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第三章 グッバイ、ハロー
【第七話 変化】7-3 あ、それうちです
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都心から離れた駅でも、平日の十八時となれば通勤や通学の人々でかなり賑わう。そこそこ栄えた街はここからが本番とばかりに魅力を全面に押し出して、帰宅途中の人々を誘惑する。
人目を惹くのは主に飲食店。美味しいご飯を食べてから帰りませんか、お家で待つ家族に買って帰りませんかと甘い言葉でその足を引き留めようとする。
けれど今はそれよりも、主に女性の目を惹いているものがあった。
相変わらずの全身真っ黒コーディネートに、ぽかんと浮かぶ冷たい顔立ち。近寄るなオーラを思い切り放っているのに、それがかえって自分を目立たせる結果になるとは気付いていない様子。ふふ、馬鹿め。
「こっちだよ、キョウ!」
声をかければ今回は嫌な顔をせずにこちらに寄ってくる。ついでに女子の視線も付いてくるものだから、それらを追い払うために周りに笑顔を向けて牽制。うん、なんだか面倒な彼女みたいで嫌だなこれ。
「どこ見て笑ってるんだよ」
「キョンキョンの代わりに人払いをしてあげてるんだよ」
「は? 意味分かんねェ……」
理解していない様子のキョウをもう少しからかっていてもいいんだけど、今日は生憎そんな余裕はない。いやあると言えばあるんだけれども、うっかり遅れてしまおうものなら後が怖い。
何故なら私はこれからキョウをうちの屋敷に招待しようとしているのだ。
売り言葉に買い言葉で調べてあげないとは言ったものの、結局私は調べようとしているのだから自分でも呆れてしまう。
しかも吸血鬼ハンターを吸血鬼の活動拠点に呼ぶという暴挙。いくらキョウが非番の日だと言ってもおかしさは変わらない。まあ最悪キョウの記憶消せばいいから問題ないんだけどさ。
キョウだってそのあたりのリスクは承知しているだろう。それなのに彼がこうしてここに来たのは、やはり彼も知りたいからだ。最初に調べられるかもしれないと言った時は実感できていなかったようだけど、あの夜私が具体的な話をしたら彼は真剣な目でそれを聞いていた。
そして最終的に今日向かう先のことを言えば、一瞬ぎょっとしたもののすぐに受け入れた。つまり吸血鬼とハンターという立場を度外視してでも、キョウの中のその感情は大きいということ。そんな彼の様子を見て、私の中の調べてあげたいという気持ちも大きくなってしまったんだからもう笑うしかない。
「――こんなところにいるのか?」
駅から歩いて十分以上。思いっきり住宅街を進んでいることにキョウは信じられない気持ちらしく、怪訝な面持ちで問いかけてきた。
「辺鄙な山奥にいるとでも? ハンターだって都会の方がモロイを捕まえやすいからそういう場所に拠点を置いてるんでしょ。私達だって同じだよ」
「それは分からないでもないけど……つーかこの家なんだよ。寺じゃないよな、どんだけ金持ちなんだよ」
さっきからずっと視界に入っている塀にキョウが顔を歪める。確かに存在感凄いよね、普通の住宅街なのに片側には和風の塀がずっと見えてるんだもん。
普段だったら彼の言葉に乗ってあげてもいいのだけど、今はそれをしてしまうとよく分からないことになってしまうからやめておこう。だって、ここが目的地なんだから。
「あ、これうちです」
「は?」
「入り口はもう少しあっちなの」
「……は?」
ああ、やっぱりそのきょとん顔は可愛い。
§ § §
キョウと共に屋敷に戻ってきた私は、向かい側で腕を組みながらあぐらで座っている〝その人〟に一生懸命事情を話していた。
隣にいるキョウは彼に会ってからというものずっとどこか緊張を滲ませていて、何度も武器に伸びてしまいそうになる手を膝の上で握り締めている。多分、キョウの経験が警鐘を鳴らしているのだ。この人は怒らせたらまずい、絶対に勝ち目がない。その恐怖にも似た緊張を落ち着けるために本能的に武器を求めるのに、それをしたら確実に敵とみなされてしまうから身動きが取れない。
これは別にキョウが人間だから特別というわけではないだろう。さっきお茶を持ってきてくれたレイフも、どんどん機嫌の悪くなっていくその人を見て一瞬だけ固まると、珍しく何も言わずに去ってしまった。いつもならば『そんなんじゃ相手が怖がるよ』と優しく諭すのに、そうしなかったということはそれだけ空気が悪いということだ。そんなレイフの様子を見たキョウは訝しむような、信じられないとでも言いたげな表情をしていたけれど、恐らくこの場から脱出できてずるいとでも思っていたんだろうな。
かく言う私も慣れているとはいえ口を止めるのが怖い。なのにぺらぺらといつもよりもよく回る口は話の内容をどんどん消費して、あっという間にその時を迎えた。
「――それで、俺に調べろと言っているのか?」
低い声が私の首に突き立てられる。それまで黙って聞いてくれていたその人――壱政様は、酷く不機嫌な顔で私を睨みつけた。
「違う違う壱政様、調べろじゃなくて調べてくださいって言ってます」
「同じだろ」
「同じじゃないですう! 丁寧さが違うんですう!」
一生懸命茶化してみたものの、どうやら効果はないらしい。ギロリとこちらを捉えた切れ長の目は鋭い斬撃で私の声帯を切り裂いて、もっと冗談を言おうとしていた私の声を止める。
まあそうだよね、元々用事がなかったのにこっちに呼び出した上、仕事とは全く関係のない人間について調べてくださいってお願いしているんだから。
本当なら言い出しっぺの私がすべきなのだ。だけど過去の資料を漁るには一度ノクステルナに帰らねばならない。でも今の仕事をしているうちは帰ったら怒られてしまうから、別の人に頼む必要があるのだ。その別の人として選んだのが壱政様なわけだけど、どうにか彼以外の人と交渉すべきだったな、これ。
私が言葉を止めたことで訪れた静寂。そんな静かな和室に大きな大きな、それはもう大きな溜息が響く。滅多に聞けないその大きさに、次は刀を持つ音が来るぞと思った私ははっとして隣にいるキョウの前に右手を伸ばした。
「ダメダメ壱政様、キョウは人間です! そんな気軽に手足ぶった斬ろうとしないで!」
「人間に手を出すわけないだろ、面倒臭い。お前の根性を叩き直そうと思ってるんだ」
「それも駄目!」
手足ぶった斬りなんてキョウに見せたらトラウマものだ、というのは建前で、単に私が痛いから嫌だ。
しかも壱政様ってば人の服ごと切るんだもん。昔はお小遣いをくれたけれど、私がお給金をもらえるような仕事を始めた途端にくれなくなった。時々連続してぶった斬られて服がかなり消費された時はくれるけどね。ああ、お年玉もここ数十年もらってないな……。
「……アンタ、この人にちゃんと相談する気あるのか?」
「あるよ!」
隣のキョウからのコソッとした問いかけに、私は自信満々で答える。なのに半目をされたのはどういうわけだろう。キョウってば人を疑い過ぎだと思う。
「……そいつの方がよっぽど大人じゃないか」
呆れたように言う壱政様もキョウ派らしい。この二人は顔とか全体的な雰囲気が似ているけれど、リアクションまで似せなくていいんだよ。
「騙されてますよ壱政様、キョウは普通に子供です。クソガキです」
「はァ!? アンタに言われたくないんだよ!」
「私だってキョウには言われたくないですう! こちとら百年以上生きて――」
「一葉、うるさい」
「ごめんなさい。喉は潰さないでください」
脊髄反射で上体を畳に投げ出す。壱政様に注意されたら何をおいても従うのが私のポリシーだ。このポリシーは私の手足と喉、それからお洋服を救う。
そんな私の態度が信じられないのか、畳とキッスしそうになりながらちらりと横目で見上げたキョウは凄い顔をしていた。なんだこのガキンチョ、文句があるなら後で受け付けるぞ。
なんて考えていたら、前方から小さな溜息の音。それを聞いた私はキョウへの気持ちを飲み込んで、さっと姿勢を元に戻した。
「やるかどうかは別として事情は理解した。だがまだ一葉から聞いただけだ。お前自身はどうしたいんだ、小僧」
「小僧……!?」
「駄目だよキョウ、反論しちゃ。壱政様は戦国時代の人だから言葉遣いが時々おじいちゃんなの」
今度は私がコソッとキョウに耳打ちする。正直そんなことしても意味ないんだけども、ここは気持ちの問題なのだ。
「一葉はしばらく黙っておけ。で、どうなんだ」
とうとうはっきり黙れと言われてしまったので私はもう黙るしかない。私からの助け舟がなくなってキョウはさぞ不安そうな顔をしているだろうと思って隣を見れば、全然こちらなんて気にしていない黒ずくめの男がいた。
あらやだ可愛くないと思ったものの、その表情を見て納得する。キョウは壱政様に言われたことを考えているようで、眉間に思い切り皺を寄せながら「俺は……」と苦しそうに零した。
「……真実が、知りたい」
聞いたことのない弱気な声が、静かに、けれど重く空気を揺らした。
人目を惹くのは主に飲食店。美味しいご飯を食べてから帰りませんか、お家で待つ家族に買って帰りませんかと甘い言葉でその足を引き留めようとする。
けれど今はそれよりも、主に女性の目を惹いているものがあった。
相変わらずの全身真っ黒コーディネートに、ぽかんと浮かぶ冷たい顔立ち。近寄るなオーラを思い切り放っているのに、それがかえって自分を目立たせる結果になるとは気付いていない様子。ふふ、馬鹿め。
「こっちだよ、キョウ!」
声をかければ今回は嫌な顔をせずにこちらに寄ってくる。ついでに女子の視線も付いてくるものだから、それらを追い払うために周りに笑顔を向けて牽制。うん、なんだか面倒な彼女みたいで嫌だなこれ。
「どこ見て笑ってるんだよ」
「キョンキョンの代わりに人払いをしてあげてるんだよ」
「は? 意味分かんねェ……」
理解していない様子のキョウをもう少しからかっていてもいいんだけど、今日は生憎そんな余裕はない。いやあると言えばあるんだけれども、うっかり遅れてしまおうものなら後が怖い。
何故なら私はこれからキョウをうちの屋敷に招待しようとしているのだ。
売り言葉に買い言葉で調べてあげないとは言ったものの、結局私は調べようとしているのだから自分でも呆れてしまう。
しかも吸血鬼ハンターを吸血鬼の活動拠点に呼ぶという暴挙。いくらキョウが非番の日だと言ってもおかしさは変わらない。まあ最悪キョウの記憶消せばいいから問題ないんだけどさ。
キョウだってそのあたりのリスクは承知しているだろう。それなのに彼がこうしてここに来たのは、やはり彼も知りたいからだ。最初に調べられるかもしれないと言った時は実感できていなかったようだけど、あの夜私が具体的な話をしたら彼は真剣な目でそれを聞いていた。
そして最終的に今日向かう先のことを言えば、一瞬ぎょっとしたもののすぐに受け入れた。つまり吸血鬼とハンターという立場を度外視してでも、キョウの中のその感情は大きいということ。そんな彼の様子を見て、私の中の調べてあげたいという気持ちも大きくなってしまったんだからもう笑うしかない。
「――こんなところにいるのか?」
駅から歩いて十分以上。思いっきり住宅街を進んでいることにキョウは信じられない気持ちらしく、怪訝な面持ちで問いかけてきた。
「辺鄙な山奥にいるとでも? ハンターだって都会の方がモロイを捕まえやすいからそういう場所に拠点を置いてるんでしょ。私達だって同じだよ」
「それは分からないでもないけど……つーかこの家なんだよ。寺じゃないよな、どんだけ金持ちなんだよ」
さっきからずっと視界に入っている塀にキョウが顔を歪める。確かに存在感凄いよね、普通の住宅街なのに片側には和風の塀がずっと見えてるんだもん。
普段だったら彼の言葉に乗ってあげてもいいのだけど、今はそれをしてしまうとよく分からないことになってしまうからやめておこう。だって、ここが目的地なんだから。
「あ、これうちです」
「は?」
「入り口はもう少しあっちなの」
「……は?」
ああ、やっぱりそのきょとん顔は可愛い。
§ § §
キョウと共に屋敷に戻ってきた私は、向かい側で腕を組みながらあぐらで座っている〝その人〟に一生懸命事情を話していた。
隣にいるキョウは彼に会ってからというものずっとどこか緊張を滲ませていて、何度も武器に伸びてしまいそうになる手を膝の上で握り締めている。多分、キョウの経験が警鐘を鳴らしているのだ。この人は怒らせたらまずい、絶対に勝ち目がない。その恐怖にも似た緊張を落ち着けるために本能的に武器を求めるのに、それをしたら確実に敵とみなされてしまうから身動きが取れない。
これは別にキョウが人間だから特別というわけではないだろう。さっきお茶を持ってきてくれたレイフも、どんどん機嫌の悪くなっていくその人を見て一瞬だけ固まると、珍しく何も言わずに去ってしまった。いつもならば『そんなんじゃ相手が怖がるよ』と優しく諭すのに、そうしなかったということはそれだけ空気が悪いということだ。そんなレイフの様子を見たキョウは訝しむような、信じられないとでも言いたげな表情をしていたけれど、恐らくこの場から脱出できてずるいとでも思っていたんだろうな。
かく言う私も慣れているとはいえ口を止めるのが怖い。なのにぺらぺらといつもよりもよく回る口は話の内容をどんどん消費して、あっという間にその時を迎えた。
「――それで、俺に調べろと言っているのか?」
低い声が私の首に突き立てられる。それまで黙って聞いてくれていたその人――壱政様は、酷く不機嫌な顔で私を睨みつけた。
「違う違う壱政様、調べろじゃなくて調べてくださいって言ってます」
「同じだろ」
「同じじゃないですう! 丁寧さが違うんですう!」
一生懸命茶化してみたものの、どうやら効果はないらしい。ギロリとこちらを捉えた切れ長の目は鋭い斬撃で私の声帯を切り裂いて、もっと冗談を言おうとしていた私の声を止める。
まあそうだよね、元々用事がなかったのにこっちに呼び出した上、仕事とは全く関係のない人間について調べてくださいってお願いしているんだから。
本当なら言い出しっぺの私がすべきなのだ。だけど過去の資料を漁るには一度ノクステルナに帰らねばならない。でも今の仕事をしているうちは帰ったら怒られてしまうから、別の人に頼む必要があるのだ。その別の人として選んだのが壱政様なわけだけど、どうにか彼以外の人と交渉すべきだったな、これ。
私が言葉を止めたことで訪れた静寂。そんな静かな和室に大きな大きな、それはもう大きな溜息が響く。滅多に聞けないその大きさに、次は刀を持つ音が来るぞと思った私ははっとして隣にいるキョウの前に右手を伸ばした。
「ダメダメ壱政様、キョウは人間です! そんな気軽に手足ぶった斬ろうとしないで!」
「人間に手を出すわけないだろ、面倒臭い。お前の根性を叩き直そうと思ってるんだ」
「それも駄目!」
手足ぶった斬りなんてキョウに見せたらトラウマものだ、というのは建前で、単に私が痛いから嫌だ。
しかも壱政様ってば人の服ごと切るんだもん。昔はお小遣いをくれたけれど、私がお給金をもらえるような仕事を始めた途端にくれなくなった。時々連続してぶった斬られて服がかなり消費された時はくれるけどね。ああ、お年玉もここ数十年もらってないな……。
「……アンタ、この人にちゃんと相談する気あるのか?」
「あるよ!」
隣のキョウからのコソッとした問いかけに、私は自信満々で答える。なのに半目をされたのはどういうわけだろう。キョウってば人を疑い過ぎだと思う。
「……そいつの方がよっぽど大人じゃないか」
呆れたように言う壱政様もキョウ派らしい。この二人は顔とか全体的な雰囲気が似ているけれど、リアクションまで似せなくていいんだよ。
「騙されてますよ壱政様、キョウは普通に子供です。クソガキです」
「はァ!? アンタに言われたくないんだよ!」
「私だってキョウには言われたくないですう! こちとら百年以上生きて――」
「一葉、うるさい」
「ごめんなさい。喉は潰さないでください」
脊髄反射で上体を畳に投げ出す。壱政様に注意されたら何をおいても従うのが私のポリシーだ。このポリシーは私の手足と喉、それからお洋服を救う。
そんな私の態度が信じられないのか、畳とキッスしそうになりながらちらりと横目で見上げたキョウは凄い顔をしていた。なんだこのガキンチョ、文句があるなら後で受け付けるぞ。
なんて考えていたら、前方から小さな溜息の音。それを聞いた私はキョウへの気持ちを飲み込んで、さっと姿勢を元に戻した。
「やるかどうかは別として事情は理解した。だがまだ一葉から聞いただけだ。お前自身はどうしたいんだ、小僧」
「小僧……!?」
「駄目だよキョウ、反論しちゃ。壱政様は戦国時代の人だから言葉遣いが時々おじいちゃんなの」
今度は私がコソッとキョウに耳打ちする。正直そんなことしても意味ないんだけども、ここは気持ちの問題なのだ。
「一葉はしばらく黙っておけ。で、どうなんだ」
とうとうはっきり黙れと言われてしまったので私はもう黙るしかない。私からの助け舟がなくなってキョウはさぞ不安そうな顔をしているだろうと思って隣を見れば、全然こちらなんて気にしていない黒ずくめの男がいた。
あらやだ可愛くないと思ったものの、その表情を見て納得する。キョウは壱政様に言われたことを考えているようで、眉間に思い切り皺を寄せながら「俺は……」と苦しそうに零した。
「……真実が、知りたい」
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