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第一章 吸血鬼、吸血鬼ハンターになる

【第二話 威嚇】2-1 執行官の浅倉一葉と申します

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 意気込んで開けたドアの先は狭く、カウンターが並んでいた。カウンターには三人の人がいて、私がドアを開けたらちらりとこちらを見ただけで何も言わない。
 なんだろう、これ見たことある――そう思って記憶を辿れば、思い浮かんだのは小さな郵便局。

「ん……?」

 ちょっと待って理解が追いつかない。ここは吸血鬼ハンターの拠点だよね? まあ隠さなければならないから何かしらのカモフラージュは必要だとは思うけれども、郵便局って何?
 だってドアには清掃事務所って書いてあった。だったらそういうカモフラージュをすべきじゃないのか。なんで郵便局なんだ。っていうか日本の郵便局ならカウンターの向こうの方々はもっと愛想が良いぞ。

 なんて考えていてもどうにもならない。ひとまずドアを開けた瞬間に攻撃されなくてよかったと思いながら私はカウンターに近付くと、一番ドアに近い場所にいるおばさんに話しかけた。

「あのー……ノストノクスの者なんですけど……」
「お名前は?」
「えっ……えっと、一葉です」

 なんだこれ、どういう状況だ。壱政様からはノストノクスの使者が行くと伝えてあると聞いていたからそう名乗ったのだけど、この事務的反応はなんだろう。いや別にいいんだけどさ、もうちょっとこう敵意というか警戒心的なのは剥き出しにされると思っていたのだ。
 でもおばさんは私の名前を聞いても表情を変えず、そのままタブレットをぽちぽちと押して何やら調べ始めただけ。っていうかタブレット導入してるんだ。そこらのお役所より進んでない? 確実にうちよりは進んでるぞ。
 と思っていたらおばさんは調べ物が終わったらしい。タブレットを華麗に操る手を止めて、こちらにやっと視線を合わせてくれた。

浅倉あさくら一葉さん?」
「あ、はい。それです」

 待って急に浅倉とか呼ばないで。吸血鬼というのは元人間だけど、基本的に人間だった頃の名字は使わないからドキッとしちゃうじゃないか。
 そりゃたまに人間に紛れ込まなきゃいけない時とかに使うことはあるものの、今ここには吸血鬼として来ているのだ。だから全くの想定外で、なんかもう反応に困ってしまう。ていうか誰だよ人の名字勝手に教えた奴――って思ったけど、多分壱政様だから文句は飲み込んだ。だって浅倉は元々壱政様の名字だからね。もらった身としては使い方に文句は言えない。

「あちらのエレベーターで五階に行ってください。ホールまで担当の者が迎えに行きます」
「分ーかりましたー……」

 いや本当なんだこれ。物凄く事務的な手続きでどういうテンションになればいいのか分からない。
 謎の疲れを感じながら私は言われたとおりエレベーターに乗った。一応罠がないか警戒しているものの、ここにもそういったものはなさそうだ。

 チン、と音がして、エレベーターのドアが開く。ここもどうせ郵便局的なあれだろうと思ってぼんやりと見ていたら、その場に広がった景色に頭が混乱した。

 オフィスだ。エレベーターの外は直接オフィス。会社っぽいクリーンな感じではなくて、そこそこ古そうな机にオレンジの照明と、暗めのバーに近いイメージ。しかも結構広くて人がたくさんいるし、その人達はこちらを敵意満々で睨んでいる。

「えーっと……」

 確かホールに担当の人がいるって言ってなかったっけ。ていうかホールってエレベーターホールじゃないの? ここにはそんなものないぞ。

「執行官の方ですか?」

 硬い声で聞かれてそちらを見れば、今度はおじさんがいた。この人も表情にこそ出さないけれど、周りの人達と同じように私に対して嫌な感情を持っているのが分かる。
 うん、これだよこれ。こういうのが来ると思ってたんだよ。

「はい。ノストノクスから参りました、執行官の浅倉一葉と申します。責任者の方にお会いできるでしょうか」

 やっとお行儀良く言えた。これまで想定外のことがありすぎて大人としては微妙な態度だったけれども、本来私はこういう挨拶ができる子なんだよ。

 私の言葉を聞いたおじさんは、小さく頷くと「こちらへどうぞ」と私をオフィスの奥へと促した。おじさんの後を付いて歩いていけば、距離の近くなった他の人達の視線がめちゃくちゃ刺さる。
 あちらこちらから舌打ちやら溜息やらが聞こえてくるし、なんだったら「なんで奴らと……」みたいなこそこそ声も聞こえる。向こうは聞こえていない気なのかもしれないけど、吸血鬼ってかなり耳が良いんだぞって教えてあげた方がいいのだろうか。

「ようこそいらっしゃいました」

 おじさんに促された先はオフィスの奥。同じ空間にちょっと偉そうなデザインの机があって、その前に別のおじさんが立っていた。
 しゅっとしていたおじさん一号とは違って二号は少しぽっちゃりしている。これはあれかな、一号はハンターで二号は管理職系の人ってことかな。一号より敵意を感じられないのは、この二号こそずぶずぶの恩恵を受けている人なのかもしれない。

「お話は聞いています。我々に協力していただけるとか」

 そう言って、二号のおじさんは品定めするように私の全身を見てきた。多分見た目が若いからだろうな、『こんな小娘なら簡単に殺せるんじゃね?』とか考えているのかもしれない。言っとくけど私の方が年上なんだぞ。
 でもお行儀の良い私はそんなことおくびにも出さない。これでも人間時代は華族のお屋敷で働いていたこともあるのだ。その頃に会得したにっこり笑顔を顔に浮かべて、二号に「ええ」と頷いてみせた。

「近頃の急激なモロイの増加は我々ノストノクスの意図したものではありません。むしろ人間を餌としか考えていない敵対勢力が行っていることですので、我々としては是正のためにハンターの皆さんのお力を借りたいと考えています。そのために必要なことであればあらゆる協力を惜しみません」
「それは心強い。では今後浅倉さんの他にも執行官の方が来るのでしょうか?」
「いいえ、現時点でそれはありません」
「は?」

 あ、びっくりしてる。これはあれか、あわよくば吸血鬼退治にたくさんの執行官を戦力として使いたいとでも思っていたのかな。

「しかしそれでは人手が……」
「足りないのは潜伏している者を見つけ出すための人手です。今回我々が主に狙っているのは上位種ですから、普段皆さんが相手にしているモロイとは勝手が違います。居場所さえ分かれば私が対処できますし、居場所を探るのは普段からこちらで暮らしているあなた方の方がお上手でしょう」
「……我々を警察犬代わりに使うおつもりですか?」
「そちらこそ上位種を人間の力で倒せるとお思いですか? いくら武器が進化しようと、それでどうにかできるのは鍛錬不足の者達だけですよ」

 そこまで言うと、私はふっと身体を変化させた。この黒い火というか煙みたいな状態は影と呼ばれるもの。どちらかというと煙っぽいんだけど、格好良いからという理由で私は火という喩えを推したい。
 影となった私は、そのまま一瞬でエレベーターの前に移動して人の形に戻った。そして「そうそう」と注意を引くように声を上げれば、周りの人達が弾かれたようにこちらを見る。

「先日ハンターのお一人が不思議な銃弾でモロイを殺すところを見ました。モロイに効くということは確かに上位種にも有効でしょう。ですが、当たらなければ意味がない」

 言いながら、再び私は影の状態で移動して元いた位置に戻ってきた。目の前には突然現れた私を呆気に取られた顔で見ている二号がいる。びっくりしているようだけれど、私は二号が落ち着くのを待たずに話を続けた。

「基本的に我々はモロイを吸血鬼とは呼びません。何せ彼らには本来吸血鬼が持つべき力がほとんど備わっていない。今見せた力はあなた方の言う上位種なら全員身に付けているものです。昔のハンターは知っていたはずですが、あなた方の反応を見る限りちゃんと伝わっていなかったようですね」

 とは言ったものの、伝わっていても実物を見たことがなければ正しく理解はできないだろう。何せこの現象は人間の常識にはないのだ。今は映像技術があるから再現できるかもしれないけれど、昔の人達はどうやったって見たままを後世に伝えることはできない。

 とりあえずこれで多少は牽制になっただろうか。壱政様にはハンター達を黙らせろと言われていたから、こういうパフォーマンスも必要かなと思ってしてみたのだ。

「ちなみに御存知の通り日光も苦手ですが、ちょっと浴びたくらいじゃ死にはしませんよ。十字架も聖水も無意味ですし、個人的ににんにく料理は好物です。ということも考慮しまして、上位種の相手はこちらにお任せくださいと言っているのです。まだ納得できないようであれば説明しますが、どうします?」
「い、いえ……もう十分です」

 ふふん、どうやら黙らせることに成功したらしい。まあまだ壱政様の言っていた意味ではないだろうけれども、一旦こちらの対応を受け入れさせることができたのだから良しとしよう。
 本当はこんな力を誇示するみたいなやり方格好悪いから好きじゃないんだけどね、他のハンターの人はともかく二号みたいなずぶずぶさんにはこれが効くんだ。

「では改めまして、今後のことを――」
「ふざけるな!!」
「――ん?」

 今のは二号の声じゃない。私の発言を邪魔したのはどこのどいつだと思いながら周りを見れば、ずかずかと一人こちらに歩いてくる人がいた。
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