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二十一、天井の龍

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「若奥様、申し訳ありません。
必死に旦那様達をお止めしたのですが、力が及ばなくて」

いつのまにか隣にいたベテラン執事のハリスが、白髪交じりの頭を深くたれる。

「気にしないでください。
あなたのせいじゃありません。
えーと、今日は午後から二人で、領地に視察へゆく予定でしたね」

嫁いでからわかったことだが、ここの領地経営は、ハリスに丸投げされていたのだ。

けれど、先代から仕える優秀なハリスは、かなりの高齢だった。 

来年には、引退を予定している。

それで、私が仕事を引き継ぎ中なのだ。

「経営は、数字に強いアリスの方がむいていると思うなあ。
僕は、学生の時、数学は万年赤点だったから」

ゴットンはそう言って、仕事から逃げた。

一つ訂正してもいいですか。

「数学は」でなく「数学も」でしたよ。

「あのう、若奥様」

苦々しい過去が脳裏に蘇ってきて、眉をひそめていると、ハリスがおずおずと口をひらく。

これは悪い報告でしかない。

「どうしましたか」

「今日の領地視察は、なくなりました」

「そうなんですか。
じゃあ、次回はいつになりますか」

「そ、それが。この先ずーと領地視察はございません。
若奥様のいない間に、旦那様がお決めになりました」

「お義父様が。いったいどういう事なのかしら」

若くて美しい侍女の肩を抱きながら、お酒をラッパ飲みしているお義父様に、自然と視線がゆく。

「あたいがいるからさ。
あたいの魔法で、何だってできるから」

さっきまで黙っていた聖女が、声をはずませる。

「あくせく働かなくても、ゴートン家は栄えるってことなのかしら。
私利私欲に聖女様を使おうなんて、あきれたお義父様だこと。
それに聖女様は、もうすぐここをでて貴族学園の寮に入るのよ。
あてにしてはいけないの」

「だからさ。オジサンがあたいにこう言うのさ。
『ゴットンの嫁になってくれ』ってね。
まったく笑っちゃうよね。
ゴットン氏には、センセーがいるのに」

聖女は、背中を丸めてコロコロと笑う。

スカートに幾重にもフリルのあしらわれたピンク色のドレスを着た聖女は、花のように可愛い。

けれど頭は、無神経なお花畑だ。

両手をギュッと握り、ひきつった顔で聖女を睨んでいると、立ち上がったゴットンが万歳をして叫んだ。

「さすがお父様だ。
いいこと言うね。
やったあ、キャル嬢を嫁にできる」

「ゴットン。目をさましてよ」

ここまで言われたら、酔いのせいにして、すべてをチャラにはできない。
 
屈辱で頭が真っ白になる。

「やーん。ゴットン氏やめてよ。
センセー。なんとかして。
センセーのご主人が、あたいにキスをしようとするんだ」

子猫のように笑う聖女の頬に、唇をよせてゆくのは、まぎれもなく私の主人でした。

もう我慢ならない。

「いい加減にして下さい」

怒りにまかせて、指で天井をさす。

すると室内に雷光が走る。

「キャアア」

女達が悲鳴をあげたとたんに、激しい雨が降ってきたのだ。

「わあああ。天井に龍がでたあ」

全身をずぶねれにしてゴットンは、青ざめて震えていた。 

そんなゴットンを青い龍はうねりながら、鋭い目で睨みつける。

理性を失った私の魔力が、暴発したようだ。

けど、反省なんかしない。

うろたえるお義父様、ゴットン、聖女に、冷たい笑みをうかべた。



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