみきりにおれの仕事を肩代わりさせることはできないし、おれにかめれおんの信号を肩代わりしてやることはできない。そう決まっているのさ」
ぞうのふんすいの言葉は、ひよこには一瞬難しいような気がしましたが、ぞうのふんすいが決してややこしいことを言っているのではないということはひよこにもよく分かりました。ただ、ちょっとひよこぶってわからないふりをしたくなったのです。それはほとんど無意識のことでした。
「じゃあ…」
ひよこはうつむきながら言いました。
「そのテキセイって、たとえばぼくにはどんなものがあると思います?」
ぐぐっと鼻をもちあげてのびをしながら、ぞうのふんすいはさあな、と答えました。
「そいつは自分で考えるべきじゃないのかな。それに、そういうことは自分にしかわからない」
今度は難しい答えです。ひよこはいよいよどうしていいかわからなくなってしまいました。
「ぼくにはわかりません。でもとりあえず、もうしばらくは旅を続けようと思います。もしかしたら、なにかがわかるかもしれない」
半分はひとりごとのように言うと、ひよこはぞうのふんすいにぺこりと頭を下げてまた歩き始めました。達者で、とぞうのふんすいが背中から声をかけてくれました。
それからかなり長い間、ひよこは色んなひと――へびのなわとびやちょうちんあんこうの灯台にまで――に、自分の適性とやらを聞いて回りました。しかし、返ってくる答えはみな『わからない』か『さあ』でした。夏がきて、秋がきても、ひよこはおんなじ質問を繰り返すばかりでした。
ひよこはくたくたになってしまいました。もう幾日もごはんを食べていないし、歩き疲れて足はへろへろです。それに、季節は冬になって、風がぴゅうぴゅうきつく吹き付けるものだから寒くてしかたがありません。雨が降った後のべたべたした枯れ葉の上なんかをあるいた夜は泣きたくなってしまいました。
ながいながい旅を続けて続けて続けて、とうとうひよこは、わにのやねがわらがならぶそのぼこぼこした水はけのいい背中にばったりと倒れ込みました。歩き疲れてもう動くこともできません。
「ずいぶんと景気の悪い面をしてるじゃないかよ」
ふいに、わにのやねがわらが声をかけてきました。見ると、こっちをみてにやにやと笑っています。こんなにぐったりしているときににやにやされて少しむっとしましたが、力がでないまま、どうにかかすれた声を絞り出しました。
「仕事を、さがしているんです。ぼくの、ぼくだけの。適正なんです。それを、ずっと…」
やっとのことでそれだけを伝えると、わにのやねがわらはきょとんと目を丸くしました。
「仕事だって?いまやっている仕事じゃ不服なのか?」
「そうなん……なんですって?」
驚いてききかえすと、わにのやねがわらはくいっと尻尾でこちらを指しました。
「お前さんのその役目もなかなかに立派な仕事だぜ」
言われるままに、わにのやねがわらが指す先――ひよこの身体のことですが――を見下ろしました。
「あれ…?」
「かざみどりはおれにはできねえからな。そいつが適正ってやつなんだろう」
自分のきいろいはずのからだを見下ろしたとき、わにのやねがわらがそんな風に言いました。わにのやねがわらが言ったとおり、たしかに、いつの間にか、黄色かったはずの毛が生え替わり、すっかり白いつやのある毛がふさふさと身体をおおっているのです。
「あれ……ぼく」
いつのまに大人になったのだろう、とひよこ――いえ、にわとりのかざみどりは思いましたが、自分にようやくしっくりくる、適正のある仕事を見つけられたことが非常にうれしくなりました。
「――ぼく、にわとりなんです。もうりっぱなにわとりなんですね。そうか、にわとりなんだからにわとりのかざみどりなんだ、ぼくはにわとりのかざみどりなんだ!」
にわとりのかざみどりは飛びたたんばかりに(にわとりであるにも関わらず)跳ね上がり、誇らしげにわにのやねがわらのしっぽの先にちょこんと飛び乗ったのでした。
にわとりのかざみどりには内緒の話ですが――
本当はにわとりのかざみどりはまだりっぱなにわとりというにはまだ少し毛が生え揃っていませんでした。とさかもまだちいさくつつじのつぼみのようにちょんと乗っているだけです。それにまだかざみどりにしては強い風がきたらよろよろしてしまうようなつたなさもあり、お世辞にもりっぱなにわとりのかざみどりとはいえません。ですから、わにのやねがわらは時々こまってしまうのですが(本人はやる気満々ですから)、まぁ今はおおよそこんなもんなんだろう、と大目に見てやることにしているようです。
あらゆるものがあらゆる動物たちでできている、少しへんてこで大いに愉快な世界のお話です。
了
動物たちは仲が良く、そりゃあたまにはけんかなんかしたりもしましたが、仲がいいと往々にそうであるように、またすぐに仲直りをして愉しく暮らすのでした。
では、あらゆるものが動物たちでできているこの国では、一体だれが暮らしているのか、と、この不思議で愉快な国の話をここまできいた人たちはそろって疑問に思います。くじらの飛行船に乗るのは誰なのか、きりんのふみきりを渡るのは誰なのか。
答えはかんたんです。誰もくじらの飛行船には乗らないし、きりんのふみきりを渡りません。動物たちのこの国では、あらゆるものの役目をつとめる動物たちしかいないのです。くじらの飛行船はただ自分が空を遊覧飛行するのを楽しんでいましたし、きりんのふみきりは日がなひなたぼっこをしながら、ときおり通り過ぎるねこの電車なんかと挨拶をかわしたりするのでした。そうして動物たちはめいめい自分のつとめる役目を『仕事』と呼んで誇りに思っているのでした。
そんな不思議な動物たちの国に、一羽のひよこがいました。くじらの飛行船やきりんのふみきりたちとは違い、ひよこはただのひよこでした。ひよこは『仕事』をもっていなかったのです。ありの子からしろながすくじらまでみんながそれぞれ『仕事』を持っている世界でしたから、ひよこだけが『仕事』を持っていないのは不自然なことでしたが、ひよこは特にそのことに関して不自然であると自覚したことはあまりありませんでした。これはひよこにはよくあることなのですが、ちょっとわがままで傲慢なところがあったのです。
ですから、ほかの動物たちがおせっかいで、きみはまだ何にもならないのかい、と尋ねてきたりしても、ぼくはまだいいんだい、とそっぽを向いてみたりするのでした。
しかし、ひよこにとって、いいんだい、と言っていられないようなことが起こりました。
お母さんが死んでしまったのです。ひよこのお母さんはにわとりのかざみどりでした。
きょうだいもなく、お父さんのにわとりもはやくに亡くしていたひよこはひとりぼっちになってしまったのでした。ひよこは幾日も幾日も泣き暮らしていましたが、そうしたってちっとも悲しみはなくなるものではありませんでした。
そんなとき、ひよこの友達の時計のはとがくうくうとうたっているのを見て、ひよこもそろそろ『仕事』をもたなければいけないのかもしれない、と思いました。けれども、何をすればいいのかわかりません。
ひよこは外に出てみました。もしかしたら自分にぴったりの『仕事』が見つけられるかもしれない、と思ったのです。
それがひよこの『職探し』のはじまりでした。
ひよこがうちから出て一番はじめに会ったのは、かめれおんの信号でした。かめれおんの信号は瞬時に色を変えて指示を出します。
「あのう、かめれおんの信号さん」
ひよこは声をかけました。かめれおんの信号はひよこをちらりと見やると、なんだというように少しだけ息を吐きました。
「誰かと思えば、なんでもないただのひよこじゃないか。一体どうしたというんだい」
体の色を目まぐるしく変えながら、かめれおんの信号は言いました。ひよこはその様子を目を輝かせて眺めながら、
「ぼく、『仕事』をさがしているんです」
「それはいいことだな、きみもそろそろなんでもないただのひよこから何か別なひよこになるべきだ」
かめれおんの信号の言葉をききながら、ひよこはやっぱりそうか、と思いました。そうして、かめれおんの信号の『仕事』がいっとう素敵に立派に思えてきたのです。
「ええ。ぼくにも、しんごうのかめれおんさんみたいにしんごうになったりできるかしら」
「きみは僕みたいに赤になったり青になったり、時には黄色かなんかになったりできるかい?」
「黄色ならもとからです、でも、赤や青にはなれません」
「じゃあきみにはなれないな」
あっさりと、かめれおんの信号は言いました。言い方は冷たいけれども、無理なものは早いうちに無理ときっぱり言ってやるのが本人のため、とかめれおんの信号は思っているので言いました。仕方がありません。信号といえばやっぱりかめれおんの信号なのですから。ひよこはあきらめてかめれおんの信号と別れました。
かめれおんの信号の先をまっすぐ通り抜けて、大通りに出ると、ちょうどらくだのタクシーがとまったところでした。ひよこはらくだのタクシーに声をかけました。
「あのう、らくだのタクシーさん」
声をかけられてはじめて、らくだのタクシーはひよこに気がついたようでした。
「おやまあ、どなたかと思えばなんでもないただのひよこさんですね。何かご用ですかな」
「ぼく、『仕事』をさがしているんです。ぼくにできる『仕事』はないかと思って」
「そうですねえ、それはいいことですねえ」
のんびりとした口調で、らくだのタクシーは頷きました。歩く早さに従って、らくだのタクシーは万事がゆるやかなのです。
らくだがあんまりのんびりと気持ちよさそうにしているので、ひよこはらくだのタクシーがとても素敵に思えてきました。悠然と町を歩く姿がいっとう素敵な気がしたのです。
「ぼくにも、らくだのタクシーさんみたいにタクシーになれるかしら」
「あなたは重い荷物を運べますかな?背中にこぶがあって、その中に栄養をたくわえて幾日も食事をしないでもいられますかな?」
「とんでもない、ぼくは重い荷物なんて運べないし、1日だってご飯を食べずには倒れてしまいます」
「それではあなたには無理ですねぇ」
らくだのタクシーはすこしだけ残念そうに言いました。仕方がありません。タクシーといえばやっぱりらくだのタクシーなのですから。ひよこはあきらめてらくだのタクシーと別れました。
らくだのタクシーと別れて歩いてゆくと、曲がり道にさしかかりました。ひよこはそのカーブに従って左に曲がりました。道を曲がると、そこはきりんのふみきりでした。ひよこは今度こそはと思って小さな足で必死に駆け出しました。
「あのう、きりんのふみきりさん」
背のたかいきりんのふみきりは、ひよこが近づくとすぐに気がついたようでした。
「あらあらあら、何でしょうか、なんでもないただのひよこさん」
きりんのふみきりはすこしだけ声が高く、そしてすこしだけ早口です。でもきりんのふみきりは気さくなので、とても話しやすい、とひよこは思いました。
もしかしたらきりんのふみきりはいっとう素敵な仕事なのかもしれない、と感じられたほどです。
「ぼく、『仕事』をさがしているんです。ぼくにできる『仕事』をさがしているんです」
ひよこに言われて、きりんのふみきりは少し困ってしまいました。というのも、こんなひよこに何かできることなんてあるのかしら、なんて思ったからです。けれども、こんなに情熱に燃えているひよこに水を差すようなことを自分が言うのは差し出がましいかしら、とも思ったので、何と答えてあげるのが一番ひよこにいいのかが分からなかったのです。
そこへちょうど、ねこの電車が通りかかりました。きりんはちょうどいいと思い、ねこの電車を呼び止めました。ねこの電車はきりんのふみきりに呼び止められると、慌てて急ブレーキをかけました。その拍子に、目の前につりさげられている魚のおもちゃがぶらん、と揺れてねこの電車の鼻先にあたりました。
「おっと、駅でもねぇのにそんな風に呼ばれちゃこっちだって予定が狂っちまうってもんよ。おれにも時間があるんだからよ」
ねこの電車の威勢のよさは相変わらずです。きびきびしてて立派だ、とひよこは思いました。同時に、いっとう素敵なのはこの仕事かもしれない、とも。
「いやねえ、この子に合う『仕事』の話なんだけどもね…」
「なんだい、この子ってのはこのなんでもないただのひよこのことかい?」
ねこの電車はオパールのような色の目をきゅりっとひよこに向けました。ねこの電車の鼻先で、ひもからぶら下がった魚のおもちゃがふらふらと揺れます。
「そうですねえ、どういうんでしょうねえ」
きりんのふみきりは首を傾げました。
「ぼくにも、きりんのふみきりさんみたいにふみきりになれるかしら。それかねこの電車さんみたいに、電車になれるかしら」
「そうですねえ、あなたは首をぐんと伸ばすことができますか?」
「いいえ、ぼくの首はこれっきりのびないんです」
「じゃあ、四つん這いになって風よりも速く走れるかい?」
「いいえ、ぼくは四つん這いになることはできないし、よちよち歩くので精一杯です」
「じゃあ、無理だねえ」
きりんのふみきりと、ねこの電車は口を揃えて言いました。仕方がありません。ふみきりといったらやっぱりきりんのふみきりだし、電車といったらやっぱりねこの電車なのですから。ひよこはあきらめてきりんのふみきりとねこの電車と別れました。
きりんのふみきりを通り過ぎると、そこは原っぱでした。原っぱはお日様の心地よい日差しを浴びて幸せそうにそよいでいましたが、ひよこはもう疲れてしまいました。立て続けに3回も失敗し、だんだん『仕事』にたいして自信がもてなくなってしまっていたのです。
「ぼくにできる『仕事』なんて、本当にこの世界にあるんだろうか」
ひよこは原っぱに腰をかけて、がっくりして呟きました。足も疲れたし、しばらくは動く気にもなれそうにありません。
原っぱの真ん中――いまひよこが座っている位置からはちょうど左手にあたりましたが――には、この世界でいっとう大きくて立派なセコイアの木が、他のさくらやスギよりすこしだけ居丈高に、堂々とそびえ立っていました。セコイアの威厳あるたたずまいは、けれども今のひよこには少しだけ悲しく感じられてしまうものなのでした。
しばらく原っぱに寝転んで途方に暮れていたひよこでしたが、やがてふうっと風のようなため息をつくとおきあがりこぼしのように勢いをつけて起き上がりました。まだまだ仕事を探さなければなりません。ひよこは起きあがると、おしりについた葉っぱを払ってまた歩き始めました。
原っぱを抜けた向こうにあるのは、ちいさな広場でした。広場は小さけれども、その真ん中にはとても大きくて立派なぞうの噴水がありました。
本当はというと、このぞうの噴水がとても大きいあまり、広場がいっそう小さく感じてしまわれるのですが、それでもこの立派なぞうの噴水がこの街での大切な存在であることに代わりはありませんでした。そうして、ひよこ自身昔から――といってもひよこはまだひよこですからほんのわずかばかりの昔のことです。でも、ひよこにとっては大昔なのです――、このぞうの噴水にはちょっとあこがれていたのでした。ですからそんな立派なぞうの噴水を改めてみてみると、やっぱりこれがいっとう素敵、と思えてくるのです。
ひよこは気持ち急いだ足取りでぞうの噴水まで歩み寄りました。
「あのう、ぞうの噴水さん」
ひよこが声をかけても、ぞうの噴水は何も答えませんでした。目をつむって、じっとしています。
ぼくの声が聞こえなかったのかしら、と思って、ひよこはもう一度呼んでみました。
「あのう、もしもし、ぞうの噴水さん、ぼくです、なんでもないただのひよこですよ」
ひよこはそうやって呼びかけてみました。もし声が聞こえていても、大きなぞうの噴水のことです。ちっぽけなひよこなんて見過ごしてしまうかもしれないので、ひよこはそんなふうに呼びかけました。
しかし、ぞうの噴水は何も言いません。おかしいな、と思ってひよこがもう一度声をかけようと大きく息をすいこんだとき、ぶわわわわ、という音を立てて水柱が勢いよく立ち上りました。ちょうど、3時だったのです。
ひよこは圧倒されてその見事な噴水に見とれました。なんて勇ましく立派なのでしょう。
「ぞうの噴水さん」
ひよこが呼びかけると、ぞうの噴水は振り向いてにかっと笑いました。
「見たかい、今の」
「ええ、見ましたとも見ましたとも。立派な水柱でした」
「そうか、うん、そうだろうなあ」
ひよこが褒めるとぞうの噴水は満足げにうなずき、それから上機嫌で鼻歌をうたいだしました。あのう、とひよこはおずおずとたずねました。
「ぼくも、仕事をさがしているんです。ぼくにも、ぞうの噴水さんみたいに噴水になれるかしら。ひよこの噴水になれるかしら」
ひよこの質問に、ぞうの噴水は、なんだって、と頓狂な声をあげました。
「噴水になるだって?きみが?そんなことできるわけないじゃないか!」
確かにぞうの噴水は立派な仕事ですし、ぞうの噴水が自分のぞうの噴水に誇りをもつのはわかりますが、それでもひよこは頭ごなしにそんなことを言われて少しむっときました。
「どうしてそんな風にお思いになるんです?」
ひよこがくちばしをとがらせて言ったからか、ぞうの噴水はおかしそうに笑いました。いやあ悪い悪い、と言いながら長い鼻で頭をかきます。
「失礼、きみをばかにする気なんてさらさらないんだ。だがね、こればっかりは仕方がない。君にひよこの噴水になることはできないんだ」
「なぜです?」
「いいかい、生き物には誰にでも適正というものがあるんだ。きりんの踏切にはそれにふさわしい長い首があるし、かめれおんの信号には体の色を変えられる技術がある。そうしておれにはこの長い鼻をいかして、噴水をおこすことができるんだ。逆に言えばきりんのふみきりにおれの仕事を肩代わりさせることはできないし、おれにかめれおんの信号を肩代わりしてやることはできない。そう決まっているのさ」
ぞうのふんすいの言葉は、ひよこには一瞬難しいような気がしましたが、ぞうのふんすいが決してややこしいことを言っているのではないということはひよこにもよく分かりました。ただ、ちょっとひよこぶってわからないふりをしたくなったのです。それはほとんど無意識のことでした。
「じゃあ…」
ひよこはうつむきながら言いました。
「そのテキセイって、たとえばぼくにはどんなものがあると思います?」
ぐぐっと鼻をもちあげてのびをしながら、ぞうのふんすいはさあな、と答えました。
「そいつは自分で考えるべきじゃないのかな。それに、そういうことは自分にしかわからない」
今度は難しい答えです。ひよこはいよいよどうしていいかわからなくなってしまいました。
「ぼくにはわかりません。でもとりあえず、もうしばらくは旅を続けようと思います。もしかしたら、なにかがわかるかもしれない」
半分はひとりごとのように言うと、ひよこはぞうのふんすいにぺこりと頭を下げてまた歩き始めました。達者で、とぞうのふんすいが背中から声をかけてくれました。
それからかなり長い間、ひよこは色んなひと――へびのなわとびやちょうちんあんこうの灯台にまで――に、自分の適性とやらを聞いて回りました。しかし、返ってくる答えはみな『わからない』か『さあ』でした。夏がきて、秋がきても、ひよこはおんなじ質問を繰り返すばかりでした。
ひよこはくたくたになってしまいました。もう幾日もごはんを食べていないし、歩き疲れて足はへろへろです。それに、季節は冬になって、風がぴゅうぴゅうきつく吹き付けるものだから寒くてしかたがありません。雨が降った後のべたべたした枯れ葉の上なんかをあるいた夜は泣きたくなってしまいました。
ながいながい旅を続けて続けて続けて、とうとうひよこは、わにのやねがわらがならぶそのぼこぼこした水はけのいい背中にばったりと倒れ込みました。歩き疲れてもう動くこともできません。
「ずいぶんと景気の悪い面をしてるじゃないかよ」
ふいに、わにのやねがわらが声をかけてきました。見ると、こっちをみてにやにやと笑っています。こんなにぐったりしているときににやにやされて少しむっとしましたが、力がでないまま、どうにかかすれた声を絞り出しました。
「仕事を、さがしているんです。ぼくの、ぼくだけの。適正なんです。それを、ずっと…」
やっとのことでそれだけを伝えると、わにのやねがわらはきょとんと目を丸くしました。
「仕事だって?いまやっている仕事じゃ不服なのか?」
「そうなん……なんですって?」
驚いてききかえすと、わにのやねがわらはくいっと尻尾でこちらを指しました。
「お前さんのその役目もなかなかに立派な仕事だぜ」
言われるままに、わにのやねがわらが指す先――ひよこの身体のことですが――を見下ろしました。
「あれ…?」
「かざみどりはおれにはできねえからな。そいつが適正ってやつなんだろう」
自分のきいろいはずのからだを見下ろしたとき、わにのやねがわらがそんな風に言いました。わにのやねがわらが言ったとおり、たしかに、いつの間にか、黄色かったはずの毛が生え替わり、すっかり白いつやのある毛がふさふさと身体をおおっているのです。
「あれ……ぼく」
いつのまに大人になったのだろう、とひよこ――いえ、にわとりのかざみどりは思いましたが、自分にようやくしっくりくる、適正のある仕事を見つけられたことが非常にうれしくなりました。
「――ぼく、にわとりなんです。もうりっぱなにわとりなんですね。そうか、にわとりなんだからにわとりのかざみどりなんだ、ぼくはにわとりのかざみどりなんだ!」
にわとりのかざみどりは飛びたたんばかりに(にわとりであるにも関わらず)跳ね上がり、誇らしげにわにのやねがわらのしっぽの先にちょこんと飛び乗ったのでした。
にわとりのかざみどりには内緒の話ですが――
本当はにわとりのかざみどりはまだりっぱなにわとりというにはまだ少し毛が生え揃っていませんでした。とさかもまだちいさくつつじのつぼみのようにちょんと乗っているだけです。それにまだかざみどりにしては強い風がきたらよろよろしてしまうようなつたなさもあり、お世辞にもりっぱなにわとりのかざみどりとはいえません。ですから、わにのやねがわらは時々こまってしまうのですが(本人はやる気満々ですから)、まぁ今はおおよそこんなもんなんだろう、と大目に見てやることにしているようです。
あらゆるものがあらゆる動物たちでできている、少しへんてこで大いに愉快な世界のお話です。
了
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